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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
『輝ける女たち』(ティエリー・クリファ監督 フランス 2006年)

 マリアンヌは、夫と離婚調停中。夫と口論しているときに、祖父ガブリエルが死んだと連絡がはいる。ニキは、ゲイで、ボーイフレンドと暮らしている。そこへ同じく死亡の連絡がはいる。マリアンヌとニキは、母親が違う姉弟。父親であるニッキー(ジェラール・ランバン)は、マジシャンである。亡くなったガブリエルは、舞台芸人であり、ニースの「青いオウム」というキャバレー(ショーも行う。そこでニッキーはマジックを行っている)の経営者でもある。

 お葬式に集まる関係者たち。
 ニキの母親であるアリス(カトリーヌ・ドヌーブ)とマリアンヌの母親シモーヌ(ミュウミュウ)も集まる。
 祖父が、店の経営権をニッキーではなく、ニキとマリアンヌに譲っていることが遺言で明らかになる。
 かつては、テレビでマジシャンとして活躍していたニッキーだが、今はほそぼそと「青いオウム」でマジックをしている。そして、それがフランス男、今このキャバレーで歌を歌っている歌手レア(エマニュエル・ベアール)に恋をしている。
 15歳のときに、アルジェリアからやってきたニッキーは、ここ「青いオウム」にやってきて、マジシャンになり、今またここでやるようになったのだ。祖父といったが、事実上の親がわりをこの「青いオウム」の経営者ガブリエルがつとめたのだ。

 死亡をきっかけとして集まる関係者。
 そして、そこから明らかとなる過去や関係・・・・・。
 ニッキーとアリスの愛憎と、マリアンヌの父親に対するこれまた愛憎。そこから、マリアンヌは自分の子どもを持とうとはしないのである。
 そして、アリスの過去も明らかになっていく。
 そのとき、アリスは、堂々としていて、悪びれず、ショックを受ける息子のニキに対して、「母親のセックスライフに口出しをしないで」とバシッという。
 カトリーヌ・ドヌーブの堂々とした貫禄とマダムぶりというか女ぶり。
 驚いた。
 さすがフランス。こんなこと何よ、何という感じ。

 マグダラのマリアのような輝きと生命と生と性の賛歌。
 婚外子がいて、愛人宅に通うミッテランは、それを指摘されると、「それがどうした?」とメディアに対して言ったと伝えられる。彼のお葬式には、ミッテラン夫人も愛人も婚外子もみんなそろって出席して、悲嘆にくれていた写真を確かかつて見た。
 また、去年の12月、フランスに行って、ロワイヤルさんに会ったけれど、誰も私生活のことをあれこれ言わないということもこれまた思い出した。

 輝ける女たちというのは、ニッキーを取り巻くいろんな女1人ひとりの人生の苦味と自負と愛情と思いを描いて、それぞれの輝き方を表現しているように思う。
 みんな単純な人生ではない。
 苦味と悲しみと悩みはもちろんある。
 お互いに辛らつなことを言ったり、皮肉を言ったり,対立をしたりする。
 しかし、自分は自分。
 いろんなことをまさに引き受けて、少なくとも自分の人生を生きている。

 ニッキーも浮き沈みのある人生であり、これまた中高年になっても若い歌姫に夢中になっているんだもんなあ。

 何かを引き受けて、自分の人生を堂々と生きる、他人の人生に愛情や力や何かを与える、そんなことをこの映画を見ながら考えていた。

 カトリーヌ・ドヌーブは、「昼顔」などで見たのとはもちろんちょっと違う。若くはない。でもやっぱり素敵だし,人生を重ねていくことは悪くないと感じさせてくれる。
 彼女は、今63歳。
 わたしが63歳になったときも素敵で、人生を重ねていくことは素敵なことだと思えるようになっているといいなあということもちょっぴり映画を見ながら考えた。
           (福島みずほのHPより一部変更して転載)
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