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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
「デブラ・ウィンガーを探して」(ロザンナ・アークエット監督/アメリカ/2002年)

 女優たち一人一人が、子育てについて、仕事について、両立について、人生についてインタビューに応じている。みんなが集まって雑談をしている場面もある。胸の痛みなしには見られない部分が一杯ある。一般の女性に共通の問題と女優としての特別の問題と両方ある女優さんは、「子どもに会いたい」と言う。
 私自身猛烈に働いてきた。弁護士として、交渉の途中でトイレに入って、時計を眺め、壁にもたれて、嘆息したことがある。保育園の迎えがあるし、一刻も早く帰りたい。しかし、そんなことはおくびにも出せない。こちらに時間の余裕がないことなど、相手に悟られてはいけない。足元を見られては困る。今帰ってしまったら、もうあと一歩で示談が成立するのに、全て水の泡になってしまう。「早く帰りたい」。そう思いながら、時計を見ることもできず、話し合いのテーブルにつき、話し合いを続ける。
 女優の人たちは、もっと確かに大変だ。撮影となれば長時間カンヅメになり、場合によれば何ヶ月も子どもと離れなくてはならなくなる。女優さんたちは言う。「男たちは、性格俳優がありうるけれど、女優は若いかきれいかということが大きな基準だ」と。女性の性格俳優もいるではないかと思うが、「新星」とされた女性たちは、ある年齢になると確かに作品に恵まれなくなる。
 ブルース・ウィリスは、ずーっと仕事をし続けている。仮に頭髪が薄くなっても、そんなことは全く関係ない。ショーン・コネリーだって、むしろ年を取ってものすごくいい味を出している。しかし、ブルース・ウィリスの妻であったデミ・ムーアは、作品に恵まれなくなっている。
 「ヨーロッパでは、ジャンヌ・モローやシャーロット・ランプリングの例もあるけど、ハリウッドは違う」とある女優が言う。ジェーン・フォンダは言う。「子育てについては、お金で解決してきた。人を雇って育ててもらった。自分がそういう育てられ方をしたので、それが当たり前だと思っていた。家に帰っても仕事のことなどを考えていて、子どもに向きあっていなかった。今の若い人たちを見ているとしていると思う」と言う。映画で演技することの素晴らしさについても語る。
 このドキュメントのタイトルになっているデブラ・ウィンガーも出てくる。「愛と青春の旅立ち」を見た。彼女は引退をしている。なぜ引退をしたか、今どんな気持ちで生きているのか語っている。ウッピー・ゴールドマンも出てくる。話を聞いていると、「えっ、この人もママだったの?」と驚いた。みんな自分のキャリアと子どもとの関係で悩み、もがき、結論を出している。
 ドキュメントを見ていると、「同志」という思いになる。虚飾なく、「等身大」で女優たちが語っているのは、ドキュメントをとっているのが「グラン・ブルー」の女優ロザンナ・アークエットだからだろうか。
 今も私は、公的生活と私的生活のバランスの上で生きている。「公的生活」がいつも張り出し、高気圧のように張り出してくる。「仕事をしたい。仕事をしなくちゃ。」という思いで突っ走っている。もう「仕事」でもなくなって、「活動」そのものだろうか。「人生」と「一体化」をし始めているような気もする。たまに自分のことを振りかえる。「晩年になったら、自分のためだけに生きたい」なんて思うことがある。そんなことは一生ないかもしれないし、今も「自分のために」生きているのだけれど。
 ところで、男性たちが、自分のことをこんな女優の人たちのように、等身大でみずみずしく語ってくれるドキュメントも見てみたい。
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