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映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
息子の部屋(ナンニ・モレッティ監督・仏=伊・2001年)

 イタリアカンヌで賞をとった映画
 夫は精神科医、妻も働いている。息子とバスケットボールにはげんでいる娘がいる。
 ある日、息子が海に潜って、事故死してしまう。
 突然の息子の死をなかなか受け入れられず、夫も妻も娘も苦しむ。
 夫は、息子が亡くなってしまった日曜日、息子と出かけようとしていた。そこへ依頼者から、具合が悪くなったので、急だけれども自宅に来て欲しいとの連絡がはいる。出かける父親。
 彼は、自分が出かけなければ息子はダイビングにでかけず、死ぬこともなかったと自分を責める。またそのときに呼び出した依頼者に対して、非難がましい意見を持ってしまう。
 バラバラになりそうな家族。夫・妻・娘それぞれが自分の思いに耐えながら生きていく。それと同時にお互いが支えあうのだ。辛くなって精神科医をやめる夫。
 息子の死の後、なにかがドラマチックに起きるわけではない。でも緊張感のある後半で、変だけれどもわたしには救いがあった。みんな背負いきれないものを抱えて生きているのだって。
 わたしは社民党の幹事長になっていろんなもの、かかえきれないものがどっと肩にのしかかってくると思うことかあった。
 この映画で面白いのは、精神科医の夫のもとを訪れる依頼者たちである。みんな変だけれどもみんなリアルなのだ。こういう人ってきっといるよねという感じ。
 心にでこぼこを抱えているわけだけれど、自分もみんなもどこかでこぼこや穴ぼこを抱えているので、妙にリアルで面白かった。長椅子に、寝っころがって自分のことを淡々と話す依頼者の人たちは、アメリカにも日本にもイタリアにもどこにもいるのだなあと感心してしまった。なんか他人事とは思えない。
 人生は自分が背負いきれないほどのものがあるのだというのは当たり前のことだけれど、心に沁みる。
 ところで、主人公の妻は、いわゆる中年なのだけれど、映画のなかで、夫とのベッドシーンで、胸があらわになる。こういうところは、昔の映画と違うところ。
 こういうのを見ると、映画を見ている人へのサービスというか女の人が「女」として見られる期間が長くなったというべきか。熟女ヌードに通ずるところがあるというべきか、これが普通というべきか。
 しかし、映画を見ていると、ついつい見ている人へのサービスという感じがしてしまう。別に胸見せなくていいよとわたしは思うのだ。

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