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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
「連弾」(竹中直人監督・2001年・日本)

 竹中直人演ずる夫は、賃貸アパート(だったっけ)などを持っている人の息子で、お金にはこまっていない。専業主夫をやっている。
 天海祐希演じる妻は、キャリアウーマン。浮気がばれたことをきっかけに離婚の話が出てくる。
 女の子と年下の男の子の2人の子ども(どちらも小学生かな)は、傷つきながらも2人の親をじっと見ている。リアルな子どもの眼。
 「パパって、3コ98円なんていうのに弱くて、ママは300万円のピアノをバーンと買っちゃうんだよね」とママに一目置いている。父親と一緒に暮らすことを選択しながら、母親のきっぷの良さもわかっている。でも娘と母親は、微妙に対立もする。娘のためにはピアノを買い、息子のために300万円の預金をし、通帳を見せて、子どもの歓心をかおうとするバリバリの母に対して。
 娘は、発表会で母親と連弾をする予定である。「ママのようには弾けない」という娘。
 母と娘とピアノというと、スウェーデン映画『秋のソナタ』を思い出す。キャリアウーマンの強い母と押さえつけられてきた娘。ある日娘は思いのたけを母に話す。たじろぐ母。
 時代は流れて、日本で『連弾』といった映画になった。母と娘の緊密な関係。双方の思い込みというよりも"夫"と"妻"それぞれと子どもとの関係というように変わってきている。『秋のソナタ』では本当に父親の影が薄かった。娘と母のそれぞれの思い込み(娘は母親に愛されなかったと苦しみ、母は娘のために一生懸命教えたり尽くしたのにというすれ違いの思い)が全面に描かれていた。それは良くわかるが、しかし、その背後には、母親は何はともあれ子育てを優先すべきだという社会の意識があったと思う。
 『連弾』では、子育ては母親がするものだとか、父親が働いているものだとか、父親は家事・育児をしないものだとか、浮気は夫がするものだとか、女は金を持っていないだとかいうものは、サラリとなくなっている。両親の離婚によって、子どもたちは傷つくのだけれど、だからといって離婚はダメだという描き方にもなっていない。
 日本映画の多くは、妻が家事・育児をやっている。「なんかなあ」と思ってしまう。現実ともずれているし、もっといろんな家族が出てもいいのになと思う。
 この映画では、父親と子どもたちが今までの家に住み、妻が出ていきときどき子どもたちに会いに来る。日本映画の名作といわれる「ウッホッホ探検隊」とか「お引っ越し」とは逆である。
 『連弾』は小品かもしれないけれど、こんな作品もでてきて嬉しい。
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