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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
『アナと雪の女王』(クリス・バックジェニファー・リー監督 アメリカ 2013年)

 不意にアナと雪の女王の歌が、頭のなかで鳴って、口ずさみたくなる。
 「アナと雪の女王」は、2つの歌が素晴らしい。
 アナが歌う雪だるまを作ろうの可愛い歌と吹っ切れたエルサが、力強くあのありのままでと歌う歌である。「レッツ イツ ゴー」と歌うだけで、元気になる。
 エルサは、手で触ったものが、凍り、また、雪を降らせるという超能力を持っている。超能力者である。用心深く手袋をし、宮殿の部屋のなかでひっそり育てられた。
 戴冠式のとき、他の国の王子であるハンス王子に一目ぼれして婚約したと言い張る妹のアナに怒り、超能力が人前で出てしまう。
 逃げるように山へ行くエルサ。そこで吹っ切れて歌う歌が、「レッツ イツ ゴー ありのままで」なのである。

 ここが一つのクライマックス。

 多くの女たちが、今まで、どれだけ能力を隠して生きてきただろうか。
 能力があっても発揮できない。あるいは、能力に気がつかない。あるいは伸ばせない。もちろん、男性でもそういう人多いだろう。
 しかし、やはり男女差がある。
 今の時代は、随分変わったが、わたしが思っていたのは、女性、とりわけ女の子の辛さは、アクセルとブレーキを同時に踏むと言うことをしなければならないと言うことだった。
 力を発揮して、限界なくやればいいじゃないという部分と「女らしくない」「可愛くない」「すげえ」と思われないように、手加減するという部分と。
 シンデレラだって、王子様が靴を合わせにやってくるのを待つわけだし、その靴は、お姉さんたちが履けないくらい小さな靴であることは、象徴的だ。
 白雪姫は、王子様にキスをされて、目覚めるし、眠れる森の美女も王子様が来てくれて救われる。自力更生ではないのである。

 わたしの母は、わたしが大学に入ったときから、絵を描くことを再開し、絵をかき始めた。その絵を見て、驚いた。わたしは、母をおとなしくて、無口で、割と良妻賢母だと思っていたが、母の絵は、力強かったからだ。「なあんだこの人は猫をかぶっていたのだ」なあんて思った。可笑しかった。母のイメージと違っていたのである。

 少なくない女たちは、猫をかぶって生きている。能力を見せないように。男社会の中で、バッシングをうけないように、予め用心して、何十にも猫をかぶっているのではないか。
 高村智恵子さんは精神を病んでしまった。
 金子みすゞさんは、夫に詩を書くことを禁じられたと言うことを読んだことがある。離婚して、子どもを夫にとられ、自殺をする。戦前の民法は、父親に親権があった。どれだけ絶望しただろうか。
 夫が金子みすゞさんに詩を書くのを禁止したことは彼女にとってどれだけ残酷だっただろうか。

 わたしは、歌うエルサを見ながら、たくさんのほかの女性のことを考えていた。「ありのままで」生きることなどなかなかできない。抑制的になるのだ。ブレーキとアクセルを同時に踏むと言うこととはそういうことである。

 エルサは、手袋を脱ぎ捨て、テイアラを投げ捨て、マントを投げ捨てる。期待される優等生も投げ捨て、自分の能力と自分自身を全開する。神々しくて、自信に満ち、カッコいい。

 わたしもこう生きるぞと力がみなぎってくる。
 だから、女の子、女性たちは、この歌を歌うのだ。

 このシーンを見ながら、魔女や山姥のことを考えた。
 「異端」の女は、里を追われて、あるいは、里に住めず、山に住むのだ。魔女はわからないけれど、山姥は、里に住んでない。能力を示すことはできるが、すさまじい孤独を引き受けなければならない。

 次に、救済は、王子様のキスではなく、シスターフードによってもたらされる。白馬の王子様は、まあやってこないのだ。トホホ。

 アナは、屈託無く明るい女性で、頑張り屋である。また、姉のことを何とかしたいと考えている。ピュアで、まっすぐで、エルサのことを思うアナが救いである。

 女の敵は女ではなく、女の救いは女である。
 ディズニーは、ついにこんな映画を作るようになったのである。
 この映画は、フェミニズムの映画である。

 中森明夫さんが、エルサとアナは、実は1人の女性に共存していると分析をした。大変面白い。確かにそういう面はあるかもしれない。
 私たちの中には、エルサとアナが両方住んでいる。

 しかし、アナは、エルサとは、全く違う形で自分自身のパーソナリティーを全開させ、自分の事は顧みず、必死で、けなげに、がんばって、挑戦していく。向かっていくことに怯えたりなどしない。躍動感に溢れている。極めて勇気のある女性である。
 だから、エルサが能力を持ち、アナは従来の平凡な女ということはないのではないか。アナは、ビビビときて、あるいは、ビビビときたと思って、確かに王子様に一目惚れする。松田聖子さんみたい。アナの声を松田聖子さんの娘である神田さやかさんが演じているのも興味深い。

 エルサとアナは、長女的性格と次女的性格が良くでている。
 長女は、みんなの期待を集め、優等生的であり、我慢したりする。
 次女は、後を継ぐという期待がない分いわゆるお転婆で、自由奔放に生きたりする。
 エルサとアナは、まさに、イギリスのエリザベス女王とマーガレット王女みたいだ。

 この映画がヒットするということは、まだまだ、多くの女性たちが、もっともっと自由に生きていきたいと思っているからだ。女の子の、女性たちの応援の映画である。

 私も、もっともっと自由に生きるぞ!
              (福島みずほのHPより一部変更して転載)
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