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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
「アメリカン・ビューティー」(1999年・サム・メンデス監督・アメリカ)

 アメリカの中流階級。ママは、キャリア・ウーマン。庭には、プールもあるもんね。そんななかで、病んでいる一人一人が、浮かび上がってくる。はじめは、子どもたちが、病んでいるように見える。しかし、実は、病んでいるのは、大人の方ではないかというのが、じわじわ出てくる。ぱっぱらぱーのプレイガールのような女の子がそうではなく、悪ぶっているだけであり、一番不気味なビデオ隠し撮りおたく少年は、意外とまともなのかもしれない。
 夫と妻は、お互いに全く関心がない。夫は、偶然妻の浮気を知るが、傷つきすらもしない。
 アネット・ベニング演ずるバリバリのキャリア・ウーマンは、家族の心のなかには、一切興味がなく、ペラペラに舞い上がっている。
 夫が、なんの感情も込めずに、不思議そうに妻に聞く。「いつからそんなに味気ない女になったのだ。」おかしかったけれど、わたしは、苦笑いをしてしまったよ。
 趣味で、スポーツとして、射撃をする妻。「アイ リフューズ トゥ ビカム  ビィクティム」(わたしは、犠牲者になることを拒否する。つまり、離婚して、ガッポリお金をもらうわ。)と自宅に帰ってくるが・・・・。
 犠牲もへったくれもないだろうがという感じだが。
 この映画は、妻が耐えているとか我慢しているとか共働きで子育てして大変だとかもうそんな話ではなくなっている。キャリア・ウーマンを徹底してシンプルに描いたらこうなるということだろうか。  みんな少しずつ病んでいる。
 この映画には、ゲイでありながら、自分がゲイであることを決して認めることができない人も登場する。ゲイの問題をいれているところは、この映画のいいところだと思う。
 ところで、見終わったときに、大きな違和感も残った。なんだろう 。
 アメリカの(タイトルに、アメリカンがつくもんね)「普通」の家族が、実は、というアプローチの仕方がもう古いのではないか。「普通」と「普通でない」という2元論は、もうつまらない。
 普通の家族などない。いろんな家族があるのだ。と、はなから思っているわたしとしては変な感じ。  次に思ったことは、母と娘の関係である。
 娘は、自分の同級生に欲情(?)している父親を軽蔑して、大嫌いと思っているし、母親に対して、特別な感情も持っていない。女同士ということもないのである。
 母と娘の関係については、多くの映画があるし、わたしも『ビデオで女性学』(有斐閣)で、母と娘について書いた。わたしが、フェミニストになったのは、母の生き方を見ていてというのが大きい。田嶋陽子さんの論文に、「父の娘」と「母の娘」を分析したものがある。わたしは、間違いなく母の娘であり、母親のことが大好きで、母にかわいがれ、見守られ、女に育てられてきたのである。女性たちのために生きようとは思うけれど、男性たちのためには、生きようとは、あんまり思わないのである。女性たち、男性たちという区分けも便宜的なものであるけれども。
 子どもが生まれて看護婦さんが、「女の赤ちゃんです」と連れて来てくれた。「わたしって、つくづくラッキー」と思ったものだ。男の子でもいいけれど、女の子の場合、いいたいこと、伝えたいことは、山ほどある。
 という具合に、女同士がんばろうというのは、私の中ですごく強いのだ。女の人たちのために何かしたいというのはある。
 母と娘の映画といったときに、わたしにぴったりしているのは、「ドイツ・青ざめた母」である。  母、そして、父と母の関係を見て、娘は、やはりフェミニストになるのだ。
 自伝と思われるその映画は、「わたしは、結婚届を出さずに子どもを産んだ」というナレーションで終わる。劇場でその映画を見ていたわたしは、涙がとまらなかったし、「ああ、わたしと一緒だ」と思った。当時、わたしは妊娠していて、結婚届を出さずに産もうと思っていた。
 先日、娘にその映画の話をしたら、「ふーん、古い映画」と言う。
 彼女は、父親とも母親とも等距離であり、本や映画・音楽の趣味、星を見ることなど、むしろ父親の影響が強い。
 彼女は、言う。「世の中は、男尊女卑だから、ママは、その対抗上、女尊男卑になった。わたしは、男尊女卑でも女尊男卑でもない。」そのとおり。
 選択的夫婦別姓も結婚届を出さずに生きることも自分が婚外子であることも女も男も家事をすることも女も男も働くことも自然なことなのだ。
 もっとも彼女は、「世の中にはまだまだ女性差別があることはわかっているよ。」とも言う。  女3代でもずいぶん変わってきている。
 娘にとっては、女性差別は、自分が生涯取り組まなければならない最大のテーマではないのかもしれない。
 「ドイツ・青ざめた母」が古い映画になっていくのだとしたら、それはやっぱりいいことだ。   わたしも女尊男卑から、男女平等へ移行中。なんちゃって。
 国会のなかは、とてつもなく男尊女卑なんだけどね。

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