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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
『エリザベス ゴールデン・エイジ』(シェカール・カプール監督 イギリス/フランス 2007年)

 主演ケイト・ブランシェット、クライブ・オーウェン、ジェフリー・ラッシュ、
    アビー・コー二ッシュ、サマンサ・モートン
 前作の「エリザベス」もすごかったが、今回の「ゴールデン・エイジ」も前作を上回って面白かった。

 エリザベス女王は、卓抜した政治家である。
 まず、第1に、暗殺をされなかった。
 何度も何度も暗殺の危機があり、ねらわれていたのに、運もあろうが、暗殺をされなかった。

 第2に、みごとに危機を回避をしている。
 フランシス・ウォルシンガムが忠臣として全力で支えており、彼は、500人のスパイを各国の宮廷に送って、情報を収集し、反乱や謀反や攻撃の芽をみごとに摘んでいる。
 ウォルシンガムは、おそろしく有能で、エリザベスを守るために、完璧に仕事をする。そして、そういう人物を身近に置き、重用をしたというのは、エリザベスの才能である。

 第3に、バージン・クィーンということを最大限利用している。
 エリザベスは、独身である。
 結婚をしないとは言わない。
 いろんな人とお見合いをする。映画では、神聖ローマ帝国の皇帝の弟とみんなの前でお見合いをする場面がある。
 結婚をしないとは言わない。しかし、誰とも結婚をしない。
 エリザベスが結婚をすることは難しい状況も生む。
 彼女が結婚をするとなると、相手はヨーロッパの王族となる。そうすると、一歩間違えると、イギリスがその国の属国になるかもしれないのである。
 エリザベスの母違いの姉イングランド女王メアリー1世は、スペイン王フィリップ2世と結婚をした。既に、姉は死亡しているが、フィリップ2世は、イギリスをカトリックにしようと宗教上の情熱を持ち、支配下におこうとする。そのことが、たっぷり映画で描かれている。
 誰と結婚をするかによって、イングランドが他国に支配されることになりかねないのである。
 結婚をしないと明言をせず、全方位外交をしたことと、結婚をしなかったことは、彼女の政治的手腕のすごさである。判断は、恐らく正しかったのである。

 第4に、戦争をするときに総力戦をとったことである。
 受刑者を解放し、従軍をさせる。
 そして、海賊たるウォルター・ローリーを活躍させ、イングランドの船を焼き打ち船にして、スペインの船を焼き打ちし、全滅をさせてしまう。はっきり言って乱暴であり、奇襲攻撃である。本来の勢力から言えば、イギリス船は負けるはずなのに、勝つ。

 第5に、白い馬にまたがり、甲冑に身を固め、イングランド軍を鼓舞する。先頭に立つ必死の覚悟である。
 エリザベスは、海軍の一員として、船に乗ることはせず、陸上にいるのだが、エリザベスが、「わたしは先頭で戦う。」ということが、イングランド軍を鼓舞したこと間違いない。

 エリザベス女王というと、わたしは、ある程度強い国になった後の女王と漠然と思っていた。
 しかし、前作の「エリザベス」と今回の「エリザベス ゴールデン・エイジ」で、あるときは、不安に脅え、弱い心ですすり泣く女性を見て、ほっとするなり、親近感を感じた。
 彼女は、多くの困難を、卓抜した政治力と勇気と知恵で乗り切っていく。

 エリザベスの統治するイギリスは、当時弱体である。
 カトリックであるスペインの侵略に常に脅えている。
 しかも、足元も常にゆらいでいる。イギリスは、イギリス国教会という新教だが、国内にはカトリックもたくさんいる。カトリックの側は、カトリック教徒であるスコットランド女王であるメアリー・スチュアートと組んで、エリザベス女王体制の転覆をはかろうとしている。
 新教対カトリックという宗教対立、宗教の信念による戦争であり、それだけに大変シビアである。

 それにしてもエリザベスはすさまじい心の悩み、痛みと緊張のもとで生きていただろう。

 「千日のアン」という映画を見たことがある。
 ヘンリー8世は、目茶苦茶で、アン・ブーリンに目をつけると(大体、アン・ブーリンの姉と付き合っていたりして、目茶苦茶だけれど)、妻キャサリン(母国はスペインである)と離婚が成立しないにもかかわらず、アン・ブーリンと勝手に結婚をしてしまう。大体、カトリックは、離婚を認めないので、これまた勝手に、イギリス国教会を作ってしまう。
 そして、生まれてきた子の女の子がエリザベスであり、次の子は、男の子だけれど、死産になったりすると、急速にアン・ブーリンから、心が離れ、ジェーン・シーモアに心を引かれる。
 アン・ブーリンは、不貞の罪で、ヘンリー8世により、処刑をされる。
 なんとその間、わずか1000日である。

