判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
映画ウォーキング 群を抜いておもしろい映画評です。名作と言われる映画もジェンダーの視点で切ると・・・
「A.I.」(スティーブン・スピルバーグ監督・2001年・アメリカ)

*お涙ちょうだいの酷薄さ
 AI(人工知育)のロボットのお話。11歳のロボット。「シックスセンス」「ペイフォワード可能の王国」にも出ていた名子役のハーレイ・ジョエル・オスメントのみずみずしさには涙がこぼれたけど。
 私の一番の違和感は、たとえばロボットが親に対して愛情を持つようにプログラミングする場面。私はてっきり「父○○○○、母△△△△、子どもディビッド」とインプットするのかと思った。しかし、「モニカ(これは母親の名)、ディビッド」とインプットするのがマニュアルだった。何よこれ。子どもは母親だけのものか。父親は何なのよ。大体、ディビッドという人工知育のロボット自体、実の子どもが植物人間になってしまって、精神的に不安定になってしまっている妻のことを心配して、ロボット工場に勤める夫が連れてくるものなのだ。子どもは夫から妻へのプレゼントなのか。フン。
 スピルバーグがこのことに無自覚に作っているのならバカだし、確信犯的にそうしているのだったら犯罪的だ。
 次に、終わり方が、完全にハリウッドのお涙頂戴ハッピーエンドになっていることだ。これは余分だ。
 ディビッドが、「どうかボクを人間の子どもにして下さい」と訴え続けて動かなくなるところでこの映画が終われば、リドリー・スコット監督の名作「ブレードランナー」のような人間とロボットの間の距離とロボットの痛みと哀しみがテーマとして浮かび上がってきただろう。
 しかし「A.I.」の映画は続く。
 2000年の月日が流れ、閉じ込められたディビッドを発見した宇宙人たちが、ディビッドのマスコットの持っていたおかあさんモニカの髪の毛をもとにおかあさんを再生させる。一日だけ生きられるモニカ。
 モニカしか出現しないが、再生されたモニカは夫などがいないことに全く違和感はないのか。
 人間とは何か。人工知育、愛をインプットされたロボットは、人間とどこが違うのか(私はアイボという最近できたロボット犬のことを思い出した)という普遍的な事がテーマとなり得たのに、最後は、個人の幸せ物語になってしまった。
 それに、そもそも11歳の子どものロボットという設定自体無理があるのではないか。
 子どもは11歳のまま。母親は30歳、40歳、50歳、60歳…100歳と歳を取っていく。子どもとの年はどんどん離れていく。子どもは成長して巣立っていく存在なのに全く成長しない子どもをわざわざ作るのは無理がある。
 子どもが愛らしいだけに、腹立たしい。
 「リプリー」で主役をしのいでしまったジュード・ロウがジゴロー・ジョーというジゴロのロボットを演じている。生き生きしていて光っていて面白かった。
 子役のハーレイ・ジョエル・オスメントが幸せに成長してくれなんていうことも思った。私が心配することもないかもしれないけれどね。
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK