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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
『スカイ・クロラ』(押井守監督 日本 2008年)

 声・菊地凛子、加瀬亮、谷原章介
 アニメというよりも、実写を感ずる大迫力。
 戦争や平和や生きるということをアニメを見た後、ずーっと考えている。

 「ダーク・エンジェル」や「ブレード・ランナー」を思い出し、また、特攻隊のことも思い出した。

 世界は、平和になり、もはや「ショーとしての戦争」しか存在しない。
 戦争は、国家と戦争請負会社のためのショーとしての戦争になっている。
 戦争請負会社は、ある意味グルで、終わりのない戦争をしている。
 力が均衡したほうがいいのだ。
 公共事業としての戦争。意味のない、終わらせないための戦争。

 わたしは、イラク戦争のことを思い出した。
 何のためにやっているのは、もはやわからなくなっている戦争。かつてのベトナム戦争みたいに。しかし、ここで、描かれている戦争は、イラク戦争などのように、一般の人たちを空爆したり、攻撃をしたりはしない。
 「キルドレ」と呼ばれる人たちが、お互い戦闘機で戦い続けるのである。

 新薬の精製のなかで、なぜか死なない子どもたちが誕生をしてしまう。
 「キルドレ」。16歳から、17歳。それ以上は、成長をせず、戦死をしないかぎり、死なない。

 かつての特攻隊や人間魚雷もそうだが、狭い場所に押し込まれ、闘うのだから、小柄で、若くて、柔軟で、純粋で、生活感がなく、子どもなどいないほうがいい。
 だからこそ、大人ではなく、しかも永遠の命を持つ「キルドレ」が、終わりのない戦争には、うってつけなのだ。

 カンナミ・ユーイチは、基地に、戦闘機に乗ってやってくる。
 ここの基地の司令官は、女性のクサナギ・スイトである。
 エース・パイロットであったクサナギは、子どもがいると噂され、「キルドレ」のなかでも成熟しており、自分が何ものかわかっており、表に決して出さない悩みも深い。

 戦闘機が、撃沈され、ぼろぼろになり、戦死をしたキルドレが、布にくるまれ、担架で運び出されるシーンがある。それを見た一般の人が言う。「かわいそう。」と。それを聞いたクサナギが、切れてしまって、怒って、言う。「かわいそうなんかじゃない。侮辱だ。」と。ひとつのクライマックスのシーンだ。
 そんなことを死んだ人間に対して言うなと。

 「ショーとしての戦争」を支えているのは、実は一般の人々である。
 人々は、かわいそうなどというが、キルドレを必要とし、支えているのである。
 おためごかしに「かわいそう」などと言うな。

 強い、深い苦しみを持つクサナギ。
 強いヒロイン。

 キルドレは、戦争の「兵器」である。
 戦死をしても、新しい肉体に、癖や、戦闘能力は、引き継がれる。
 新しい出会いを繰り返し、愛することを繰り返し、そして、見送り、戦死の報を聞く。

 同じ人と愛を繰り返す。
 あまりに愛しているので、いっそのこと自分の手で殺したいとさえ思う切ないラブ・ストーリーだ。

 カンナミ・ユーイチは、昔の記憶があんまりない。ぼんやりしている。ひたすら優秀なパイロットだ。
 名前の優一の通り、ひたすら優しい。
 加瀬亮の声に、癒される。

 カンナミ・ユーイチは、戦闘機で飛びながら、地上の景色を見て言う。

 「いつもと通る道でも違うところを踏んで歩くことができる。いつも通る道だからって景色は同じじゃない」

 電車で通勤をするときに、何百回見た景色も、なぜか毎日新鮮で、何か発見がある。
 毎日、景色も、人も少しずつ違う。
 毎日、何かをプレゼントしてもらえる。

 永遠のいのちと言っても、そんな喜びやプレゼントの蓄積だ。

 わたしには、この映画は、反戦映画に思える。
 そして、退屈で、かわりばえしなくて、どうってことのない、なんとなく手応えがないように思える毎日も、捨てたものではなく、生きるに値すると言ってくれているような気がする。

 カンナミ・ユーイチは、最後に、飛び立つ前に、クサナギ・スイトに、言う。
 「何かを変えるために、きみは生きろ。」と。

 何かを変えるために、きみは生きろということに尽きる。
 生きろと言うことだ。
 これは、あまりに辛いので、クサナギ・スイトが、カンナミ・ユーイチに対して、「殺してくれない?」と言ったことに対する返事である。

 カンナミ・ユーイチは、ティーチャーを撃沈できただろうか。

 殺人マシーンとして、永遠の命を生きるのは、あまりに辛い。
 「変えるために、きみは生きろ。」とはどういうことだろうか。

 超えられない存在である大人の男であるティーチャーが、いなくなれば、終わりなき戦争が終わるのだろうか。
 クサナギ・スイトは、カンナミ・ユーイチと、違う出会いができるだろうか。

 それにしても、わたしは、クサナギ・スイトの強さを少しは見習いたい。
                    (福島みずほのHPより一部変更して転載)
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