 入りくんでいるし、ヘンリー8世は、途中まで名君と言われていたが、とんでもないという感じである。
 イギリスの議会にいくと、ヘンリー8世とその歴代の妻たちのポートレイトが飾ってあったっけ。早く死んだり、処刑をされたり、妻たちは、とんでもない目にあっている。

 それはともあれ、エリザベスにしたら、自分の父親が、母親を処刑し、その後、彼女は長いことロンドン塔に幽閉される。
 いつだって、殺されるかもしれないと思っていただろうし、女王になってからも不安定である。
 映画のなかでも、離婚を認めないカトリックの立場からすれば、エリザベスは、婚外子となるわけで、「正当性」がないという主張が様々な形でなされ、エリザベスは、中傷を浴びつづける。
 自分を保護してくれる親はとっくの昔にいない。

 また、エリザベス暗殺計画の責任で、メアリー・スチュアートをエリザベスは処刑をする。これは、新教対カトリックとも言える。

 処刑にあたって、恐怖に脅えるエリザベスが映画で描かれている。

 スペインとの戦争だって、よくまあイングランドは勝ったと言える。
 エリザベスは、つぶやく。
 「この戦争に負ければ、わたしは、スペインに連れていかれ、牢獄につながれ、死ぬのだ。」と。
 毎回、毎回、自分の命がかかっていて、常に死との恐怖にさらされていたと言える。
 そして、もちろんエリザベス自身も「謀反者」たちを処刑していくのであるが。

 それにしても、この戦争といい、後ほどの無敵艦隊との戦争にしても、イギリスが勝つか、スペインが勝つかで、イギリスが新教になったか、カトリックになるかが決まったわけである。もし、イギリスがカトリックになっていたら、本当に世界は今とは随分違ったものになっていただろう。

 歴史は、盤石なものではなく、極めて不安定で、頼りなく、しかもこれから作られるゼリーのようなものである。
 未来に向かって作られるものであり、政治の判断によって、全く変わってくるということを痛感させられる。
 人生も政治もアンガージュマン(投企)であり、未来にむかって、もっと言うと一瞬一瞬今まさに作られていくものである。
 エリザベスは、ただただ強く、意思的な女性ではなく、天文学者に、運勢を聞く、不安を抱えた一人の人間でもある。そして、歴史を切り開いていく。

 映画「恋に落ちたシェークスピア」でもエリザベス女王は出てくる。
 権力や政治は、おどろくほど生臭く、すさまじい人間の営みであるということを、これでもか、これでもかと描いているのが、シェークスピアである。わたしは、政治家になって、シェークスピアのすごさを改めて思った。「マくべス」しかり「リア王」しかり。
 シェークスピアは、権力の何たるかが、権力のそばにいたからこそ、本当にわかっていたのだと思う。

 この映画は、エリザベスが、ローリーを好きになることも、そのローリーが、エリザベスが心を許す侍女べスとひそかに結婚し、子どもを産むときのエリザベスの苦悩も描いている。

 考えてみれば、今だって、ブットさんは暗殺され、フィリピンやインドネシアの活動家は殺されている。ウクライナの政治家でねらわれた人もいれば、殺された元スパイだっている。
 キング牧師もケネディ大統領もロバート・ケネディも暗殺された。
 世界では、殺されるジャーナリストも活動家もあとを絶たない。

 そんななかに生きている。
 政治のすさまじさを思うけれど、暗殺からはいいかげん人間は足を洗うべきだ。

 それでもエリザベスが統治をし、生きた時代と今は全く違ってきている。少なくとも日本の今は、少なくとも建前は、民主主義だ。多くのことが違う。政治に関わると言っても、エリザベスとわたしは、月とすっぽん以上に比較すらできないくらいだ。
 しかし、わたしは、エリザベスの知恵や勇気や不安を乗り越えていく力や決断力、政治にかかわる決意みたいなものに励まされた。もちろん政治家としてのエリザベスを全面的に肯定するものではないが。
 そして、エリザベスのような人ですら、すすり泣くことがあったということに、ほっとさせられた。エリザベスの苦労や葛藤や危機に比べれば、わたしの悩みは、けし粒ほどのものだ。自分のかかえている悩みが小さなものに思えて、ものすごく元気になれる。
                    (福島みずほのHPより一部変更して転載)
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