判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
『シッコSicko』(マイケル・ムーア監督 アメリカ 2007年)

 マイケル・ムーア監督の映画から、いつもものすごい刺激を受けつづけてきた。そうか!って。
 こんなに果敢に、現実と格闘しているバイタリティーのある人がいるということに、いつも本当に励まされてきた。
 そして、びっくりするような視点とユーモア、おいおいそこまでやるのかとあきれるくらいの行動力、いろんなものを敵にまわして大丈夫かとこちらが心配になるくらいいつも果敢である。

 シッコとは、病気とか病人と言う意味。
 デーブ・スペクタ−は、映画のパンフレットのなかで、「『Sicko』というタイトルについて、「病人」という意味と、「(病的な)変態野郎」というダブルミーニングになっていて、実際の病人だけでなくアメリカの医療保険全体を指している。このあたりのセンスも天才的ですね。」と述べている。
 「病気」であるアメリカの医療制度が、政治の責任も含めてしっかり描かれている。
 利潤追及をひたすらする民間保険会社。民間保険会社のネットワークに参加する医師は、医療を認めないほうが、報酬が上がっていく。スタッフも、医療を認めない方向で、仕事をしていく。

 1992年、クリントンは、国民皆保険制度の確立を公約として、登場。確かに、当時、ヒラリー・クリントンが、国民皆保険制度を作ろうとするが、「国民皆保険制度は、社会主義の道」とキャンペーンを張られ、徹底的につぶされる。
 保険会社おかかえのロビ−ストたちが、議員たちを取りこみ、会社は、それぞれに多額の政治献金をしている。
 議会で、国民皆保険制度を導入することが、困難な状況が完璧に作られている。

 わたしは、当時、ヒラリー・クリントンが攻撃をされ、挫折をするという記事や論文をたくさん読んだが、なるほどこういうことだったのかと改めて思う。

 保険会社から献金(もちろんブッシュ大統領は、みんなのなかでもダントツの献金を受けている)をもらい国民の健康を切り捨てる政治家の醜さがしっかりと描かれている。

 アメリカの医療制度が国民皆保険でない問題点、医療保険をもたない人が4700万人もいて、医療保険を持っている人もお金がないと支払いができず、医療を受けられない、医療からはじきとばされている、街角に病院から人が運ばれて捨てられているという実態がどんどん語られていく。

 それとの対比で、イギリスやカナダ、フランスの国民皆保険制度、医療費が無料で、安心して、医療が受けられる実態が語られる。

 マイケル・ムーアは、言う。
 「お互い支えあってこその社会ではないか。」

 もちろん医療がただのイギリスでもサッチャー政権のときの医療破壊などで、医師が逃げ出したり、医療の崩壊が起きていたり、それぞれの国は問題をかかえている。
 また、わたしが、映画が終わった後、女子トイレに行ったら、「わたしは、実は、医療関係者だけど、病院のなかで、ただの医療の使われ方について、疑問を持つこともあるので、映画を見て、複雑な気もした。」と連れの女性と話をしている人がいた。

 アメリカの医療が、×で、イギリスやフランスやカナダの医療が、○と言いきれないところもあるだろう。
 しかし、国民皆保険なのか、民間にまかされていて、利潤追及でやられているのかの明確な違いはある。

 かくしてアメリカは、世界最高水準の医療もあれば、医療から、排除され、病院から通りに捨てられる人たちもいるのだ。

 傑作なのは、9・11で救命作業のために、自らの健康を犠牲にすることになった人たちを連れて、ムーアが向かうのは、なんとキューバ南にあるグアンタナモ米軍海軍基地。ここは、アメリカで唯一ただの医療がなされているからとのこと。
 アルカイダの人たちは、最高の無料の治療が受けられている・・・・・・・・。
 これは、グアンタナモの収容所で、とんでもない人権侵害が行われているということへの最大の嫌味か?冗談か?
 メガホンで、「治療を受けさせてくれ」と叫ぶムーア!
 このあたりが、最高潮である。
 当たり前だが、基地はびくともせず、ムーアたちは、キューバに行き、病気の人たちは、キューバで無料の治療を受ける。

 よくまあと思うが。
 行動力とユーモアと恐れをしらないムーアの面目躍如である。

 ムーアは、多くの人がまともに治療を受けられないことに怒っている。
 こんな社会でいいのかと怒っている。
 政治は、人が幸せになるための仕組みを作るものである。国民皆保険ではないということは、どう考えても人を幸せにする仕組みを作り損ねていると言っていいだろう。
 政治の怠慢であり、堕落であり、政治が、特定のものによって牛耳られ、人々が、犠牲になっているのである。
 日本は、一応建前は、国民皆保険制度であるけれども、崩壊をはじめている。
 医療は、3割負担だから(2003年の健康保険制度の改悪のため、サラリーマンも国民健康保険と同様窓口での負担が、3割負担となった)、財布のなかみと相談しなければ、病院へはいけない。
 2006年の医療制度の改悪で、たとえば75歳以上の人については、別個の健康保険制度を作ることになったが、まさに、これは、高齢者の医療の切り捨てである。
 2007年、国民年金の保険料の未納者は、国民健康保険証を取り上げられることになった。

 まさに、医療の沙汰も金次第。

 日本は、建前は、国民皆保険ではあるもののどんどん「アメリカ化」している。

 だからこそこの映画は、とてつもなく刺激的で、示唆に富む。

 マイケル・ムーアの怒りとユーモアは素晴らしい。

 そして、わたしは、マイケル・ムーアは、社会民主主義者だと思う。
 人々が、切り捨てられることなく、ともに支えあってともに生きていく社会でないと人々は生きられないと心の底から思い、「自己責任だ」として、弱い人や多くの人たちが、省みられず、放置されていることに、心の底から怒っている。
 そして、社会の仕組みを変えようと訴える。

 マイケル・ムーアの蛮勇に、あっけにとられることもあるけれど、それは、「おぬしやるなあ。」ということである。
 そして、社会民主主義の考え方の薄いアメリカで、おじさんなどが工場の労働組合の委員長であり、敬虔なカトリックであるムーアは、人間が粗末に扱われることに対して吠えていくのである。

 日本のなかでも医療をきちんと確立すること、医療の沙汰も金次第にしないこと、切り捨てない社会をできるだけ作っていくことを、日本のなかでも本当に元気にやっていきたい。
(福島みずほのHPより一部変更して転載)
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK