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おたより募集中

※頂いたおたよりをホームページでご紹介させていただく可能性がございます。ホームページに掲載されるのが不都合な場合は、「掲載不可」などとその趣旨をとお書きそえください。また、ペンネームを希望する方も、ご記載願います。



17.10.17
「ブルーム・オブ・イエスタデイ」(監督:クリス・クラウス ドイツ・オーストリア 2016年)
 ドイツ人トトは、祖父がナチスの戦犯で、その罪と向き合うためにホロコースト研究に人生を捧げる研究者。一方、祖母がナチスの犠牲者となったユダヤ人で、祖母たちの無念を晴らすために、ナチス研究に青春を捧げる若きインターンの奔放な女性ザジ。フォルクスワーゲンに乗るのも拒否するくらいの大のドイツ嫌い。サジが研究所に入ったことで二人は協力してアウシュビッツ会議を企画することになった。まじめな研究者で人間関係が苦手で妻ともうまくいっていないトトはエネルギーに満ちたザジに激しく反発するが、共通のテーマに向かって二人は惹かれあって行く。
 しかし、一方が加害者、一報が被害者の歴史を背負っている二人の関係がむずかしいことはいうまでもない。特にトトの祖父とザジの祖母が同級生であり、しかも祖母の通った学校のユダヤ人は全員ナチに殺害されているザジの憎悪は抑えがたく激しいもので、二人の関係も求めあいながらも単純なものではない。この二人にトトの妻、二人の上司でもあり、ザジの恋人でもある男性がからみ、それがみんな精神を病んでいるようでもあり、映画をみていても眉根が寄ってしまう。
 映画評ではブラックユーモアがあるというのだが、私はほとんど笑えなかった。最後に黒人の養女を連れるトトと今は女性がパートナーであるザジが男の子を連れてスーパーで行きあう場面があり、この男の子の父がだれであるか、またそれぞれの多様な家族を表していて興味深かった。それが希望とよべるなら希望かも知れない。
 過去にとらわれずに希望を持って未来に向かう。ナチス映画のエポックメーキングだというのだか、さてどうだろうか。(巳)



17.10.17
「三里塚のイカロス」(代島治彦監督 日本 2017年)
 成田市三里塚の農村地帯に巨大な空港をつくることを決定した日本政府は暴力的なまでに土地を強制的に収容していった。その巨大な権力に抵抗した農民たち。それを支援する多くの若者たちが三里塚に集結し、政府と対峙した。この「三里塚闘争」から50年。いまや国際空港「ナリタ」に毎日毎日多くの航空機が発着する。「海外旅行へ出発し帰ってくる人々の多くはそこで昔何があったか知らない。忘れてしまった人も多い。成田空港のその下に“あの時代”が埋まっていることを」とチラシにある。
 成田に離着陸するたびに、決して忘れたなわけではないことを思い出し、キリリと胸の痛む世代の私。「三里塚の農民とともに国家権力と戦った若者たちのその後の50年」を知りたくてかなり躊躇しながら映画館に足を運ぶ。ウイークエンドの午後のミニシアターの客席の3分の2以上が「あの時代の空気を吸った」シニアによって占められていた。
 いまも成田で抵抗を続ける農民、援農に行き農家の若者と結婚した女性、闘争の責任者だった人々、「革命」の拠点と信じて戦った元学生たち…それぞれの50年が語られる。長い年月の闘いの中で運動が分裂してその激しい反目の中で命を絶った人、闘争の中で命を失ったり、手足を失ったりした人。そしてヘゲモニー争いをした元学生運動指導者、土地買収を強力におこなった元空港公団の職員。空港近くを低く飛ぶ航空機の大爆音の下で様々な立場の人々が重い口を開く。それぞれにその一瞬ずつに正しいと思った道を選んだにちがいない。
 立ち退きをせずに今も抵抗を続ける人はたった一人で、老いた母の介護をする。介護保険も届かないなかで。ある党派の指導者のかなり長いモノローグがある。そして空港公団の「なんであんなところにつとめちまったかな」という独り言。
 あとで三里塚のあの土地は満州開拓団からやっとの思いで帰国した農民の人が開いた土地だったということを聞いた。彼らは2度も日本という国に捨てられ翻弄されたのだ。怒り苦しみの長さと深さを思わすにはいられない。もちろん激しい闘争の場面も少なくないが、さまざまな立場の人から本音を引き出しているところが素晴らし。とても胸に迫るドキュメントである。(巳)



17.9.15
「少女ファニーと運命の旅」(監督:ローラ・ドワイヨン フランス・ベルギー 2016)
 ナチスドイツが支配する1943年のフランス。幼い妹2人と一緒に両親から離れて児童施設にかくまわれていたユダヤ人少女ファニー(13歳)は、近所に住む人の密告により別の施設に移動することになった。しかし、厳格な女性の管理人・マダム・フォーマンが率いる新たな施設にも捜索の手が迫る。フォーマンの指導のもと、ファニーたちは何人かずつのグループに分かれ列車で移動する。子どもたちにはドイツの偽名を覚えこませ、誰に聞かれても夏の林間学校に行くのだと答えるように言い聞かせて。
 サブリーダーの少年エリーは途中で脱走、逮捕されてしまい、列車に乗り込む前にフォーマンはファニーにグループの子どもたちを託す。
 ファニーより年長の子もいたのだが、フォーマンが穏やかで我慢強くバランスのとれたファニーの性格を見抜いてのことだった。ところが約束の地に自動車で移動したはずのフォーマンは姿を現すことなく、子どもたち9人は見知らぬ駅で途方に暮れる。しかしついにファニーは、自分たちだけでスイス国境を目指すことを決意する(永世中立国・スイスと教えられた幼き時代を思い出した)。警察やナチスの目を逃れながらの脱走。食べ物もなく幼い子どもたちはすぐに歩くのにつかれてぐずりだす。しかし一方で子どもたちは、無邪気に遊びたわむれもする。彼女・彼はまだ幼すぎて自分の置かれている状況が理解できないので、絶望におちいらない。それが彼女たちに希望を与え続けたのだろう。あるときは駅員にあるときはフランス警察官にあるときは農家の人の「見てみないふり」や危険を冒す「善意」に助けられながら、間一髪の危機を何度も切り抜ける。こうした親切な人々がいる一方で自分が助かりたい一心あるいは報奨金目当てに密告する人もいる。子どもたちは幼くして人間の裏表を知ってしまったにちがいない。
 子どもたちだけでも助けようとする国際救援組織や国境まで送り届けることを商売にしていた民間人もいたことなども描かれている。しかし子どもの行動が中心なので時の流れがゆっくりしていて、ナチスからの逃避行という緊迫感に満ちた行動もわりとのんびりしている。悲惨さより子どもたちの無邪気さや快活なエネルギーの描写が多く、また事実に基づいているので結末もわかっているため、気分的には見ていても楽である。それがこの映画のプラスでもあり同時にマイナスでもあるように思う。  それぞれの子どものバックグラウンドがわからないこと、また途中で脱走するエリーの説明が不十分なので腑に落ちないところがある。最後、国境を超える瞬間、警備兵に発砲されて必死に逃げる子どもたちを先導するようにエリーがファニーに託した手紙が空を舞うのだがファンタジーすぎる。(巳)



17.9.15
「ハイドリヒを撃て」(監督:ショーン・エリス チェコ・イギリス・フランス 2016年)
 第2次世界大戦下、ナチスのNO3といわれホロコーストを主導したラインハルト・ハイドリヒは、“金髪の野獣”と恐れられ、侵攻・占領したチェコで圧政をしいていた。イギリス政府とチェコスロバキア亡命政府は反ナチ戦線立て直しのためハイドリッヒの暗殺を計画する。その指令を受け、ヨゼフ(キリアン・マーフィ)やヤン(ジェイミー・ドーナン)ら7人の暗殺部隊の若者がパラシュートで降下、チェコ領内に潜入する。現地のレジスタンスの協力を得て襲撃計画は実行され、ハイドリヒは銃撃で死ぬが、チェコの人々が怖れたようにナチスの報復はすさまじく、暗殺隊の一人の出身地であるというだけの理由で1村全員が殺害される。
 最後に7人は教会の地下の納骨堂に身をひそめるが食料を運んでいた母息子が、ナチスの残虐きわまりない拷問によって彼らのありかを教える。自死するための最後の一発をのこして徹底抗戦する若者たち。圧倒的な兵士と武器と水で彼らを追いつめるナチス。この攻防はすさまじく、映画の最後の30分間銃撃の振動が伝わってくるようだった。
 史実に基づく映画だが、第2次大戦中のヨーロッパ政治やチェコの状況を知らないとやや分かりにくい。まったく無謀の闘いのように思えるのだか、このような抵抗の積み重ねの上に今の「平和」があるのだろう。
 
『ヒトラーへの285通のはがき』では静かな抵抗の形が描かれ本映画は力と力の対決が描かれる、それだけに個々人の心理描写は少ないが追い詰められて青酸カリのカプセルを頼りに戦う絶望的な人々の表情が忘れられない。でもこのような抵抗の歴史がいまのチェコの若者に伝わっているだろうか。日本と同じで歴史は継承されていないように思われる。40代のひとと話してもそうだった。「ソ連」時代のことはよく記憶されているのだが。(巳)



17.8.16
「メアリと魔女の花」(監督:米林宏昌 日本 2017年)
 夏休みに入ったらお子さまたちで混むしうるさいしと、急きょ映画館に足を運んだ―夏休み直前の映画館は観客が少ないのにキンキンに冷えていた。アニメは音響が大きいし、画面も原色が氾濫して目もつかれるので、いつもより後方の席をとったのだが、それでも少女メアリの発するワーとかキャーとかアーという叫びにぐったりしてしまった。
 無邪気で元気のいい少女メアリは、森で7年に1度しか咲かない不思議な小さな紫色の花“夜間飛行”を見つける。この花は、魔法の国から盗み出された禁断の花だった。一夜限りの不思議な力を得たメアリは、箒にまたがって魔法の国に飛んでいき魔法大学“エンドア”への入学を許される。この大学の女性校長とドクターは魔法にはまってしまって、さまざまな動物を閉じこめ、「変身」させている。そしてついに人間の男の子、メアリの友だちであるピーターも捕まってしまう。魔法がきくのは一夜だけ。途中解放した動物たちの協力でメアリは険しい山にある魔法の実験場にたどりつく。しかしここからは一人だ。魔法の力も切れた。突然に実験装置が暴発、ガス、光線、液体が流れ出し、発明者の女性校長やドクターをも飲みこみそうになる。自ら作ったものを統御できなくなり身に危険がせまるこの状況は原発事故を想起させるに十分だ。
 結局はだれ一人命を落とすことなくハッピーエンドで終わるのだが、魔法の力ではなく人間の意思や行動が運命を切り開く、いつも助けられる女の子が男の子を助ける、そこにこの映画の新鮮さはある。庭や山の自然描写はとても美しい。でも映画全体からは穏やかさとかやさしさを感じにくい。こういう凶暴さを含む画面のおもしろさは子どもたちのほうが共感できるのかもしれない。(巳)



17.8.16
「ヒトラーへの285枚の葉書」(ヴァンサン・ペレーズ監督 ドイツ・フランス・イギリス合作 2016年)
 フランスがドイツに降伏した1940年6月、深い森の中で一人の若者が銃撃戦で命を落とす。ベルリンの古めかしいアパートで暮らすオットー(ブレンダン・グリーソン)とアンナ(エマ・トンプソン)夫妻の一人息子ハンスだ。夫妻の元に郵便配達の女性がハンスの戦死を知らせる軍事郵便を配達する。夫婦は悲しみに言葉もない。やがてオットーはペンを握り締め小さなカードに「総統(ヒトラー)は私の息子を殺した。あなたの息子も殺されるだろう」(ヒトラーに子どもがいないのは有名だと思っていたがその時代の一般の人は知らなかったのだということがわかる)「ヒトラーは人殺しだ」と政権に反抗する言葉を書き、街の片隅に置いていく。ナチスに抵抗する運動言動は死刑になる時代。危険だからと最初は止めるアンナも協力するようになる。ささやかな活動を繰り返し助け合うようになってから二人の気持ちは一層深く結び付く。オットー夫婦は息子が亡くなる前は特に反ナチではないごくふつうの職工とその妻であったから、この変化に周囲の人々も気がつかなかったのだろう。
 しかし、秘密警察ゲシュタポがこれを見逃すはずがない。エッシェリヒ警部(ダニエル・ブリュール)の部屋の壁にはカードが見つかった地点に小旗が立てられた地図が貼られている。捜査の手が狭まる中、郵便配達の女性の夫が捕まる。だが冤罪と思う警部は彼を釈放するが、それを失策として上層部(ナチ親衛隊)に怒鳴られ殴られた警部は彼を自殺をよそおった形で射殺せざるをえなかった。そのころからたぶん彼の中にもナチス体制への不信感が芽生えたのではないか。
 破滅は突然にやってくる。オットーのコートのポケットが破れていて工場の中でカードを落としてしまったのだ。逮捕されたオットーは妻は無関係と主張するがアンナも逮捕される。二人の死刑執行のあと、エッシェリッヒ警部は集めたカードに目を通しそれを窓からばらまいて自死する。
 オットーとアンナが書いたカードは285枚。18枚だけは警察に届かなかったが、残りはすべて警察に届けられていた。オットー夫妻の一般市民への呼びかけはほとんど届かなかったというわけである。しかし、18枚以外の全部のカードを読んだ警部の心にはじわじわと効き目を表していたということだろう。
 英語の題は「Alone in Berlin」。夫婦二人の孤独な闘いという意味であるが、警部の悩みが十分書かれていたわけではないにしても後半大きなポイントになっていて、この映画に立体感を与えている。
 時の権力はかくも「表現の自由」を恐れるのだ、それによって人と人の心が通じたり団結することが「わが身を滅ぼす」ということをよく知っているのだ。
 映画館を出るとき、「救いのない映画だったわねえ」と年配の女性がため息をついていた。物を言えなくなったと気がついたときはもう遅い。日本は大丈夫か?(巳)



17.7.14
「残像」(アンジェイ・ワイダ監督 ポーランド 2016年)
 今まで見た映画で何が一番よかったかと聞かれたら、アンジェイ・ワイダの『カティンの森』(2007年)と答えるだろう。第二次大戦の末期、ナチス・ドイツとソ連に分割占領されていたポーランドの将校1万数千人がソ連軍によって虐殺された事実が歴史の闇に葬られていた凄惨な悲劇を掘り起こして描いたもので、その捻じ曲げられた歴史的事実に圧倒されてついに感想が書けなかった映画である。そのワイダが2016年亡くなった。彼の遺作が本映画である。チラシには「人はそれでもなお、信念を貫けるのか」とあり、ワイダが一貫して追求してきたテーマの総決算であることが容易に予測され、気が重くなるのはどうしようもない。
 土曜日の午後の岩波ホール。他の映画に比べて断然男性度が高い。
 1945年、ポーランド。アバンギャルドな作風で知られ、シャガールやモンドリアンなどと交流があった画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、当時のポーランド政府が推し進めていた全体主義に従うことを徹底的に拒んだことから(「こちら側に立つか」と問われて「自分の側に立つ」という!)、大学で教授職の退任に追い込まれ、美術館からは作品が撤去されてしまう。しかし、彼を支持する熱心な学生たちの協力を得て、ストゥシェミンスキは権力と戦うことを決意する。拷問こそ受けないが、国の圧力はものすごい。ついには配給切符の権利もはく奪され、食料も手に入らない。ストゥシェミンスキにとっては肉100グラムより大事な絵の具1本も手に入れることができない。彼を慕う学生がさがしてくれた似顔絵描きさえ、当局の手が回り首になる。さらに役人は「きみには娘さんがいるね」と恐ろしい脅迫までする。
 表現の自由を守るにはこのような苛酷な闘いをせざるをえないときがあるのだ。
 映画のかなり早い時期に象徴的なシーンがある。ストゥシェミンスキが自宅アトリエで松葉杖をつきつつキャンパスに向かっていると突然キャンパスが赤く染まる。絵の具の色もなにも見えない。窓を開けるとスターリンの写真と赤旗が窓を覆ったのだ。怒り狂ったストゥシェミンスキが松葉杖で赤旗を切り裂く。たちまち警察に連行されるストゥシェミンスキ。ここから社会主義リアリズム以外の芸術を認めない国による自由主義への弾圧が露骨な形で明らかになる。
 ポーランドに生きた現実の画家、ストゥシェミンスキの晩年の4年間を描いた映画なのだが、彼がなぜ片足片手を失っているのか、また同じ芸術家(彫刻家)の妻となぜ離婚するに至ったかなどが、まったく描かれていない(推測もかなり難しい)のだが、それだけに社会主義リアリズムと徹底的に戦った彼の姿勢、思想がクリアである。多分ワイダはなにもかもをリアリスティックに描くことを避けたのに違いない。それはストゥシェミンスキの思想に寄り添うものだから。
 錯乱に近い形で自死したストゥシェミンスキにはまだ中学生の一人娘ニカがいた。彼女は立て続けに両親を失う。それ以前には離婚した両親の間で彼女のほうが保護者的になって二親をはげまし家事もこなす。ロシアの病院のシステムがどうなっているのかわからないのだが、母が亡くなったときも父が亡くなったときも、もぬけの殻になったベッドの白いシーツを見つめるだけである。このいたいけな少女が後年、精神分析医になったことをプロで知ってホッとする思いだった。
 「人々の生活のあらゆる面を支配しようと目論む全体主義国家と、一人の威厳ある人間との闘いを描きたかった」というワレサのメッセージは以下のように結ばれている。「一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか、表現の自由を得るために、どれだけの対価を払わなければならないのか、全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか、これらは過去の問題と思われていましたが、今もゆっくり私たちを苦しめ始めています。どのような答えをだすべきか、私たちはすでに知っている、そのことを忘れてはならない」。
 しかし、どうだろうか。私は情けないことに自信がない。(巳)



17.5.15
「わすれな草」(監督:ダーヴィット・ジーヴェキンク ドイツ 2013年)
 グレーテルは奨学金を得て工場で働きながら言語学を学び修士号を獲得後、北部ドイツ放送で働き、テレビ番組の司会者として活躍、この間、ベトナム反戦運動に触れて政治的に目覚め、ドイツ語教師を務めながら政治的活動に没頭し、高齢になってからも緑の党、エネルギー転換委員会、女性運動に深くかかわる。一方、私生活ではスイス人の教師で活動家でもあるマルテと結婚、娘2人、息子1人を育てる。この息子が本映画の監督のダーヴィット・ジーヴェキンクである。
 美しく知的で奔放でもあったグレーテルが認知症になって4年、夫のマルテは自宅で甲斐がいしく妻の面倒を見ている。しばらくぶりに自宅に帰った息子は母親の認知障害が進み、父親が介護で疲労しているのをみて、父親を旅に送りだし、自分が介護する。息子を夫と思いこみ、自宅にいるのに「さあ、帰らなくちゃ」と言い、眠たがってなかなかベッドから出ない母親の介護は想像以上に大変であることを知った息子は母親の姿と家族の介護の状況を映像記録に残そうと考える。理性的で活動的だった母親の様変わりした姿や老いた夫婦が寄り添って生きる様子と、かつてドイツとスイスで社会主義活動に身を投じ、互いの自由恋愛を認めていた70年世代の先進的な夫婦の人生を対比させるドキュメンタリー映画。過去の二人の姿は生き生きとしてカッコいい。しかし、二人が初めて出会ったハンブルグの町や彼女の住んでいた家を見てもまた彼女が一緒に活動した昔の仲間と会ってもグレーテルの表情に変化はない。
 次第に体力的にも弱ってきたグレーテルは一度は施設に入る。ここで意外にも環境の変化に適応し体力も回復したグレーテルだが、娘たちの希望もあって再び自宅に戻る。施設とのやり取りや家族同士の話し合いなどがほとんど描かれていないので、ここでなぜ自宅介護に戻ったのかがいま一つわからず残念である。自宅に戻ったグレーテルは受容的な外国人労働者の介護人の援助も受けながら、最後はベッドの上で幼い孫が交互にさし出すスプーンのスープを飲みながら安らかに旅立つ。
 自宅介護の難しさ、しかし病の妻を尊重し支え合う夫婦や家族の姿が自然で心を打たれる。夫もそうだが息子や娘が辛抱強くやさしくグレーテルに対応することに驚く。これまでの暖かな家族関係をつくってきたことの結果なのだろうけど。古今東西を問わず、ベッドサイドに最も近しい人間―どうもそれは血のつながった家族のようでもあり―に囲まれてこの世に別れを告げるのがもっとも幸せな形なのか。「家族の絆」という言葉を思いださずにはいられない。(巳)



17.5.15
「ラ・ラ・ランド」(監督:デイミアン・チャゼル アメリカ 2016年)
 ゴールデン・グローブ賞の作品賞、主演男優賞、主演女優賞など7部門を受賞している極上のミュージカルというので、ミュージカルは苦手なのに期待して見た。
 ム、ム、ものすごくストーリーが簡単なのに128分はいかにも長い。ラ(L・A)とはロスアンジェルスのこと。映画スタジオのカフェで働くミア(エマ・ストーン)は女優を目指してオーディションを受けているが落ちてばかり。この日もテストに落ちて意気消沈しているところに聞こえてきたジャズに誘われて入ったバーでピアノを弾いていたセブ(ライアン・ゴズリング)と運命的な出会いをする。セブの夢は自分の店をもって好きなジャズを好きなだけ弾くこと。女優志願の女の子(というほど初々しくないのが致命的)と売れなくて気難しいピアニストの恋の進行は音楽とダンスに乗って進む。このあたりはいかにもミュージカルだが、なんだか退屈。この二人の愛とうまくいかない仕事さがしが「春夏秋冬」の章に分かれて描かれる。「秋」の後半になって二人の間に影が落ちるようになってやっと少しおもしろくなるのだが、ミアがパリでデビュ―して大成功をおさめて二人の間に距離ができた途端に「5年後」というタイトルが出て驚く。ミアは幸せそうな結婚をして子供も生まれている。一方、セブはパブの主人公となり大繁盛。着飾ったミアが夫と二人この店を訪れる。ミアとセブの視線がからむ。でもそれでおしまい。しかも後半は肝心の音楽やダンスが影を潜める。この映画の良さがさっぱりわからなかった。一つだけすばらしかったのは吹き替えなしのセブのピアノ。このテクニックはすごい。音楽もよい。ただそれだけ。(巳)



17.4.13
「未来よ こんにちは」(監督:ミア・ハンセン=ラヴ フランス 2016年)
 高校で哲学を教えているナタリー(イザベル・ユベール)には同業者の夫と成人の娘と息子がいる。認知症気味の母は一人で住んでいるが毎晩ナタリーに「あっちが痛い、こっちが悪い」と訴えの電話をしてくる。無視するとガスの栓を開けたりするのでおそろしい。週に3回も救急車が出動するに至ってついに施設に。母がかわいがっていた黒い猫が猫アレルギーのナタリーのところへ。そうこうするうちに夫の浮気が娘にばれて娘に問い詰められた夫はあっさりうちを出て離婚。母は慣れぬ施設で死亡。出版社からは「叙述が難しい」と出版を断られる。一番目をかけていた元生徒からは「先生は行動しない」と痛烈な批判。と、こんなふうににわかにナタリーの周囲に北風が吹き荒れる。どれも人生の一大事だけれど、ナタリーは取り乱したりしない。その彼女も時には苦手な猫を抱いて涙することもなくはないのだが。
 でもこのような「孤独」と「自由」は背中合わせ。目をこらして未来を見れば見えてくる幸せがあるというのがこの映画の宣伝文句。「おひとりさま」も楽しいというわけ。
 で、それにつられたのだが、娘が出産した子供や元生徒に生まれた子どもに相好を崩す場面が印象に残り、「なんだ、孫に未来を託すってことか」と覚めた気持ちになってしまった。
 多分細かい心理描写がないせいだと思うが、ナタリーの生き方がさらさらと流れる水のように見えてしまった。音楽と自然は美しい。
 また、フランスの高校では授業に哲学があるんだなあとか今でも学生がストライキをして授業放棄をしているんだと驚く発見がある。授業の中でナタリーが生徒に呼び掛けるフレーズのいくつかとてもよかったのだが、それさえも映画が終わったら私の記憶からはさらさらとこぼれおちていた。(巳)



17.2.15
「恋妻家宮本」(監督・遊川和彦 日本 2016年)
 宮本陽平(阿部寛)は、ファミレスでなかなか注文が決められない優柔不断の中学国語の教師。しっかり者で専業主婦の美江子(天海祐希)とは合コンで知り合った。デキ婚で「愛」より「責任」で結婚した。その時の子どもも教師となり結婚して福島に赴任した。
 50歳にして初めてと言っていい夫婦二人だけの生活が始まる。美江子は、もう子供はいないのだから、「お父さん、お母さん」と呼ばずに「名前」で呼びあおうと提案する。照れる陽平だが、久しぶりに手にした昔の愛読書「暗夜行路」に美江子が記入済の離婚届を発見して動転する。疑心暗鬼に陥る陽平。この二人の熟年夫婦のドラマに中学校教師としての陽平の生活と料理教室に通う陽平の女友達の話がからむ。
 実は料理がこの映画のポイントである。陽平が美江子にプロポーズした言葉はなんと「君の味噌汁が毎日飲みたい」だし、中学校の教え子のドンが、不倫の末、交通事故にあって入院中の母親と和解するのも陽平がドンに教えた家族の顔つきのおにぎりと卵焼き、ハンバーグのお弁当だし、息子夫婦のところに家出した妻を迎えにいく陽平が作って持っていったのも美江子の好物いっぱいのお弁当!
 極め付きが妻を迎えに行った陽平がホームで転んで乗り損ねた電車の向いのホーム(この駅の名前が『こいつま』!)に立っていた(まさかそんなダサいシーンじゃなかろうねと思っていたのにその通りで脱力!)妻に叫ぶ言葉が(これもまさかと思っていたのに陽平が叫ぶ声が電車の轟音にかき消されて妻に届かないというクサイシーン)「君の味噌汁が好きだ」だった!
 優柔不断でメニューを決められないシーンや夫と妻の交わらない会話や聡明な教え子明美と陽平のやりとり、明美とドンとの会話など笑えるところもあるのだか、全体的に言うとかったるい。後半、とくに陽平が「正しさとやさしさ」「家族の大事さ」について説教するところなど突然に雄弁となり、いつもの優柔不断さが消えて「教師面」になりしらける。 原作が重松清だと知って納得。(巳)



17.2.15
「この世界の片隅に」(監督・片渕須直 日本 2016年)
 2016年度キネマ旬報第一位。
 1944年広島。絵を書くことが大好きでおっとり育った18歳のすずは、顔も見たことのない北條周作と結婚し(とはいえ、夫となった周作のほうはすずを幼い時から見染めていた)、生まれ育った江波から呉へとやって来る。戦争末期で食物すべてが配給になっていく中で、病身の姑、舅、夫、そしてしばしばやって来る小姑径子、その幼い娘晴美の食膳をととのえていく主婦となるすずの平凡な生活が美しい田園風景とともに描かれる。軍港呉はアメリカの爆撃が激しくなり、港に碇泊中の軍艦が燃え上がり、毎夜の警戒警報で睡眠不足に陥る。それにもやがて慣れていく。そんな一家もやがて広島長崎の原爆投下の直後に終戦を迎える。それまで穏やかだったすずが玉音放送を聞いて「うそつき!最後の際のまで戦うといったのに。私は腕をなくしたけどまだもう一本の腕と足がある」と叫ぶシーンが印象的。
 でもここではこの映画の中の家族の描き方が違和感を感じるくらいに現代的なことについて書きたい。戦前、しかも地方の多くの嫁は一家の犠牲なって働かされ、ひどい状況にあった。ところがこの作品のなかの嫁姑の関係はお互いにいたわりあっていて荒い言葉ひとつなく、のんびり屋のすずはちょこちょこ失敗もするのだがだれにも叱られないし、「子どもを産め」圧力もかかっていない。特筆すべきはこの若夫婦はお互いに「さん」づけで呼びあっている。この時代にこういうふうな呼び方をしていた夫婦はどれくらいいただろうか。
 多分お互いに好意を持ちあっていたすずの幼馴染の水原哲が軍隊の休暇を利用してすずをたずねてくると(これだけでもびっくりである)、若き夫・周作は彼に納屋で寝るように言うのだが、すずに行火を持たせ、すずが自分には見せない笑顔を彼に見せることに心穏やかでないにもかかわらず2人きりの時間を作ってやる。えっ!こんなことってあるだろうか。死を覚悟した哲がすずに言い残す言葉が重い。「わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ。笑ってわしを送ってくれ。それができんようなら忘れてくれ」。
 北條家のみんながみんなやさしい。小姑の径子だけがすずにつらく当たるのだが、それは彼女が恋愛結婚した病身の夫を早く亡くし、婚家にあととりの長男を置いてきて、幼い娘晴美と一緒に実家に帰っているという辛い境遇のなせるせいである。しかも呉の戦火を逃れて婚家に疎開しようとした朝、すずと一緒にいた晴美は不発の焼夷弾の突然の爆発によって吹き飛ばされてしまい、すずも晴美とつないでいた右手を失うという悲劇にあう。径子は「どうして娘を守れなかったのか」とすずを責める。しごくもっともな母親の感情だろう。だがそんな径子もすずの健気さに打たれそれとなくすずの不自由な体をかばうようになる。
 そして原爆落下ののち、妹だけが助かった実家を訪ねたすずになついてきた戦災孤児の幼い女の子がいた。すずはこの子を連れていったんは離れようとした呉に帰る決心をする。この女の子を中心に新しい家族がうまれるという予感を持たせて映画は終わる。
 むごたらしく暗い戦争のもとでも庶民に助け合って平穏な生活が短い間にしてもあったということは事実だろう。また戦争の深刻な重たい部分だけを描いたワンパタの映画に若者が寄り付かないことも事実だろう。でもすずを囲む北條家はあまりにもメルヘンすぎないか。ちょっとリアリティに欠けていないだろうか。と思うのは意地が悪いか。(巳)



17.1.16
「君の名は。」(監督:新海誠 日本 2015年)
 1,000年に1度すい星が近づくのが、1か月後に迫る日本。山々に囲まれた田舎町に(隕石によってできた湖の近く)住む女子高生の三葉は、都会に強く憧れている。ある日彼女は自分が東京で暮らしている少年になった夢を見る。東京に住む男子高校生・瀧も自分が田舎町に生活する少女になった夢を見る。男女高校生の心身が入れ替わるという話は「転校生」などでおなじみだ。だが昔と違うのは一日おきに入れ替わるのであり、お互いがスマホで日記をつけていて、相互の様子がある程度わかるという仕掛けになっていることだ。二人は奇妙な経験に戸惑いながらも微妙にひかれあっていく。ところがある日から体はいれ変わらなくなる。と同時に三葉はすい星が自分の町に落ちてくることを予知する。父親である町長に警告を発し、住民を避難させるよう説得するが父親は耳を貸さない。三葉は親しいクラスメートと3人で祭りにわく(いや、祭りの活気はなくて妙な静けさが支配している)町民に避難を呼びかけるが、人々は知らんかお。マスコミはすい星の近づくのを楽しみ、分裂しながら輝いて突進してくるすい星の描く天体ショーに夢中だ。女子高生が学校の放送室に立てこもりマイクで避難を呼びかける場面は、3.11で津波からの避難を最後まで呼びかけ役場で津波にのまれた若い女性職員のことを思い出させられ、このころから私はやっとこの映画に入り込めた。
 隕石はまたもや湖をつくるが偶然が重なって住民は助かる。数年たって三葉と滝は東京で出会う。「誰だかわからないが昔あった人」として。「あなたの名前は?」
 子どもから若者までに人気の高い映画で国際的評価も高い。ロングランが続いていたので、好奇心全開で見に行ったのだが、うーむ、私にはいま一つだったなあ。ときめかないし笑いもできなければ泣けもしない。「むすび」とか「絆」という言葉もちらほら出てくるのだが、全体に緩かった。
 この監督の描く美しい風景は有名らしいが私には東京の空間がとても懐かしく美しく感じられた。東京の場面で、四つ谷から新宿にいたる中央線沿線が何度も出てくる。それがとても美しい。私にとっては三葉が住むような静かな田園ではなく東京がふるさとなのだと強く感じた。(巳)



17.1.16
「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち NICKY'S FAMILY」(監督:マティ・ミナーチュ チェコ+スロヴァキア 2011年)
 第二次大戦開戦前夜のヨーロッパ。ナチス・ドイツの台頭により迫害を受けたユダヤ人難民が各地に大量に発生した。その中で、ユダヤ人の子どもたちだけでも安全な国に疎開させる<キンダートランスポート>と呼ばれる活動が生まれていた。
 イギリス人の若い証券マンのニコラス・ウィントン(1909−2015)は、公的支援を受けずに、迫りくるナチスの占領のチェコスロヴァキアでその活動を行い、669人の子どもたちを救ったという実話に基づくドキュメンタリータッチの映画。
 この子どもたちを引き受けたのはイギリスだけだった。イギリスで子どもを引き受ける里親を探し、保証金をしはらう。幼い子供を見知らぬ人に渡す決意をした親はどんなにつらかっただろう。親元を離れて子どもたち同士で汽車や船に乗り継ぎ見知らぬ国に行く子どもはどんなに心細く悲しかっただろう。里親があらわれないままに駅で長い間待っている子ども。でもこのときこのシステムを知らなかった人、お金を用意できなかった人、子どもと別れがたかった人、彼らのほとんどは強制収容所に送られるなど子どもとともに命を失った。
 一方、ウィントンは、組織も権限も何も持たず、仕事が終わってから、友人や家族と協力して、入国許可証や旅行許可証の取得のための書類を作成し、また里親を確保する仕事に奔走した。子どもたちの写真を見ながら養子にする子を選ぶ夫婦が出てくるが、まるでペットのより好みをしているようだ、などと怒っていたら話はまとまらない。ウィントンはにこやかに次の写真を渡す。いかにしてもとにかく子どもの受け入れ家庭を探さなければ命を救えないのだ。
 このキンダートランスポートのことが知られるようになったのは、キンダートランスポート50周年を期して1988年に初めての再会の集いが開催されてからだという。また、テレビの企画で、チェコの子どもたちと命の恩人ウィントンとの再会が実現したのも同じ88年である(その劇的な場面が映画にも収録されている)。イギリスに子どもたちがわたってから50年の月日が経っている。マスコミの力をもってしても669人のうち行方が分かったのは約3分の1余であった。彼らはそれぞれ家庭を築きその子どもや孫がウィントンのおかげで自分たちの存在がここにあると深く感謝して彼を敬愛している。本当に敬愛というのはこういうことだと感じた。そして彼らのほとんどが助かった命を大切にしながらいろいろ局面で他人を助けている(愛のバトンタッチ)。「人のために何かしている人?」という呼びかけに会場に集まったニコラスファミリーがケイタイの灯をかざす場面はとても静かで美しい。
 ナチスがチェコに侵攻する場面や強制収容所のガス室などニュース映画が使用されその緊張感が伝わって来るのだが、ニュースとドラマの間が不明瞭でやや共感しにくい。過去と現在を往復しているのだが、現在の証言に力点がある分だけ客観的に感じてしまうので、惜しいと思う。(巳)



16.11.15
「手紙は憶えている」(監督:アトム・エゴヤン カナダ・ドイツ 2015年)
 サスペンスやスリラーは好まないのでほとんど見たことがない。そういう人間にとってこの映画の最後のシーンはまさに「驚愕」し、「凍り」ついた。しかし、その種の映画を好きな人、慣れている人はかなり早い段階で「オチ」が分かり、その最後の瞬間のために無理なストーリーになっているとかなり辛口の評が寄せられている。

 この種の映画を紹介するのに種明かしはやはりご法度だろう。なので、簡単なものにとどめる。

 第二次大戦が終わって70年。ドイツの最大の課題、ユダヤ人ホロコーストの戦犯を探し出し裁判することも、70年の月日がたっているということだ。追う側のユダヤ人も追われるドイツ人も90歳以上になっている。死亡した人もいれば、健康を害し、認知症をわずらう人も出てくるのは当然のことである。それでも時々思いがけないところに潜んでいた元ナチスが逮捕された記事を目にする。ナチによる殺人罪には時効が適用されないからである。
 「ナチスもの」といわれるジャンルがあるくらい、映画はさまざまな視点からナチスの問題を扱っている。被害者の立場からドイツ人を糾弾するものばかりでなく、子どもの視点から、ある特殊の労働者の立場から、ドイツ人将校と恋に落ちた女性の目から、侵略されたポーランドの立場から、フランスの立場から、ヒトラー暗殺に失敗した将校の目から……。そして今回の映画は「認知症」という新しい切り口を示した。ウーム。これは盲点だった。
 妻が亡くなったことも忘れて毎朝起きると妻の名前を呼ぶゼヴは、同じ高齢者施設に暮らす友人マックスからお互いの家族を殺害したアウシュヴィッツのブロック責任者に復讐する旅に出ることを強くすすめられる。記憶が確かでないことを自覚しているゼヴは躊躇するが、マックスは車椅子の身のうえ、二人の家族を殺害したナチス生き残りに復讐するのは自分しかいない、しかも時間的猶予はない、と決意、出発する。計画の一部始終が書かれた古ぼけた手紙を唯一のたよりに。この手紙を読むことを忘れないようにと腕にメモをして。その少し上にはアウシュヴィッツで彫られた囚人番号が。
 ゼヴの苦しい旅は、ペンシルバニアに始まってネヴァダまで続く。容疑者は4人にまで絞られた。ゼヴは一人ずつ確実に追い詰めていく。そのなかには同性愛者として収容所に入れられた人、熱烈なナチ信奉者だった父を慕ってナチスグッズを大事に保管している息子など、戦後さまざまな人生を送った人が描かれる。そしてついに最後の一人にゼヴは迫ったー。
 途中、交通事故にあって入院したゼヴとたまたま同室にいたまだ幼い少女がゼヴのためにたどたどしく手紙を読み上げるシーンがもっとも印象に残る。
 手紙は読んだ人間(宛先の人間)あるいは書いた人間(差出人)が読むというのが、映画の中では常道だ。だのに、この映画では全くの第三者であるあどけない少女がゆっくりゆっくり読む。う、うまい!
 アウシュヴィッツのガス室を連想させるシャワーのノズル、収容所の番犬を思い出させるシェパードの吠え声、単調な緑の景色。70年前の悲惨な状況は一度も出てこないのだが、70年前と今が連続していることを思わせる。そして時々ぶれるゼブの記憶。
 映画ならではの展開である。

 「ナチスもの」につきものの残虐なシーンがないので、歴史と向き合いたい人々におすすめ。こういう映画ってオジサン(オジイサン)が多いのだが、若い人にも見てもらいたいなあ。(巳)



16.10.14
「後妻業の女」(監督:鶴橋康夫 日本 2016年)
 15年くらい前、家族法に関する講演を聞いたとき「後妻業」ということばを初めて知った。妻を失った高齢の財産のある男性と結婚、相続財産を得てそれを商売にしている女性がいるのだという。
 5年くらい前に友人から80歳になる父親が高齢者専門の結婚相談所で知り合った女性と結婚したという話をきいた。しかも2回も。そして2回目の再婚後にわかに健康を害し亡くなってしまった。その後には再婚後間もない3度目の妻に全財産を相続させるとの公正証書遺言が残されていた。私の友人は父親の財産をまったく相続できないと嘆いた。「遺留分があるから全く零ということはないよ」と慰めながら、私の頭を「後妻業」という言葉がよぎった。
 まもなく結婚相談所で知り合った男性と結婚しその夫となった男性が次々と不審死を遂げたというニュースが大きく報じられた。この実際の出来事を映画化したものが本作である(原作:黒川博行「後妻業」)。
 中瀬耕造(津川雅彦)は、結婚相談所(所長:豊川悦司)主宰の婚活パーティーで年下の魅力的な女性・小夜子(大竹しのぶ)と出会い、夢中になりすぐに結婚を迫る。父親に小夜子を紹介された娘二人(長谷川京子・尾野真千子)は結婚に賛成しかねるが、のぼせ上がった父親を止める手立てもなくまた父親の介護の心配はなくなるという安心感もあって、父親の自由に任せる。しかし間もなく父親は倒れ入院する。妹娘(尾野真千子)は小夜子が見舞いに来るたびに父親の容体が悪化することに疑念を抱く。しかしなす術もなく父親は亡くなる。小夜子から父親の葬式代をせびられたうえ、父親の残した公正証書遺言状を見せられた妹娘の中瀬朋美(尾野真千子)は、遺産は全て小夜子に渡り娘たちに全く財産が残されないことを知る。朋美は弁護士事務所に駆け込み探偵の本多(永瀬正敏)を雇い、小夜子の身辺を調査する。本多は元警察官でハナの効く凄腕の探偵。相談所の所長と小夜子が組んで裕福で寂しい老人を次々と結婚させ、事故を装って殺し、彼らの相続財産を巻き上げていた事実を明らかにしていく。事実を知った探偵は二人を恐喝して金を巻き上げようとする。この3人に小夜子の息子であるチンピラやくざが絡んでサスペンス調となる。最後は息子に殺されてスーツケースに入れられ捨てられそうになるが実は小夜子が生き返ったり、仏壇の奥から公正証書より日付けの新しい遺言が出てくるなどコメディタッチにもなる。
 高齢者の寂しさ、孤独感、介護問題、相続問題など現在の家族の直面する問題はテーマというより後景に退き、男を食い物にしていくしたたかな小夜子、彼女をさらに搾取する結婚相談所長、二人をゆする探偵―この三つ巴の騙し合い、暴力的な金のとりあいが前面に出て来るころから、そのえげつなさ猥雑さに閉口したのだが、一緒に行った若い友人は前半が退屈だったという。
 日本の高齢者の結婚事情の一部を切り取ってはいるが、エンタテイメントとしてのサービスがみえみえの作品(巳)。



16.09.15
「めぐりあう日」(監督:ウニー・ルコント フランス 2015年)
 女優さんに惹かれて映画を見るということはめったにないのだが、今回は主演女優のセリーヌ・サレットの憂愁をおびた知的なまなざしに魅せられた。
 孤児院で育ったエリザ(セリーヌ・サレット)は、30代後半くらいか。自分も息子を育てているが、実の母を知りたくて、うまくいっていない夫と別れ息子と共に北フランスの港町ダンケルク(彼女の出生地と記載されていた)に来る。実母は匿名をのぞんでおり、エルザの前に壁が立ちはだかる。しかし偶然なことに息子が転校した小学校に補助として働く女性アネットが、理学療法士をしているエルザの治療を希望して通うようになる。
 エリザが手でアネットの全身を何回かマッサージするうちに二人の間に心の交流が生まれる。そして二人が母と娘であることに気が付く。このあたりの描き方があまりに沈黙が多すぎて、共感がしにくい。言葉を超えたぬくもりや触感があるということだろうが、なかなかそれは伝わりにくい。
 自分がなぜ生まれなぜ捨てられたのか、明らかにしようとするエリザ。問いかけから逃げようとする母。母の母や父に会うことによって出生の秘密を知るほどに母への不信感が募るエリザ。学校になじめない息子の不安定さは母親の心の揺れの反映でもあろう。
 「あなたが狂おしいほどに愛されることを願っている」という母から娘への手紙を読んで、母娘は和解への道、新しい人生を歩もうとする。
 監督自身の人生を重ね合わせ、母娘の出会いを繊細に描いた映画。自分のアイデンティティを探る映画は数多いが、本作は感覚的すぎる感がありわかる人にわかるが、わからない人には取り残され感が残る。一緒に行った友達と「これだからフランス映画は腑に落ちないんだよね」とため息をついたことだった。(巳)



16.09.15
「太陽のめざめ」(監督:エマニュエル・ベルコ フランス 2015年)
 刑事事件を専門にしている弁護士さんからのお誘いで見た映画。
 
 母親に置き去りにされた6歳の少年マロニーを保護した家庭裁判所の判事フローランス(カトリーヌ・ドヌーブ)は、10年後、非行を繰り返しているマロニーと裁判所で再会する。フローランスは、マロニーと似た境遇から更正した教育係のヤンとともに、マロニーに判事として支援の手を差し伸べる。
 マロニーや次男のテムを盲目的に愛するが、衝動的で切れやすく定職につけず、薬や男に走る若い母親にきちんと育てられなかったマロニーだが、母親や弟に深い愛情を持っているのが救いだ。そして自分を厳しく暖かく指導するフローランス判事への信頼。さらに矯正施設の指導員の娘との愛。マロニーは愛情に恵まれている点では幸せだ。多分この人々との愛が彼を最終的に立ち直らせた。自分の赤ん坊をしっかり抱えたマロニーが定年を控えた判事フローランスと笑顔で握手する最終のシ―ンにつながることになるのだろう。この赤ちゃん、寸前で中絶されるところだった。
 わが子が中絶されることを知ったマロニーは恋人が麻酔をかけられようとしている手術室に飛び込み、医者の手から恋人を取り戻し、逃げる。間一髪で助けた命。マロニーは主観的にはわが子をとても愛しているに違いない。しかし彼は働いているのだろうか、周囲と妥協し辛抱するということを知ったのだろうか。正直なところ赤ん坊と若き父親マロニーの将来にかなり不安は残る。
 マロニーを取り巻く大人の描き方も興味深い。教育係はマロニーに兄のように暖かく柔軟で融通が利く.反して指導員はやたらと細かく厳しい。ペンの握り方もおぼつかないマロニーに願書を書かせるのに「前の行と同じ言葉を使っている」と、うるさいことを言ってマロニーの癇癪を破裂させる。この指導員の娘とマロニーは恋仲になるのだが、無口でスカートを決してはかないという少女と母親の間にも何かありそうだが、ここは残念ながら描かれていない。
 フランスの少年事件の扱われ方、矯正施設の内部、面会の実際などが描かれていて日本とはかなり違って自由度が高く、興味深かった。施設に収容されている少年たちは人種がさまざまで、脱走をしても罪が重くならないマロニーに「フランス人だからだ」と批判するが、確かにそういう面がありそうな。
 家庭裁判所の裁判官、調査官、弁護士、更生・矯正施設の職員、児童相談所の職員の方や若者の悩み相談にのっている方々におすすめ。(巳)



16.08.17
「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(監督:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール フランス 2014年)
 パリ郊外にあるレオン・ブルム高校には、貧困な生活をするさまざまな人種の子どもたちがいる。髪の色、目の色、着るものも違うし、宗教、信条、価値観の異なる生徒たちはエネルギーに満ちているが、まじめに勉強する子はわずかで授業中も立ち騒ぐ悪ガキがのさばっているし小競り合いも始終。そこに中年の厳格な歴史教師アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)が赴任する。教室崩壊寸前の状態に手を焼きながら、情熱的な教師アンヌは「あんな劣等生に構うのは時間の無駄だ」という校長の反対を押し切って、全国歴史コンクールへの参加を生徒たちに提案。しかもテーマは「アウシュヴィッツの子どもと若者」という難しいテーマで。アウシュヴィッツに何の関心もない生徒たちはそんな面倒なはなしにのってこない。でも幾人かの生徒を中心にアウシュヴィッツで殺戮された子どもたちの写真、腕に入れられた囚人番号の刺青の写真、残されていた言葉を集め始める。そしてついに、アンヌとアシスタント教師の努力によって、アウシュヴィッツ生存者の話を生徒たちは聞くことになる。14歳でアウシュヴィッツに収容され過酷な労働と環境に耐えたレオン・ズィゲルの話に聞き入る生徒たちの頬を伝わる涙。実際の体験者の話だけにこのシーンは心を揺さぶられる。「私は生き残ってこの体験をみんなに自慢するんだ」という意思・希望が彼を支えたという。どんなに小さな希望でも命をつなぐことができると彼は言う。「神様を信じたか」という生徒の質問に対し「私は無神論者だ。信じたのは人間だけ」だと静かに答えるズィゲル。あの悲惨な状況で人間を信じられたというのは奇跡だ。
 高齢のズィゲルの衝撃的な体験談が生徒たちを変えた。彼の意思をしっかり彼らが受け継いだのだ。
 熱血先生の働きかけが生徒の心を変えて、生徒の一致団結の力で栄冠を勝ち取るという話はありがちで、ややそのパターンにはまっていて先が読めてしまうが、これは実話に基づいているということにインパクトがある。また電車の中でイスラムの女性と思われる乗客がフランスの高齢女性に席を譲ろうとするが、フランス女性はその場を離れて好意を無視する。こんなちょっとした光景がいまのフランスと外国人の微妙な関係を照らし出している。
 実際にナチズムに対して加担したフランスが若い世代に「歴史に学ぶコンクール」を催して歴史に興味を持たせ、関与させていることにフランスの英知を見る思いがする。パリのシンボル、エッフェル塔の下で、ブルム高校の生徒たちがアンヌ先生を囲んで乾杯する笑顔が清々しい、(巳)



16.08.17
「シアター・プノンペン」(監督:ソト・クォーリーカー カンボジア 2014年)
 カンボジア・プノンペンに住む美しい女子学生ソボンは、軍人で厳格な父と精神を病んでいる母(ソテア)と心優しい弟の4人暮らし。父が将軍の息子との結婚をすすめるのが嫌でソボンは夜も家に寄り着かずボーイフレンドと遊び暮らしている。ある日、ソボンはボーイフレンドと喧嘩をして夜の町を一人でさまよっているうちに廃墟となっている映画館にたどり着く。そこの古びたポスターにソボンは若き日の母の美しい姿を見付ける。その廃墟に住み着いていた映写技師のソトがこの映画の秘密をソボンに語る。この映画はクメール・ルージュが政権をにぎる前年1974年に作られた未公開のラブストーリー「長い家路」で、ソボンの母ソテアはその主役だった。映画は3巻あったが戦乱の中で最終巻は失われたという。輝く母の姿をスクリーンに見たソボンは自分がその後継者となり、ソトを監督として未完の「長い家路」をよみがえらせようと決意する。それが母を元気にさせる唯一の方法だと思ったから。平和なときが来たらこの映画館で再会しようと約束したソテアが生きていることを知ったソトも協力して、ロケが始まった。ところが地方ロケに入るとソトは悪夢にうなされやがて失踪してしまう。そこはクメール・ルージュの作った収容所跡だったのだ。やっと撮影を終わってプノンペンに帰ったソボンが見たのは映画館が封鎖されて人手に渡っていたことだ。さらに娘のことで夫と争った母は体調を崩し入院していた。その母の口から明らかになったのは…ソトは裏切り者だということ、父との結婚で命が助かったこと…衝撃の数々。
 家族の中でも隠されてきたそしてカンボジアの国全体がまだタブーにしているポル・ポト政権時代の暗黒が一挙に明らかになる。
 陽気で奔放なヒロイン・ソボンが母の映画を手掛かりに家族や国の歴史と向き合って成長していく姿が見事に描かれている。
 1975年から3年8月続いたクメール・ルージュのポル・ポト政権はその獰猛な独裁圧制によりカンボジアの4分の1、300万人の人々を虐殺したという。とくにかれらの知識層への憎悪は激しくこの時期に多くの知識人が殺害され、俳優も例外ではなかった。この映画の母親を演じたデイ・サヴェットは亡命することで生き延びることのできた数少ない女優である。また監督自身も父をポル・ポト政権下で失っている。
 カンボジアの悲劇はつい最近のことだ。まだ40年そこそこだ。にもかかわらず、そのあまりにも暗くつらい歴史は封印されてカンボジア国内でも若い世代に伝えられていない。というより監督のインタビューを読むと、情報が不足しているというより、カンボジア人自身がそれを知ろうとしないことが問題だと言っている。
 女子大生の目線でカンボジアの歴史をとらえたこの映画はその視点が鋭く新鮮であるのはもちろんだが、映画としても非常にすぐれている。映画で映画を描く醍醐味、そしてドンデン返しのドラマの意外性。今年一番のおすすめ。
 睡蓮の花咲く池で振り返って微笑む長い髪の乙女のスチール写真からは陰惨なカンボジアの歴史を切り取った映画とは到底思えない。このPR作戦も見事に成功している。
 まだ傷がなまなましいクメール・ルージュ政権下のカンボジアをテーマにして、当のカンボジアでも大ヒットしたこの映画監督は女性。(巳)



16.08.17
「帰ってきたヒトラー」(監督・ダーヴィト・ヴネント ドイツ 2015年)
 参議院選挙が行われた日曜日。新宿のシネコンは人がいっぱいだった。この映画も人気があり満席だったのには少し驚いた。コメディタッチとはいえ、現在の社会状況を痛烈に皮肉っている映画に人が大勢集まるとはあまり思えなかったのだ。
 現代にあのヒトラーがよみがえったらどういうことになるだろうか。これがテーマだが、どのような形でよみがえらせるかが見せ所だろう。奇想天外なことに、「ヒトラーそっくりさん」のお笑い芸人を首になったテレビマンが復帰するための材料として使うということからストーリーは始まる。人気トークショーの司会のユダヤ人(鼻がズームされる)は、ヒトラーによく似た人物を不愉快に思うが、「ヒトラーそっくりさん」に似た人間の巧みなスピーチに観客たちは大喜び。喜ぶばかりでなく自分の言いたい本音を弁舌さわやかに代弁してくれる男に共感を示す。
 この映画がユニークなのは、ドイツの各地に実際、この「ヒトラー」を連れだし、その光景をテレビマンが撮っているという設定をしていることである。各地の一般の人々の行動をゲリラ的に撮影している。時々観衆の顔に目隠しが入ることで実写であることがわかる。若い世代が大勢、笑顔で「ハグして〜」「まじウケる〜」などと言いつつ自撮りやツイート!このドキュメンタリーな映像によって、「ドイツ人にとってヒトラーとは何か?」を問うだけではなく、親ナチ的な若者が生まれ、排他的な勢力が増えつつある現代のドイツ社会の問題点を明らかにしている。
 ところでこのヒトラーそっくりさん。実はものまね芸人ではない。周囲の人が「そっくりさん」だと思い、無邪気に笑い共感しているだけなのだ。
 ヒトラーは第二次大戦末にベルリンで自殺したのだが、なんと爆撃のショックで生き返ったのだ。もともとマスコミ操作にたけていた「ヒトラー」はたちまちうちに21世紀のコミニュケーションツールをマスターする。テレビはもちろんユーチューブやツィッターなどSNSも使いこなしプロパガンダ。人心収攬術もお手のもの。街角のインタビューで人々の不平不満を吸い上げて、「私に任せてくれ」と魅力的な話術や不満を煽り立てて人々を誘導していく。
 ある老婆と彼の売り込みに熱心だったテレビマンだけが、「ほんもののヒトラー」であることに気が付く。しかし時すでに遅くだれもテレビマンの言うことなど信じない。「ヒトラー」は車に乗って並みいる観衆に手をあげ「ハイル・ヒイトラー」の挨拶をする。
 「ヒトラー」の演説は今の日本人に聞かせたいことがたくさんあった、「私が悪をしたのではない。私を選んだのはあなたたちだ」「だから私はなんどでも生き返る」「私とあなたは同じだ、同じように責任がある」…
 原作をぜひ読みたい。(巳)



16.07.15
「団地」(監督:阪本順治 日本 2015年)
 商店街の一角で営んでいた漢方薬店を閉め、団地に移り住んできたヒナ子(藤山直美)と清治(岸部一徳)の夫婦。ある日、スーツ姿で日傘をさし、日本語が少し変な青年(斎藤工)がやってきて清治に残っている薬草で漢方薬を「われわれのために」作ってくれと頼む。その願いを聞き届ける傍らスーパーのパートに出るヒナ子と裏山に上って読書ばかりしている清治。団地の会長選に敗れた後ふいに清治の姿が見えなくなってしまう。団地ではやがて、ヒナ子が清治を殺して死体を隠しているといううわさが流れ、それを聞き付けたテレビ局が取材に訪れたり、住民に言われて団地の会長がヒナ子の部屋を探索に来たりする。こういうふうに紹介すると、住人が減りつつある古い団地のなかの排他的集団のなかの人間関係や噂がテーマなのかなと思ってしまう。ところが、そうでもなくて。
 その間に夫婦が薬屋をたたんだのは彼らの一人息子が交通事故で突然に亡くなったこと、そのときのマスコミ取材に深く傷ついていること、そして最愛の息子を失くした喪失感から立ち直っていないことがわかって来る。家庭内の虐待にあっている無口な少年も出てくる。
 そして、斎藤工扮する不思議な青年は別の星の住人であり、宇宙船がヒナ子夫婦を迎えにきて、亡き息子に会えるというのだが…という奇想天外なストーリーになる。こういうシュールなもんが苦手な私は途中から思考停止に陥ってしまう。ところが驚くことにこの映画は意外にも人気があり、会場の大半を占めるオバサンたちは実によく笑うのだ。笑うのを待ち構えて笑うのだ。
 藤山直美と岸部一徳のやり取りは実にうまく面白いし、藤山直美のレジでバーコードをうまく使えなくて自分のセーターのストライプで練習する場面、団地の妻たちの無責任な噂話などクスリとは笑えるのだが、そう大笑いするほどのものではない。普通のオバサンにもついていけないのかという『取り残され感』に冷汗がでた。
 ただ、子を失った親の悲しみ切なさはとても胸に来た。(巳)



16.07.15
「ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出」(監督:ジュリアン・ジャロルド イギリス 2015年)
 その昔、お年玉にねだった本がイギリスのエリザベス女王の「王女物語」だったくらいで、この種のお姫様映画には弱い。しかし、予告編ではドタバタという印象があったので、見る気はなかった。たまたま、友人に誘われたので、これはチャンスとばかりに飛びついてしまったのだが。
 ドイツとの戦争が勝利に終わった1945年5月8日、ロンドンは喜びに沸き、バッキンガム宮殿の前には国王のスピーチを聞こうという群衆であふれかえっていた。宮殿の中では吃音の国王が演説の練習に余念がなく、二人の王女―エリザベス(19歳)とマーガレット(14歳)はこの夜王宮の外に出ることをたくらむ。二人の王女の懇願に自分のスピーチが民衆にどう受け取られるかを観察することを名目に王は娘の冒険を許可する。もちろん護衛をつけて。
 長女的な性格の上にしっかり帝王教育を受け冷静沈着なエリザベスと次女的な性格の持主で奔放、自由・積極的なマーガレット二人の王女の一夜の冒険物語。一晩だけ王女たちに街を歩く許可が与えられたことは事実だそうだ。しかし実際になにがあったかは記録になく、ここから先は創作となる。遊び好きな護衛をまいて祝賀ムードに酔いしれる街に飛び込んでいくマーガレットは怪しげなバーで踊り狂い、薬の入った酒を飲まされたり、娼婦たちとランチキ騒ぎ。妹を探し求めるエリザベスは王政に批判的な空軍兵士と出会い、彼の助けを借りてあやうくマーガレットを救助する。
 空軍兵士とエリザベスとの心の交流の描き方も今一つ。兵士の実家を訪れてその母と会ったエリザベスに彼女の素性は知らずに現国王の写真を見ながら「なにも好きで国王になったわけではないのにお気の毒」とつぶやく母親の言葉だけが印象的だった。
 一夜あけて、王女に戻る二人。
 どうしたってあの「ローマの休日」を思う。なんとあの映画は上品でロマンティックだったことか。王室ものというより青春の甘さとほろ苦さを描いた不朽の名作であることをつくづくと思った。
 亡きダイアナ妃へのあれこれ、また最近では若いキャサリン妃の髪形やスカートの長さにまでクレームをつける今も王位にあるエリザベス女王が自分の若き日を描いた映画を見てどう思っただろう、などと思うのは宮廷もの好きの後遺症か。(巳)



16.07.15
「スポットライト―世紀のスクープ」(監督:トム・マッカーシー アメリカ 2015年)
 2002年、アメリカの新聞「ボストン・グローブ」が、「SPOTLIGHT」と名の付いた新聞一面にカトリック教会の神父による子どもへの性的虐待を明らかにした。新聞記者たちがいまだにトラウマに悩む被害者にインタビューをし、封印されていた記録を丹念に掘り起こし、100人近い神父たちの性的犯罪、それを看過したカトリック教会の権力機構を糾弾して彼らを失脚させた事実に基づくドキュメントドラマ。アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞した実録ドラマというので、大いに期待していた。
 だが、事実を明らかにしていくプロセスで当然教会側からの圧力があったに違いないがそれが明確に描かれていない点、また新聞社側も過去において被害者からの訴えがあったにもかかわらず、それを通り一遍の小さい記事としてしか扱わなかったという事実などが明らかになっていくにもかかわらず、新聞記者としてのそれへの反省などにほとんど触れられていないなど、多角的なアプローチがなされていない。ストーリーが平板であり、映画としても面白みに欠けている。(巳)



16.07.15
「海よりもまだ深く」(監督:是枝裕和 日本 2016年)
 15年前に1度だけ小さな文学賞を受賞したことのある良多(阿部寛)は、小説家になる夢を捨てきれない。「小説のための取材」と理由を付けて探偵事務所で働いているが、手にしたお金を競輪につぎ込み、別れた妻(真木よう子)に育てられている真悟(吉澤太陽)の養育費も支払えず、パートをしている姉(小林聡美)に借金を申し込む始末。良多は離婚した妻の響子(真木よう子)への思いも捨てきれず、月一度の真悟との面会交流を楽しみにしている。真悟に新しいスパイクを買ってモスバーガーでハンバーガーを食べさせてふと良多は真悟を連れて団地に一人暮らしている母・淑子(樹木希林)の家を訪れる。響子が真悟を迎えに来るが台風がきて帰れなくなり3人は淑子の家に泊まることになる。一晩を共に過ごしたからといって、一度解散をした家族が元に戻るわけはなく、「宝くじが当たったら元のように3人で暮らしたい」という真悟の彼自身も無理とわかっている希望だけが切ない。
 一度決めたことを追求していくことは大切だが、現実との対応を迫られたら修正を加えながら生きていかざるを得ない。相手のあることだし、事態は動くのだから。小説家になる、結婚して子どものいる家庭を築く…いくらそう決めても実行できない要因が生じた時にそれをどう乗り越えていくか軌道修正を加えながら行く、それが大人になる道ではないか。現実との妥協が嫌でいつまでも夢を追いかける…そういう大人になり切れない大人たちを描いてうまいが、全体的になんだかユルクしまりがない。「歩いても歩いても」にあったような小骨がない。せっかくの樹木希林なのに怖さがない。単なるやさしいおばあさんだ。若いユーザたちのレビューに「眠い」という意見が多いのはもっともだ。
 もちろん光る場面はある。人々の身をひねって歩くことで団地の狭さを表す、息子のシャツにカレーのシミをつば付けてこする母親の情愛を示す場面、息子の両親への微かな嫌悪を示す冷凍カレーを突然食べられなくなるシーンなど。何気ない行動、会話などに思わず苦笑する。だからといって、So what?
 この映画の主題ではないが、両親の間に挟まれて気を使う真悟(小学生2、3年か?)のナイーブな表情が印象に残る。再婚しようとしている母親の様子を別れた父親に聞かれる辛さ、面会交流に父親が養育費を持ってこないと機嫌が悪くなる母親を気づかって父親に小声で「お金あるの?」ときく悲しさ。子どもにこんな思いをさせるなよ。それが大人の責任じゃないか。(巳)



16.05.16
「アイヒマン・ショー」(監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ イギリス 2015年)
 1961年、ホロコーストに関与し、数多くのユダヤ人を強制収容所に送り込んだ元ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンの裁判が行われることになった。アイヒマンは戦後アルゼンチンにわたり10年間以上、逃亡生活を続けていたが、1960年イスラエル諜報機関に逮捕され、イスラエルに移送され、エルサレムで裁判が行われることになったのだ。
 エルサレムのテレビロデューサーのミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)と、撮影の監督レオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)はこのニュースに関心を持つ。彼らはこの裁判をテレビで放映することによって、ナチスの犯罪を広く世界の人々に明らかにしようとした。とくに監督のフルヴィッツはアイヒマンが「モンスター」ではなく一人の人間であることを、そしてだれもがアイヒマンになりうるのだということをカメラで暴こうとして、アウシュビッツから奇跡的に生還した証人の証言や目をおおうばかりの悲惨な映像を厳重に隔離された被告席から見るアイヒマンの表情を執拗にカメラで追う。
 当時のことを思い出して失神する証人や死体累々のフィルムに耐えられず嘔吐するカメラマンたちがいる一方で、防弾ガラスに守られた狭い被告席でイヤホン片手に目も背けず顔色を変えないアイヒマン。裁判の部分は当時の記録を使っているのでリアルだ。
 ホロコーストの実態を明らかにするとともに撮影する側の苦闘がこの映画のもう一つの主題である。親ナチストの脅迫やナチスへの抑えがたい憎悪や嫌悪との闘い。さまざまな屈折を抱えるテレビクルーたち。アイヒマンも普通の人間だったことを明らかにしたいという監督の願望は達成されただろうか。「命令に従ったままだ」としか言わず後悔、反省、贖罪の気持ちを微塵もみせなかったアイヒマンは、小心な想像力を全く欠いた人間であるとおもわれそれであるがゆえに「モンスター」とも思える。
 アイヒマン裁判の記録は30か国以上に放映されたという。日本では放映されなかったがニュースでは伝えられたことだろうに、どういうわけほとんど記憶にない。しかし、このテレビ放映がホロコーストの実態を世界的規模で伝え、またそのことによってあまりに残酷なため人々に信じられないことに絶望して沈黙していたユダヤの人々が口を開く勇気を与えたという事実をこの映画は明らかにしている。マスコミに携わる人々の意識や行動の影響力の大きさを改めて考えさせる映画である。
 この裁判のめぐる映画として
「ハンナ・アーレント」がある。法廷で傍聴していた人が何を感じ何を受け取り世界に発信したか。そして私たちはあまりにも莫大な負の遺産をどのように担っていくのか、考える手がかりを与えてくれる映画である。
 それにしても、原題通りとはいえ、何とかならなかったのかタイトル。(巳)



16.05.16
「孤独のススメ」(監督:ディーデリク・エビンゲ オランダ 2013年)
 友人から映画のURLと共にお誘いが来た。早速開いてみると主人公は頑固そうな一人暮らしの中年男。ピタッと6時に時計の針が指した途端に祈りを捧げ夕食を食べ始めるそんな決まりきった生活。そこへしゃべることもできない男が迷い込んできて、一緒に暮らすようになる。着替えのない男が主人公の亡くなった妻の洋服を着たりすることもあり、教会をはじめ近隣の子どもや隣人が「同性愛だ」と非難し、追放しようとする…。ウーム、タイトルに表されているようによくある孤独な老人のかたくなさと閉鎖的な共同社会の話だなと思い、一緒に見に行くことを約束する。
 前半思った通りやや平板な映画の流れに眠気さえ覚えたのだが、後半、夜の教会で主人公と奇妙な同居男性が結婚式を挙げ(なぜかこの男は話すことができないのに「結婚したい」という言葉を発する)、そこに近隣の男が乱入するあたりから、映画はジェットコースターのような全く予想を超えた動きを見せる。動物の物まねが異常に好きで上手な身元不明な男には実は妻がいた。病気で彼は発音も記憶も失くしたことが明らかになる。健康で幸せそうな一家の写真がクローズアップされる。そのころの面影もない奇妙キテレツな男に変貌している。でもこの妻はそんな変わり果てた夫を愛していて、男の心が安らぐところに住むことに同意して、主人公と男の共同生活は保たれる。この妻は包容力があり穏やかで肝が据わっている。彼女の助力によって、主人公は自分がどうしても許せなかった息子と心を通わせることができた。なぜ息子を許せなかったか、息子は「同性愛者」(もしくは性同一性障害者)だったのだ。あくまで思いのままに自分らしく生きたいと願う息子を追放した。ルールや常識に従ってしか生きていけない夫の狭量な厳格さに絶望した妻は自動車事故で死んでしまう。それ以来ずっと心を閉ざしている主人公。多分文字にしてしまうとこんな過去が隠されているのだが、それは最後のシーンで歌う息子の美しい歌「This is my life」とそれに聞きいる主人公の表情だけで表現されていてそこの二人の表情が素晴らしい。途中、何度も主人公の視線を通して彼の家庭生活を物語る家族のポートレイトの伏線が効いている。
 「アレー、これがテーマだったんだ」「なんか拾い物をしたようでうれしいね」と映画館を出てから友だちと顔を見合わせた。やはり映画は見てみないとわからないものである。映画評は「ネタ」をばらしてはいけないという暗黙のルールがあるせいか、途中までの紹介に終わっていることが多くミスリードされることがしばしばある。この映画はその典型。それに邦題もミスリードの原因である。(巳)



16.04.15
「家族はつらいよ」(山田洋次監督 日本 2016)
 寅さんシリーズのあの「べとべと感」が嫌いな私には絶対に好きになれないだろうと思いながら「肩の凝らない」映画を見たくて行った。天気の悪い平日の午後、結構お客さんが入っているのでびっくりする。高齢者が多い客席は反応がよく笑い声が始終聞こえた。
 平田周造(橋爪功)は、妻・富子(吉行和子)と結婚して50年近い。長男・幸之助(西村雅彦)、妻(夏川結衣)とその子2人に加えて次男・庄太(妻夫木聡)と今時珍しい3世代同居。ある日、橋爪は妻の誕生日であることを忘れていたことに気付き、何か欲しいものはないかと尋ねてみると、妻は机の引き出しから署名捺印済の離婚届を出してきて「離婚してくれ」と頼む。この二人の離婚問題を巡って同居する長男夫婦と長女・成子(中嶋朋子)とその夫・泰蔵(林家正蔵)と次男の庄太とその婚約者(蒼井優)が家族会議を開く。家族に離婚理由を問われて吉行は夫への長年の不満を述べるのだが、うがいの音とか洗濯物の出し方とか微々たることで(これは微々たることではないかもしれないがこういうことが気になるのはその背景にもっと根源的な不満があるはず)それも夫への敬語を使いながら言うので、迫力がないことおびただしい。
 多分吉行和子の年齢に配慮してのことかと思うが、彼女の出番が少なく、熟年離婚をテーマにしているのに、妻の影が薄いのは致命的。夫を演じる橋爪の好演ばかりが目立つ。
 ドタバタの家族会議を仲裁していくのが妻夫木と蒼井優。とくに蒼井は橋爪に「本当の気持ちを言葉であらわすこと」の大事さを訴える。昭和時代の親に平成の子ども世代が説教するという図式。そして想定通りのハッピーエンド。
 この家族にはDVも引きこもりも、いじめも、何もなくあっけらかんとしている。現代の家族の暗い部分を全く描いていないのが立派だと思うくらいユートピアに満ちた映画。[山田監督も気楽なもんだよ](巳)



16.04.15
「キャロル」(監督:トッド・ヘインズ アメリカ 2015年)
 この映画を見た人の感想は二通りあって、友人にLGBTの人がいたり関心をもっている人は「女性同士の交流が柔らかく描かれていてすてきだ」と高評価。「で、子どもの親権はどうなったの?」と尋ねると「え、そんな話があったかしら」と首をかしげる。一方、キャロル(ケイト・ブランシェット)の娘の親権の問題に関心をもって見に行った人は「なんだかねえ」と不得要領な顔。
 1950年初頭のニューヨーク。もちろんLGBTなんて言葉もなくて、同性愛はあってもないと思われていた時代。デパートの玩具売り場の店員テレーズ(ルーニー・マーラ)は、離婚協議中で今は別居している夫の手元にいる娘のクリスマスプレゼントを探しに来ていたキャロルに強く惹かれる。ここでテレーズが女の子のプレゼントに「電車の模型」をすすめたことはこの映画を象徴していると思う。
 ヘテロの場合だって恋に落ちるのは一瞬のことがあるから、キャロルとテレーズが一目でお互いに惹かれても不思議はないのだが、時代背景を考えると唐突の感がある。
 キャロルは大金持ちの妻で、夫のアクセサリーでしかない立場に飽きていて豪奢で美しいが退廃的なにおいがする。若くてキュートなテレーズは退屈な婚約者に嫌気がさしているし職場も物足りない。実は彼女はカメラマンになりたいという希望がある。現状に不満を感じ、打開の道を模索している二人はまっしぐらに関係を深める。しかし、当然ながら周囲は受け入れず、結局キャロルは親権をあきらめ、面会交流の道を選ばざるを得ない。若いテレーズはキャロルとの関係のなかで「自分らしく生きる」ことを学び、カメラマンとしての道を歩もうとする。キャロルをメンタ―としたテレーズの成長物語とも受け取れる。
 ここで二人は別々の道を歩むのかと思わせられるのだが、テレーズの最後の決心は違っていた。ここがこの映画の現代的なところか。
 この映画はケート・ブランシェットの美しさがすべてだといってもいいくらい、圧倒的な存在感である。(巳)



16.04.15
「マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章」(監督:ジョン・マッデン イギリス・アメリカ 2015)
 
「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」が予想外に面白かったので、第2作目の本映画を期待して見に行ったのだか、なかなかドジョウは2匹はいないもの。前半登場人物の紹介の意味もあったのだろうがいろいろなエピソードが詰め込まれていて、前作をみていたにもかかわらずバランバランな印象で集中できなかった。
 インドのリゾートホテルに終の棲家をもとめてやって来たイギリス人シニアたちが織り成す人間模様をユーモアをもって描く。今回は若き支配人ソニーとその婚約者の結婚までのひと騒動が縦糸になっていて、どちらかというとシニアたちの影が前作に比べてやや薄いのが残念。ジュディ・デンチはこんなに臆病だったかなとかその恋人のビル・ナイってこんなに優柔不断な男だったかなとか性格付けにも少々違和感。でもジュディ・デンチとマギー・スミス(どちらも81歳!)のちょっとしたやり取りなど辛辣で胸がすく。今回新たにリチャード・ギアが参加、謎の人物として登場、ソニーの美しい母親と恋模様も繰り広げる。しかし、このリチャード・ギアを含めて男性陣が魅力に乏しい。それに比べて女性たちの元気なこと!まあこんなにいつまでも、恋に性に夢中になれるのかといささか辟易もするのだが、気分の晴れる映画としておすすめ。(巳)



16.03.15
「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」(監督:リチャード・ロンクレイン アメリカ 2014年)
 画家のアレックス(モーガン・フリーマン)と元学校の教師である妻ルース(ダイアン・キートン)は、子どもがいなくて夫婦二人の生活を楽しんでいる。年をとってきた愛犬ドロシーとブルックリンの絶景が望めるアパートメントの5階に住んでいる。多分70代の彼ら夫婦にとっても犬にとっても、エレベーターなしの生活がつらくなってきている。階段の途中で息が切れてやすむこともしばしば。
 夫の足を案ずる妻の主導で不動産エージェントで姪のリリー(シンシア・ニクソン)に頼んでアパートを売りに出すことを決意する。部屋をオープンオークションに賭ける矢先、犬が椎間板ヘルニアで動けなくなる。犬を車で入院させようとすると道路が大混雑。ブルックリンの橋に爆弾が仕掛けられたという情報で道路は封鎖され、不動産の価格にも響くという状況。
 そんなてんやわんやの中に、夫婦の部屋を見学に来る客が大勢押しかける。まだ夫婦が住んでいるというのに、客たちは遠慮会釈なしに、家具をさわり、ベッドに寝転び、犬も子どももやってくる、そのなかで、少しでも高く売ろうとして携帯片手にあわただしく商談をするリリー。
 一方で夫婦も新しい家を探すべく不動産広告を見たり、見学に行ったり、「これがいい!」と思ったら自分たちが売りに出している物件だったり。にぎやかなエピソードが続く中で、夫婦が画家とアルバイトのモデルとして知り合ったころ、まだ黒人と白人の結婚を認める州が少なかった時代に親の反対を押し切って結婚したころ、不妊治療に苦しんだ若い時代など、この夫婦の歴史がフラッシュバックする。このカットはなかなかスマートである。
 で、結局は容易に想像がつくところだが、「やっぱり一番いいのは自分ののうち」という結論。
 しかし、これは老いを知らないひとのメルヘンだ。幸い、犬もすごい手術代を支払って無事に手術を終えて家に帰ってくるが、毎日の散歩に悪戦苦闘するのはもちろんのこと、夫か妻かどっちかが具合が悪くなったり病院通いが続くようになったらどうするつもり?それは早晩やってくる。いざそのときに引っ越そうと思っても、もう体力も気力もなくなっているに決まっている。いったいどうするつもり?非現実的だよなあと後期高齢者はつぶやかざるをえない。
 それに私には、眺めのいい素敵な部屋に見えなかったのも致命的。
 年とってもこれだけ仲良く、コミュニケーションも豊かな夫婦はウラヤマシイ。高齢者の癒し系映画としては、おなかがはらなくていい。でも若い人には退屈な映画だろうな。(巳)



16.02.15
「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(監督:エディ・ホニグマン オランダ 2014年)
 本当は死刑に関する映画を見るはずだった。でも同行の友人も私もその日、体力気力が衰えていて、「楽しい映画」を見たかった。「この映画だったらたくさんきれいな音楽が聞けるから」と友人に腕をつかまれて、隣の映画館に入場。これがその映画だ。
 ウィーン・フィル、ベルリン・フィルと並ぶ世界三大オーケストラである、オランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。2013年、コンセルトヘボウが創立125周年を記念して、1年で50公演をおこなう世界一周のワールドツアーへと旅立った!アルゼンチンから南アフリカ、ロシアへ。そのドキュメントである。カメラはオケの楽屋裏に入り込んだり、楽器の移動方法をうつしたり、楽団員による楽器の説明、楽団員と観客の交流など、多彩なアングルを駆使する。とくに野外のオケ演奏を囲むオランダの市民の表情、アフリカでの躍動的な子どもたちとの交流、ロシアでのシベリウスの演奏などが心に残った。歴史も文化も環境も年齢も違う人々が音楽を通して至福といっていい時間を過ごす。音楽の力を感じる。ちょっと幸せになれたような気がする。(巳)



16.02.15
「サウルの息子」(監督:ネメシュ・ラースロー ハンガリー 2015年)
 この映画は予告の時から、ひどく暗くて怖そうで、見る勇気がなかった。ところが全く別の映画を見に行ったのに、お目当てが満席だったため、時間との関係で、散々迷った挙句に本映画をみることになった。
 1944年10月、ハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、アウシュビッツ収容所でナチスから特殊部隊“ゾンダーコマンド”に選抜され、次々と列車で搬送されるユダヤ人を手際よくガス室に送りこみ、彼らが絶命すると運びだし清掃して次の殺害に備えるという仕事に就いていた。もちろん彼らはそのような仕事をすることによって何日かは生き延びるが、待ち受けるのは同じくガス室か銃殺である。彼らは囚人服を着ていないが背中に大きな赤い×が付けられている。
 死体が折り重なったガス室で、彼は息子らしい少年を見付ける。ひそかにその遺体を運び出したサウルは息子をユダヤの方式で葬りたいと願い、次々と到着するユダヤ人の群れに「ラビはいないか」と声をかけ、収容所内を探し回る。同時に武装蜂起して脱走しようとしているグループと接触を持つ。さまざま危険を冒して遺体とともに脱走するが、成功するはずがない。という救いようのない映画であるが、何しろ画面も暗いし、なによりもユダヤ方式で息子を葬りたいというために、何人もの仲間の命を犠牲にするサウルの気持ちに共感しがたいのが致命的だ。葬儀のしかたに人間の尊厳を象徴させているという意見もあるようだが、どうだろうか。
 もしかすると、この息子自体がサウルの幻想であるかもしれない。仲間の一人に「お前には息子はいない」と何回か言われている。終末近く、脱走に成功した数人が森の中の小屋で休憩しているとき、一人の少年が小屋をのぞき込む。それに気が付いたのはサウルだけで、彼の表情は柔らかなものに変わる。直後、この小屋は捜索のナチスによって銃撃を受ける。少年はひとり木々の間を逃げていく。この少年に希望が託されているとも思える。
 この映画はサウルの目に映ったもの、聞こえたものだけを描いている。だから残虐なシーンもかすんでいたり、ナチスの怒声もはっきり聞こえるわけではない。想像力がないとあまり怖くないかもしれない。映画館の四方から銃声、犬の吠え声、赤ちゃんの泣き声、悲鳴、ドアの閉まる音など、サウルに聞こえただろう音や声が響き、現場にいるようだった。3Dのメガネは知っているが、3Dの音響もあるのだろうか。映画の手法としては面白いものがあると思われるのだか、どうしてもサウルに共感・好感が持てなくて、中途半端な気分だった。(巳)



16.02.15
「フランス組曲」(監督:ソウル・ディブ イギリス・フランス・ベルギー 2014年)
 1940年6月、フランス中部の町ビュシーにドイツナチスは侵攻し占領した。ドイツ軍はフランスの一般家庭にも駐留する。地主でプライドが高く厳格な姑と共に出征中の夫を待つ若く美しい妻リシュル(ミシェル・ウイリアムズ)の家庭にも中尉のブルーノ(マティアス・スーナールツ)が滞在することになる。軍人一家に育ったがブルーノはもの静かな作曲家でリシュルの持っているピアノを弾くことに癒しを求める。音楽を仲立ちに二人の交流は深まって行く。敵国であるドイツ軍人と出征兵士のフランス人の妻の間の恋愛は究極のラブロマンスである。ハードルが高ければ高いほど恋の炎は燃え上がる。多分歴史的事実としてもそういうことは少なくなかったのだろう(戦後、このような恋愛もしくはドイツ人と関係を持ったフランス人女性がフランス人から激しく非難されたことは周知の事実である)。
 でもしかしである。この原作者はユダヤ人でしかもアウシュヴィッツで殺害されている。この作品は父母がナチスに殺された娘たちに残された小説が戦後60年たって、陽の目を見てさらに映画化されたのである。そんな経歴を事前の広告で知っていると不思議でならないのは、「なんでそんな目にあったユダヤ人がドイツ人とフランス人の恋をこんなに美しく描いたのだろう」ということである。この疑問が映画を見ている間も頭から離れずとうとうプログラムを買った。
 原作者のイレーネ・ネミロフスキーは、現在のウクライナの富豪の娘として生まれ育ったがロシア革命から逃れてフランスへ。20代半ばで作家デビュー、1930年代には文壇に確固たる地位を築いていたが、1942年ユダヤ人であるためアウシュヴィッツに送られた(39歳)。3月後、夫も同じ運命に。残された娘は12歳と5歳。娘たちは残された手帳は日記だと思い辛くて読まなかったが60年後、小説の草稿とわかり、未完だったが出版され、全世界でベストセラーとなった。
 ドイツのフランス占領は始まっていたのになぜこのような設定にしたかについては、イレーネは逮捕直前にこんな言葉を残している。「いつか戦争は終わり、歴史的な箇所はすべてが色あせるということだ。1952年の読者も2052年の読者も同じように引き付けることのできる出来事や争点を、できるだけふんだんに盛り込まないといけない」。
 なぜ彼女が1952年、2052年という年を選んだかは不明である。しかし2016年に生きる私たちを十分に引き付けるものになっている。ナチスの荒々しい足音をまじかに聞きながらこのような作品を描いたということにやはり驚きを感じる。彼女は何を信じたのだろう。
 ただのおとなしい上品な「若おくさま」が社会的に目覚めていく女性の成長物語の側面はあるが、「ありえない」というシーンが多い。また姑がレジスタンスの闘士を自宅に匿い逃亡を助けるのだが、この変化もわかりやすいとはいえない。ナチスの恐ろしさはドイツ語でないと出ないということもあって、美しすぎると思うがナチスの暴力・非道を凄惨でなく描いた点で評価できる。(巳)



16.01.15
「ヴィオレット―ある作家の肖像―」(マルタン・プロヴォ監督 フランス 2013年)
 「母は私の手を握らなかった」。<私生児>として生まれたヴィオレット・ルデュック(エマニュエル・ドゥヴォス)の第1作『窒息』(1946年)の1行目のフレーズだ。父親に認められず母親に愛された記憶のないヴィオレットは愛に渇望していて異性・同性にかかわらず貪欲に愛を求める。が、ことごとく受け入れられない。
 しかし、彼女の赤裸々な人生を描いた作品は、当時の知的階級にある人々の賞賛を受ける。ボーボワール(サンドリーヌ・キベルラン)、サルトル、カミユ、ジャン・ジュネなど20世紀フランスのきらめく星たちに。ジュネに紹介された香水会社の経営者ジャック・ゲランの援助のもとに『飢えた女』を出版。同じころに出版されたボーボワールの『第二の性』は大成功をおさめるが、『飢えた女』は世間から無視される。失意に沈むヴィオレットに、ボーボワールは自分に愛を求めないでほしいときっぱり言い、だが小説を書くことを強くすすめ、出版社との仲立ちをする。再び、ヴィオレットは自分の性体験、結婚生活、中絶の経験を書く。だが、余りにもエロティックだと出版社から拒否され、ボーボワールは「男性作家の場合は批判されないのに女性が性のことを書くのをなぜ許されないのか」激しく抗議するが、社の決定は変更されない。落胆したヴィオレットは精神的錯乱を起こすが、その入院費や母と一緒に暮らすための生活費を援助したのはボーボワールだった。ボーボワールはなんどもヴィオレットに言う。「書くの。結婚、中絶の経験。それが人生を変える」。そして苦しみながらヴィオレットが長い間の母との葛藤、男たちとの報われない関係、ボーボワールとの交流などびっしり書いた作品は1000ページを越す『私生児』(1964年)に結実する。ボーボワールはこの本に「序文」を寄せている。
 映画はいくつかの章に分かれているのだが、2時間超えは長い。サブにある作家の肖像とあるくらいだから、実在の作家の伝記映画といっていいが、ボーボワールとの関係がもっとも興味深く描かれている。過剰な感情の持ち主ヴィオレットに疎ましささえ感じながら、彼女の文学的才能に気が付きそれを育てるボーボワールは真の意味でのフエミニストである。
 フランスで中絶の自由がみとめられたのは1970年代半ば。ボーボワールもその運動の中心にいた。また姦生子(不倫で生まれた子)の相続差別がなくなったのは21世紀になってから。このようなフランスの女性の歴史的状況をよく知っているともう少し深くこの映画をみることができただろうに。(巳)



15.12.15
「黄金のアデーレ―名画の帰還」(監督:サイモン・カーティス アメリカ・イギリス 2015年)
 クリムトの描いた金色に輝く女性の肖像画をみたことがあるだろうか?私はウイーンのベルベデーレ宮殿でみた。多分20年くらい前のことだが、ウイーンに旅行した目的の一つがクリムトの絵を見ることだったから大満足だった。しかし、今この有名な絵はウイーンにない。アメリカのニューヨークの美術館に行かないとこの絵をみることはできない。なぜか。
 アメリカに住む82歳のマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)は、クリムトが描いた彼女の敬愛する美しい伯母(アデーレ)の肖像画がオーストリアにあることを知る。第二次大戦中にナチスに強制的に奪われたものだ。
 オーストリアにおけるナチスのユダヤ人狩りが厳しくなってきたとき、マリアは夫ともにナチスのめをくらまして、病の両親を残して決死のアメリカへの亡命に成功した。そのあと裕福な家庭であったマリアの実家の財産はナチスの手に落ちた。クリムトの絵は退廃的とナチスは嫌ったが、でも目のきく人はいて、アデーレの肖像画はオーストリアの美術館に収蔵されたのだった。
 彼女は新米弁護士ランディ(ライアン・レイノルズ)の助けを借り、オーストリア相手に絵画の返還を求めて訴訟を起こす。絶対に行くことを拒否していたウイーンにもいかざるを得なかった。ナチスの暴虐がよみがえる。一方若いランディは金もうけのためにこの難事件をしぶしぶ引き受けるのだが、ウイーンでホロコーストの記念碑を見てから彼の態度は変わる。このランディの人間としてまた法律家としての成長がよく描かれている。実はこの映画の主人公はこちらではないかと思うほどだ。
 「オーストリアのモナリザ」としてアデーレの肖像画に執着するオーストリア国家を相手の裁判のハードルは高い。オーストリアの高官と会うたびに過去を思い出すマリアはその辛さに裁判をあきらめようとする。ランディはそんな彼女を励ます立場に逆転する。祖母と孫ほど年齢の違う男女は時々激しくぶつかりながらもお互いに理解を深めていく。二人を中心にした法廷ドラマが横糸なら縦糸は第二次大戦前後のナチスと現在のオーストリア政府に続く歴史の流れである。
 ナチス批判の映画は数多く見たが、1枚の絵に隠された傷跡からナチスの犯罪を暴くというストーリイは歴史的事実に基づいているだけに、一つのシーンの背後にある歴史の重さが胸に迫る。
 ユーモアもあるが時に辛辣で繊細なマリアを演じるヘレン・ミレンは誇り高く凛としていてすばらしい。 (巳)



15.11.16
「マルガリータで乾杯を!」(ショナリ・ボース監督 インド 2014)
 19歳のライラ(カルキ・コーチリン)は、車椅子を使い、言語も明快でないという身体的不自由はあるが明るく楽しい大学生活を楽しんでいた。車で送り迎えをしてくれる母や、優しい父、弟の愛情に支えられて青春の日々を送っていた。好きだった男の子にあっさりふられて落ち込むがアメリカに留学しようと思い立つ。難色を示す父親と弟をインドに置いて母娘はニューヨークに意気揚々と旅立つ。そこに開けた輝かしく刺激のある学生生活。しばらくして母親はライラを残して帰国。慣れない料理に悪戦苦闘したりしながらライラは新しいことに次々と挑戦。デモで知り合った視力障碍のある同級生のニマ(テンジン・ダラ)に恋心を抱くようになり、同棲する。ニマは白杖を持つ身であるが単身留学している情熱的で美しい女子学生だ。二人は夏休みを利用してライラの故郷に。ニマをライラの親しい友人として歓待する家族に、ライラは同性愛であることを告白しようとする。風呂場で母親の背中をながしながらライラは「私はバイなの」と言うが、母親は「私も同じ家事の奴隷」と言い、ライラの本当の気持ちに気が付かない(ふりをしていたか?)。その母親が病気で突然死ぬ。というふうにとても話の展開が早くテーマも盛りだくさんである。さまざまなことにぶつかり出会いと別れの中でたくましく成長していく少女を肯定的に描いた映画である。最後のシーンでバーに一人で入ったライラがマルガリータを注文、ストローでマルガリータを飲みながら見せる笑顔は飛び切り素敵だ。
 しかし、どうしても引っかかるシーンがありこの映画を好きになれない。ライラはタイプ打ちを手伝ってくれる男子同級生に好意を持ち、トイレ介助を頼む。ここは無邪気を装っているが明らかに誘惑している。そのあと二人は性関係をもつ。
 ニマに追及されるとライラは「混乱して」「行きがかりで」と言った言葉を発するが、嘘だ。ニマならずとも不愉快になってしまった。
 両性を好きになることはあるだろう。突然の性衝動もあるだろう。しかしなぜトイレ介助を手段に使ったのか。この映画の監督は女性なのだが、私にはどうしても納得し難い。と、友人に言ったら「私は女の子でーす」とかわいくシナを作ったり酔ったふりして男性に介護されるのとどう違うのかと言われて詰まった。でもやはり違うと思うのは私の感覚の古さか(巳)。



15.11.16
「アデライン、100年目の恋」(リー・トランド・クリーガー監督 アメリカ 2015)
 映画を観るときは慎重に映画評を読んでいく。場合によってはネット上のユーザーの意見も頭に入れていく。それなのに、狙いを定めて見に行ったつもりがなんと上映時間を間違えてしまった。次の用事があるまで3時間以上ある。たまたまシネコンだったので、受付の親切そうなお兄さんに「今これから見られる映画で面白そうなもの」を推薦してもらう。ホラーは嫌だ、戦闘シーンの多い映画は嫌だとか言っていたら、この映画しか残らなかった。まったく私のアンテナに引っかかっていない映画だ。しかも「100年目の恋」とは…でも時間調整のためにやむを得なかった。
 サンフランシスコの資料館に勤務する29歳の美しい女性ジェニー(ブレイク・ライヴリー)は、あるパーティーで出会った青年エリス(ミキール・ハースマン)と恋に落ちる。彼の両親の結婚記念日に招待されたジェニーが実家を訪ねると、エリスの父親ウィリアム(ハリソン・フォード)から「アデライン」と呼び掛けられる。ジェニーとは2つ目の名前でアデラインが本名。アデラインは若き日、突然の降雪と落雷で不老不死になってしまったのだ。彼女の肉体の秘密を知った国家から彼女は追われる生活を続けながら娘を産み育てた。その娘はもう60代だろうか。でもアデラインは若く美しく、父親と息子両方に同じような姿で現れ愛される。
 最後にまた彼女は落雷に打たれ死にそうになるが、救われて、エリスとハッピーエンド。彼女はふと一筋の白髪を認め安堵の笑みを浮かべる。
 というようなどうしよーもないストーリーなのだが、ヒロインがきれいで感じがいいのが救いだった。映画館を出るとき観客のそう若くはない女性に「長生きするっていいですよねえ」と声をかけられた。ウーン、この映画は自分だけが年を取らないことによる孤独が描かれていたんじゃー?
 不思議な2時間余だった。(巳)



15.9.15
「フリーダ・カーロの遺品」(小谷忠典監督 日本 2015年)
 メキシコの女性画家、フリーダ・カーロ。ポリオで身体不自由なうえに、17歳の時に大きな交通事故にあい、瀕死の重傷を負った。何度もの手術で奇跡的に助かるが、後遺症に一生苦しんだ。だが彼女はその病床で絵を描くことを学んだ。メキシコの伝統や習俗を独特な力強いタッチで描いた色彩豊かな絵は一度見ると忘れられない。
 彼女は身体的な痛みだけではなく、有名な壁画家の夫リベラと実の妹に裏切られるという心に深い傷を受けた。にもかかわらず、美しい彼女は情熱的な恋の狩人でもあった。彼女の絵からその痛みや情念がほとばしりでている。
 そのカーロの遺品が50年の封印を経て公開され、それを日本の写真家石内都が撮影したと聞けば、心が躍る。
 しかし、この映画はフリーダが立ち現われてこない。なぜ遺品が封印されていたのかも分からないし、彼女自身の絵もあまり紹介されない。せっかく彼女が夫リベラと住んだ「青い家」で撮影しているにもかかわらず家の内部もほとんど出てこない。カーロの趣向や生活の仕方がよく表れているこの家(現在はフリーダ・カーロの美術館)を訪ねた友人がとても残念がっていた。
 フリーダが来ていた服、コルセット、靴下をうつしていく石内のほうに焦点が当たっている映画である。彼女がメキシコの遺跡を訪ねるシーン、親しかった友人の自殺の報に接して涙にくれるシーン、展覧会場でのサイン会のシーンなどなど。
 私はフリーダ・カーロに会えると思ったのであって、石内都を見に来たのではないのに。
 身に着けるもの、履くものはその人間の身体性、美意識・感性を如実に表す。特にフリーダのようにメキシコの民族衣装を愛したその選択にはフリーダの強い意思がある。
 着るものを通してその人間の一生を見ることも可能だろう。それを記録に残したいという美術館のキュレーターの着眼は理解できないでもない。しかし、フリーダの下着も撮影されていたが(それは繊細で美しいものではあったが)、見ていて辛かった。フリーダはそんなさらされ方を望んだだろうか。なんだか墓を暴いているような気がした。(巳)



15.9.15
「あの日のように抱きしめて」(監督:クリスティアン・ペッツォルト ドイツ 2014年)
 1945年ドイツ。強制収容所から友人のレネの助けによって帰還したネリー(ニーナ・ホス)は銃によって顔にひどいけがを負っていた。修復手術を受けるが元の顔には戻れない。傷が癒えたネリーはレネの反対を押し切って生き別れになっていた夫ジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)を危険を冒して瓦礫の町で探す。ピアニストだった夫は酒場で雑用をする貧しい労働者だった。念願の再会を果たすネリーだったが、妻は収容所で死んだと思い込んでいるジョニーは、顔の変わった彼女が自分の妻であることに気付かない。さらに、ネリー一家は全滅したので(ユダヤ人だからである)その財産を手に入れるため妻のふりをしてほしいと言う。これを承諾したネリーはジョニーとの奇妙は地下生活をはじめる。
 ネリーと一緒にユダヤ人の新しい国づくりに参加しようとしていたレネは落胆して自殺してしまう。レネは、ドイツ人であるジョニーが自分の身の安全のためにユダヤ人である妻ネリーをひそかに離婚して、妻の居場所をナチスに白状したことを知っていた。レネはこのような男性に一心になるネリーを理解しがたかったのだろう。しかし、このレネの唐突な自殺は納得しがたい。あんなにも勇敢にネリーを助け、建国の志に燃えていた彼女がそう簡単に「どうしても死者にひかれる」と自殺するだろうか。これにまず躓いた。
 次に、いくら顔が変わったからといって妻と認識できない状態が長く続くのがとても不自然である。策略を成功させるためにネリーを妻に似せようとして動作や筆跡を教えそれが酷似していることに驚くにも関わらず。思い出話を一つでもしたらすぐにわかることではないか。ここはこの映画のキモであるから、これが観客の胸に落ちないと単なる「作り話」になる。
 一方、夫の計画を知ったネリーが夫に協力するのはなぜなのか。夫の愛を試しているのか。大体、ネリーが必死に求めるジョニーがいかにも凡庸で魅力がなく何でこんな男に夢中になるのかがわからない。辛く酷い収容所の生活で夫にもう一度会うことがネリーに生きる希望を与え続けたことは理解できるのだが、再会以後のネリーの気持ちが今一つわかるように描かれていないように思う。
 友人知人が集まった席上で、ネリーはジョニーの伴奏で「スピーク・ロウ」を歌う。この最中に夫は妻に気が付く。ネリーは歌い終わると静かに出ていく。このシーンはとてもいいのだが、それまでのストーリー展開にリアリティがなさすぎ。(巳)



15.8.17
「きみはいい子」(呉美保監督 日本 2014年)
 いじめ、発達障害、自閉症、学級崩壊、クレーマーペアレンツ、児童虐待、認知症…おもに教育を中心にいまの問題をいくつも並行的に見せるが、相互のエピソードがほとんど独立していてまとまりがない感じがする。
GALの書評欄を読んで納得した。原作のいくつかの話を脚本で一本化したのである。最初はやや違和感があるが時間の経過ととものエピソードが接合していく。
 なんとなく不器用で生徒となかなかふれ合えずいかにも現代っ子の新米教師(高良健吾)は、4年生の元気いっぱいの子どもたちの担任。授業中にお漏らしをした児童の親から抗議を受ける。「先生が厳しいから授業中にトイレに行きたいといえずにお漏らしをしてみんなに笑われ、子どもは心に傷をうけた。どうしてくれる!」。困惑した高良は他の教師に相談する。「トイレに行きたい子には行かせなさい。それから男の子を『くん』女の子を『さん』で呼ぶのは平等ではないから『さん』に統一するように」。忠告に従った高良だが、生徒は次々トイレにいきたがって大騒ぎになり授業が成立しない。そんな折、高良は放課後校庭に一人でいる子に気が付く。二人の間に少しずつコミュニケーションが生まれる。
 親から受けた虐待のトラウマと単身赴任の夫が不在のストレスで娘に手をあげてしまう主婦(尾野真千子)。理不尽に殴られても翌朝はきれいに髪を結いあげてくれる母親が娘は好きだ。でもこの娘は「我」が強くて親からみると「ウルサイ」子。注意されても頑固にきかないし叱られるといつまでもビービー泣く。それにがまんができず暴力に歯止めがきかなくなる母親(この母娘の関係はとてもリアリティがある)。でもこの母親はそのあと部屋に閉じこもり自己嫌悪で一人泣く。そして翌日はおにぎりをたくさん作って娘を連れて公園に行く。そんな様子をさりげなく観察し、ドジを繰り返す娘をかばっているのがママ友の中ではダサくて明るい二人の子の母親(池脇千鶴)だ。ある日、母親とおそろいの靴を履いてご機嫌で公園で遊んでいた娘の靴の底がはがれる。顔色を変える母親(尾野)を見て池脇は自宅に母娘を誘う。ここでも娘は調子に乗りすぎて母親のカップを壊してしまう。思わず立ち上がり娘を叱ろうとする尾野の肩を抱く池脇。池脇も幼いとき両親の虐待にあいながら近くのおばあさんのうちを逃げ場所にして育ったのだということを語る。尾野は手首に折檻のあとがあり、池脇は髪で隠した額に折檻の傷跡が。このシーンは親の虐待がどんなに子供を傷つけるか、そして逃げ場所があれば子供は救われるのだということを描ききっている。
 認知症の初期症状に恐怖を感じるおひとりさま(喜多道枝)は家の周りを掃除するのが日課である。ここを毎日通るのが自閉症の少年だ。毎日決まった挨拶をする。「朝はおはようございます。昼はこんにちは。夜は今晩はと言います」と繰り返す。この子が自宅のカギを失くしてパニックになっているのを見て喜多は少年を家に入れて丁寧にお茶を入れる。迎えに来た少年の母(富田靖子)は喜多がレジを通らずに持って出たミニトマトのことで咎めた女性だ。障碍児をかかえて神経とがらせて生活していた富田が喜多のやさしさに緊張がとけて涙する。こんなふうに二つのエピソードは希望の光をたたえている。ではこの映画の中心になっていた高良とその生徒はどうなったか。
 高良は、「5時にならないとお父さんに帰ってきてはいけない」と言われて大雨の中、校舎のかげにいる生徒を自宅まで送って行く。この子は満足に自宅で食事もできていないのではないか、高良はそう感じる。昼間も働いていない父親(継父)食事のことを尋ねるが怒鳴られ、ドアを閉められてしまう。部屋の中では父親の怒鳴っている声。
 虐待を疑って高良は生徒を保健室に連れて行く。保健の教師と校長が「お父さんに叩かれたりしていないか」を聞くが黙っている生徒。こんな状況で問いに黙っていることはそれを認めたことではないか。なのに学校は何もできない。高良が生徒のシャツをめくって証拠を見ようとするが校長に止められる。「それは警察がすることだ」。児童虐待がこれだけ問題になっている現在も学校の対応はこんなものなのか。
 疲れ果てている高良を幼い甥が抱きしめる。そのやわらかい暖かさに癒された高良は、担任の生徒に宿題として「家族に抱きしめてもらうこと」を与える。
 ショックを受けた。だって雨が降ってもが家に5時まで入れてもらえず、家庭で食事もろくにしていない子がいったいだれに抱きしめてもらえるのか。あまりに残酷ではないか。教師の善意は疑う余地はないし、たしかにそれは荒れている子どもたちの心を穏やかにする効果はあったようではあるが。
 前日「宿題できるか」ときく高良に対し笑顔でうなずいた生徒。しかし翌日彼の座席は空席のまま。授業を終えると給食の残ったパンをかばんに入れて、高良は生徒の家に走る。息を切らせてたどり着きノックをする。2回。ここで唐突に映画は終わる。
 観客にその先は想像させたのだろう。しかしドアの向こうに明るい景色があるとは私には到底思えない。最悪のシーンしか思い浮かばない。
 生徒をいちように「さん」づけにすることから生じる一種の冷たさ。いまの学校を象徴するようだ。「きみたちはいい子」なのにそれぞれが生きにくい時代を生きている。自分の心身を守るすべのない子どもたちはどのようにして生きていったらいいのだろうか。暗澹たる思いになった。(巳)



15.8.17
「アリスのままで」(リチャード・グラツァー/ワッシュ・ウェストモアランド監督 アメリカ 2014年)
 アリスはスーパー・キャリアウーマンだ。言語学者で50歳。コロンビア大学の教授。夫は有名病院の医者。子供3人を無事に育て上げ、豪華なパーティ料理などどんどん仕上げる。むろん美しいし、毎日のジョギングでスタイルも抜群。
 そんなアリスだが、ある日講義の最中、ちょっとした言葉を思い出せない。別の言葉でいいかえて切り抜けるが、その言葉を思い出したのは帰りの車の中。「語彙」という単語だった。これが「終わり」の始まりだった。クリスマスの得意料理のレシピが思い出せない。長男が連れてきた恋人に2度同じ挨拶する。そしてジョギングの最中、突然に自分の居場所がわからなくなりパニックに陥る。
 神経科を受診したアリスは、有効な治療法のない「若年性アルツハイマー」と診断される。しかも家族性のものであり、知的レベルの高い人ほど進行が早いと言われる。家族性の場合50%が遺伝し、検査が陽性だと100%発病するという恐ろしい数字が挙げられた説明がされるが本当だろうか(ものすごく患者が増えることにならないか)。
 衝撃的な告知にアリスは激しく動揺しながらも、知的な現代女性らしい「自らの尊厳を守るため」のガードを試みた。「娘の名前が分からなくなった時。自分の誕生日を忘れた時」自分のとるべき行動をビデオに記録した。ついにその日が来るが、ビデオに記録されたことがなかなか記憶できなくて結局、自殺することはできない。このような絶望的な状況に陥る前に、アリスはアルツハイマーの患者家族の前でスピーチをする。同じことを言わないように原稿にマーカーをひきながらでも力強く「自分らしく生きていく」ことを語る。このスピーチの場面は緊張をはらみながらもアリスの切迫した心情が伝わってきて涙が出た。
 だんだんにアリスができることは少なくなって行き、言葉をほとんど発することもできなくなる。彼女を介助するのはもっともアリスとそりが合わなかった女優志願の次女である。
 この家族、介護をめぐっても争うことなく、助け合っていく。家族性のある重篤な病であることがわかり、3人の子は検査を受ける。その結果、長女は陽性、長男は陰性、次女は検査を拒否。妊娠を望んでいる長女には厳しい選択が科せられるが、めでたく双子を出産。もうほとんど判断力を失っているアリスも病院で赤ちゃんを抱く。大事に膝に抱えてほんのり微笑を浮かべるアリス。
 周りの人がすべていい人で家族の葛藤などの描き方があっさりしていて、リアリティがないような気がする。
 この映画のテーマの一つは「家族の絆」であろうが、余りに葛藤がなくてドラマ性には欠けている。もう一つのテーマがアルツハイマー患者の内心の動き、外界がどのようにとらえられているのかという問題だろう。主役のアリスを演じるジュリアン・ムーアの好演もあって、二つ目のテーマは良く描けているように思う。(巳)



15.7.15
「あん」(河瀬直美監督 日本 2015年)
 幼いとき、2歳違いの弟とお風呂上がりの上気した肌を点検しあい、アザらしきものを見付けると真剣な顔をして抓ってみて「痛いね。大丈夫、ライ病じゃない」と喜んだことを時々思い出す。当時子どもにもそんなに怖れられていたライ病とその恐れからずっと脱出できなかったことを思うと自分の偏見の強さに打ちのめされる。
 後年、1996年、日本では「らい予防法」が廃止され〈第1条 らい予防法は廃止する〉、強い伝染力を持つといわれて、厳格に隔離された患者は法的には解放されたことを知った。しかし、恐ろしいことには1960年代末には国際的にはらい病は伝染力が弱く自宅や開放病棟での治療ができることが知られていた、もちろん日本も知っていたにもかからず、人里離れた施設の中で行われていた非人間的な医学上の処置にさえ、日本人は誰も声を上げることがなかったのである。
 らい病〈ハンセン病〉が他の伝染病に比べてこれほどにまでおそれられたのは、手や顔の変形―見るからに異形となったためだと思う。

 さて、映画の「あん」。桜の美しく咲く季節。小さなどら焼き屋に一人の女性(樹木希林)がやってきて、「ガワはまあまあだけど、あんこがね」と主人に言い、この店で雇ってほしいと頼む。一度は断った主人も彼女が作ってきたあんに驚き、一緒に台所に立つ。小豆の声を聴く希林のシーンが続く。絶賛されている場面だが正直長くてちょっと退屈。
 あんのおいしさが評判を呼びどら焼きやには行列ができるほど。飼っているカナリアのえさにするためにどら焼きのカスをもらいにくるいまどきの女子中学生とは一味違う物静かな少女がいる。この少女が希林の手の変形に気が付きなにげなく母親に言ったことから「噂」が広がり、あっという間に客足が遠のく。店の大家も何気なくしかし強く明け渡しを要求する。
 店の主人と少女はメモを手掛かりに希林を訪ねる。そこは木々に囲まれたハンセン病の元患者の施設だった。希林と仲良しの元患者・市川悦子も好演。少女はかわいがっていたカナリアを希林に託す。
 その後の展開は希林の手紙によるという構成になっていて、施設で子供が産めなかった経緯などはここでさらりと触れられる。あまりに静かなかたりくちなので、見過ごされるのではないかと危惧を感じたほど。二度目に訪ねた時には希林は亡くなっていた。市川悦子がここでは墓が立てられないから木を1本ずつ植えるのだと言って案内する。ここにも墓にさえ入れてもらえない患者の状況が語られているのだが。
 希林は少女から預かったカナリアを外に放していた。人に飼われていた小鳥は自然に放たれてもえさを取るすべもなく死んでしまうかもしれないことを知っていても、狭い鳥かごの中でさえずる鳥を見ていられなかったーそれほど自由な外界にあこがれていたのだ。法律で解放されても長年施設で生活していた人間には外界に戻るすべはない。しかしどんなに外の普通の生活をしたかったことか。抑制のきいた演出である。
 過去に事件を起こし刑務所暮らしの経験のある主人と母親に虐待っぽい扱いをされている少女。そしてハンセン病の元患者。この3人の疑似家族ともいうべき関係の気持ちの交流が上手に書きこまれている。主要モチーフはもしかしてこちらのほうかもしれない。

 樹木希林、市川悦子。そして「ゆずり葉」の八千草薫。日本映画でもこのような俳優が活躍できるようになった。しかもいずれも女性の監督である。(巳)



15.7.15
「沖縄―うりずんの雨」(ジャン・ユンカーマン監督 日本 2015年)
 2時間半近い長編ドキュメンタリ―映画。日本の本土の選挙が雪崩を打つような結果でも、沖縄だけはいつも異なる意思表示をしている。それが喉に刺さる小骨のようで苛立つ政府自民党。沖縄の現代史を多角的に描いたこの映画をぜひ彼らにこそ見てもらいたい。

 沖縄の4人に1人が亡くなった第2次大戦最後のアメリカ日本の激戦。正視できない過酷なシーンが続くが、生き残った元日本兵、侵略の先頭に立った元米軍の証言を織り込んで決して一方的に描いてもいないし、声高に「アメリカは出ていけ」と言っているわけでもない。
 戦争が終わって日本は1952年独立したが、沖縄が「日本」になったのは1972年、それも多くの米軍基地をそのままにして。在日米軍の74%が沖縄にあり、それは沖縄の面積の10.2%を占めるというこの現実から生まれる問題を映画はニュースフィルムや写真、証言によって私たちの前に示す。そのなかでも米軍兵士による少女たちへの性暴力、その背後にあるものへの切込みは、加害者へのインタビュー、米軍内の女性兵士への性的暴力の実態にまでおよんでいて、その根の深さを感じさせる。
 冒頭、幕末に日本に開国を迫ったペリーが沖縄を侵略しようとする歴史が挿入されていたが、地図で沖縄の位置を見るといかにこの島が、太平洋の軍事的キーストーンであったか(それは現在もっと重みを増している)がよくわかる。ここから米軍は韓国へ、ベトナムへ、そしてイラクへと飛んだのだ。
 映画の終わりに「沖縄の米軍基地撤廃の運動は長く続くだろう、でも沖縄の人々は決してあきらめない。それが希望だ」と述べられていたが、沖縄の人々の忍耐強さだけではほんとうはどうにもならない。ではどうすれば。明るい展望は見えこない。
 沖縄県のHP「沖縄の米軍基地の現状と課題」はデータがヴィジュアル化されていてとても充実している。まず現実を知ることが大事であるとするなら、このHPはおおいに役に立つ。(巳)



15.6.15
「ゆずり葉の頃」(中みね子監督 日本 2014年)
 八千草薫・84歳が主演。美しい着物でしゃんと歩き一人で美術館にも行くし、喫茶店でコーヒーを楽しむし、小旅行だってする。知的で行動的で美しく気品がある高齢者が映画に出てくるのは稀有だ、しかも主役で。だからなのか地味な作品なのに人気があり、あの岩波ホールが満席だった。
 ヒロイン市子(八千草薫)が幼いときにひそかに憧れていた人(仲代達也)は、いまや有名な画家になっていた。ある日新聞で彼の個展が軽井沢であることを知った市子は彼の「原風景」という絵を見たくて旅に出る。しかし展覧会でも彼女の求める絵を見ることはできなかった。しかしふと入った喫茶店のマスターや軽トラックの運転手、プチホテルの主人などのネットワークでついに画家の家を訪ねあてる。彼は盲目になっていた。市子と彼が踊るシーン、そして「私は目が見えない。今は私の手が目なのです。あなたの髪や顔を触らせてください」という頼みに彼の手に顔を預ける市子。この連続するシーンはすばらしい「大人のラブシーン」だ。こんなに美しい高齢者同士のラブシーンを見たのは初めてだ。
 市子の画家を追う旅と、母を心配する息子の母を追う旅とが重なり合う。迎えに来た息子に「若葉が成長したらゆずり葉は緑のままで葉を落とす。そしてその葉はいつか土に戻る。そういうふうに私は生きたい」「だから家を売って終の棲家を探したい」と言う市子の言葉にうなずく息子。
 明らかに老いと死をテーマにしているが、その中のリリカルな部分を切り取っていて、いままでの「高齢者映画」を一歩超えている。
 市子が淡い恋を感じた少年と出会う透明な湧水をはじめとした緑の多い静かな風景とともに音楽がとても印象的だった。

 メガホンをとったのは映画監督・岡本喜八の妻で76歳にして初めての作品。みずみずしい情感にあふれた映画である。
 上映が終わるたびに廊下で観客とあいさつを交わす監督は珍しいのではないだろうか。観客の感想をじかに聞きたいという真摯な姿勢を感じた。(巳)



15.5.15
「パプーシャの黒い瞳」(アンナ・コス=クラウゼ/クシュシュトフ・クラウゼ監督 ポーランド 2013年)
 「ジプシー」はいまは差別語といわれるが、この映画では20世紀初頭の一般的言い方に合わせたのか「ジプシー」が使われている。
 旅から旅への生活で定住しないジプシーは学校にも行かないし書き言葉も持たなかった。その中でも言葉にめざめ、のちに詩人となった女性パプーシャの生涯を描く(実在の人物:プロスワヴァ・ヴァイス 1910-87)。
 歌と踊りが大好きで自由に生き、伝統的な文化を大事に守るジプシーは、時の政府から定住し、職業を持ち、学校に子供を行かせるように命令されることに激しく反発・抵抗する。ジプシーのテントを撤去しようとする警察と始終乱闘となる。このような環境の中で言葉を覚えそれに心を奪われる少女は自分の属する集団から排斥される。この集団に一人のジプシー以外の青年がいた。彼は彼女の才能に気が付き育てようとする。若い二人の間には恋にも似た感情が芽生えていたかもしれないが、彼はやがてモスクワに行き、彼女は父親にわずかなお金で売られるようにして年配の男と結婚させられる。二人の間に子供は生まれず、パプーシャはナチスに襲われた集落に一人残されていた赤ん坊を自分の子として育てる。
 時は流れ、青年との間に交流が復活して、青年は彼女の詩を出版することに努力し、また自らもジプシーの歴史を出版する。
 このことがジプシーの誇りを傷つけ、パプーシャはジプシーの大切な秘密を公開したと、集団から裁かれて追放され、一時は精神に異常をきたし、入院する。パプーシャ一家への嫌がらせ、迫害はひどく、大事に育てた息子も家を出てしまう。年取った夫をひとり介護するパプーシャ。貧困の中で夫が亡くなった後、青年が訪ねてきてモスクワ行きすすめるが、パプーシャは首を振る。
 周囲から差別され迫害されているジプシーであるにもかかわらず、その中でも地位の低い女性や少女への暴力的な抑圧は激しい。そういう仕打ちを受けたパプーシャが「すべてのジプシーよ わたしのもとへおいで 走っておいで 大きな焚火が輝く森へ」とうたった。
 年代が小刻みに前後するので筋が把握しにくい。そのうえ、シーンの切り替えがしばしば白い画面になるのがイライラした。肝心の詩があまり紹介されないのも残念。

 生まれて初めてヨーロッパにツアー旅行をしたとき、ツアコンが「ジプシーに気を付けるように」と犯罪の手口を詳細に紹介して観光客の注意を促したとき、ひどくショックを受けた。こんな明々白々な民族差別ってあるのか。その注意はつい最近も変わらなかった。とくに若い女性や子ども連れの女性のジプシーが観光客を狙うと言う。とくに若い女性に働く場所がないということか。
 ナチスはユダヤ人の次に多くのジプシーを殺害したといわれる。ところがジプシーには書き言葉がなかったので歴史にほとんど記録されなかったという。言葉の持つ大きな意義を感じないわけにいかない。
 また、日本人としては、アイヌの歴史を重ね合わせ、忸怩たるものがある。
 日頃忘れていることをいろいろ思いださせてくれた映画であった。(巳)



15.5.15
「パレードへようこそ」(シュー・ウォーチャス監督 イギリス 2014年)
 1984年、イギリス・サッチャー政権下の出来事。政権による炭鉱閉鎖に対してストライキで立ち上がった労働者のデモをテレビで見ていたロンドンに住むゲイの青年が「警察官からひどい目にあう点で同じ」と支援の募金活動に乗り出す。LGSM(ゲイとレズビアンの活動家たち)を結成しバケツであつめた寄付の送付先を探すがグループ名を名乗っただけで電話を切られてしまう。その中でたまたま電話を聞きまちがった女性のせいでヨークシヤの組合が受け取るという。募金を届けるためにグループはヨークシャに。迎える村びとは戸惑い、嫌悪の情あらわな人々も。しかし、組合の委員長は彼らを歓迎し、歌とダンスのにぎやかなパ―ティが繰り広げられる。意外なことに高齢者のほうが彼らに対して包容力を示す。映画の終わりのほうのシーンで「実は60年も前からゲイだった。」とつぶやく男に対し一瞬黙った女が「知っていたわよ、ずっと前から」と返しサンドウイッチを作る手を休めないという場面がある。若者たちの嵐のような行動が高齢者の心に風穴を開けたのだ。
 一方、ロンドンで行われたゲイのデモにおずおずと近づいた青年がいた。彼は偶然に旗を持たされ、デモをするうちに、炭鉱労働者支援の渦に引き込まれる。家族には内緒でカメラマンとして活動を始める。
 この二人の青年を軸に映画は進む。が、メインは炭鉱労働者とその家族、老若男女のゲイたちとの交流のダイナミックな流れである。ヨークシャの村人が次第に心を開き、特に女性たちのはじけ方はびっくりするが、もちろんそれを快く思わない人々もいて、ゲイへの中傷、妨害が行われる。その中で、家族にカムアウトできなかった青年が仲間の励ましで親から自立したり、また親から迫害された青年が時を経て和解するさまなど個別な成長の軌跡、エイズへの恐怖、それをあおるマスコミなど当時の時代背景が映し出される。
 歴史が示しているように炭鉱労働者は敗北した。しかし、LGSMから支援を受けた組合はその友情に感謝し、ゲイのパレードの先頭を切って行進した。かつて行進の横で迷っていた青年もパレードの中心で笑顔を見せていた。
 「連帯と友情」。いまや古びた言葉になってしまったけれど、ゲイの視点を据えたことで現代的な関心を呼ぶ映画となっている。原題は「PRIDE」。労働者、ゲイ、ストレート、高齢者、女性がそれぞれプライドを持つことによって「連帯」が生まれるのだ。
 「ブラス!」「フルモンティ」や「リトル・ダンサー」などイギリスの炭鉱労働者を描いた作品はいずれも秀逸である。しかも男らしくて力強い炭鉱労働者がジェンダーの縛りから自由になって行く過程が描かれていて、興味深い。(巳)



15.3.16
「パリよ、永遠に」(監督:フォルカー・シュレンドルフ ドイツ・フランス 2014年)
 ドイツの敗色濃い1944年8月。ドイツのパリ占領軍総司令官のコルティッツ将軍(ニエル・アレストリュプ)はベルリンから「パリを破壊せよ」との指令を受ける。コンコルド広場、ノートルダム大聖堂、ルーヴル美術館、エッフェル塔そしてセーヌ川にかかる主要な橋が爆破の対象だった。セーヌ川の氾濫でパリは水没の恐れがあったし予想される民間人の犠牲者は数百万人。
 作戦を知ったスウェーデン総領事ノルドリンク(アンドレ・デュソリエ)は密かにコルティッツを訪れ、計画を中止させようと必死の説得を試みる。ほとんどが二人だけのやり取りと心理的描写に終始するのは、もともとが舞台の脚本だったからである。
 コルティッツはいかにもドイツの軍人らしく頑固で強靭だが、ヒトラーが正常な判断力をもはや持っていないことを見抜く冷静さを持っている。ノルトリンクにさまざまに説得されてついに彼は苦悩を吐き出す。ヒトラーは彼の妻子を人質にしていたのである。つまりパリを爆破しなければ妻と3人の子の生命の保証はない。彼は家族への愛とパリの文化的歴史的遺産と名も知らぬ300万人のパリ市民の命との間で引き裂かれていたのだ。コルディッツはノルトリンクに「君が私だったらどうする?」と詰め寄る。
 これは歴史的事実をベースにした映画である。私たちはいまパリが無事だったことを知っている。にもかかわらず緊迫したシーンが最後まで私たちを引っ張っていく。このような歴史があることを知ってセーヌ河畔に立てばまた感慨も違うものになるだろう。
 これらの文化遺産が爆撃を受けて消失していたら、いまのECは成立しなかったのではないだろうか。
 ヒトラーは一度も画面に登場しないしナチスの残虐性も直接的にはほとんど描かれない。 しかし、その狂気とそれと戦った人間の力を十分に感じさせる映画である。(巳)



15.2.16
「幸せのありか」(マチェク・ピエプシツア ポーランド 2013年)
 マテウシュは、脳性麻痺で肢体不自由であり、知的障碍もあり、「植物状態であり成長はのぞめない」と幼いときに医者に診断される。しかし、いつでも「大丈夫」という陽気な父親と優しい母親の介護のおかげで、両親とはわずかにコミュニケーションができる。窓から外を眺めるだけのマテウシュだが、やがて星空と巨乳大好きの青年に成長する。だが実は彼は正常な判断力がある。その心の中のつぶやきが独白として、映画のなかで終始流れるのがこの映画の特徴である。
 父が亡くなり、母も年を取り、きょうだいは重度の身体障碍のあるマテウシュの面倒を見ることができず、彼は山奥の知的障碍者の施設に送られる。介護士が流動食を寝かしたまま機械的に流し込むのに抵抗してマテウシュは、胸の中で不親切な介護士に毒づき、苛立って乱暴し、暴れても大丈夫なようにヘルメットをかぶせられ、マットレスの敷き詰めた個室に閉じこめられたりする。「ボクシング部屋に入れられた」と彼は独白する。
 そんな彼にボランティアで介護に来た女性が近づく。音楽を聞き、踊り、1本のスプーンで二人でおかゆをすすったりする。果てに、彼女は彼を父の誕生日パーティに連れて行く。多分金持ちで若い女性と再婚した父親に反抗しているのだろうが、父親は「去年はホームレスを連れてきて今年は障碍者か」と言い放つ。誇りを傷つけられたからか彼女を守りたかったのかマティウスは怒りの発作を起こす。そして彼女は施設をやめてしまう。失意のマティウス。週1回母親が見舞いにくる退屈な日々が続く。しかし、転機が。他の患者に文字表と瞬きで字を教える教師がマティウスの必死の合図に気が付く。こうして彼は言葉を通してコミュニケ―ションができるようになる。彼が文字盤で最初に綴ったのは「私は植物ではない」。彼の生きてきた20年以上の時間が堰を切ってあふれる。
 知的障碍者でないことがわかり、施設を変えることを求められ、面接に行く。えらそうな面接官を前に彼は頑として言葉を発さない。そして亡き父親に最初に教わった「いや」なときはこぶしで机を叩くという意思表示を死に物狂いで行う。こうして彼は元の住み慣れた施設に戻る。彼の人生はマスコミなどにも取り上げられる。
 これは現実の話をもとにした映画である。重篤な障害があるからということで聖化された描き方になっていない。性的な関心も強く女性を胸の大きさでランク付けしたりするが、恋をした時に「初めて胸でランク付けしなかった」という独白が入る。彼に恋を仕掛けた若い女性は一時の気まぐれだったのか。マティウスをもてあそんだようにも見えないことはない。少なくとも彼女の心情が描かれていないので唐突感を否めない。でもまあ初恋なんてこんなものかも。
 マティウスが20年以上も言葉を発することができずまた自分が知的判断力があることを他人に知ってもらうことができなかったのに、あきらめずについに文字を獲得する瞬間に思わず涙が出た。(巳)



15.2.16
「トレヴィの泉で二度目の恋を」(マイケル・ラドフォード監督 アメリカ 2014年)
 シャーリー・マクレーン映画デビュー60周年記念作品。
 そう仲が良かったわけではないが長年連れ添った妻が亡くなり、生きる気力を失い、ベッドの上だけで過ごす気難しい老人フレッド(クリストファー・プラマー)が娘夫婦に連れられてマンションに越してくる。隣に住んでいたのが陽気で世話焼きのエルザ(シャーリー・マクレーン)。エルザのはじけるようなおしゃべりは嘘と現実がないまぜになっていて、まじめ一方のフレッドは振り回される。しかし法外な代金を要求したレストランを一緒に食べ逃げしたりするうちに、フレッドのかたくな心はほぐれ笑顔がでるようになって、1歩、2歩、3歩と二人の仲は近づく。二人のそれぞれの家族の心配をよそに「恋をするのに遅すぎることなんてない」。楽しい日々はテンポよく過ぎていくように見えるが、そこは高齢者同士。病気と死がつねにうっすらと影を落としている。
 いつも元気いっぱいのエルザが重篤な病気にかかっていることにフレッドは気が付く。そして彼女の夢が彼女の大好きな映画「甘い生活」の主役の男女が遊び戯れたローマのトレヴィの泉に行くことだと知る。フレッドは娘夫婦の開業資金の援助をやめて、二人分の航空券を買い、ローマに飛ぶ。
 映画のアニタ・エクバークと同じようなゴージャスなドレスを着て猫を抱いて泉の中で踊るエルザの表情は輝き、それを見たフレッドもマルチェロ・マストロヤンニのように泉に入っていく。「甘い生活」のシーンが何回もオーバーラップする。
 一転、エルザの死後。息子が開けた金庫からは、ピカソが描いたエルザの若き日の肖像が出てくる。エルザの妄想かウソと思っていたフレッドにその小さな絵が渡される。
 なかなかおしゃれな終わり方である。フレッドはかっこいいしユーモアある元気な会話もおもしろく、楽しめる「高齢者のラブストーリー」。
 エルザがベッドの中で飽きることなく見ていた「甘い生活」(フェデリコ・フェリーニ監督)は私の大学時代、学園祭で上演された。観客があまりに多く、途中で見るのをあきらめた。上流社会の爛熟ぶりを、ちらりと見ただけで、その後もこの映画を観ることなく過ぎた。ほろほろ苦い青春を思い出してしまった。(巳)



14.8.15
「イーダ」(パヴェウ・パヴリコフスキ監督 ポーランド・デンマーク 2013年)
 予告の画面が終わるとするするとスクリーンが狭まり普通サイズの白黒画面に変わる。

 1960年代初頭のポーランド。
 スプーンの上げ下げもそろえるような修道尼たちの静かな食事場面から映画は始まる。
戦災孤児として修道院で育てられた少女アンナは、ある日院長からおばの存在をしらされ、一生修道女として過ごす決意(修道誓願)の前に会いに行くように勧められる。初めて触れる外界に衝撃を受けながらやっとたどり着いたおばの家。そのおばからアンナは、本名は『イーダ・レベンシュタイン』でユダヤ人であることを告げられる。
 イーダは両親の墓を探そうと、おばヴァンダと一緒の旅が始まる。信心深い静かなイーダと対照的にヴァンダは検察官で社会的地位は高いのだが、社会主義体制の下で多くの人々を処刑したことに苦悶し、いまは酒と煙草と男に[くるっている]。多くを語らないヴァンダだがその一挙一動に深い悲しみと苦しみがにじみ、私は清純なイーダより皺に汚れが刻まれているヴァンダに心惹かれた。
 ヴァンダの記憶をたどって、イーダは両親が殺された森にたどりつく。なぜ両親と幼い男の子が最初は森にかくまってくれた男に殺されなければならなかったか。映画はほとんど説明しない。男に遺体を掘り返させ、それをじっと見つめ待つ二人。二人の沈黙と穴を掘り進める男のシャベルの音と息遣いだけの緊張したシーンが続く。やがてちいさな頭蓋骨が。実はヴァンダハーダの両親に男の子を預けていたのだ。
 幼女のイーダだけがユダヤ人の特徴を持たなかったので殺さずに教会に届けたのだと男は語る。平凡なポーランドの男がユダヤ人であることを理由に3人の人間を殺してその家に住み着いてしまったのである。
 このあたりポーランドという国のたどった過酷な運命を知らないと非常にわかりにくいように思った。
 三人の遺骨を墓に埋葬した後の二人の女性の生きる道は大きく分かれる。ヴァンダは自らの命を絶つ。イーダは兵役拒否のサキソフォン吹きの若者と一夜を共にし、再びベールと僧衣に身を包み歩き出す。どこへ?たぶん僧院に。やはりイーダは神の存在を信じるのだろうか。
 釈明も糾弾もない静謐な映画。すべての画面に抑制が効いているせいもあってすぐにすとんと心におちにくい。しかし二人の女性に深く影を落とす歴史の暗黒の毒が、見終わったあとだんだんに回ってくる。

 暗いといったら思いきり暗くて地味な映画である。しかし、炎天下の渋谷の映画館の前には行列ができていた。(巳)



14.5.15
「チョコレート・ドーナツ」(トラヴィス・ファイン監督 アメリカ 2012年)
 1979年カリフォルニア、歌手を目指している口ぱくのショーダンサーのルディ(アラン・カミング)と弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)はお互いに一目ぼれしたゲイカップル。 母親に見捨てられたダウン症の14歳の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)と出会った二人は彼を保護し、一緒に暮らすようになった。マルコはダンスとドーナツとハッピーエンドのお話が大好きな少年。3人の間に家族のような愛情が芽生えていく。マルコは学校にも行くようになり教育環境も整えられる。 しかし、ルディとポールがゲイカップルだということで法律と世間の偏見に阻まれ、マルコは施設に収容されてしまう。
 麻薬中毒で収監されている母親にルディとポールは会いに行き、彼女が出所するまでマルコの「監護権」を獲得する。いったんは3人の生活が安定したかに見えたが、ポールはゲイであることがばれて事務所を解雇される。マルコの世話を第一とするルディと職場のショー仲間との関係は悪化する。そんななかでルディたちはマルコの監護権を法的に獲得しようとする。この法廷場面はなかなか面白い。子育てに同性愛はいかに有害かを証明しようとしてする質問は『普通の人』が何を正常と考えているかが浮き彫りになっている。証人に呼ばれた学校の教師もルディの仲間も3人の関係に好意的証言をして、最初は偏見と反感に満ちていた調査官も裁判官も次第に3人の関係に理解を示すようになる。
 ところが、検察側は「母親」という切り札を出す。マルコのせわをするという条件で母親は釈放されたのだ。産みの母親とゲイカップルの監護権争い。母親に監護権をという審判が下される。
 「ここはうちじゃない」と何回も言うマルコは、結局母親のいる自宅に連れ戻された。しかし、母親は相変わらず育児放棄。マルコはルディとポールを探して家出する。彼が大好きだったハッピーエンドにはならなかった。
 今から40年以上も前。ゲイに対する偏見は非常に強いものだったに違いない。しかし、「子どもの幸福」を中心に考え、子どものとじかに会ったり、ゲイの二人のやり取りを直接聞いたり見た人々は、その思い込みを自然に解消している。そのことがとてもよくわかる。遠くでみているからこそ「変」と思い自分たちの秩序を破壊されるという故なき恐怖を持つのだ。
 GWのど真ん中、「映画の日」なんていうことをすっかり忘れていて、何年振りかで立ち見で映画を見た。さすがに疲れて集中を欠いてしまったが、悲劇に終わっているにもか変わらず、後味の悪くない映画であった。(巳)



14.5.15
「あなたを抱きしめる日まで」(スティーヴン・フリアーズ監督 イギリス 2013年)
 映画を見る動機はいろいろである。テーマに関心がある、監督が好き、俳優が好き……さすがにこのごろは俳優に惹かれてということは少なくなった。が、ジュディ・デンチが主演で母と息子の物語!「母子ものはぐちゃぐちゃに泣く癖によく見にいくね」と友だちにあきれられてもなんのその。

 1952年アイルランド。10代で未婚で妊娠したフィロミナは強引に修道院に入れられた。修道院で酷使された上に、生まれた息子に会えるのは1日たった1時間。息子は修道院の中の保育施設で同じ境遇の子供たちと一緒に育てられるが、5歳の時にアメリカに養子に出されてしまう。息子は仲のいい女の子と離れなかったために女の子を養子にもらいに来たアメリカ人夫婦に兄妹として一緒に引き取られてしまったのだ。突然の別離に泣き叫ぶフィロミナだが息子の行方を追わないことを誓約させられてしまう。
 それから50年。イギリスで娘と暮らしながら常に息子のことを案じ、ひそかにそのゆくえを捜していたフィロミナ(ジュディ・デンチ)は、娘の知り合いのジャーナリスト、マーティン(スティーヴ・クーガン)の助けで息子が今もアメリカにいることを知る。二人は息子探しの旅に出る。信心深くて世間知らずでちょっとミーハーのフィロミナと腕利きの記者だったが政争に巻き込まれクビになり「ロシア史」を執筆しようと考えるインテリのマーティンとの祖母と孫のような道行きはなかなか楽しい。この息子探しにジャーナリストとしての嗅覚が働いたマーティンは、一部始終を雑誌記事に売り込み二人の旅費もねん出した。
 フィロミナは息子がホームレスになっていたら、ヴェトナム戦争で戦死していたら、アルコール依存症になっていたらと、とめどもなく心配する。そして彼女が息子に期待していることはアイルランドを覚えているか(つまり母親を覚えているか)ということだ。
 コンピュータの威力で比較的早く息子の行方は知れる。成人した彼はレーガン、ブッシュ大統領の法律顧問として国際的にも活躍する有能な人間だった。「私と一緒だったらこうはならなかったわね」と息子の幸せを喜んだのも束の間、彼はすでに亡くなっていた。悲しみに沈みながら、フィロミナは息子の遺した足跡を訪ね歩く。「で、彼はアイルランドのことを何か言っていましたか?」答えはNO。
 最後に、二人は息子のゲイの恋人に会うことに成功する。そこで三人で見たビデオには息子がアメリカの地を踏んだ時から養父母のもとで豊かに育った子ども時代、優秀な学生時代、法律家として華やかに活躍する壮年時代を見る。静かな優しい笑顔が何回もクローズアップされる。そして彼らが最後に見た画面には…
 なんとあの修道院でシスターと一緒に撮った写真が。火事で書類を全部焼失したので手がかりはなにもないと、なんどもフィロミナを追い返した修道院に、実は息子は来ていたのだ。母親を探して。そして彼は恋人の手によってその修道院の墓地に眠っていたのである。「二つの国をもち多くの才能を持った男ここに眠る」と。
 怒りに燃えたマーテインの糾弾に、シスターは答える。「快楽を楽しんだものへの罰です」。

 この映画は実話に基づいている。わずか50年前の教会の内部はこんなだったのか。少女たちを酷使したことはほかの福祉施設がなかったことや養子あっせんしたことも子供たちをいつまでも修道院の中で育てることは不可能であるから本人の幸せのためという口実はまったくなりたたないとは思わない。しかし、医学設備も整っていない環境で激痛の中に少女たちを出産させ、結果母子ともに死亡させるということはどうなのか。「快楽を得たものへの罰」なのか。
 子どもの行方を尋ねてくる母親にうそをついて情報をかくすのはなんのためか。教会にとってもメリットがあるとは思えない。人が幸せになることを阻みたいとしか見えない。それを糾弾されても悪いと思わない精神のありかた。
 それでも肌身離さず十字架をつけている信仰心篤いフィロミナは、シスターを赦すという。マーティンは彼女の心を慮り記事にしないというが、それに対しては「記事にしてください」と言う。正直、ほっとした。だが、最後、息子の墓前で祈るフィロミナにマーティンは教会で買い求めた小さなキリスト像を渡す。笑顔のフィロミナ。
 ここで私は取り残される。宗教ってほんとうにわからない。
  この映画は教会の内部の暗黒を暴くという意味で、
「オレンジと太陽」とテーマが同じである。前者は国家がらみの犯罪であった。この映画では1教会の特定のシスターが犯した罪として描かれている。しかし、どちらも歴史上の事実であり(それもつい最近のこと)、キリスト教の暗部を明らかにして衝撃的である。(巳)



14.4.15
「声をかくす人」(ロバート・レッドフォード監督 アメリカ 2011年)
 「リンカーン」を見た後でもあるし、予告編で「アメリカではじめて死刑執行された女性」の映画であることを知ってみたいと思っていたのに、見逃した。それを今回「第3回死刑映画週間」で見ることができた。
 「死刑映画週間」というのは死刑をテーマにした各国の映画それも古い映画から最近のものまでが日替わりで上映されるユニークなイベントである。私は今年はここでずっと見る機会を失していた「軍旗はためく下に」という1972年の邦画を見ることができた。衝撃的な映画で見るのがつらかった。

 南北戦争の末期、リンカーン大統領が暗殺されるところから映画は始まる。ただちに容疑者が逮捕される。その中に南部出身の下宿やの女主人メアリー・サラット(ロビン・ライト)がいた。「彼女には弁護を受ける権利がある」との上院議員に説得されて、北軍の英雄とたたえられていたフレデリック・エイキン(ジェームズ・マカヴォイ)が弁護を引き受ける。言葉少なく敵意丸出しのサラットに対してエイキンは最初はしぶしぶ役割を果たしている程度だったが、軍事裁判が進んでいく過程で、彼は「サラットが大統領暗殺のための謀議のアジトを提供していた」というのはでっち上げだと気が付く。しかし裁判はどんどんサラットに不利に進む。圧力に負けて証言をひっくり返す証人たち。「法を守る」「正義を守る」ために必死な弁論活動にかたくなで無口なサラットも次第に心を開く。謀議に参加したのは今は逃亡している息子ジョンをかばっていたのである。サラットの無実を証明するためにはジョンの証言が必要であった。しかし、南軍にかくまわれている息子は姿を現さないまま。
 大統領を暗殺され、副大統領も暗殺未遂、国務長官も暗殺未遂という状況に置かれた北軍はメンツのため、また復讐のため、そして民衆の不満や不安を早期に解決しようとしてスケープゴートを求めていた。他の3人の容疑者とともにサラットにも絞首刑の宣告がなされる。エイキンは人身保護願など懸命の努力をするが「戦時に法は沈黙する」と、ただちにサラットは人民の面前で絞首刑となる。
 軍事裁判なのに傍聴人がいたり、裁判長席がなかったりするのだが、法廷場面は緊張感がある。
 最初は半信半疑で弁護活動を始めたエイキンも、サラットの誠実な人柄、それ以上に裁判の中で明らかになってくる「最初に有罪ありき」の裁判――国家権力の恣意性、そして彼らに操られている民衆の粗暴さにエイキンの正義感は目覚める。あまりにも弁護活動に熱心なあまり、エイキンは恋人には捨てられ、会員制度の資格も剥奪され、友人も失う。
 絞首刑の場面があまりにもリアルで映画のシーンだけでも目をそむけたくなるが、エイキンは壇の間近に近づき、しっかり事実をみすえたあと、静かに立ち去る。法のもとに活動することの虚しさ、限界を知った彼はその後「ワシント・ポスト」の編集長になったという(テロップが流れた)。つまり3つの権力に絶望して第4の権力と言われるマスコミの世界に身を投じたわけである。
 さらに最後にテロップは衝撃的な事実を告げる。サラットが処刑されて1年半後、息子のジョンが自首する。彼の裁判のときは民間人は軍事裁判にかけられないと法律が改正されていた。しかも陪審員は北部と南部の出身者が五分五分だったため結論が出ず、ジョンは釈放されたというのである。もしジョンが真実を述べて有罪になれば、アメリカの裁判はサラットに対して誤った判断を下したことになるからこれは絶対に認めたくなかっただろう。そういう権力者の意向が見えてくる。
 国家が秩序を保ち権力の正統性を民衆にしらしめるために無実の女性を殺した。この映画ほど死刑は国家による殺人であることが明白にわかるものはないのではないか。

 この映画の批評を読むと、サラットは息子を救った強い母、そのことに満足して死についた、彼女の心は満足していたのではないかという意見がある。しかし、そうだろうか。サラットは「私は息子を夫のようにしたくなかった。だから戦争に行かせなかった、でも私は失敗した」と述懐する短い場面があった。「夫のようにしたくなかった」と意味合いがはっきりしないのだが、一人の人間が自分のために間違った裁判をされ処刑されるに及んでも真実をのべる勇気を持たない息子への絶望の言葉と私は聞いた。サラットは国家にも裏切られたが(でもそれは彼女の嫌う北軍国家だった)それ以上に息子に裏切られたという絶望の中に死んだのではないか。(巳)



14.2.14
「小さいおうち」(山田洋次監督 日本 2013年)
 直木賞を受賞した中島京子の原作を読んだとき、これは映画化されるなと思った。テーマもはっきりしているし、シーンが思い浮かぶような具象的な作品だったから。

 健史(妻夫木聡)の大伯母であるタキ(倍賞千恵子)が遺した大学ノート。それは大学生の健史に勧められて書いた自叙伝であった。
 昭和11年、田舎から出てきた若き日のタキ(黒木華)は、東京の外れに赤い三角屋根の小さくてモダンな屋敷に住む平井家の女中(お手伝いさん)として働く。そこには、主人である雅樹(片岡孝太郎)と美しい妻・時子(松たか子)、二人の間に生まれた男の子が暮らしていた。彼らの生活になじみ、病弱な男の子の看病に尽くし、そしてやさしくて都会的な奥様・時子を慕うタキの目線で戦前から戦中に至る穏やかな平井家の生活が描かれる。しかし、雅樹の会社の部下である板倉(吉岡秀隆)という青年が平井家に現れてからこの家庭に波風が立ち始める。時子が板倉にひかれてしまうのだ。仕事一筋で世俗的な夫よりナイーブで芸術的な板倉に「お嬢様奥様」の時子が魅力を感じるのは理解できる。板倉に縁談話が起こりそれが会社の利益にもなるとして、上司である雅樹が進め、妻の時子に協力を求める。このときすでに板倉と時子は思いを寄せ合っていたのだから縁談が成立するわけはない。だが縁談を進める役を担って時子は板倉の下宿を訪れるようになる。タキは奥様の帯のしめかたが出かけるときと帰ってきたときと違うことに気が付く。そしてとうとう兵役検査で丙種だった板倉に赤紙が来て、帰郷しなくてはならなくなった板倉に会いに行こうとする時子。それを必死に止めるタキ。
 この時のタキの気持ちは平井家の幸福を守ろうとしたためだったのか、大好きな奥様の名誉を汚さないためだったのか、それともタキにも芽生えていた板倉への淡い恋心のせいだったのか。
 戦争の影はついに平井家にも及ぶ。タキは平井の家を出て郷里に帰る。戦後、タキはあの小さい家を訪ねるが家は空襲で消失。平井夫婦は防空壕で焼死体で発見されたと聞く。それからタキの長い戦後が始まる。一生を独身で生きたタキのもとに孫のような健史が訪ねてくるようになる。そしてタキが「孤独死」した後にタキの自叙伝と宛名のない差出人「平井時子」の未開封の封書が健史に託される。その封筒は健史によって生きていることがわかった「坊ちゃま」に手渡されるが、それは板倉にあてた時子の「自宅で待つ」という内容だった。それが未開封でタキの手元にあったということは…。

 この映画がもっとも興味深いのは、戦争が始まっていたにもかかわらず、日本の市民はのんきに豊かに明るく生きていたということである。その一見平穏にみえる生活の背後に迫っているものに目をつぶっていたのか、それとも本当に見えなかったのか。雅樹の勤める玩具会社の社長は「ヒジキとオカラの日本がステーキのアメリカと戦争をするわけはない」と笑うが、この楽天的だがしごくまともな判断はかなり遅くまで日本の庶民のなかにあったと思われる。またタキが書き留める当時の食生活の記載を読んで戦後教育を受けている健史は「戦争中にそんな贅沢ができたわけがない」というが、戦争下における生活が「暗黒一色」だったわけではないということはこのごろかなり言われるようになった。しかしこのようなささやかな幸福や希望を一瞬のうちになぎ倒してしまうのが戦争なのである。
 一組の家族とかれらの愛情関係を描きながら、戦争の恐ろしさを浮かび上がらせているところが山田監督の手腕であろう。現在の日本の状況がオーバラップして見えてくる。
 だが、丙種の青年だから板倉が生気がなくしょぼしょぼしているのはしょうがないのかもしれないが、彼の魅力がうまく描かれていない。そのために匂い立つように美しく夫との生活に特段の不満もない(と思われる)時子がなぜこのような若者に一目ぼれしたのかが腑に落ちず、一途に恋に走る時子に共感しがたいのが残念である。もう一つ。タキの時子に寄せる濃密な感情が原作より後退しているように感じたのだがどうだろうか。(巳)



14.1.15
「さよなら、アドルフ」(ケイト・ショートランド監督 ドイツ・イギリス・オーストラリア 2012年)
 新年早々みた「マイヤーリンク」は1957年の作品で、なにせオードリー・ヘップバーンとメル・ファーラーが主演の王室ロマンスだから、サイトの映画欄にユーザー・レビューがないのは理解できるとして、「ヒトラーの子どもたち」がテーマの本作品にレビューが1件もないのは不思議である。今年はじめての3連休の館内は8割がた観客が入っていたのに。

 1945年敗色濃いドイツ。ナチスの幹部だった一家はナチス関係書類の証拠隠滅をはかるのもそこそこに、連合軍による逮捕を避けて田舎に引っ越そうとする。まず父親はかわいがっていた犬を射殺することからはじめた。14歳の少女ローレを頭にまだ乳のみ子である末っ子ペーターまで5人の子どもと両親の逃避行。一家は牧舎を営む農家に間借りするがすぐに両親は収容施設に行ってしまう。母親は現金と装身具を手渡して、子どもたちをローレに託しハンブルグの祖母を訪ねるようにいう。母親が娘に残した最後の言葉は「誇りを持って生きよ」。ハンブルグまでは900キロ!
 子どもたちだけの絶望的な旅が始まる。食料を求めて農家をたずねても、ナチスの幹部だった家族への目は厳しく十分な食べ物も手に入れることはできない(というか彼ら自身も爆撃にあったり戦後のどさくさの略奪にあって豊かとはけして言えない)、空腹で泣くぺーターに乳を与えることもできないままに、野宿をする幼い子どもたち。旅の途中でローレはホロコーストの写真を見て、父親の仕事に気がつき激しい衝撃を受ける。幼いきょうだいに打ち明けることもできず一人苦しむローレ。
 連合軍の検問にあったとき、助けてくれたユダヤの青年トーマス。いまや「ユダヤ」をあらわす黄色の星が救いの星になったのだ。トーマスは子どもたちにドイツは敗北したこと、ドイツは2分されて連合軍に占領されていることを教える。ローレ以外の子どもたちは頼りになるトーマスにすぐになつき彼の言うことを信じる。だが、ナチスの教育が身にしみこんでいるローレは彼の言うことを信じず、「ユダヤ」人に嫌悪と不信感を強く持っていて言葉を交わすこともしない。しかし苦難を乗り越えていく中で、彼女の心も少しずつ開かれようとする。このあたり映画は寡黙だが、彼女の手や目がそれを語っている。彼女自身の性的な目覚めと重なった描き方となっており、とても複雑な心理状態を描こうとしている(成功しているかどうかは疑問)。
 途中、食物を調達しに行ったトーマスを追って射殺された双子のギュンターを失い、大きな川の前でローレは自分の身を売って船を出してもらおうとするが、トーマスが彼を殺して船を出すなど、悲惨な出来事を経て、あと少しでハンブルグに到着しようとしたとき、偶然、トーマスの持っていた身分証明書は別人のものであることがわかった。そのときには、もうト−マスはいなかった。いったい彼はだれだったのだろう?腕に収容所で入れられる番号が入っていたのがちらりと見える瞬間があり、ユダヤ人であったと思わせるがもしかしたら政治犯などかもしれない。彼も寡黙で自らを語らないし、ローレへの思いも微妙な視線や手の動きなどでしか表現されていない。
 ぼろぼろになって祖母の家にたどり着く。そこは爆撃も受けておらず、静かな生活が続いており、プロテスタントの祖母は孫を慈しみはするが厳しくあたった。しかし、いちど価値観がゆらいでしまったローレはそこに安住できない。母親に最後に渡され大事に運んできた陶器の動物の置物を粉々に砕いたローレは新しい出発をしようとしているようだ。

 この映画は台詞も多くなく(子どもが中心になっているから当然だが)解説的説明もないうえに、森林の中を逃げる場面が多いせいもあり画面が重苦しく、息苦しいくらいである。それだけにいろいろなことを考えさせられる。
 危険と隣り合わせの旅の最中、赤ん坊を連れていると食べ物が調達しやすいと、末っ子のペーターは何度も人手に渡りそうになる。きょうだいたちは力を合わせて次女のりーザが抱くには大きくなっているがまだ歩けない赤ん坊を死守する。日本の沖縄戦では子どもが泣くと敵に見つかると「始末」することを迫られた(それも自国の軍隊に)母親たちが多かったということと対照的であることがとても印象に残った。そしてドイツの庶民が「ナチスに裏切られた」という怒りや失望と共に「総統さえ生きていれば」という願望のあいだで揺れ動いていたという歴史的事実も納得がいく。
 信じていた父親、大人、国家への信頼が崩れ去ったとき、それを信じてきた子どもたちはどのように生きていくか。器用に生き方を考え方を変えられる人間はそう多いわけではない。自暴自棄になるもの、宗教に救いをもとめるもの、ネオナチに走るもの……
 さしあたり、過去の緊縛から逃れようとするローレはその後、どのように生きただろうか。
 本当に「アドルフ(ヒトラー)」と「さよなら」できたのだろうか。母親が残した「誇りを持って生きよ」という言葉はローレを縛ることになったのかそれと彼女はそれからも自由になりえたのか。(巳)



13.12.13
「かぐや姫の物語」(高畑勲監督 日本 2013年)
 予告編で黒髪をなびかせ十二単を次々に脱ぎ捨て疾駆するかぐや姫を見た。 !?! もしかしてかぐや姫の新解釈だろうか?高まる期待。
 なにせ「竹取物語」は、私が「結婚」に疑問をもつきっかけとなった衝撃の書なのだから。プロポーズをしてきた5人の男たちにあんなに難問を出して拒否し、最後は月にまで逃亡するくらい「結婚」ていやなものなのだ、そんな「結婚」なんて絶対にしたくないと子ども心に思ってしまったのだ。

 映画はほぼ原作に忠実である。光輝く竹の中から生まれた小さく美しい女の子はおじいさんとおばあさんに大事に育てられる。幼いときは村の子どもたちと自然の中で転がり遊ぶ。みるみるうちに美しい姫に成長する。金持ちになったおじいさんおばあさんはかぐや姫を連れて都に豪邸を建てる。村の生活を懐かしむ姫だがだんだん上流教育に慣らされ、きれいな着物を着て行動の自由を奪われ、眉毛を抜かれ、鉄漿をそめ、書を学ぶ、しとやかな女性に仕立てられる。その美しさを伝え聞いたたくさんの男がプロポーズをする。ついには時の帝までが宮中に迎えようとする。しかし、すべてを拒絶した姫は「私は月に帰らなければならない」と驚愕するおじいさんおばあさんに別れを告げて、厳重な警護のなか、月からの使者に迎えられて月に帰る。

 私を感動させた疾駆のシーンは2回。名づけの儀式が3日も続きみんなが覗き見しようとしたときと月に帰る前。いずれも楽しい子供時代をすごしたなつかしい田舎に帰ろうとする。でもそれはいずれもあきらめの儀式だった。あんなすごいエネルギーをあきらまるために使ったなんて残念である。
 この映画のサブに「姫の犯した罪と罰」とあるのだが、実は私はこの「罪と罰」がわからない。という意味でこの映画の半分も理解していないのかもしれない。
 がっくりしたのは月からの迎えの人々。そのなかの「王」は仏像みたいなのである。どういう意味があるのだろう?それと姫の傍らにいる実に個性的な女童がもう少し活躍するのかと思ったので、それもがっかり。なんであの童だけをあんなに個性的な顔立ちにしたのだろう。
 ジブリの大好きな空を飛ぶ場面はこの作品でもたっぷり。(巳)



13.11.15
「ハンナ・アーレント」(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督 ドイツ・ルクセンブルグ・フランス 2012年)
 監督マルガレーテ・フォン・トロッタ、主演バルバラ・スコヴァといえば、映画史上に燦然と輝くそしてフェミニストには決して忘れられない映画である「ローザ・ルクセンブルグ」(1986年)の名コンビである。その二人が哲学者として有名なハンナ・アーレントに取り組んだのだから、公開を待ち望んでいた。この思いを共通にする人は少なくなく、その割には上映期間が短いせいもあるのか、日曜日は朝1番でチケット販売30分以上前に来るようにとの映画館側のPR。こんな硬い映画のファンがそんなに多いか不審に思いながらも開場30分前に並ぶ。映画を開場前に並んで見るなんて何時以来だろう?

 ドイツ・ナチスの大物で最後まで逮捕されなかったアドルフ・アイヒマンが遠くアルゼンチンでイスラエルの諜報機関に捕まったのは1960年のこと。この大ニュースは世界を駆け巡った。私にもその記憶は鮮明にあるが、その後の裁判の詳細、アイヒマン裁判をめぐってのハンナ・アーレントを中心にした「アイヒマン論争」についてはほとんど知らなかった。日本のマスコミが報道しなかったのか、私が見落としたのか。
 しかし、有名な哲学者ハイデッガー(戦時中にナチス党員となる)の優秀な女弟子ハンナ・アーレントの存在を何時の頃からか知ってひそかに興味を持っていた。彼女の著作を読むのはしんどいなあと思って時が過ぎていただけにこの映画にかける期待は大きかった。
 この映画はアーレントの全生涯を描いているわけではなく、「アイヒマン論争」におけるアーレントの思想に中心をおいているので、この頃の歴史的背景や人間関係を知らないと理解が困難なところがある。何よりも思想を映画のテーマにすることじたいが、非常に難しいことであると思う。
 もちろんアーレントの交友関係、夫との関係、ハイデッガーとの関係は出てくるのだが、断片的だったり回想シーンだったりするので、頭に入りにくい。
 アーレントはユダヤ人であり、ナチス政権が誕生したとき、フランスに逃げるが、フランスがドイツに侵略されたとき、強制収容所に入れられる。そこを辛くも脱走してアメリカに亡命して18年間無国籍者だった。それでも大学教授の職を得て活躍し、アメリカ国籍を得てからはプリンストン大学初の女性専任教授となったという輝かしいキャリアを獲得していたアーレントは自ら立候補して「ザ・ニューヨーカー」の記者としてイスラエルで行なわれたアイヒマン裁判の傍聴記を書くことになる。
 防弾ガラスに守られ厳しい警護のもとでアイヒマンは被告席から陳述するが、この場面は実際のフィルムが使われており、小柄な男がたくさんの書類を抱えながら「命令に従っただけだ」と無表情に述べる。やっと収容所の生活を生き延びたユダヤ人が証人席で当時のことを思い出すだけで泣き失神するのを何の感情もなく見ているアイヒマンをカメラは捉えている。ユダヤ人の怒り、怨嗟、悲しみは頂点に達していた。
 その状況に身をおいていたアーレントは、書くことにひどく悩む。そしてようやく書き上げた論文は激しい非難をあびる。
 アーレントの過去から考えてもアイヒマンへの批判は厳しいものになることを期待されていた。であるのに、彼女はアイヒマン個人を非難するのではなく「悪の凡庸さ」という概念を突きつけた。「世界で最大の悪は、平凡な人間の行なう悪である。動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶したものの悪」を「悪の凡庸さ」と名づけたのである。つまりアイヒマンは悪魔のような残忍冷酷な人間であるのではなくごくふつうの人間だといったのだ。であるが、彼に罪がないといったわけではもちろんない、「死刑」という判決に「当然だわ」と言っている。
 ユダヤ人の怒りをいっそう買ったのは「ユダヤ人指導者がアイヒマンの仕事に協力した」ということを明らかにしたからである。裁判の過程で発覚した問題であり、指導者自身が認めてことであるにもかかわらず、これを取り上げたことに対してのユダヤ社会の批判は国家的規模で行なわれた。イスラエルからは「出版の差し止め」命令がアーレントを直接脅迫される形で伝えられた。ユダヤ人があんなに批判していた「出版の自由」を弾圧したのだ。アーレントは断固として拒否する。こうしてアーレントは多くの人を敵に回した。口汚くののしる手紙が山と積まれた。大学からも辞職をせまられる。
 信頼していた友人も彼女の思想・姿勢を許さなかった。
 「イスラエルへの愛はないのか」と死の床で糾弾する友に彼女は答える。
 「一つの民族を愛したことはないわ。ユダヤ人を愛せと?私が愛するのは友人。それが唯一の愛情」だと。
 民族や宗教の枠を超えて一人の人間を愛すか愛さないかだと、アーレントは言った。この言葉こそいまだに国境線を争っている人間におくりたい。

 アーレントが学生に講義する最後の8分間は、密度が高く見ているだけでも緊張する。アーレントは怖い女性だったようだが、それを髣髴とさせる迫力である。感情的な憎悪ではなく科学的論理的な彼女に対して「上から目線」だという大衆からの非難は心情的には共感できる。しかし、こういうときにこそパセッティックなものに流されない理論的明晰な頭脳が必要なのだろう。それが本当の知識人のレーゾンデートルなのではないか。(巳)



13.11.15
「私が愛した大統領」(ロジャー・ミッシェル監督 イギリス 2012年)
 アメリカ大統領の人気投票ナンバースリーは、ワシントン、リンカーン、そしてフランクリン・デラノ・ルーズベルトだという。ルーズベルトは世界大恐慌を乗り切り、第二次大戦を勝利に導いた強い大統領だ。彼が急死しなかったら日本への原爆投下もなかったかもしれないといわれる。
 ルーズベルトは大人になって発病した小児麻痺で歩行できなかったのに、アメリカ史上4選を果たした大統領であること、その妻は怜悧なジャーナリストで身体不自由な夫に代わって全国を遊説した活動的で「変わった」女性であり、レズビアンであること、など、こまごましたエピソードは少しは知っている。だが、そのうえ、彼に多くの愛人がいたらしいということを映画の予告で見て、映画評があまりよくなかったにもかかわらず、大いに好奇心を刺激されて、最終日についに見に行った。
 この映画の語り手でもある主人公デイジーは目立たないおとなしい女性で、ルーズベルトの遠い従妹にあたるという。激務でアルコールに走りがちな息子ルーズベルトを心配した母セイラは、デイジーを大統領の慰め役に呼び寄せる。結婚をして子どももいて複数の愛人もいる息子にさらに癒し系の女性を世話するというこの母親は相当な過保護である。息子は母親の術策にまんまと陥る。ドライブしては二人の時間を楽しむようになるのに時間はかからなかった。そんな二人の関係を妻エレノアもまた秘書であり愛人でもあったルーシー(彼女に大統領は財産の半分をのこすという遺言を書いたという)も知っていたというのだから、ひどく自由と言うか「家庭」という枠を乗り越えていたというか。デイジーもこの事実を知り、またルーズベルトが他にも愛を交わした女性が複数いることをルーシーから聞いたときは衝撃を受け取り乱すが、やがて彼女もこの「秩序」を受け入れざるをえない。
 この映画は99歳でデイジーが亡くなった時にベッドに残された多くの手紙や日記をベースにしている。こんな事実がスキャンダルにならずに「もっとも人気のある大統領」でありつづけるのは、彼の政治的な手腕とは別になにか人間的な大きな魅力があったとしか考えられない。そこをこの映画は何気なく上手に描く。それは第二次大戦を予感していたイギリス国王ジョージ6世夫婦が王族外交に訪米したエピソードでつづられる。イギリス国王はまだ若く吃音に悩んでいた(
「英国王のスピーチ」に詳しい)。彼に対してルーズベルトは「吃音がなんだ。私は小児麻痺なんだぞ」と励ます。そしてユーモアのセンスのある国王をほめて自信を持たせる。
 アメリカの大衆的な食べ物ホットドッグで国王をもてなそうとするルーズベルト(これは妻エレノアの知恵かも)に、王妃は権威を傷つけられるとばかりに不安をあらわすが、国王はぱくりと食べてカメラのフラッシュを浴び、必ずしも好意的でなかったアメリカ市民の心をとらえる。このちょっとしたシーンに当時の英米の微妙な力関係が象徴的に現れていて面白い。
 偉大な政治家を支える母、妻、秘書、多くの愛人という構図は、なにやら「大奥」に似ていなくもないが、自由を抑圧されること無くそれぞれに個性的な生を歩んだというふうにも思える。少し点が甘いか?(巳)



13.11.15
「そして父になる」(是枝裕和監督 日本 2013年)
 子どもと動物の映画は小さいときから大泣きする(人生最初の映画が「仔鹿物語」で、泣きすぎて気分が悪くなって以来のこと)ので、ひとりで見に行った。
 大手建設会社に勤めるエリートサラリーマン野々宮良多(福山雅治)は妻みどり(尾野真千子)とおとなしくて勉強のできる息子の3人暮らし。仕事人間の野々宮がやりくりをつけて有名小学校の入学試験面接に臨み、一人息子は無事試験をパス。「この世の春」だったのに、突然病院からの電話で息子が生後まもなく取り違えられたことを知る。もう一方の家庭は、電気屋を営み気の強い妻ゆかり(真木よう子)に押され気味の3人の子の父斉木雄大(リリー・フランキー)。二つの家族は突然の事実にショックを受けながらも、少しずつ交流し、「取り違えがあった場合は100%元に戻します」という病院の言葉を受け入れざるを得ない。ここから2つの家族の「血」か「環境」「育てた時間」かの葛藤が始まるが、この映画は野々宮家を中心に回っていく。
 二人の親権者を決定する裁判の席で意外なことが判明する。取り違えは過失ではなく、当時の看護師が野々宮の家庭の幸福をうらやみ、不幸に陥れたいという悪意の結果だったのだ。しかもその犯罪は時効で罪に問えない。この看護師とその家族は映画にはほんの少ししか登場しないが強いアクセントとなっている。
 どちらの家族もそれぞれに幸福な家族として描かれているが、その描き方のワンパターンに驚く。
 野々宮は静かで清潔な高級マンションに住み、負けることを知らないエリートで、妻は教育熱心な専業主婦。斉木は地方の町で小さな電気屋を営む。寝たきりの妻の父も同居しており、妻は惣菜屋のパートで幼い子どもが3
人いてゴチャゴチャにぎやかに暮らしている。  野々宮は子どもと一緒に遊ぶことを好まず、ピアノの発表会に正装で出席するが、達者なよその子に比べ自分の子を情けなく思い、「おまえ悔しくないのか」と子どもを萎縮させる。一方の斉木は壊れたロボットを修繕し怪獣ごっこで子どもたちと一緒に汗だくになって遊び、たちまち子どもの心を捉える。
 子どもが「交換」された日、野々宮は息子に約束事を読ませ「自分をパパ」と呼ぶように命ずる。息子の「どうして?」という追求についに「じゃ、こっちはお父さんでいい」と妥協する。妻のみどりは新しい子どもに戸惑い、泣き伏す。
 斉木のうちではそれこそ「裸のお付き合い」。狭い湯船に父子3人つかり、心細げな息子に「噴水ごっこ」をして笑顔にさせる。ひとりで膝を抱えてうずくまっている子を暖かく抱きしめるゆかり。一方の父親は知的で理詰め。母親は神経質で無力。もう一方は情が深くてスキンシップ、母親は頼もしいおっかさん。一方が純粋核家族で都会型。もう一方は拡大家族で地方型。2つの家族の描き方はすべて2項対立になっている。
 「父になる」が主題だからどうしても福山演ずる野々宮が中心となるが、母親である二人の女性の描き方は興味深い。「子の取り違え」という子どもにとっては何より辛い事実を母はどう受け止めるか。こういうときさえ世間は「母親」を責めるのだということがよくわかる。
 「母親だったら(自分の子どもが無条件に本能的に)わかるはずなのに、私はわからなかった」と自分を責める野々宮の妻みどり。他の子と比べて貌が似ていないからと浮気を疑われたと言うゆかり。ゆかりはそんな陰口を笑い飛ばせる気骨があったが、とにかく世の中はなんでも女性のせいにしたがるのだということがよくわかる。おまけにこのことが他人の幸福をうらやんだ女性看護師だったということ。単なる取り違えではない設定にした是枝監督の真意は何だったのか。ずっと小骨のように刺さっている。
 それはそれとして、ゆかりとみどりがそれぞれの子育ての状況や子どもの性格について情報交換する中で、姉御肌のゆかりにみどりが心を開き、難関に二人で力を合わせようとしている姿が何気なく描かれていて好感が持てる。
 野々宮が6年間育ててきた息子がひそかに写真で自分の姿を撮っていたことに気がつき、そのナイーブな愛情に野々宮が涙するシーン、そして息子との「もう2度と帰ってきてはいけない」という約束を破って子どもに会いに車を飛ばしていくシーン、かたくなに背を向けて野々宮を拒む息子の表情に、涙滂沱となったことはもちろん言うまでもない(ひとりで見たのは「正解」だった)。
 これからきっとこの家族は交流しながら、つまり息子たちにとっては「二人の父親」「二人の母親」をもって「二つの家族」のなかで豊かに成長していくのだろうということが暗示されていることに「一味違う」ものを感じるのだが…(巳)



13.09.13
「アンコール!!」(ポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督 イギリス 2012年)
 「余命半年」を宣告されたマリオン(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)は、夫(テレンス・スタンプ)と折り合いの悪い息子ジェームズとの関係を案じている。
 厳しい闘病中にもかかわらず、前向きで明るいマリオンは地域の高齢者合唱団(年金ズ)に参加、コンクールでは独唱の予定もある。マリオンと正反対で無口で頑固で人付き合いの悪いアーサーは、妻の車椅子を押して合唱団に送り迎えするが決して部屋の中にも入ろうとしない。ロックやヒップホップ系の選曲とさまざまな階層の集まっている合唱団に敵意さえ持っている。練習中に倒れたマリオンを見舞いに来た合唱団が窓の下で雨の中励ましの歌を歌うのに、アーサーは余計なことだと追い返す。夫の非礼を許さないマリオンはアーサーに対し合唱団の人々に謝罪することを迫る。これは自分の死後、夫が生きていく道を考えたマリオンの夫への最後の教育であった。そしてコンクールの選考会でマリオンが歌う「トゥルー・カラー」は夫への愛と励ましのメッセージだった。
「私にはあなたの本当の色が見える/本当の色が輝いている だからあなたが好き/怖がらないで 本当の色を見せて/あなたの本当の色トゥルー・カラーズ/それは美しい色たち まるで虹のように」
 もうこのあたりから私の涙腺は緩みっぱなし。
 マリオンが亡くなった夜、気遣う息子のジェームズも寄せ付けず号泣するアーサー。息子ともかわいい孫ともあえて縁を切って孤独に沈むアーサー。彼がわずかに希望を求めたのは妻があんなに愛していた合唱団である。若い女性の指揮者エリザベス(ジェマ・アータートン)もアーサーと合唱団の人々をつなぐ努力をする。歌を通じて。
 つまり不器用で気難しい頑固親父が合唱を通して再生する話だが、一人ひとりのエピソードが書き込まれているわけでなく寡黙な映画である。たとえば父と息子の葛藤の原因もなぜなのかは最後まで描かれない。わずかに「父は僕を誇りに思ったことはない」という息子の言葉にいろいろと想像をするだけである。
 どうしてこんなに性格が違う男女が結婚したかも謎だし、どのような生活を送ってきたのかもわからない。
 妻が歌の練習に打ち込み、仲間と談笑する姿を見て夫は「私はもう長いこと君をしあわせにできない」という。妻はそれに笑顔で「あなたといて幸せよ。気難しい顔で私の前に現れたその日から、付き合う覚悟ができていたの」と答える。この言葉に夫婦の歴史のすべてが刻まれている。こんなに静かですばらしい高齢者の愛の語らいを聞いたことがない。
イギリス映画の気品を見る思いである。
 
「愛、アムール」は愛し合っている夫婦が他者をすべて遮断して愛に殉じた。この映画の夫婦は個性豊かな他人との付き合いの中で少しずつ自分を開き変えていった。父親と子どもの断絶という意味でもこの2本の映画は似通っているが、映画の後味はかなり異なる。
 映画を見る一つの楽しみは俳優だろう。ヴァネッサ・レッドグレープはその牽引力を持つ俳優の一人である。彼女見たさにこの映画を選んだのだが、実はこの映画の主役は夫のアーサーだった。男性の高齢者を描いた映画として暖かい視点を持っており秀作である。もしかしたら夫婦っていいものかもしれないと思わせる晩年の静かな夫婦の愛を描いている点でも優れている。(巳)



13.08.15
「風立ちぬ」(宮崎駿監督 日本 2013年)
 空を飛ぶことが大好きだった少年が、サバの骨のように美しく1グラムでも軽い飛行機をつくりたいと飛行機の設計技師となった。実在の人物・堀越二郎。ゼロ戦の戦闘機の設計主任者である。彼とほとんど同時代に生まれた堀辰雄は「風立ちぬ」「菜穂子」を書いたが結核のため早逝した小説家。この二人の若者をジブリの宮崎は重ね合わせてひとりの人間を造形した。この映画の主人公である。
 飛行機の設計に寝食を忘れる若き科学者の成長が縦糸だとすると、横糸は主人公、二郎と美しい少女菜穂子との純愛である。二郎の風で飛ばされた帽子を汽車の窓から身を乗り出して「ナイスキャッチ」する少女・菜穂子と出会い、直後におそう関東大震災を一緒に逃げ、後年軽井沢で再び出会い、恋に落ち、短い結婚生活を送る。いわば二郎の職業生活と私的な愛のストーリーが不自然でなくひとりの人間に凝縮されているのが見事である。
 サナトリウムから脱出して二郎の下に走る菜穂子。二郎の理解ある上司にかくまわれるようにして結婚式を挙げたときにはもはや菜穂子はほとんど寝たきりの生活を送るしかなかった。布団のなかから「お帰りなさい」というだけの菜穂子。つかれきって帰ってきてもなお、妻のそばで計算機片手に仕事をする二郎に、菜穂子は布団の中から「手をつないで」とねだる。左手で妻の手を握り締めながら右手は計算機を放さない二郎。満足そうに幸せそうに眠りにつく菜穂子。でもこの幸福は長続きしない。着実に進む病魔。ある日、菜穂子は二人の部屋を片付けると一人サナトリウムに帰る。まもなく訪れる死。二人の愛の深さのせいか哀切なシーンなのに涙も出ない。
 やがて終戦。二郎の心血を注いだ戦闘機は1機も還ってこなかった。多くの若者を死に送り込んだ戦闘機。そのことに深い絶望を感じる二郎。そのとき菜穂子が夢の世界から現れていう。「生きるのよ」。
 宮崎監督がはじめて大人向きのアニメを作ったのだという。幼い子どもには難しいし退屈だろう。そして映画館を満員にしていた若者にも果たして宮崎監督の二郎にこめた思いが伝わっただろうか。「戦闘機が1機も還らない」という一言で二郎が設計した戦闘機は特攻隊の若者の乗ったものであるということがわかっただろうか。もし彼があのようなすばらしい戦闘機を作らなかったら『特攻隊』は生まれただろうか。この二郎の苦しみとそれでも「生きなさい」という菜穂子のメッセージが伝わっただろうか。あまりに美しすぎる映像にそんな疑問がわいた。
 本当にこのアニメは美しいのである。二人が愛を確認する場面も折り紙の飛行機が使われていて空を飛ぶことへの憧れが強く描かれている。それは第二次大戦の暗い閉塞から脱出することの願望の強さを表してもいるのでもあろう。しかし、このときに日本で起こっていた辛い酷い現実を映画はほとんど描かない。軽井沢のホテルに滞在するユダヤ人と思われる外国人が「きっとドイツと日本は破裂する」と何回か予言し、彼が警察に追われ、二郎も特高警察に追われるなどでわずかあらわされているだけである。
 この映画では女の子が裾を翻して空を飛ぶという宮崎監督の好きなシーンがないのかなと思ったらやっぱりあった。(巳)



13.08.15
「ヒロシマナガサキ」(スティーヴン・オカザキ監督 アメリカ 2007年)
 原爆の惨状の写真集が、子どもに見せないように、たんすの上に隠されていた。両親の留守の間にそれを見たときの衝撃は誰にも話せないままだった。そして後年、広島平和記念資料館で高熱で焼かれ溶かされた洋服や水筒や鍋などの日常品を目にしたときの恐怖。それに続く3度目のショックがこの映画だった。
 写真や遺品などの静的なものではなく映像で示されるインパクト。たぶんアメリカに保存されていて今回始めて公開された報道写真などを含めた映像はなまなましく原爆の激烈な暴力を証明する。物言わぬたくさんの遺体もだが、原爆の治療を受けている人々のうめきや泣き声がないぶん、その光景にナレーションも解説もないむき出しの「事実」に胸をかきむしられる。
 この映画は、日系3世1952年生まれの監督が、アメリカを始めとして世界の人々に原爆の惨禍の実態を伝えたいと考え、14人の広島・長崎の被爆者の証言、原爆にかかわった4人のアメリカ人の証言を軸に製作。そのために500人以上の被爆者に会い、韓国人を含めて30人にインタビュー撮影をし、そのなかから14人に絞ったものである。14人はおおむね70歳前後、自ら被爆当時の写真を持ち、被爆当時、そしてその後の生活を語る。その中には治療の最中の写真が映像に残されている人もいる。ある人は今も全身に残る深い傷跡をカメラの前にさらして静かに言う。「傷をさらけ出して、話さなければならないというのは、再び私のような被爆者を作らないため」。
 被爆後40日過ぎてようやく意識を取り戻した人、在校生620人中ただ一人生き残った人、顔と耳に大きな傷を負い、退院後、人前に出られなくて毎日自宅で泣くばかりだった人。金歯が1本残る遺体を母親だと思い、そっと触れたら崩れ落ち灰になってこぼれ落ちたという人。その肉体的痛みと精神的辛さは計り知れないが、さらに彼らを苦しめたのはその後の生活だった。徹底的な飢えと貧困、被爆者への差別意識の中で生きていかなければならないこともそうだったが、彼らはなおかつ自分だけが生き残ったことに対する悔いに責められたのである。でも彼らは生き延びた。「人間はギリギリのときに死ぬ勇気と生きる勇気を並べられるのでは。妹は残念ながら死ぬ勇気を選んだけど、私は生きる勇気を選びました」と語る女性。
 14人の中には「はだしのゲン」の作者・中沢啓治や原爆乙女として渡米し30回余にわたる手術を受けた笹森恵子など有名な人もいるが、多くは普通の市井の人々である。彼らがこの一見平和な日本でここまでカメラの前で赤裸々に自分をさらけ出した勇気と自分がそれを語らねばならないという使命感、それを彼らから引き出した監督の人柄にも感動する。  長崎に投下された原爆の起爆装置を開発したアメリカの科学者は言う。「我々はパンドラの箱を開けた。箱の中身は飛び出しもう元には戻らない。つまり世界はこれから核戦争の可能性とともに生きていくしかない」と。
 現在、世界には広島に投下された原爆の40万個に相当する核兵器があるという。この映画は2007年8月6日にアメリカでテレビ放映された。日本でも今までに何回か上映されたのだろうか。
 イデオロギッシュでなく、ふつうの生活をする市民の目線で作られたこの映画、地味だが多くの人にぜひ見ていただきたい。
 安倍さん、あなたには絶対に見ていただきたい。(巳)



13.08.15
「31年目の夫婦喧嘩」(デヴィッド・フランケル監督 アメリカ 2012年)
 結婚31年目。子どもたちは独立し夫婦二人きりの生活。毎朝ベーコンエッグで夫(トミー・リー・ジョーンズ)を送り出す妻(メリル・ストリープ)。穏やかな日常だが妻はなんとなく不燃焼。ある夜別寝室の夫を訪ねるが驚愕した夫は断固拒否。夫婦の絆を取り戻そうと妻はカップルセラピー(セックスセラピーといったほうが正しい感じ)を申し込む。1週間で4000ドル!無表情なセラピスト(スティーヴ・カレル)のカウンセリングは赤裸々な問いとともに夫婦の生活をあらわにしていく。プライバシーの侵害に憤激する夫は怒りとテレでなかなかセラピストの問いに答えられない。一方、目的意識がしっかりあり度胸のきまっている妻は率直に答えていく。「最後のセックスは?」という問いに夫は答えられず、妻は5年前の月日まで記憶している。ここに二人の関係は象徴的にあらわれる。
 性にまつわる幻想まで聞かれると同時に毎日二人には課題(エクササイズ)が出される。二人の性関係を取り戻すためのエクササイズだからソフトタッチからハードなものまで、二人はまじめにエクササイズをこなそうと汲々とするところが喜劇タッチでオーバーに描かれて鼻白む。
 どんな策を使おうとどんな贅沢な趣向を凝らそうと二人の関係は復活しない。だがこのセラピーに通う1週間の間に小競り合いを繰り返しながらも二人の会話は増え、セラピストとの受け答えをしていくうちに愛し合っていたころを思い出し相手の気持ちを理解し自己も解放されていく。「えっ、こんなことがいやだったのか」「そんなことをしてほしかったのか」と相互に気づいていく過程がおもしろい。
 そして最後はいかにもアメリカ映画のお約束らしく、海岸の陽光のなかで二人の「再・結婚式」が挙げられ、子どもや孫たち、それにあのセラピストも参加して幸せに踊り戯れる。夫も妻も残されている時間はそうはたくさんないことを自覚しながら。
 高齢者ものの映画として性の側面を中心に描いた点でユニークである。暗くなく深刻でないことが一つのウリであろう。観客には男性も少なからずいた。でもあんなに毎日「愛している」「美しい」とささやき、ハグしたりキスしたりしなければならないなんて、「メシ、フロ、ネル」の3語で夫婦関係が維持され、「亭主元気で留守がいい」という日本人の感覚では考えにくいのではないだろうか。加齢につれて適度に枯れていかないとつらいといった友人の言葉を思い出した。
 映画は夫婦とセラピストの3人で進行し、ドラマティックな出来事もなく場面の変化にも乏しくほとんど会話と表情だけで、「舞台劇」の趣がある。それでも2時間近くを眠くならずにみることができたのは、主演3人の「怪演」によるところが大きい。(巳)



13.06.14
「リンカーン」(スティーヴン・スピルバーグ監督 アメリカ 2012年)
 私にとってリンカーンは特別な人である。誕生日が一緒なのだ。と、友達に言ったら何百年も前の人と同じ日に生まれたからってなんなのよと笑われた。
 でも「人民のための人民による人民の政治」という彼の有名なフレーズはいろいろと応用ができるいい言葉であるし、私が「差別」に敏感なのは奴隷を解放したリンカーンと同じ日に生まれたためではないかと思ったりしている。にもかかわらず、「偉人伝」嫌いな私は実際にリンカーンがどういう人なのかまったくと言っていいほど知らない。人生も終盤にさしかかったいま、私にかなり大きな影響を与えた(と、私が思い込んでいる)「リンカーン」の映画を見てみようと思い立った。ところが、この思惑は外れた。スピルバーグが描く「リンカーン」には、なぜリンカーンが奴隷制度に問題を感じたのか、彼はどんな生育歴だったのかがまったく描かれていないのである。
 映画はもうほとんど南北戦争の帰趨もきまり、彼が2期目の大統領に選ばれた1864年11月から奴隷解放のための憲法修正を下院で通すための必死の裏工作のおかげで憲法修正が成立し、その2週間後の1865年4月に暗殺されるまでの、わずか半年ほどの時間を切り取っているのである。この裏工作もきれいごとではすまないあらゆる手段を使った買収と脅迫であり、それと議会での攻防が映画の主なシーンだから暗く重いし議論の場面が多い。ちっともドラマティックでない。
 これまた私は知らなかったのだが、リンカーンの妻は悪妻といわれている。この夫婦の関係の描き方が興味深かった。裕福な家庭の出身である妻メアリーと、独学の貧乏弁護士リンカーンの結婚は「身分違い」の色が濃く、その金銭感覚の違いが不協和音となったようである。そのうえ、二人の間に4人の子どもをもうけているが、二人を幼児期に病気で亡くしている。このことで妻メアリーは神経を病み、激しい頭痛にしばしば悩まされ「ヒステリー」状態になる。長男が軍隊に志願することでまたもや息子を失うという恐怖にとらわれる妻と、南北戦争を率いる大統領という重責と子を思う一人の父親の間に引き裂かれるリンカーンの孤独。ここで口論があったり、感情の行き違いが生まれるのはふつうだろう。あとで、プログラムを読んだところ、メアリーの実家は黒人奴隷を使用している地方実力者であったこと、彼女の弟たち南部軍にいたことから、メアリーは「ホワイトハウスにはスパイがいる」といわれていたこともあったという。このような状況におかれたら「頭痛」も起きるし、夫に泣き言の一つも言いたくなるのはあたりまえではないか。これで「悪妻」というレッテルをはられてはたまらない。
 しかし、女性に参政権などなかった当時に有色の「お付き」を連れて国会の傍聴に行く姿や大統領主催のパーティで、夫のために政敵に軽いジャブをいれるなど、知的で活動的な部分が描かれていて、けっして「悪妻」ではなかったというメッセージが伝わってくる。この1点だけででもこの映画を評価したい。
 リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスはアカデミー主演男優賞を獲得しているが、長身でやや猫背、情熱的な理想主義者をあますとこなく表現していてすばらしい。(巳)



13.05.15
「カルテット!人生のオペラハウス」(ダスティ・ホフマン監督 イギリス 2012年)
 GWのさなかの「映画の日」に行ったから、満員札止めだった。映画が終わったら観客席から拍手が起きたのはなぜだろう。たくさんのオペラが歌われたので音楽会のような気分になったのだろうか。音楽好き、とくにオペラ好きなら2倍おいしい映画。でもストーリーに深さがなく、人々の心の陰影がうまく描かれていなくて、美しいアリアだけが印象に残る。
 第一線を退いた音楽家たちが生活している超ゴージャスな老人ホーム「ビーチャム・ハウス」では、経営難のホーム存続を助けるために入居者によるガラコンサートが企画されその準備に追われていた。そこで余生を過ごすレジー(トム・コートネイ)、シシー(ポーリーン・コリンズ)、ウィルフ(ビリー・コノリー)たちのもとに、かつてのカルテット仲間だったが確執を残して去っていったプリマドンナのジーン(マギー・スミス)が入居してくる。ジーンとレジーは元夫婦だったが、ジーンの浮気が原因で離婚した。元夫婦の間に立って昔の晴れ舞台を復活させようとするのが認知症気味のシシーと音楽と女性をこよなく愛するウィルフ。誇り高い元大スターのジーンは再びカルテットを組んで歌うことを拒否する。
 「私はスターだったのよ。割れた高音なんてフアンが悲しむわ」
 「フアンなんてもうとっくにあの世に逝っちまっているさ」
 このあたりの会話はテンポがよく笑える。
 回想シーンを交えて若いときの4人の「リゴレット」が何回か流れる。
 高齢者特有のあれこれのどたばたがあって(観客はよく笑っていた)、コンサートで80代90代の入居者が着飾って次々と歌や演奏を披露するが、フィナーレはもちろんカルテットによる「リゴレット」。クライマックスシーンの処理は観客の期待を裏切って見事。ここが一番感心した。でも幕間にジーンとレジーは結婚の約束までしてしまうのだから、なんだかねー。
 この映画には現実の音楽家が多数出演していて、エンドロールには彼らの現状と若い日の写真が対比して出るのだが、あまりの変わりように呆然とする。高齢者を元気づける映画というけど、どうだろうか。
 「マリーゴールドホテルで会いましょう」でも、マギー・スミスが個性的でよかったが、今回も孤独で気性が激しく、いまだにプライドの高い元プリマドンナを演じてすばらしい。(巳)



13.04.15
「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督 フランス・ドイツ・オーストリア 2012年)
 ジョルジュとアンナは80代の音楽家夫婦。パリの近くのマンションに二人で暮らす。
 ある日、アンナの弟子のピアノ演奏会に二人は出かける。その翌日の朝食のときにアンナは一瞬意識を失う。成功率95%の手術に臨むが、アンナは5%に当たってしまった。半身麻痺になって車椅子でマンションに戻ったアンナは「2度と入院させない」ことを夫に約束させる。妻の願いを聞き入れて老老介護の日が始まる。はじめは皿の肉を切り分ければ食べられた、しかしだんだんにものを飲み込めなくなる。トイレも洗髪も夫の全面介助なしには不可能だ。ついにアンナは水を拒否する。ようやく口に水のみをいれたのに、水を吐き出すアンナにジョルジュは思わず手を上げる。そのあと、アンナは水を受け入れるがそのときじっと夫の顔を見た妻のひたすらな瞳は何を訴えていたのだろうか。
 次第に意識が朦朧としてくる母にときどき見舞いにくる娘は不安が高まる。「私に何かできることがあれば」という娘の申し出に、ジョルジュは冷淡に答える「じゃ、母親を引き取るかね?」。
 髪の毛をとかし、いやがるアンナにむりやり鏡を見させようとする若いヘルパーを解雇するジョルジュ。こうして二人はどんどん密室のような閉鎖状況に自らを追いやる。たまに顔を見せるのは掃除をしたり、スーパーで買った重い水を運び上げたりしてくれる階下にすむ管理人夫婦。
 必需品の水は買わなければならない、そしてどんなときでも自由にならない手でチップを渡さなければならないフランス。そんな国で老人だけで暮らす不自由な生活と痛みにうめくようになったアンナにジョルジュはだんだん耐えられなくなる。もつれるようにして落ちていく二人。そしてプログラムがうたう「人生最期の男女の至高の愛」という結末に至るのだが。この夫と妻が入れ替わっていたら、『至高の愛』などという言葉が出てきはしないだろう。
 息詰まる二人の生活に2度鳩が窓から舞い込む。1度目はジョルジュが窓から鳩を逃がす。
 そして2度目は窓を締め切り毛布で執拗に鳩を追う。この鳩をジョルジュがどうしたのか。
 鳩がシンボリックに使われているだけに、解釈が見る人によってかなり違う。
 音楽家の夫婦だから回想場面をふくめてピアノの曲が何回か流れるが、私が気になったのは生活音である。人間の器官で最後まで健全なのは耳だと聞いたことがある。映画の中に始終聞こえる水道の音、ドアの音、靴で歩く音、ありとあらゆる音が私にはとても気になった。もしこれがアンナの聴覚をあらわしているのだとしたら、アンナは安らぎの中にいたとは思えない。
 終末期医療、自宅介護、老老介護といった現実的な問題を超えた魂の世界を描くと激賞されているが、私には後味がいいとは思えない映画。 (巳)



13.04.15
「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(ジョン・マッデン監督 イギリス・アメリカ・アラブ首長国連邦 2011年)
 人には2種類いて、インドが好きな人と嫌いな人がいる。私は(食わず)嫌いな方に属する。予告編で見ても「やかましそうな映画」だと敬遠していたのだが、最終日になって「高齢者が終の棲家を求める映画だものなあ」と思いなおして重い腰を上げた。これが大当たり。人間模様も密度高く描かれ、演じる俳優がまたとてもいい。このごろの高齢の俳優(主役のジュディ・デンチもマギー・スミスも79歳)の表情の豊かなこと、矍鑠としていること。だてに年取っているわけではないと感じさせる。

 イヴリン(ジュディ・デンチ)は夫に大事にされ世間のことはなにも知らない良いとこの奥様だったが夫は多額の負債を残して死亡、家を手放さなければならなくなる。隙間風が吹いて久しいダグラスとジーン夫妻、新しい恋人を探す美しいマッジ、グラマラスな女性に憧れるシングルのノーマン、心に傷を負いながらある人物を捜す旅をするグレアム、手術を受けるために嫌いなインドに来た車椅子のミュリエル(マギー・スミス。この7人の男女(多分すべて70代か)が「眺めの良いテラス、明るい中庭――歴史を感じる穏やかで心地よい日々」という謳い文句につられて、飛行機を乗り継いでインドにある「マリーゴールド・ホテル」にたどり着いた。しかしそのホテルは一人のインドの青年が経営する電話も通じずゴキブリが這い回るオンボロホテルだった。そして外は原色鮮やかな服装の人々が行き交い、車やバイクの音でうるさく、人力車や自動車のあいだを象がゆたりゆたりと歩き鶏が餌をついばみ、そしてトラックの荷台には山羊が。めまいがするようなカルチャーショックにもかかわらず、イヴリンは10日も経つと「もうすっかり慣れた」とブログする。そして前向きなイヴリンは就職さえしてしまう。高齢者向きの電話セールスの指導員だ。イギリスにいたときのマニュアル通りのばかげた電話のあしらいに腹を立てていた経験が生きたのだ。
 イヴリンのブログでストーリーは展開していく。若い日に愛の相手だったインドの少年を見殺しにしたと良心の呵責に苦しんでいたグレアムは、50年ぶりに再会を果たす。固く抱擁し長時間話をしたあと、グレアムは心筋梗塞で死去。マッジの機転のきいた助けを借りてパートナーを射止めたノーマン、インドにも夫にも不満を持つジーンとそんな消極的で拒否的な妻にいやけがさして明るいイヴリンに惹かれていくダグラスの夫婦生活は、結局は妻がイギリスに帰国することで終止符が打たれる。こんなシニアの恋模様の中に傾いているホテルを建て直そうとする若いインドの青年とその恋人のわかわかしい愛の形がはめ込まれている。
 でも誰よりも変わったのが、車椅子に座って不機嫌そうに周囲を観察していたミュリエルだ。身分の低い(こんな言葉がインドにはまだあるらしい)メイドの言葉こそ通じないが心からの献身に癒されて心身ともに元気になった彼女は、最後には車椅子からも自立して、売却寸前のホテルの経営の建て直しにとりかかる。この変身の見事さ。そしてイヴリンはダグラスと恋人関係になったようだ。おー、仕事に恋にパワー全開!
 映画の途中、高齢者を元気付けるすばらしい台詞がたくさんあって、覚えておこう!と思ったのだが、映画館を出たら全て忘れてしまっていた。わが老人力は強くなっているようだ。〈巳〉



13.01.15
「愛について、ある土曜日の面会室」(レア・フェネール監督 フランス 2009年)
 お正月休みに「映画始め」を毎年一緒にする若い友人がいる。今年は二人のテーストが一致する作品がなく、迷った末に「映画館だのみ」をすることに。たとえば東京の単館上映はそんなに多くないし、館独自の選定眼があるように思われて、「大きくは外さない」という安心感を持てる。そういう映画館が減っていくのが寂しいが、そんな中でもがんばっているシネスイッチ銀座の「愛について、ある土曜日の面会室」に決定。

 場所はフランス・マルセイユ。美しいフランスの面影はなく寒空が広がる野原に刑務所がある。
 ここに収容されている男に会いにくる2人の女性と1人の男を軸に映画は展開する。バスの中でナンパされたちまち恋におちいる少女ロールはまだハイティーン。息子を殺されたゾラはその真相を確かめるためにアルジェリアからフランスに来た。受刑者とよく似ていて多額の報酬と引き換えにその受刑者の替え玉になることを誘われる貧しい若者ステファンは、職業もなく恋人との関係も荒れている。3人とも陽の当たらない人々だ。
 ロールは警官と喧嘩して逮捕された恋人に面会に来るが未成年のため果たせず、たまたま雨宿りで知り合った若い巡回バスの医者が付き添うようになる。医者は人生にくたびれているような表情でさして動機もなくロールと恋人の面会をぼんやりと見守っている。この2人の関係も一筋縄では理解できない不思議な関係。
 ゾラは加害者の姉の家をつきとめ家政婦になることで、息子を殺した犯人に面会を果たす。そして知ったのは加害者の青年と息子は同性愛だったということ。恋のもつれで息子が殺されたことを受け入れられるのだろうか。犯人を見るゾラのまなざしを読み取ることは難しい。そしてゾラが自分の弟の殺した人間の母であることに気がつきながら、弟と面会させる姉の心情も理解しにくいところがある。
 25年の刑を科されている人間の「替え玉」になることを引き受けようとする若者の絶望の深さはなんだろう。
 細かい解説的場面や心理的説明がないし、会話も思い切り省略されているせいか、ストーリーは難解というわけではないが、後味がすっきりしない。
 非常に印象に残るのは、刑務所の面会室のありようが、日本のように看守つきでガラス戸をはさんでというのとはまったく違うことだ。面会者は荷物を預け身体検査を受けて面会室に入るが、受刑者と抱き合えるし、キスさえできる。看守は「楽しんでこいよ」と軽口を叩き、受刑者と面会者の濃い交流を見てみぬふりでパトロールして、騒ぎが起きれば駆けつけて、面会者を廊下に出す。だからこそ、「替え玉」という日本では考えられないことがリアリティをもつのだろう(それにしてもこの設定は少しムリがあるとは思うが)。
 この3組の人間関係は交わることがないというのも映画を見るものをひるませるものがある。
 それにしてもロール、ステファンそしてゾラの息子を殺した若者のなんという救いのなさ。先行きのない人間の重たい暗さに圧倒された。
 監督は若手の女性監督。(巳)



12.12.14
「終の信託」(周防正行監督 日本 2012年)
 まったくの個人的趣味だが、職場でラブシーンを展開する男女が嫌いである。職場を神聖と思っているわけではないのだが、そういう公私の区別のできない人は好きじゃないし、なにか信用しがたい。だから主人公の女医(草刈民代)が、空いている病室で同僚の医師と抱き合うシーンから始まったこの映画には共感し難いという予感が働いた。恋人が若い女性に鞍替えしたのを察知、変装して空港で待ち伏せ、帰国した恋人に「いつまで私は待つの」と迫り、あっさり振られる、精神的にダメ−ジを受けて当直中に気分が悪くなり、当直室で酒で睡眠薬を流し込み自殺未遂、元恋人に「睡眠薬で死ねないことは医者なら知っているだろう」と冷たくあしらわれる…これってほとんどバカじゃないか。まあ、医師だって人の子、おろかなこともするだろうが、こんなに精神不安定な医者にみてもらいたくないな。だから女医って信用できない…という流れにならないか。多分この映画は女医でないと成立しないストーリーだ。
 失恋の痛手でうつろになっているとき、重度のぜんそく患者(役所広司)がオペラのCDを貸してくれたことから親しくなり、退院した役所と偶然に出会う。役所は子ども時代、幼くして苦しみぬいて死んだ妹のことがトラウマになっていることを告白、また入退院の繰り返しで家族に負担をかけていることの苦衷を語り、妻が苦しい選択を迫られないように主治医である草刈に自らの命を終えるときの決断を委ねる。彼らの心の交流を映画の解説では「恋に落ちる」となっているが、それほど深い関係があったとは思えない。うがった見方をすると無力な妻をかばうために、主治医である草刈の自分への好意を利用したと思えるくらいだ。
 やがて、心肺停止状態で役所が病院に運び込まれる。いったんは自発呼吸を取り戻すが、草刈は役所の願いであった延命治療を止めた。その直後、草刈も家族も思いも寄らなかった苦しみに役所はのた打ち回る。あわてて過剰な鎮静剤を打つ草刈。草刈が延命装置を中止した判断のうらにもちろん自分が好きな役所の意思を遂行するという気持ちもあったに違いない。しかし、自殺未遂のあの肉体的辛さの経験が「あんな目にあわせたくない」といういたって情緒的判断を招いたのではないか。ところが、結果としては想定外とはいえ、役所がいちばん恐れていた苦悶を味あわせることになってしまう。その後悔の念が遺体に取りすがって号泣するという医者としてはあるまじき行為になったのではないか。たんに、恋する男を失ったことによる悲しみの涙とはちがうように感じた。
 そして、3年後。呼吸器内科の部長になった草刈が突然に検察庁に呼ばれる。任意取調べである。取調べを行うのは能力もあり意欲満々の検事(大沢たかお)である。ときには怒声を発しながら草刈をどんどん追い詰める検事。具体的な細かい数字などは「あとできくから」と言いながら、「事実」を積み上げて自分の考えたストーリー通りに調書をつくっていく検事。ついに草刈は「殺人を犯した」という調書に署名してしまう。この息詰まる取調べシーンは現代においてなお冤罪が生まれる構造を描ききっている(草刈が冤罪であるとは思えないが)。30分くらいの論争劇のようになっているが見ごたえがある。
 この映画のテーマは「尊厳死」「終末期医療」であろう。だが、そうだとすると少し設定にムリがあるような気がする。なぜかというと「情緒不安定」な医者が患者に同情して(一体化して)安易に延命装置をとめ、さらにあわてて致死量にいたる注射をしてしまったとしかみえないからである。これは日本の判決でも示されている「安楽死の違法阻却事由」(@患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること、A患者は死が避けられず、その死期が迫っていること、B患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと、C生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること)を知らなかったとしか思えない行動である。「医療過誤」を恐れる大病院に勤める医者がこのような教育をうけていないということはありえないのではないか。あるいは我を忘れてそれを忘れたのだとしたら、医者としては失格であろう。そんなわけで良質の映画にもかかわらず不満が残る。(巳)



12.12.14
「みんなで一緒に暮らしたら」(ステファン・ロブラン監督 フランス・ドイツ 2011年)
 パリの郊外に住む2組の夫婦。アルベール(ピエール・リシャール)とジャンヌ(ジェーン・フォンダ)夫婦、ジャン(ギイ・ブドス)とアニー(ジェラルディン・チャップリン)夫婦、そして一人暮らしシングルのクロード(クロード・リッシュ)は、長年の友情で結ばれた仲間たち。そろそろみんな後期高齢者の仲間入りというところ。
 75歳になったクロードの誕生祝がジャンとアニーの大きな家で行われる。バースデイケーキに乗り切れないほどたくさんの蝋燭を吹き消しにぎやかなパーティーもおわって我が家に帰る友達を見送りながら「みんなで一緒に暮らしたい」とつぶやくジャン。孫が遊びにくるため庭にプールを作ろうと考えている妻のアニーは「共同生活なんて、ごめんだわ」とけんもほろろ。
 自宅に帰ったジャンヌは夫に「検査結果はよかった」というが実は病は進んでおり、夫のアルベールは認知症が現れ始めていて、かわいがっている大型犬の散歩をさせたかどうかを思い出せない。ジャンヌはひそかに自分の葬式の準備をしている。
 シングルのクロードはヌード写真をとるのが大好きでまだまだ女性に関心十分だが、ある日テートの途中で心臓発作を起こし、心配した息子に老人施設に送り込まれてしまう。すっかり元気をなくした友人をアルベールとジャンは「奪還」し、犬の散歩の途中で転んだ父親を心配した娘に犬を取り上げられて意気消沈しているアルベールのためにジャンとクロードは協力して犬を「奪還」する。高齢者に次々と降りかかる問題をみんなで「渡れば怖くない」とばかりに5人は共同生活を始める。彼らの生活をサポートするのが犬の散歩のために雇われた「高齢者の意識調査」をしている人類学者の卵であるドイツ人の学生。自分の父親がナチスに殺されたアルベールはこの学生がドイツ人であるというだけで気に入らなくて何かと議論を吹っかけるが、アルベールの父親が殺害された1941年には「僕の祖父が14歳でした」という学生の言葉を境に心を開く。この2人のさりげない会話はヨーロッパ現代史の傷の深さを感じさせる。
 5人の生活は、平穏に過ぎていくかに見えたが、実はジャンヌもアニーも若き日にクロードと浮気をしていたことを日記で知った二人の夫が怒り狂い、大乱闘になる。だが、それも40年も前の話し。3人ともこれを根にもって元の生活に戻ろうとは思わない。そんな中、一番若くて元気そうに見えたジャンヌが亡くなる。
 この告別式のシーンがとても美しい。ジャンヌが生前特別に注文していた薔薇色の棺。ジャンヌの遺言にしたがって4人は棺の前でシャンペングラスをあげ、棺の上にグラスを独りずつ置いて静かに立ち去る。しんがりをつとめるのはあの大きな犬。このシーンだけでもこの映画を見た甲斐があった。私も薔薇色の棺に入りたい…
 晩年をだれとどのように住むか,最期をどう迎えるかは、人生最後の課題だ。この映画のテーマもそうだが、これまでのこの種の映画と違うのは「共同生活」を望むのが男性であること。そして若いときからの仲間がカップルで一緒に暮らすという設定だ。
 日本でも高齢者の自宅でもなく施設でもない「共同生活」は一つの理想として語られるし実践している例もある。しかしこれらはほとんどが女性同士である。とくに夫婦はなかなか共同生活に入りにくい。なぜか。夫が嫌がるのである。会社を離れると男性は孤独になる。会社以外での人との関係を作ってこなかったからだ。だからといって、新しい人間関係を作ろうとする意欲も気力もない。すがれるのは妻しかいない。妻に引きずられて「共同生活」を送る男性は居心地悪そうで、男性同士も仲良くならない。
 男性がこの映画を見たらどう思うだろうか。聞きたいと思うがまずこの手の映画さえ見に行かないだろう。
 映画自体は、共同生活に入る前が長くて、あまりテンポが良いとは思えない。しかし、フランス映画らしい小気味のいいセンスに富んでいて、高齢者映画の新しい地平を切り開いたのではないだろうか。(巳)



12.09.14
「あの日 あの時 愛の記憶」(アンナ・ジャスティス監督 ドイツ 2011年)
 毎年夏には若い友人と戦争関連のマジメな映画を見るという習慣が何年か続いている。今年友人が見つけてきた映画がこれ。「運命の人は生きていた!もう一度会いたい。ただその想いだけを抱いて―」というコピー文句に引かれたのか、お盆休みの都心の映画館は中高年の観客で一杯。

 アウシュビッツを脱走した男女の愛の物語。実在の人物であるということが衝撃的である。
 アウシュビッツ収容所にトマシュはポーランドの政治犯として囚われ、ユダヤ人のハンナはユダヤ人であることでとらえられ、厳しい監視の下に働かされていた。その2人が恋に落ちる。収容所の中を写した写真のフィルムを外部に持ち出すように仲間から蜜命を受けたトマシュは命を掛けてハンナと脱走する。ここは映画がもっとも盛り上がるサスペンスのあるところだが、実は事実関係があまりよくわからない。それに映画の展開から考えて絶対にこの脱走は成功するとよめるので、見る側の緊張感はいまひとつ。
 彼らが逃げた先はトマシュの母の家。その母は息子トマシュの無事を喜ぶがハンナがユダヤ人であることを知り別れを迫る。二人は母の家から逃れようとするがハンナが病に倒れ動けない。トマシュにはやはり政治活動をしている兄にフィルムを渡すという使命が。トマシュは後ろ髪を引かれながら、ハンナの看護を母に託して「2日で帰るから」とハンナに約束して旅立つ。これが2人の長い長い別れの始まりだった。
 映画は第二次大戦終盤のポーランドの過酷な状況と、生き延びたハンナが豊かに暮らす1970年代のニューヨークを行き来する。大学教授夫人となったハンナがある日クリーニング屋のテレビで忘れもしないトマシュの声を聞く。赤十字の調査で死亡したとされていたトマシュが生きていた!40年近い時間の経過のあとに2人の男女が奇跡的に再会する。
 と、紹介するとアウシュビッツという極限状況の非人間的状況を背景にしたラブストーリ以上の何ものでもないように思える。確かにそうなのだが、ここで一味違ってくるのがトマッシュの母親の存在である。息子2人が政治活動で地下にもぐったり収容所に囚われた彼女はその怒りをどこに向けて良いかわからない。さし当たって彼女の怒りの切っ先は[諸悪の根源]であるユダヤ人に向かう。息子に託されたハンナが流産し身動きできないことを知りながら自分の家屋敷を接収したドイツ兵に密告する(ハンナの勘と機転で彼女は辛うじて虎口を脱するのだが)。長男の妻には「あんたのせいで息子が危険な目にあう」と攻撃する。危険をかいくぐって帰ってきたトマシュに「ハンナは死んだ」と嘘をつく。息子の安全と幸せだけを願う盲目的な母の愛が二組のカップルを不幸のどん底に突き落とす。
 ハンナがトマシュの子を流産したと知った母親のどす黒い喜びを想像するとぞっとする。だからこそハンナをドイツ兵に渡す気になったのだろう。母親の破滅的な愛の恐ろしさを描いた点でこの映画は出色である。
 しかし、雪の中に倒れ赤十字に救われて以後のハンナ、また40年ぶりに再会してからの2人がどうなったのかがまったく描かれていないなど、「え?これでおわり?」という物足りなさを感じた。(巳)



12.07.13
「隣る人」(刀川和也監督 日本 2011年)
 何らかの事情で親と暮らせない子どもたちが生活するある児童養護施設の8年間のドキュメント。
 ここでは担任制がとられ、1人か2人の子を1人の保育士が受け持ち、文字通り寝食を共にして、何人かの子どもと複数の保育士で「家」を構成しているらしい。この施設はいくつかの「家」で成り立っているらしい。「らしい」というのはこの施設がどこにあるのか、何歳くらいの子が何人くらいいるのか、保育士は(多分男女いると思うのだが)何人いるのか、どういう歴史的経緯でこの施設が出来上がったのか、「家」という形態をとるに至ったいきさつなどが、まったく語られていないので、推測するしかないのである。食事も一緒に作り、宿題も一緒にし、寝るときも一緒という子どもと保育士の濃密な人間関係をただただ、スクリーンに見ることになる。
 保育士の個人的生活はどうなっているのだろうと心配になるような24時間子どもと一緒の生活。実の親から「捨てられた」という感情を持っている子たちは保育士にまとわりつき、保育士の「愛」を取り合って子ども同士がけんかしたりする。ひたすらに「愛されたい」と思う子どもの心を思うと切なくて涙が出る。
 映画は10歳になるムッちゃんという女の子とマリ子さんと呼ばれる保育士との関係が中心に描かれる。実の母が会いに来ても笑顔一つ見せないムッちゃんと機嫌の悪い子をどうして良いかわからない母親、2人の間に立って心を砕くマリ子さん。お正月にムッちゃんを家に泊めたい母親。「泊まらない」と言い張るムッちゃん。2人が楽しく正月を過ごせるのか気を揉むマリ子さん。わがままで乱暴なところのあるムッちゃんの誕生日に「どんなムッちゃんも好き」と言って涙で言葉が出なくなるマリ子さん。無条件に受け入れるということはこういうことかと思う。「隣る人」というタイトルもそれに所以している。
 この監督が施設にはいって一緒に生活をするなかでカメラを回しているだけに、子どもたちの細かい動き、感情の奥まで入っているため、見ているほうも共振してしまう。しかし、あまりにも映画を撮る側と撮られる側の距離が近くなりすぎていて、惜しいことに客観性に欠ける。感情を言葉でうまく表せない子どもに滅法弱い私は、見ている間は泣けてしょうがなかったのだが、見おわると「?」がたくさん残り、監督の情熱が空回りしているようにも思えないでもない。せめてもう少しこの施設のバックグラウンドが示されたら、違う印象をもったかもしれないのに。
 「母」である保育士はあくまで優しいのだが、「父」である施設長はまさに「家父」「厳父」のごとく感じられた。子どもにそんな難しい言葉使ったってわからないでしょうが、と何回か突っ込みたかった。もしかして、あるべき「母」と「父」の理想形がパターン化しているのではないだろうか。(巳)



12.05.15
「アーティスト The Artist」(ミシェル・アザナヴィシウス監督 フランス 2011年)
 物語は,1927年(トーキー映画の幕開けである「ジャズ・シンガー」が公開された年)から始まる。サイレント映画の大スター,ジョージは新作の舞台挨拶で拍手喝さいを浴びる。映画館前も大混乱,若い女性ファンにジョージは突き飛ばされてしまう。女性ファンは女優を目指すペピー。優しく微笑むジョージにペピーは感激,スターの頬に大胆にもキスをする。1929年,ジョージの所属する映画会社はトーキー映画に移行するが,ジョージは「自分はアーティストだ」とサイレント映画に固執する。ペピーはトーキー映画のスターとして大人気。ジョージ自ら初監督と主演を務めるサイレント映画は大コケする。同時に世界大恐慌になり,ジョージは妻にも追い出される。ジョージのかつての豪邸でのオークションで,ペピーは執事らを使って,成功の思い出の品々を買い取り,ジョージを思って涙を流す。酒に溺れるジョージは,自ら主演したサイレント映画のフィルムの数々に火を放つ。愛犬の活躍で救出されたジョージをペピーは自らの邸宅に引き取る。ペピーには,絶望したジョージを復活させる名案を思いつく。
 映画への愛があふれるロマンティックで楽しい作品!主演の二人からわき役までキャスティング見事。カンヌでパルムドッグ賞を受賞したアギー(犬)の演技(?)にも舌を巻きます。
 プライドにしがみつく「男の美学」を美化せず,新しいことに挑戦しようとジョージを誘うペピーの前向きさ明るさをよしとしているのは,1920〜30年代ではなく今の時代ならでは。落ちぶれるジョージを,スターになったぺピーが変わらず愛し,支えるところも,おとぎ話的とはいえ,「サポートする=男・サポートされる=女」というジェンダーの二項対立が過去のものとなったことを感じます。
 まあ野暮な分析はともかく,観ていてうれしくなる小粋な作品!うっとりしたり,笑ったり,涙したり,じーんとしたり。そう,冒頭部分で映し出されるサイレント映画を観ている観客席の表情豊かな観客たちと同様,この映画を観る私たちにも,映画大好き!という喜びが湧きあがってきます。
 本作品が,カンヌはともかく,重厚でお金がかかった「大作」志向と思われるアカデミー賞を,最多5部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、作曲賞、衣装デザイン賞)も受賞したとは驚きます。確かに完成度は高いのですが,志向が違うような…。アメリカもいい感じで疲れて「枯れて」きたのでしょうか。CGを駆使したスペクタクルなど,いささか食傷気味ですからね。(良)



12.04.13
「オレンジと太陽」(ジム・ローチ監督 イギリス・オーストラリア 2010年)
 この映画を見た夜、たまたまテレビである教会で歌手がハモンドオルガンを弾いている場面を見た。その厳かな建物と十字架に、激しい嫌悪を感じた。キリスト教は人の魂を救っただけではなく、植民地主義の先頭に立って、さまざまな国で原住民を殺戮するなどしていたことは歴史の知識として知っていたから、教会の人を圧するような高い高い尖塔を見ると(特にヨーロッパで見ると)、何だか胸騒ぎを感じるのだが、こんなにはっきりとした感情を教会に対して持ったのは初めてのことだった。

 イギリスがなんと1970年ごろまで行っていた児童移民の問題をはじめて知ったソーシャルワーカーが、その秘密を解き明かそうとしているうちに政府および教会の暗部にぶつかる。一人の女性と国家の二大権力との戦いが本映画のテーマである。実話であり、このソーシャルワーカはマーガレット・ハンフリーズという実在の女性である。
 「私が誰なのか調べて欲しい」とマーガレットに訴えた女性の一言が全ての始まりだった。今は成人となっている元子どもたちのルーツを探り、家族を探し当てるために、マーガレットはイギリスとオーストラリアを何回も往復する。行政機関の非協力、嫌がらせ、(おそらく教会からの)暴力的な脅迫にさらされながらマーガレットは少しずつ真実に近づく。
 3歳から10歳の施設に預けられていた子ども(それは婚外子だったり貧困のために親が育てられなかった子どもである)が、「子の福祉」のためという名目の下に、親の承認もなく名前もすべての証明書を剥奪されて、養育者もなしに船に乗せられた。長くて過酷な航海の果てに子どもたちがたどり着いたのはオーストラリアの荒野だった。実際にはニュージーランド、カナダ、ジンバブエなどの国にも送られたという。その数は13万人に及ぶという。少年少女を外国に送ったのは、慈善団体を束ねる各教会だった。児童の出国を政府が認めていたのはもちろんである。
 子どもたちを待っていたのは奴隷のような労働生活だった。映画に出てくるのはオーストラリアのビンドゥーンである。山奥に思わずマーガレットが「美しい!」とつぶやく教会が忽然と現れる。この教会の壁の1枚1枚に子どもたちの血と汗と涙がこもっている。鞭でこき使われた恐怖の生活を語る元子どもたちの目には涙が浮かぶ。そしてさらに神父によるレイプ。
 事実を知ったマーガレットは衝撃のあまり自宅で祝われたクリスマスにまで憎悪を感じずにはいられない。彼女の生理的ともいえる反応に私も共感した。
 この歴史的事実は隠されていたが、この映画の製作中、オーストラリアとイギリスの政府が事実を認め、謝罪した。

 惨憺たる事実にもかかわらず、映画はそのような実写をしていない。元子どもたちの経験として語らせている。彼らの苦痛に満ちた深い瞳。そしてビンドゥーンの教会でマーガレットが対峙する神父たちの沈黙と表情が全てを語ってあますところがない。抑制のきいた映画の重みが映画を見ているときよりその後の方が胸に落ちてくる。
 フランスの
「ヴェル・ディヴ事件」(「サラの鍵」参照)といい、イギリスの児童移民といい、国家や教会の犯罪を明らかにしていくという動きがあるようだ。この二つともが女性の勇気ある持続力ある行動によって明らかになっているというのは、偶然だろうか。(巳)



12.03.15
「善き人」(ヴィセンテ・アモリン監督 イギリス/ドイツ 2008年)
 冒頭、ベルリンの大学教授ジョン・ハルダーが、ヒトラーの首相官邸に呼び出され、「ハイル・ヒトラー」と敬礼する手つきがあまりに不器用なのが、彼の生き方を象徴するようだ。
 大学でプルーストを教えるハルダーの書いた小説が『安楽死』を肯定するとヒトラーは考え、彼を利用することを思いつき、彼に入党をすすめ(強制し)、取り立てていく。大学の庭で行われた焚書に胸を痛め、プルーストの講義をやめなければクビと学部長に宣言され一度は抗議する彼も、時代の波にどんどん飲まれて行った。家庭的にも認知症気味の母親と彼女との精神的軋轢のためかピアノに逃げ込み家事を一切しない妻それに幼い二人の子を抱え、追い詰められていた。そこに典型的アーリア美人の学生が積極的に近づいてきて、結局、ハルダーは家族を捨ててしまう。
 第一次大戦を共に戦った親友のユダヤ人モーリスは、ナチスの動きに不信感と危機感をもち海外脱出しようとハルダーに援助を求めるが拒否される。しかし、親衛隊の幹部にまで上ったハルダーは、ナチスによるユダヤ人襲撃の前夜にたまたまそれを知り、なんとかモーリスを逃がそうと必死の努力をするが、時はすでに遅く…ハルダーは収容所を視察することをよそおってモーリスの行方をたずね歩く。そこで彼が目にしたユダヤ人への仕打ち。彼は力なく「これが現実か」とつぶやく。
 「友よ、愛する人よ。僕は何を失ってしまったのだろうか…。ただ、正しい道を選びたかった」といういかにもユウウツに満ちたインテリゲンチャのハルダーのうつむいた写真と共にこの台詞が書かれているのが、この映画のチラシなのだが、そしてこの映画の原題は「GOOD」なのだが、ハルダーが正しいと思ったのはなんだったのか、善いとおもったことはなんだったのかが見えない映画である。内心の葛藤がうまく描かれていないということかもしれない。
 彼ほどの知識人がナチスの実際に行っていたこと、自分の小説がどのように利用されたのかまったく知らなかったといえるだろうか。もしそうだとしてもあんなにモーリスが頼んだことを聞き流したのは単に保身のためか。そうだとしたらこの「GOOD」が意味したのは「善き人」というより「無知の人」ということだろう。
 主役のモーテンセンは、繊細で美しいし、テーマもいいのに、なんだか残念な映画だった。(巳)



12.02.15
「サラの鍵」(ジル・パケ=ブランネール監督 フランス 2010年)
 2012年の映画始めはこの作品。原作を読んでいてストーリー展開を知っていたので、いつもの反ナチ映画ほどは心臓がバクバクしないですんだ。
 
GALでも紹介した原作にほぼ忠実な映画化。前半はフランス警察による「ユダヤ狩」(ヴェル・ディヴ事件)にあってとっさに幼い弟を秘密の戸棚に隠した少女サラの苦しみとアウシュビッツに送られる寸前の脱走と、現代を生きるジャーナリスト・ジュリアのこの事件に迫るプロセスが交互に描かれる。その変換があまりにも頻繁なのでやや緊張感を殺ぐ感が。
 後半はジュリアの生き方が中心となる。サラのその後を追うジュリアは、サラの家に住みついたのが実は夫の祖父母だという事実をとおしてフランスの隠された闇に気がつく。そして戦後アメリカにわたったサラが家庭を持ち男の子を産み育てていたにもかかわらず自殺してしまったことにたどり着き(息子の成長にともない弟を思い出して耐えられなかったにちがいない)、サラの夫や息子とも会う。
 最後は夫の反対のなか(結局離婚する)でジュリアが産んだ子ども(サラと名づけられた)とサラの息子とジュリアが3人で会う場面で終わる。この第2のサラに希望が託されたと読んでいいのだろうか。
 ジュリアがだんだんに事実を知り、フランスという国の大きな犯罪に気がつくとともに、自分の生き方を問い直すというテーマが、ジュリアの内心に入った描き方になっていないことは惜しまれる。しかし、ナチスの時代と現代をしっかり結んでいて、ナチスのいいなりになった当時のフランス、そしてそれは政府、軍部だけでなく普通の人も関与していたこと、それらの問題が現代に至るもきちんと解決されていないことを明らかにしている。
 同じヴェル・ディヴ事件をテーマにした「黄色い星の子どもたち」もおすすめする。(巳)



12.01.13
「サルトルとボーヴォワール―哲学と愛」(イラン・デユラン=コーエン監督 フランス 2006年)
 大学を卒業して半世紀にもなろうとしているのに、クラス会があると、ある女友達は男どもに「アンタはいつも、ベレー帽をかぶってサルトルを小脇にかかえて颯爽と歩いていたね」とからかわれる。そうそう、そういう時代があったのだ。学生は読んでも読まなくてもサルトルの「存在と無」とか「嘔吐」を持っていたし、わかってもわからなくても「実存主義」を語ったし、そして、サルトルとボーヴォワールのプチブル的(ああ、この言葉も懐かしい)な形式にとらわれない「自由恋愛」という新しい男女関係にあこがれた。1960年から70年代のこと。
 ソルボンヌ大学の首席がサルトル,次席がボーヴォワールという猛烈に頭の良い二人の出会いは劇的でただちに激しい恋に陥る。旧弊で常に機嫌の悪い父親、縫い物をしながら夫と娘の間でおろおろしている母親をボーヴォワールは捨て去るが、彼女の思想形成にこの家庭は大きな影響を持ったと思われる。彼女の有名なフレーズ「女は女として生まれるのではなく、女になるのだ」は、この信心深い母親と若くして亡くなった女友達(母親に職業につくことを許されず結婚を強いられ精神的に病んで死ぬ)の生き方を批判的に分析して生まれたのだと思う。
 自由恋愛。子どもを持たずにお互いの精神を束縛せずにそれぞれの恋愛を認めそれを共有しようとサルトルは言い、ボーヴォワールはそれに従う。しかし、サルトルはボーヴォワールの教え子に恋をして彼女を苦しめる。この映画に描かれたサルトルは女好きで、知的な部分はほとんど描かれていない。ポール・ニザン、アルベール・カミュ、アンドレ・ジッドなど有名な作家たちの群像もただ名前が出てくるだけだし、彼らの人生に大きな影を落とした第2次大戦も時代背景的に出てくる程度で物足りない。
 映画の中心はサルトルの奔放な恋愛関係に振り回され、自らも同性愛や数々の恋愛に走るボーヴォワールの内面の感情である。とくにアメリカを訪れたボーヴォワールの相手となる作家ネルソン・オルグレンとの関係にかなりの重心がかかっている。オルグレンは彼女に結婚指輪を渡す。
 最後の字幕に、ボーヴォワールはモンマルトルの墓に、オルグレンから贈られた指輪をして、サルトルの横に眠っているとある。エー!?これってボーヴォワールはやはり指輪に憧れていたってこと? 別の男からの指輪をしてサルトルの傍らにというのは最後に笑ったのは、彼女だったということか?
 いずれにしても、世紀の恋人たちの精神的・知的な紐帯の描き方が決定的に不足していて、たんに浮気なダメ男とそれに振り回される気の強いしかし結局は従順な女というパターンを出ていないようにみえてしまうのが、まことに残念である。配役にもよるのかもしれない。サルトル役はまったく知的にみえず、賢いボーヴォワールや多くの若い女性をひきつけるオーラを感じられないので、まったく共感しがたい。ボーヴォワール役の女優さんは知的で美しくたくましくていい。(巳)



12.01.13
「2011秋のドラマ+ジェンダー」
今期、ジェンダー視点での最高点は「私が恋愛できない理由」。恋愛したいけどなかなかうまくいかないごく普通の女性たち。1人は、派遣先でBF探しをしていたけれど二股をかけているとまで噂され男に散々傷つけられ、会社を追われ、ようやく好きな料理をいかしてフレンチレストランでアルバイト、社員の道をゲットする。2人目はイベントのライトワークの仕事をしているが、好きな同業の相手から、アメリカで大きな仕事を勉強したい、一緒に来て欲しいといわれ、ようやく互いに気持ちを打ち明けたのについていかず、自分のやりたいことは日本にあると言って残る。今ついていくと「私はあなた人生を生きることになる」というセリフはなかなかよかった。ただし、留学と思えば、そんなに頑張らずに外国の仕事も見にいってよかったのでは?なぜ一緒に行かないことが恋人との永遠の別れみたいな描き方になるのか?遠距離恋愛はいくらでもできる、と疑問は残る。3人目は、ホステスをしつつ思う出版社の仕事を探し、うまくいかないうちに不倫におちいる(ただしプラトニック不倫)。不倫終了とほぼ同時に出版社の雑務のアルバイトに就職、チャンスをものにしはじめる。皆、恋愛はあきらめず、仕事でも自分の居場所を捜すのはいい。「カレ、夫、男友達」は愛の奥深さを描いたようにも思うが(NHKのていねいさはある)、ひどいDV夫を愛している妻はやや不自然でジェンダー視点では多くの疑問。「家政婦のミタ」「蜜の味」「僕とスターの99日」は特にジェンダーに関係なし。ただし、ミタさんは、自分を慕う義理の兄弟からストーカーされ、それが悲劇の発端という点で、やや関係があるが、料理をおいしいといってくれる夫と子との生活が幸せ、という点の強調で減点し、プラスマイナス0。「蜜の味」は、叔父と姪の恋愛を描くが、それが獣のように扱われ、社会を追われていく、というのは日本の現実とちょっと違うのでは?むしろ、地域によっては伯父と姪の結婚は当たり前の地域があり、遺族年金を配偶者として受給可という最高裁判例まであるのだから、と突っ込みたくなる。「僕とスターの99日」は主人公のキムテヒがひたすら可愛いが、たわいもない。一番泣けたのは「家政婦のミタ」で、単純だけどいいせりふが満載だった。高視聴率は納得。最近、いつまでも人気絶大のアンパンマンの歌詞を久しぶりに聞いて感動したが、同じく単純に、「希望や信頼」に感動するのかなと思う。以上、多忙を返上しドラマをよく見た2011年秋。(富)



11.12.15
「姉妹たちよ、まずかく疑うことを習え――山川菊栄の思想と活動」(ワーク・イン<女たちの歴史プロジェクト>製作 山上千恵子監督 日本 2010年)
 大正から昭和にかけて輝いた4人の女性たち。略奪婚をした与謝野晶子、伊藤野枝、心中未遂をし、のちに「若きツバメ」と事実上の結婚をした平塚らいてう。私生活も華やかな際立った個性をもった3人に比べ、細面でめがねをかけいつもきりりとした表情の山川菊栄は地味でかたくてとっつきにくいという印象がある。社会主義者の山川均と結婚、夫であり同士である均との間に一児をもうけ、立派な学者にそだてあげ、家庭生活も隙のない山川。どうも近づき難かった山川菊栄の生誕120年を記念したドキュメンタリー映画が出来上がった。
 与謝野、伊藤、平塚が生の女性の声、自分の赤裸々な姿を表出したのに対し、山川は女性の経験をふまえたうえで、女性の問題が社会の仕組み、構造の中でなぜ生じるのかを理論的に分析した思想家であり、理論家であり、そして社会運動家であった。山川の出発点は、紡績工場に働く女性たちの過酷な状況をつぶさにみたこと、そして彼女たちに対する救世軍の女性たちの上から目線への批判であった。この立脚点は終始ゆるがなかったという。戦時中、他の先駆的な女性たちが国策に組みこまれていったときも、彼女は筆を折り、野菜、山羊、鶉を飼うなどして自給自足の生活をすることによって、一線を画した。
 そして戦後、女性労働者の調査研究などがGHQに認められ、山川は労働省の初代婦人少年局長として働く女性の地位向上に力を尽くした。山川は地方の地方婦人少年室の室長に全員女性を抜擢したという。一同に会した写真が残っているが、彼女たちの笑顔のなんと晴れ晴れしていることか。実態を知っている女性を管理職に登用することの重要性を認識して、男性たちの反対を押し切ってのことだという。そうだろうとも。今でこそ女性上司の下で働く男性も少なくないが、戦後直後のことなのだから。男性たちの怒りや嫉みの中で山川は毅然としてその姿勢を貫いた。
 一方、山川は啓発運動に力を注いだという。その当時の婦人少年局の作成したパンフレットやリーフレットはイラストなどが多用され、工夫が凝らされている。私が若いころに労働省にあこがれたのは実はこのパンフレットなどをどこかで見たせいだと思い当たった。
 GHQおよび日本の政府の右傾化で、山川は役所を追われた(という事実を私ははじめて知った)。野に下りた山川は民間の女性運動を育てる。映画に登場するさまざまな研究者、役人、運動家たちは彼女の教え子である。しかし、その教え子たちも年を重ね、次の世代につながなければならない時期に来ている。山川の孫、ひ孫の世代はどうなっているだろうか。映画に若い人たちの声がほとんどなかったのは、やや不安材料ではあるが。
 映画は山川の足跡を写真や証言でたどるという正統派の作り方であり、頭に入りやすい。このストレートさは山川のまっすぐな姿勢を反映しているように思われる。
 タイトルは、女性たちに男性が作り上げた制度や組織をまず疑うことから始めよと述べた山川の言葉によっている。メッセージ性の高い優れたタイトルだと思う。
 個人的なことになるが、私は山川の孫の1人と親しくしていた。いまさらながらに彼女が若くして逝った事が惜しまれ、山川と一緒に幼いときの友人が写っているのを見出し、思わず涙が出た。友人も頭がよく、一見クールでコワイ感じがするくらいの女性だったが、実は情熱的で心の温かい実行力に富む笑顔の美しいひとだった。(巳)



11.09.15
「人生、ここにあり」(ジュリオ・マンフレドニア監督 イタリア 2008年)
 イタリアでは、1978年に世界初の精神科病院廃絶法(バザーリア法)が公布された。これによって、精神科病院の新設、すでにある精神科病院への新規入院、1980年末以降の再入院を禁止され、予防・医療・福祉は原則として地域精神保健サービス機関で行われることになった。治療は患者の自由意志で行われる。やむを得ない場合のために一般の総合病院に15床を限度に設置するが、そのベッドも地域精神保健サービス機関の管理下に置かれる。と、いうことを私ははじめて知った。この事実を知らないとこの映画はおもしろくない。

 ミラノで、正義感にあふれたネッロはあるきっかけで労働協同組合に異動される。そこにいたのは、精神病院から退院させられて行き場を失った、でも薬漬けになっている老若男女である。ネッロは主治医の反対を押し切って薬の量を減らすとともに彼らの持っているそれぞれの能力を合算することによって働きを市場経済で通用するものにしようと考える。口の利けない凄みの在る男を理事長にすえ、廃材から寄木細工の床を作ることにたどり着く。注文主の女性の足首にあるタトーにヒントを得た寄木を作るなどして人気をあげていく。そこに至るまでの悲喜劇をユーモアをもって描き、イタリアでは圧倒的な人気を得た映画。日本でも地味なテーマながら立ち見が出るくらいの盛況だった(この映画館が半額デーだったからか?)。

 笑いもそこここで聞こえたが、まず労働協同組合という組織がよくわからないこと、病院から出た精神病患者は結局どういう生活をしていたのかがわからないこともあって、どうもなじめなかった。ネッロがまずみんなの一番したいことを聞くと「セックス」だと男性たちがいう。そこでバスをしたてて売春婦を買いにいく場面があり,行きのバスでは女性にあったときの台詞を練習したりしてみんなが緊張しているが、帰りのバスでは満ち足りた落ち着いた表情になっている。このシーンでも笑いが起こるのだが、私はまったく笑えなかった。人間の根源的な欲求を描いたのだろうが、なんだかなあ。ストーリーの初期段階でつまづいたものだから、「合言葉は「やればできるさ!」」というポジティブなメッセージにそのあとも乗りきれなかった。バザーリア法が制定されて40年、イタリアの精神病の人々の生活がどのようになっているかについては気になるところであるが。(巳)



11.09.15
「コクリコ坂から」(宮崎吾朗監督 日本 2011年)
 ジブリの映画といえば,少女が空をのびやかに自在に飛ぶイメージが強い。でも,この映画は,高校生の海が朝ごはんの支度をするオープニングから,淡々と地味な「日常」を丁寧に描いていく。
 海は特段快活でも華やかでもない。海の役を務めた長澤まさみは,監督から「もっと普通に喋って」と注文をつけられ,自然に「無愛想」にしたらOKをもらったという。淡々と無愛想に,しかし高校生ながらしっかり下宿人も含め7人分の食事を作り,繕い物をする,しっかりもの。地に足がついた「お母さん」タイプである(そう,父宮崎駿が描いた少女は空を飛翔するが,子の宮崎吾朗の描く海は,地に足をしっかりつけて,毎朝旗をあげる。風にはためくのは少女ではなく,旗だ。)。
 海が恋をする俊は,文化部が集まる「カルチェラタン」の取り壊しに反対する学園闘争のリーダー格である。新聞部の部長として,自己のオピニオンを表明することに余念がない。でも海に恋している気持ちを素直に出せない。不器用なバンカラ。
 海がしきるコクリコ荘は,海の弟をのぞけば下宿人含め女性ばかり。そこは,日常の家事が大事にされおだやかな語らいが楽しまれる「女の園」。
 俊らが守ろうとする「カルチェラタン」は,男子ばかりの文化部がひしめく。そこは,小難しい哲学や科学の議論で沸騰する「男の魔窟」。
 俊に恋した海は,カルチェラタン取り壊し反対運動への取り組みとして,女子を引き連れ,男子が汚し散らかしたカルチェラタンの掃除に取り組む。男子もつられて掃除を始めるものの,うーむ…。
 「議論はせず日常の小さな事を大切にする女たち/喧々諤々の議論し闘争する男たち」という二項対立…潔いまでにベタなステレオタイプ。
 でも,そしるつもりは全くない。むしろ反対だ。海のお母さんは,海ら子どもたちを置いて海外で医学の研究を続けている。海はそんな母を尊敬し,自分も医師になりたいと思っている。不在の母は批判されずさらりと受容されている(「仮暮らしのアリエッティ」で,病気の隆之介を置いて外国へ赴任している外交官の母が批判されていたのとは,対照的だ。)。原作漫画では,母は放埓でいい加減と批判的に描かれていた。映画では,運命に諦めいったん引きこもってしまった俊に対し,海は,恋を諦めないとはっきり言う。原作漫画では,海は,俊に依存的で,運命におののき,自らアクションを取ることなく,受動的。映画の海は,自立的で主体的。映画の方が断然好きだ。もっとも,1980年の少女漫画に,「ジェンダーの観点から甘すぎる」といった批判をわざわざするのも大人げないだろうが。
 1963年の横浜の雑然とした街並み,カルチェラタン内部の緻密な空間の丁寧な描写にも感嘆する。パンフレットに小さな字でたくさん名前と連ねているアニメーター一人一人が担った作業はどれだけ大変だったろうか。拍手を送りたい。
 なお,ジブリといえば思い浮かべる「飛ぶ少女」,それがこの映画には登場しないと,冒頭に書いたが,実は,最後の最後で,海も飛ぶ。しかし,ほんの一瞬,さりげなく。往年のジブリファンへのサービスだろうか。どれだけの観客が気付いたか,ひそかに知りたいところだ。          (良)



11.09.15
「キッズ・オールライト」(リサ・チョロデンコ監督 アメリカ 2010年)
 同性婚が認められているカリフォルニアのある家族の話し。
 精子ドナーを父にもつジョニ(ミア・ワシコウスカ)はもうすぐ大学生。同じ父親を持つ弟レイザー(ジョシュ・ハッチャーソン)、レズビアンであるそれぞれの母親ニック(アネット・ベニング)とジュールス(ジュリアン・ムーア)は4人で仲良く幸せに暮らしていた。思春期の只中にある姉弟は、自分たちの父親の存在が気になり、ついにポール(マーク・ラファロ)という存在を知る。はじめは父と子の交流であったが、それに気づいた2人の母親もポールと食事をともにするなどの付き合いを始める。
 1人の男性が加わったことで、彼らの関係が微妙に揺らぎだす。とくにジュールスがポールと性関係を持つにいたって、ジュールスとニックの間に深い亀裂が生じる。そのことは当然に子どもに影響を与える。
 医者で経済的に主導権を持つニックはジュールスが働くことを喜ばないし、子どもたちに対しても支配的だ。この抑圧された関係にかすかに苛立っていたジュールスがポールに惹かれて行くという構図はストレート同士の倦怠期の夫と妻との関係にありがちなもので、あまりにもありきたり。
 「(家族たてなおしのために)旅行に行きたい」というジュールスに対し、「そのお金はどこから出るの?このうちは私が支えている」というニック。排他的な愛情でジュールスを縛るニック。ポールとジュールスの関係に嫉妬し、洗面所や寝室をかぎまわるニック。このあたりのニックの行動にはがっかりである。結局、娘のジョニの自立を機にポールは「家庭への侵入者」として排除され、4人の暖かい絆が再生されるという予兆を見せて映画は終わる。ばっちりのアメリカ映画である。
 同性婚と人工授精による子どもという最先端の家族のお話というのはコケオドシであって、人間の感情は実はなにも変わっていないということがよくわかる。コメディタッチという評があったのだが、ほとんど笑えなかった。
 監督自身がレズビアンで、人工授精で子を産んでいるということだが、そのような経験者でなければ描けない映画を期待すると、裏切られると思う。(巳)



11.08.15
「黄色い星の子供たち」(ローズ・ボッシュ監督 フランス・ドイツ・ハンガリー 2010年)
 夏休みが始まったばかりの映画館。こんなシビアな映画はすいているだろうと思ったら映画館は子連れの母親がいっぱい。えー!? 最近の親はこういう映画を子どもに見せるのか!と感動しかけたが、なんだかやっぱりヘン。入り口で映画のタイトルを確認したら、「アンパンマン」の上映館だった。隣りの映画館と間違えて入ってしまったのだった。入りなおした映画館は、案の定、ほとんどが空席だった。

 1942年、ナチス・ドイツに占領されたフランス。ヴィシー政権によって行われたユダヤ人一斉検挙。子ども赤ん坊を含めて13000のユダヤ人をヴェル・ディヴ(冬季競輪場)に5日間閉じ込めた「ヴェル・ディヴ事件」とその後、各地の収容所に送られ虐殺されたユダヤ人の過酷な運命が描かれる。長い間フランスでは歴史の闇に葬られていたが、1995年シラク大統領がフランスの責任を認め正式に謝罪したこの事件を、数少ない生存者(25人ともいわれる)の証言や残された記録を丹念に調べた元ジャーナリストのローズ監督が描いた。

 ユダヤ人は、胸に黄色い星をつけることを義務付けられ、公園や、映画館、遊園地など公的施設から排除されていたし、街の人々の蔑視もあったものの、ナチスドイツの蛮行も風の噂でしかなく、このままの生活が続くと多くのフランスのユダヤ人は信じていた。だから経済的な問題ももちろんあったが、その生活をすてて海外脱出することは、ほとんど考えられなかった。しかし、この信頼は、1942年7月18日早朝の一斉検挙で、一挙に崩れる。陰で命令したのはドイツだが、直接その任に当たったのはフランス警察・軍隊である。わずかな身の回りの荷物ひとつで追われた先は冬季競輪場。ここに収容された人々を遠景から撮ったシーンのあまりの人数の多さにショックを受けた。そこは飲み水も十分でなくトイレもすぐにあふれた。たちまち健康を害した人々を治療したのは自らも検挙された1人の医師と赤十字から送られた1人の若い看護婦である。圧倒的に劣悪な環境の中での二人の献身的な活動がごくわずかだが幼い子どもの命を助ける。それがこの映画の救いである。

 「反則じゃないか」と思うくらい、出てくる子どもたちのかわいく無邪気なこと。この子ども達が親と切り離されてそれぞれの収容所に送られる別れのシーンは涙涙で見ていられなかった。すでに殺されたことは知らず母に会えると信じて先頭に立って、収容列車に乗り込む幼い男の子の姿は目に焼きついて離れない。

 この映画がほかのホロコーストを描いた映画と一味違うのは、ナチス・ドイツの命令に反したら、自分および家族の命が失われるという極限状況の中で、それでも、ユダヤ人を助けたフランス人がいたということをさりげなく書きとめていることである。たとえば、襲撃された明け方、寝静まっている家々に必死に合図を送る老女、さりげなく仲間とみせかけて少女を救う売春婦たち、ヴェル・ディブで水を欲する人々に給水する消防士、彼らからの手紙をひそかに持ち出す消防士を励ます上官…「フランスの良心」が描かれていることが、この映画にアクセントをつけている(この映画の評価のわかれるところでもあるかもしれないが)。

 
今年の冬には「サラの鍵」が上映される(「わがまま読書」参照)。辛い辛いと思いつつ、やっぱり見に行くだろう。(巳)



11.08.15
「バビロンの陽光」(ムハンマド・アル=ダラージ監督 イラク/イギリス/フランス/オランダ/パレスチナ/アラブ首長国連邦/エジプト 2010年)
 2003年フセイン政権崩壊から数週間後のイラク。湾岸戦争で出兵したまま12年も戻らない父の消息を確かめる旅に出たクルド族の12歳の少年とその祖母。少年は音楽家だった父の大事にしていた笛を持ち、祖母は大きな袋を肩にかけて赤ちゃけた砂漠を黙々と歩く。父がいるという刑務所までは1000キロ。時にはトラックに無理やり乗せてもらったり、始終故障するバスを乗り継ぐ過酷な旅。しかし、そんな中でも出会いはある。少年の笛に関心を示したイラク軍元兵士と少年は煙草やオレンジを通して仲良くなる。元兵士はこの二人を助けていこうと思う。ところがこの元兵士がクルド族を殺害したバース族だと知った祖母は心を開かず、追い返す。でも結局は3人の旅がしばらく続いてようやく到着した刑務所には父はいなかった。近くの集団墓地を探すようにいわれて再び旅は続く。墓地につくと黒いベールと黒衣に身を包んだ大勢の女性たちが掘り返された遺体を前に泣いている。遺体はすっかり骨となっているが、軍服につけられた標識を手がかりに身元調査が行われている。ある一体を前に祖母が息子の名前を呼ぶ。でも少年にはそれは父親ではないことがわかった。別の集団墓地に向かおうとする少年と祖母。ここで少年は父親のように甘えていた元兵士に別れを告げ、祖母と二人だけで旅を続けようと決意する。しかし、あまりに多くの遺体を目にした祖母はもはや自分の息子が生きていないことを悟り、緊張の糸が切れてしまう。

 旅立ちのころは、いたずらばかりして祖母を困らせた少年が、厳しい現実を前にそして元兵士との交流とともに、成長してたくましくなり祖母を庇うようになる。一方、体力を消耗し、気力を失っていく祖母。その生命のつながり。そして愛する父や夫や息子を探して多くの女性を待ち受ける残酷な現実。祖母が無口なのは性格の問題ではなくて、クルド語は他の民族には理解されないから。古代バビロンの繁栄の象徴として「空中庭園」という言葉がしばしば出てくる。これはイラク人のアイデンティティでもあるようだ。というようなことはおぼろげに読み取れるのだが、この映画の背景になんと無知だろうと思う。2003年といえば10年も前ではない。まさに同時代のことである。だが、この数十年で150万人の人々がイラクで行方不明であり、300もの集団墓地があり、いまも遺体が次々と発見されているということなどまったく知らなかった。だいたい、なんのためにどうしてそんなに多くの人々が命を奪われたのか。フセイン政権の暴虐なのか民族抗争の結果なのか。隠された現実に呆然とする。(巳)



11.07.15
「百合子、ダスヴィダーニャ」(浜野佐知監督/日本/2011年)New!
 ロシア語の翻訳者湯浅芳子と作家宮本百合子。二人の女性の激しい友情と愛の物語。二人は昭和のはじめ、共同生活を送った。
 沢部ひとみの同タイトルの評伝と百合子の小説「伸子」「二つの庭」を原作に、二人が知り合ってから一緒にロシアに旅立つまでの、共同生活の前半に中心をおいたストーリーの展開になっている。二人は小説家野上弥生子の紹介で知り合って、電光石火、恋に落ちるのだが、まさに電光石火だから、説得的でない。恋なんてそんなものかもしれないが、百合子を「ベビー、ベビー」と呼んで、盲愛する夫と別れたくて、芳子との関係をバネにしたのではないかと思わされてしまうような唐突さを感じた。
 さまざまな障害を振り切って二人は共に行動し、革命後のロシアにも一緒に行くのだが、 後年、宮本顕治と結婚することになる百合子に「ダスヴィダーニャ(さようなら)」と芳子が言わなければならなかった現実。そこにいたるまでに大きな葛藤があったに違いないのだが、その別れを芳子が予言的に夢に見るという形で、映画は突然に終わる。
 一緒に映画を見た人が「これから2部が始まると思った」と言ったが、本当に呆然とする思いでエンディングロールを眺めた。
 監督はこの企画は15年以上も暖めていたといい、それだけの思いのこもった作品だったはずと思う。しかし、「異性愛、同性愛といった性愛の枠組みを越えた二人の関係は、どんな恋よりも情熱的で、どんな愛よりも深い信頼で結ばれた」という百合子と芳子の関係を十分に描ききっているとは思われない、とくに「百合子、ダスヴィダーニャ」という言葉にこめられた芳子の思いがつたわってこないのがとても残念である。(巳)



11.06.15
「木漏れ日の家で」(ドロタ・ケンジェジャフスカ/ポーランド/2007年)
 東京・岩波ホールの観客の平均年齢はいつもかなり高いが、この映画はとくに高い。きっと70歳くらいでしかも女性が圧倒的に多く、GWの谷間のウイークデイの午前1回目は、ほぼ満席だった。
 91歳のアニェラは愛犬のフィラと木組みの美しい家に住んでいる。2400uの広大な土地に建つその家は、アニェラが育ち、結婚して、子どもを育て、そしてそこで生を全うしたいと願っている愛着の深い家である。でも彼女が慈しみ育てた息子は結婚して都会に住み、年に数回母親を娘とともに訪ねてくるだけ。息子は厳格な母親を嫌い、この家を早く売却したいと願い、母親の猛反対にもかかわらず、この土地を欲しがっている隣人と交渉を進める。
 このことを知ったアニェラは絶望に沈み、ある決意をする…という予告編を見たとき、これは彼女は家に火を放って自殺する、とおもった。ある夜、黒い服と靴を身につけて、ベッドに静かに横たわるアニェラ……、あー、おもった通りだ、犬はどうなるのだ? とドキドキした途端、彼女は身を起こして、「決着をつけなきゃ」と、独り言。
 結局、彼女は息子や孫に家や土地を遺すことなく、隣家で少年少女の音楽クラブを経営するカップルにすべての財産を寄付する。「死ぬまでこの家を現在の形で保ち、一角に住み続ける」という条件で。
 モノクロ映画で、ほとんどアニェラが犬に語る独白で映画は進行する。しばしば彼女の若き日の甘やかな思い出や幼かった息子の表情が回想シーンや写真という形で表される。そして犬の吠え声で現実に戻るという構成で、劇的ではないが、高齢の女性の毅然とした姿勢、感情が浮き彫りにされる。自分の気持ちにそむく息子や自分になつこうとしない孫娘へのドライな感情、自分の尊厳を犯すもの(家に訪ねてくる不動産屋や居丈高な女医)への怒りに、思わず見ている側の背筋が伸びる。といって、コワイだけのおばあさんではない。犬へのまなざしのやさしさ、家にしのびこんできた少年とのやりとりに見せる笑顔は美しい。諦念ではなく断念した女性の強さがいい。あんなふうに毅然と年を取りたいものだ。
 91歳のこの役を演じた女優さんも同じ91歳という。その矍鑠としてなお美しい姿は感動的であり、さらにもう一人の主人公である犬のアイコンタクトを中心とした演技がすばらしい。
 このおもいっきり内心独白的な映画と非常に歴史的社会的な映画「カティンの森」とが、ポーランドで同じ2007年に製作されたということは、とても興味深い。(巳)



11.05.13
「ブルーバレンタイン」(デレク・シアンフランス監督/アメリカ/2010年)
 結婚7年目。ディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)とまだおさない娘の3人家族。病院で忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンはフリーター。ディーンはやさしくて実は自分の子でない娘をも誠実に愛している。でも、この夫婦、なんだかすれちがってきている。それは冒頭シーン、仕事で疲れている妻が寝ているベッドに夫と娘がふざけかかっていくのに、妻が邪険にするということに象徴的だ。夫は妻の愛を取り戻そうと必死。本当の2人の子を作ろうと提案したり、娘を実家に預けて渋る妻とラブホテルに行ったりするが、ますますちぐはぐとなる。
 苛立つ妻は「もう限界なのだ」という。映画ではなぜこの妻がいっぱいいっぱいになってしまったかがよく描かれていない。女が「限界だ」といったらもうそれは終わりだと思うしかないということはよくわかるのだが。妻の愛だけにすがって社会的な接点を持たない男って魅力がない、愛だけでは生きられない、妻が息苦しくなるのは当然だとも思えるが…。誰が悪いのでもなく描く軌跡がずれてきたということでしかないのかもしれないが、修復は不可能な2人。
 2人のいきいきとした出会いとこわれていく過程が同時平行的に展開されるのでちょっと油断しているとわからなくなる。中絶シーンなどやたらリアルに描かれているのだが、感情的・心理的なもつれがリアルに描かれていないという妙なアンバランス感が残った。(巳)



11.05.13
「ナンネル・モーツァルトーー哀しみの旅路」(ルネ・フェレ監督/フランス/2010年)
 「等しく才能に恵まれながらも時代の波に押し流された女性モーツアルトの姉ナンネル」という宣伝文句にひかれて初日に見に行った。
 「どんなに天才でも、女に生まれればいないも同じといわれた時代に生きた天才少女ナンネル・モーツアルト」と漫画家の池田理代子は、この映画のテーマをこう語っている。
 作曲家とヴァイオリンを弾くことは女性が禁じられていた時代、弟の天才少年モーツアルトと一緒に演奏旅行をしても、脚光を浴びるのはいつも弟。ナンネルの作曲した譜面を父親はメモ代わりにしてしまう。だが、ナンネルが本当に絶望したのは初恋の王太子に手ひどい目にあわせられたからというふうにしか見えない作り方になっていて、当時の「女に生まれればいないも同じ」という男中心の社会のありかたが十分に描かれていないのが、まことに残念である。むしろ、若干15歳の少女が短い時間であったかもしれないがピアノ教師として両親から離れて自活しているということに驚きを感じてしまった。
 ナンネルは、実在の人物で、長生きをして弟モーツアルトの作品を後世に残すことに貢献したという。ザルツブルグには彼女のうちが残っている。(巳)



11.04.15
『英国王のスピーチ』(2010年・イギリス/オーストラリア・トム・フーバー監督)
 予告編を見たときから「地味だけど良質の映画」との予感で、見に行こうと思っているうちに、アカデミー賞を受賞。俄然、人気が高まり、1時間待ち2時間待ちなどという映画館の強気な態度にひるんでいるうちに、未曾有の地震、津波災害に重大な原発事故。映画などの大規模電力消費に現を抜かしている場合ではないと、自粛していた。しかし、若い友人に誘われて、「平常心を保つ」ことも大事だと思いなおし、見に行った。日曜日の東京の第1回目上映は満席だった。
 吃音に悩むジョージ6世(現在のエリザベス女王の父親)が王位に就いたのは偶然だった。本来王位を継いだ兄のエドワード8世が、シンプソン夫人という2度の離婚歴のあるアメリカ人女性と結婚したため離婚を認めない英国教会に拒絶された。王位より愛を選んだエドワード8世は、弟に王位を譲った。ここにジョージ6世が誕生した。厳格な父王と意地の悪い乳母の虐待、利き手の矯正、X型足の矯正が繊細な幼い心を抑圧したことが、吃音の原因であることが、民間のスピーチ矯正士ローグのカウンセリングで明らかになってくる。夫の吃音を心配した妻である王妃のエリザベスがおしのびでローグを探し当てたのである。このローグがジョージ6世の心をケアし、独特の方法によって、吃音を克服する過程が描かれる。王としてのプライドやわがままを抱え込みながら、友情にも似た関係が二人の間に生まれる。階級・立場を超えた男の友情がこの映画のテーマともいえる。
 時代は第2次戦争前夜。国民の統合の象徴として国民を鼓舞するためにラジオなどで演説をしなければならない国王にとって何よりも苦役なこの事柄を遂行するに当たっては、終始、ローグがそばについていたという。
 実話にもとづいたストーリーだからか、ドラマ性に乏しく平板であるのが残念。
 「王冠をかけた恋」として、幼かった私に強い印象を与えたシンプソン夫人を「娼婦」のように疎んじる王族をはじめとする人々の視線は、悪意さえ感じるくらい冷たいものがある。階級社会イギリスのまなざしの厳しさを感じた。あまりに驚いたので、ネットで調べたところ、シンプソン夫人は、離婚経歴だけではなく、ナチスドイツとも親しかったという事実があるようで、イギリスの人々の彼女への憎悪もようやく納得できた。実は、私的には、この映画で一番関心があったのはサイドストーリーであるシンプソン夫人であった。ちなみにネットでユーザーレビューをのぞいたところ、この問題に触れていた人はいなかったように思う。「王冠をかけた恋」なんて知らない若い世代ばかりなんだなあ。(巳)



11.03.23
「恋とニュースのつくり方」(アメリカ・2010年・ロジャー・ミッシェル監督)
 どうしても時間をつぶさなければならなくて、時間的にちょうどいい映画がないか必死に探してぶつかったのがこの映画。「プラダを着た悪魔」と同じ脚本家なら大きくは外さないだろう…。そんな計画を練っていたら同じように時間調整をしたい人がいて「何かいい映画ない? 明るくて元気が出るのがいい」と相談された。で、大きな劇場で上映中のこの映画を推奨、一足先に見た彼女は大満足で、大いに面目をほどこした。
 タイトルが全てを語っているが、ニューヨークのテレビ局に働く若い女性の仕事と恋のお話である。
 ある日、突然テレビ局のプロデユーサーを首になったベッキー(レイチェル・マクアダムス)は、ラッキーなことにニューヨークで朝番組のプロデューサーに採用された。だが、それは局に見放された超低視聴率番組だった。彼女は番組を建て直すため大御所の報道キャスター、マイク(ハリソン・フォード)を起用した。彼は凄腕のニュースキャスターであっただけに自尊心が高く今のキャピキャピしたバラエティーが幅を利かせているテレビ界に敵意を持っている。この偏屈なベテランと大奥的キャスターのコルリーン(ダイアン・キートン)のにらみあい、かけあいがなかなかおもしろくて大人の味だ。でも依然として視聴率は上がらず番組打ち切りの予告がベッキーになされる。ベッキーは同僚でもある恋人の不機嫌もなんのその、新しい企画に夢中。そこで打ち出したのが「お天気オジサン」を絶叫マシーンに乗せ実況したり、バンジージャンプに挑戦させたりする「現場主義」。意外にもこれに興味をもったのはスタジオでの記事読み上げにあきあきしたコルリーン。街に出てカエルとキスしたり、着グルミきて大相撲したり… マイクの苦々しい表情に反して少しずつ視聴率は上がるが、それでも番組打ち切りの線は動かない。ふとしたことからそのことを知ったマイクが猛然とダッシュ。昔のコネを使って社会派の特ダネを撮ることに成功。視聴率大幅アップ。ここから一気にベッキーのサクセス・ストーリーとなる。低視聴率番組を起死回生させたベッキーは大手テレビ局に引き抜かれる。迷うベッキー。それでも相変わらずジコチュウで強情なマイクに落胆して、面接を受けに行く。面接中に流されているテレビに目をやると、そこにはマイクがエプロン姿でお得意の卵料理を披露している画面が。いつも端正な姿勢を崩さず冷静沈着にニュースを読むあのマイクが。面接会場を飛び出してマイクの元に走るベッキー。というわけでいかにもアメリカ映画であるが、マイクとベッキーが恋に陥るというパターンでないのがいいし、必ずしもマイクがメンターの立場に立っているわけでもない。仕事に夢中のベッキーに「仕事に夢中になっていても最後に残るのは無だよ」と豪勢なマンションに一人で住むマイクが「ワークアンドバランス」と説くところがいい。
 おしゃれで肩のこらないラブコメもたまにはいいなあ。(巳)



11.02.16
「クレアモントホテル」(ダイ・アイランド監督/アメリカ・イギリス合作/2005年)
 クレアモントホテルはロンドンにある高齢者滞在型のホテルである。サラ・パルフリーはスコットランドの娘の家でこのホテルの広告(「料理が自慢」)を雑誌でみて、やってきた。ところが、エレベーターは旧式でなかなか来ないし、部屋は狭く、外の風景は隣りのビル、正装して食堂に出かけたのに、居合わせた人々は普段着で無言、出された食事は思わず眉をひそめるようなしろものだった。ウーン、暗い老人映画だったかと思っていると、「ここは臨終禁止だから安全よ」などというユーモアあふれる台詞が飛び交ったりして、そこここで笑える。
 サラがある日、突然の雨にあわてて走って転倒する。それを助けたのが小説家志望で路頭のミュージシャンでもあるルードヴィック・メイヤー。なかなかの美青年。この祖母と孫という年齢差のある二人がササ、ルードと呼び合って交流を深める。サラがワーズワースの詩が好きでルードはブレイクの詩が好きで、年齢を超えて相性がいい。クレアモントホテルにも孫と偽って夕食を招待する。他の住人とも溶け合う気さくで明るいルード。
 やがてルードに恋人ができる。ああ、これでサラの思いは断ち切られ寂しい老人の生活に戻るのかと思いきや、3人でピクニックに行ったりして新しい親密な輪ができる。
 忙しがってケイタイを放さない実の娘やまじめ一方の実の孫より、他人だがホテルの住人やルードたちとの関係のほうが快くなるサラ。そのサラが再び転び、病院に担ぎ込まれる。飛んできたルードにサラは「個室と私自身のパジャマと詩集が欲しい」という。毎日(孫と偽って)病室に付き添うルード。そして最後に二人でワーズワースの詩を交互にくちずさむ。サラが永遠の眠りについた枕元にはルードが徹夜で完成させた小説「ササ」が。
 ササとルードの出会いは偶然であり、この世の中にはありえない夢のような関係のように思われる。でもルードは言う。「二人は出会いを繰り返す。その中には,ほんの短い間でありながら、心に消えない足跡を残す人がいる。ありがとう、さよなら、ササ、永遠にあなたのルード」。
 サラが最後に欲したのが個室と自分のパジャマであること。この慎ましやかな個人主義をまっとうできるのは現代にあっては僥倖である。そして人の愛に包まれて旅立つことの安らぎ。その愛は必ずしも家族とは限らない。サラがルードと短い時間に築き上げた絆の深さ強さに打たれる。
 メルヘンのような映画であるが、最近こんなにしみじみ心に沁みる映画を観たことがない。(巳)



11.01.14
白いリボン(ミヒャエル・ハネケ監督 独・墺・仏・伊合作ドイツ映画 2009年)
 怖い映画を誘ってくれる若い友人がいる。怖いといってもホラー映画やサスペンスではなくて人間の心に潜む悪をえぐる作品。予告編を見ただけでふるえあがったにもかかわらず、正月早々にふさわしくない暗い映画を見に行ってしまった。
 第一次大戦前夜の北ドイツの寒村での出来事が教師の目を通して語られる。一見平和そうなこの村に外科医が芝生に張られた細い針金のために落馬して大怪我をするという事件が端緒になって、放火、事故死、子どもの誘拐、リンチなど次々に不審なことが続く。モノクロ映画のせいか静寂ななかに余計恐怖心が募る。
 厳格な身分制、家父長制、プロテスタントの抑圧が激しく、その中で育つ子どもの心は歪んでいく。子どもが暴力にさらされ抑圧されるところでは必ず女性も苦しんでいる。男爵家の家令一家も牧師一家も妻は夫に黙々と従い、子どもへの折檻にも無言である。不道徳なことをした子に罰として白いリボンが目立つところにつけられるが(24時間外すことを許されない)、このリボンをものさしで計る妻の几帳面さがいかにもドイツ的である。このような状況の中で辛うじて自己主張ができる女性は、実家が富豪の男爵夫人と妻を亡くした外科医に公私共に尽くす隣りにすむ助産婦である。とくに障害児を育てる助産婦は中年の女性だが、外科医が自分の娘に亡き妻の面影を見出し、助産婦との性的関係を絶とうとするときの、外科医の猛烈な侮辱(言葉の暴力というのはこういうことか)に対し、涙をこぼさず耐える。業を煮やした外科医が「お前には自尊心がないのか」と詰ると、静かに「あなたには少しもないわね」と切り返すシーンは印象に残る。つまりは経済力がないと女性は男から自立できないのだというメッセージがじわりと伝わる。
 閉鎖的な共同体に生活する人々の憎しみや恨みなどが描かれているかと思ったが、それより宗教という絶対的な権力の惨たらしさが前面に出ている。主人公の少年が「マルティン」という名前なのも象徴的である。
 謎解きが全部できないもどかしさが残るが、道徳、清純を叩き込まれた子どもたちが、それを教え込む大人が実は不道徳であり欺瞞的であることへの復讐をするというのが、この映画の主要テーマといったらいいだろうか。この時代10歳だった少年少女はナチスが政権を奪取したとき20歳前後となっているはず。その後のドイツの歴史を思うときいっそうこの映画の意味するものの恐ろしさに打たれる。(巳)



10.10.15
「大奥」
 映画「悪人」の座席を予約しようとしたら満席だったので、急遽「大奥」へ。エンターテインメントの1つくらいに思ってあまり期待せずに出かけたら、意外によく、涙してしまった。
 あらすじは、江戸時代に赤面疱瘡という若い男性のみがかかり死に至る病気がはやり、男性人口は女性の4分の1になり、すべての分野で男女逆転がおきたというストーリー。
 大工も、花街でからだを売るのも、政治も、皆、女性が主になり、若い健康な男性は子種を欲しい女性や家に頼まれて体を売る。柴崎コウ扮する将軍吉宗もまた女性。将軍が女性なので、大奥には美男の男性が集められている。主人公の水野祐之進(二宮和也)は、貧しい武家出身で、商家の娘のぶ(堀北真希)と恋仲にあるが、身分違いで結ばれるはずがなく、親孝行のために大奥に入ることを志願する。剣に強く、大奥での出世も早く、吉宗の最初の相手に指名される。しかし、未婚の将軍のからだを最初に傷つける役目であるので、大罪として、その後打ち首になるしきたりだった。将軍は、そのしきたりを知らずに指名してしまうが・・。周辺のさまざまな人物の苦しみやいきざまの描写もよかった。最後に将軍が美男50名を集めて、「美しい男は養子にもらわれて生きる道もあるから、財政再建のため、大奥からいとまを出す。美男でない男は残す」というはからいもなかなか。財政再建への取り組み、今の政治家にも見ていただきたいような。原作のよしながふみの漫画「大奥」では、「リョウ」(源義経が女性)や「風光る」(新撰組に女性が男装してもぐりこむ)など、他の男女逆転漫画での女性のりりしさはあまり出てこず、権謀術策ばかりが印象に残り、「感動」とは無縁だった気がするが、映画は別物になっていた。(S)



10.09.06
セックス・アンド・ザ・シティ(SEX AND THE CITY 2)
 アメリカで1998年から2004年にかけて放映された大人気の連続テレビドラマの映画化で本作が第2弾。第1作目はニューヨークに住む30代独身女性4人がそれぞれのパートナーを獲得するまでのあれやこれやをあけすけに描き、女性の恋愛観、セックス意識・行動がはじけ飛んでいて明るく楽しかった。女性の友情もカラッと描かれていておもしろかった。
 本作は、4人がアブダビに豪華旅行をすることが軸となっている。アメリカからアラブに飛ぶ特別機のセレブなこと、彼女たちのファッションのゴージャスなこと、これは目の保養になる。イスラム圏の中にずかずか踏み込んでいくストーリーについて、アメリカでは差別的だと問題になったそうだが、それよりも話の古さが気になった。異国で元彼に会ってキスをしたといって、パートナーに打ち明けるべきかどうか、女友達同士で相談するなんて、いったいいつの時代の話? 幼い子ども子育てに悩む一人がグラマラスなベビーシッターを雇い、留守を任せるが、夫との関係に妄想を抱いて悶々とするというエピソードも、ありきたりで古すぎない?
 というわけで、今回は不燃焼で、冷房の効きすぎた映画館から真夏の街に出たらめまいがした。(巳)



10.07.15
FLOWERS フラワーズ(小泉徳宏監督 日本 2010年)
 新聞全段のド派手な広告に「外すかも」と思いながらも、昭和初期から平成までの女性の生涯を描くというからには、やはり見に行かなくては…
 静心なく降る花吹雪、暗い川面に光る蛍、太陽にきらめく海、雪をかぶる紅椿… 美しい日本の四季に、いま旬の女優6人がちりばめられている映画。
 昭和11年、父親の決めた結婚に納得できない蒼井優は結婚式当日、白無垢姿で家を飛び出す。彼女の逃げ出した先は幼いときに両親に連れられていった鎮守の杜。ここで心を静めた蒼井はその日初めて顔を合わす相手に嫁ぐ。その間に生まれたのが竹内結子、田中麗奈、仲間由紀恵の3人の娘。仲間は長女鈴木京香と自分の命と引き換えに次女広末涼子を産む。こう書いてもみんな同世代の女優が演じているのだからなかなか情景が浮かびにくい。時間が錯綜するため身分関係を把握するのが結構大変。
 この時代を生きた3世代の女性を描いて戦争にかすりもしないというのはアリか?いくらなんでもあんまりだと思う。すべてが「産む」という視点から捉えられている。少子化社会対策の国策映画か?
 私と同時代なのは多分田中麗奈、しかも職業も一緒。職業と家庭の両立に悩み、職場の男性の無理解に怒り爆発。でもリアリティが感じられず共感しにくかった。
 画面いっぱいに産む性である女性のなまぐささが漂っている(きれいに言えば命をつなぐというわけだが)。その意味ではへんにリアリティがある。(巳)



10.05.14
オーケストラ!(ラデユ・ミヘイレアニュ監督 フランス 2009年)
 「のだめカンタービレ」は映画もヒットしているようだ。見てきた知人がすっかりクラッシク熱に取り付かれ、今度は「オーケストラ!」を見にいくというメールをくれた。今年のGWは食指の動く映画が無いなあと思っていた私はその情報に飛びついた。
 混んでいるという前評判を聞き、朝一番(平日)に行ったのだが、隣の館では「ドンジョバンニ」を上映しており、この二つの映画を待つ観客で、映画館前は大混雑。こんなにクラッシク音楽は人気があるのかと大いに驚く。
 映画評論家の佐藤忠男が「破天荒な映画である。喜劇であり、悲劇であり、社会派映画であり、大メロドラマである」と述べているとおり、さまざまな要素が詰まっている。
 いまはボリショイ劇場の清掃人をしているアンドレイは、旧ソ連時代にはここの名指揮者だったが、ときのブレジネフ政権のユダヤ人排斥で楽団員の多くが解雇され、それをかばおうとして解雇されたという過去をもつ。夜間清掃中のアンドレイがパリの劇場からのボリショイ管弦楽団への出演交渉のfaxを見たところから映画は始まる。
 彼は突然30年前の楽団員仲間を集めてパリで演奏会をという無謀な計画を思いつく。いまは救急車の運転手をしている元チェロ奏者のサーシャと仲間を説得に走る。かつての楽団員を求めて救急車のサイレンと共に町を走り回ったり、急遽、ロマ人たちが偽ビザを作成してパリ入りするあたりはかなりドタバタ喜劇調。
 アンドレイは、演目にチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を選び、共演者に花形バイオリンニストであるアンヌ=マリー・ジャケを指名する。過去のアンドレイの名声を知っていたアンヌはこの無茶苦茶な計画にのるが、アンドレイが自分を指名したのは、かつての名バイオリンニストでユダヤ人排斥にあったレナの身代わりであることを知り、誇り高い彼女は出演を拒否する。アンヌの育ての親でありマネージャーであるギレーヌとサーシャの協力で、アンヌはレナの注釈つきの楽譜とテープを聴く。アンヌが自分の親が誰であるかに気づくこの場面は、抑制されているがメロドラマ的である。
 さて、演奏会当日。30年もの空白があり、しかもリハーサルなしで始まった演奏は惨憺たるものであった。しかし、いったん、アンヌが奏で始めると団員の表情が一変する。「あのレナが演奏している!アンヌはレナの娘なのだ」。その後の演奏はすばらしく、その音楽の合間に、雪の舞い散る強制収容所でレナがチャイコフスキーの協奏曲を指で追っている場面が繰り返し現れ、レナとアンヌが一体化する。情熱的で扇情的とも言える激しい旋律に涙、涙。音楽が国や性別年齢を超える力を持つということを実感する瞬間である。
 では社会派というのはどのあたりか。ソ連のユダヤ排斥の問題がこの映画のバックにあること、また現在のロシアの体制についても皮肉がきいている。たとえばアンドレイの妻は「動員屋」である。大金持ちの結婚式の出席者から町の集会やデモの人数あわせを商売にしている。フランス語の堪能なアンドレイの仲間のイワンがこの計画に手を貸すが、かつて彼はユダヤ排斥の手先であったし、いまも忠実な共産党員である。彼の生き方はもしかしてあの時代の1つの典型なのかもしれない。その他にも、ピカリと光るシーンや台詞が随所にある。
 ありえない、リアリティがないと言えば、それでおしまいの大人のメルヘンだが、最後の演奏のシーンだけでも見る価値(アンヌを演ずるメラニー・ロランの気品のある美しさ)、聞く価値がある。(巳)



08.03.13
点子ちゃんとアントン(カロリーネ・リンク監督 ドイツ 2000年)
 ケストナーの原作は、1931年、昭和6年に出版されました。わたしが読んだ高橋健二の翻訳(講談社の「少年少女世界文学全集」の第23巻)は、昭和34年(1959年)10月に出ています。わたしは小学校高学年のころに読んだのでした。さて、大人、それも、社会人、母親になってから改めてケストナーを読み返して、いくつものことに驚きました。特に「点子ちゃんとアントン」に。まず、何と言っても、アントンが料理をすること。1931年に12,3歳の子だとしたら、日本で言えば大正生まれの男性です。母親が病気で、貧しい二人暮らしであるにしても、こんなにあっさり上手に料理をする男の子、を描ける男性作家、だったんですね、ケストナーは。アントンは、じゃがいもをゆで、スクランブルドエッグを作って、お母さんと自分の食事にします。その描写が見事です。アントンの手順の良さとか、それから、卵に小麦粉と水を足してスクランブルドエッグの量を増やしていることとか。料理を終えたアントンは、並べたお皿に盛り分け、手を洗い、エプロンをはずしてお母さんと食卓につきます。こういう一連の手際の良い家事の動作の描写から、アントンについて、わたしはとても大人びたイメージを持っていました。「手際の良さ」って大人のイメージだと思えますので。それは、目的のある動作についての一定の熟練=経験、という、大人の生活にあるものを前提にしているからでしょう。ところが、映画には、料理のシーンがないだけでなく、アントンは、まだ見ぬ父親に会いたくて、免許もないのに、車を無闇に走らせてゆく、一途な(とても子どもっぽい)少年として描かれていました。これにまずとても違和感がありました。本のアントンは少年の純粋さも持っており、さらに「大人」の生活の知恵を持っています。そして、それだけでなく、この時代に当然のこととして料理をする少年、というのは、単に「大人」である以上にすごいと思うのですが、それを現代の女性監督の映画は描いていませんでした。
 それから、アントンが実に誇り高いこと。本でも、映画でも、病気の母にかわって暮らしを切り盛りしようと、家事もし、働きにも出て、疲れたアントンが授業中に居眠りし、先生に叱られる場面があります。アントンは家の事情を先生に話したりせず、点子ちゃんが「実は」と先生に訴えるのですが、アントンが話さないのは、彼のプライドからであることが、本を読むとわかります。「こんなに大変なんです。」などという泣き言を人に言うことは、アントンのプライドが許さないのです。ところが、映画のアントンは、どうも、誇りからではなく、家庭の惨めな事情を話したくない、ように見えます。本のアントンは、病気のお母さん、貧しい家、料理をする自分などを、お金持ちのお嬢さんに見られることは全然恥じてはいないのですが。そして、本の誇り高いアントンだと決してしないような、出来心での盗みを、映画のアントンはしてしまいます。
 アントンだけでも、これほど違いますが、あとの人物の描き方もかなり違いました。もう一人、わたしの気に入っている男性に、点子ちゃんのお父さんのポッゲ氏があります。本の中の彼は、挿絵画家トリアーによると、メガネをかけ、髪も薄くなった小太りの中年男性。ケストナーの筆によると、なかなかユーモアがあり、忙しいけれど、娘のことをそれなりに見ている渋いお父さんです。映画では、若々しくてかっこいい医師になっていましたが、特に考え深いとか、子どもたちをよく見ている、という感じがありません。本のポッゲ氏がなかなかの人物だとわたしが感心させられたのが、卑劣な少年、クレッペルバインに平手打ちをするシーンです。ポッゲ氏の娘=点子ちゃんへの態度もですが、子どもを子ども扱いしていません。父親・大人としての自分の立場は守りながら、子どもと対等に向き合っていて、ですから、卑劣な態度の少年には、毅然とした態度をとる、というなかなかの大人です。こういうお父さんを持っている点子ちゃんは、自分が他人にどう見えるか、などと気にしたりせず、のびのびとやりたいことをやり、言いたいことを言う、「トン」でる女の子です。アントンと母、という、ケストナーが好んで描く「息子−母」関係の陰に隠れていますが、点子ちゃんとポッゲ氏の「娘―父」関係は素敵です。お母さんはやや軽薄な人ですが、当時のお金持ちのマダムの暮らしに流されている普通の女の人のように見えます。けれど、お母さんがアントンのお母さんのようでなくとも、このお父さんを持つ点子ちゃんに、精神的な不安や欠乏の様子はありません。で、これも、日本に置き換えれば大正時代に書かれた、女の子、そして、女の子と父親、の物語なのです。ところが、現代の映画の点子ちゃんは、親の愛情、それも母親の愛情に飢えている女の子、という、これまた、本にはない状況に置かれていました。
 というわけで、映画の「点子ちゃんとアントン」は、本からは、シチュエーションは借りていて、現代に移してストーリー展開も上手ではあるものの、本とは違う作品である、とわたしは思いました。映画の話から、本の話になりますが、ケストナーの本のアントンも点子ちゃんも、この時代の少年少女としては、なんと自由な個性なんだろうと、大人になってから、とても感じ入ったものでした。主として男の子ばかりが活躍するエミールのシリーズや「飛ぶ教室」、女の子のふたごの「二人のロッテ」と違い、自由な少年と少女の友情を描いている「点子ちゃんとアントン」は、ほとんど、フェミニズムの作品、つまり、自由で自立した女性と、さらにそうした女性と共に生きる自由で自立した男性についての作品、と言いたいように思います。(Fさんより)



07.10.04
オフサイド・ガールズ(ジャファル・パナヒ監督 イラン 2006年)
 出演 シマ・モバラク・ジャヒ、サファル・サマンダ−ル他
 女性が競技場でサッカー観戦する事のできないイランで、何としても競技場で観戦しようと奮闘する少女達を描いた作品。
 2005年6月のイラン。
 サッカーW杯予選のイラン対バーレーン戦が行われようとしていた。この試合で引き分け以上となればイランがW杯出場決定。イラン国内は熱狂に包まれている。
 男達で満員のバスは、サッカーの試合会場に向かっていた。顔を塗り、応援グッズを持ち、意気盛ん、ハイテンションになっている男・男・男・男………女?
 男性の服を身に着け、黒い帽子を深々とかぶるその少女は、無言で窓の外を見つめていた。バスの中で乗客の男に自分が女であることがばれても、競技場の外でダフ屋に足下を見られてチケットとポスターを高値で売りつけられても、この少女は競技場に入ろうとする。もし見つかれば逮捕されるというのに…。
 意を決して門をくぐる。するとすぐに検問が。身体検査を拒むと、声色で女である事がばれてしまう。監視役の兵士に連れられる少女。
 連れて行かれた先は、観客席のすぐ外。簡単な囲いが設けられ、その中には同じくサッカー観戦をしようとして捕まった少女達が数人、拘束されていた。皆巧みに男装している。ある者はおじとはぐれたと泣き、ある者はトイレに行かせてくれと騒ぎ、またある者は試合を見せてくれと懇願する。監視する兵士もこんな少女達に一苦労といった状況である。
 そこへ、新たに兵士に連れられて「男」がやって来た…と思ったら、この「男」も巧みに変装した少女。監視役の兵士と身の上話をしたり、あの手この手で説得しようとしたり、兵士とサッカー談義をしたり、別の兵士に試合の実況を求めたり…と奔放に振舞う。
 そんな中、1人の少女が、我慢できない、トイレに行かせてくれと言った。兵士は仕方ないと言い、連れて行く。しかし、競技場には男子トイレしかない。そこで、目立たないようにポスターを少女の顔に被せ、2人は男子トイレに向かう。兵士はトイレから他の男たちを追い出し、少女に用を足すように指示する。意外と律儀なのか、それとも騒ぎを大きくしたくないだけなのか、兵士は、トイレに入ろうとする他の男達を入口でシャットアウトした。ところが、兵士はそれがもとで用を足したい数人の男達と言い争いになってしまう。すると、その隙に用を足した少女がトイレから抜け出し、観客席の中に消えてしまった。青ざめる兵士。
 「この前日本の試合がここであった時、日本の女性は観戦していたのになぜ私たちは駄目なの?」―率直な疑問をぶつける少女に対し、兵士は、競技場内では汚い言葉が発せられているから、男と女は同席できないからと答える。少女は納得がいかない様子。
 そんな中、新たな兵士がやって来た…が、手錠を着けている。なんとこの兵士もまた、変装した少女だったのだ!この手があったのかと感心する他の少女達。なんでも、その少女は試合を他の兵士たちと観戦していたが、うっかり役員席に座ってしまい、バレて手錠をかけられたという。将校用の軍服ではなかったのよと懲りない様子で試合観戦の感想を述べる少女。そこへ先ほどトイレから抜け出した少女も戻って来て、少女たちはサッカー談義に花を咲かせた。
 その時、イランチームがついにゴール!少女たちも兵士たちも大喜び。
 そんな中、兵士たちを束ねる隊長がやって来た。隊長の指示のもと、少女たちはバスに乗せられ、監視役だった兵士たちに連行されてしまう。
 連行される中でもサッカーの試合経過が気になる少女たち。バスのポンコツラジオのアンテナを兵士に調節させ、「試合は残り3分」と言うラジオに聞き入る。このまま行けばイランの勝ちだ…残り2分、残り1分………試合終了!
 イラン勝利!W杯出場決定!!―イラン国内は熱狂に包まれる。
 走行中の道路もお祝いムード一色。バスはイラン勝利に酔いしれる人たちに囲まれ、ついに動けなくなる。兵士たちが周囲の人に連れられ、騒ぎにまぎれていく中、少女たちもバスを脱出し、一緒にイランの勝利を祝うのであった。

 劇中、バックミュージックや効果音が一切なく、普段鑑賞する映画とはまた一味違った作品ではあるが、ユーモア溢れるシーンがあちこちに散りばめられており、見ている者を飽きさせない。
 宗教上の理由からとはいえ、スポーツの試合を生で観戦したいと思う気持ちは男女一緒のはず。本作品には、そういった女性の試合観戦の自由が奪われているという重いテーマが根底にある。それでも、とにかくサッカーを見ようと柔軟に思考をめぐらせ、奮闘する少女達の姿は痛快にさえ映り、思わず応援したくなってしまう。
 また、本来なら兵士に監視され、拘束されるのは非常に恐ろしいこと。それを恐れずにサッカー観戦に挑戦し続けた少女達の強い意志には舌を巻く。
 制度に対する少女達の「反乱」に感嘆せずにはいられない、とても印象に残る作品であった。



07.09.06
イン・マイ・カントリー(ジョン・ブアマン監督 イギリス・アイルランド・南アフリカ 2004年)
 出演 サミュエル・L・ジャクソン、ジュリエット・ビノシュ
 この映画は、アパルトヘイト(人種隔離政策)以後の南アフリカをサミュエル・L・ジャクソンが演じるアメリカのワシントン・ポストの記者ラングストンと、ジュリエット・ビノシュ演じる、南アフリカの詩人であり、ジャーナリストであるアナの目から見た作品である。
 南アフリカでは、アパルトヘイト時代に多くの非白人が当時の南アフリカ政府の警官などにより殺されたが、アパルトヘイト以後、マンデラ大統領は、殺人に関わった白人(テロに関わった非白人も含め)をそのまま罰するということをせずに、ツツ大司教を中心に、真実と和解のための委員会(The Truth and Reconciliation Commission) を結成し、暴力行為が政府の命令により行われていたということが立証されれば、罪を赦すということを行った。その聴聞の様子をアメリカの黒人の立場からラングストンが取材し、アナは現地のジャーナリストの視点から、―過去に白人のしてきたことに対する負い目を感じつつ、―取材をするのであるが、その取材と二人の関係(恋愛も含めて)、そして彼らを取り巻く人たちを描いたのがこの映画である。

 この映画を見て、とにかく思ったことは、マンデラ大統領の懐が深い、ということである。
 真実と和解のための委員会の聴聞会では、夫や子どもなどを殺された親や妻など、あるいは被害者本人が、親族を殺した、あるいは自分を傷つけた警官、軍人等の前で被害の実情をまず語るのである。そして、加害者の警官などが、どのように殺し、痛めつけたかの「真実」を語るのである。そして、警官等のその殺人、傷害などの加害行為が、上司(政府か)の命令によるものであり、やむを得なかったということが認められれば、恩赦され、罰せられないのである。
 従来の西洋的な考えでは計り知れない、おそらく必罰的な日本の刑事裁判のあり方からもある意味信じられないような話である。現在、欧米で盛んになりつつある修復的司法の考え方と軸をあるいは同じにするのかもしれない(まだ、不勉強のため関連性があるのかわかりませんが)。ただ少なくとも映画のなかでは修復的司法については一切言及さていない。アフリカ的な現地語で、「ブブント」(共感 compassion)の考え方により行われていると述べられている。
 この委員会により1600以上のケースで恩赦が与えられているのである。白人政権のもと、あれだけひどいことをされていながら、過去を許せるということはすごいことだと思った。特に、マンデラ大統領自身、ケープタウンからボートで少しのところにあるロビン島にアパルトヘイト廃止運動のために、長年抑留されていたことを思えば尚更である。
 ただ、また、彼は現実的であったのかもしれない。アパルトヘイト後の南アフリカは革命を選択はしなかったのだから。非白人も白人と共存していかなくてはならない以上、加害行為に正当性がある場合には、恩赦を与えて、過去にこだわっているよりも未来を見据える必要があったのかもしれない。ただ、そのためには「真実」を知らなくては赦すことはできないし、真実を知らなくては先に進めない。被害者も真実を知らなければ、―たとえそれが厳しい現実であったとしてもー心が癒されることはない。加害者も、被害者や被害者の親族の前で「真実」を語ることによって、自分が何をしたのかを知ることになる。映画のなかで、両親を目の前で殺された黒人の男の子(それ以来言葉が話せなくなっている)が被害者として聴聞会で被害者席に座っているところが映し出される。男の子の両親を殺した加害者の警官(男の子は殺せなかった)は、男の子と対峙して、両親を殺した良心の呵責にたえきれず、両親を殺害したときのことを語り、泣きながら男の子に今後の面倒を見させて欲しい旨を告げ、男の子が警官に抱きつく、というシーンが映し出された。こんなことは稀なのかもしれないが、この映画は暴力では何も解決することができず、被害者やその親族、加害者の真の救いは得られないということを訴えかけているのではないだろうか。
 暴力のおろかさは映画の壮絶な終わり方にも現れている。
 アナとラングストンの黒人の協力者のドミが、アパルトヘイト時代に政府に協力していたという理由で(本人は脅されていたと言ったにもかかわらず)仲間に殺されてしまうのだ。

 この映画はアパルトヘイト後の南アフリカの現実を知るのにうってつけのよい映画だと思う。ただ、惜しむらくは、アパルトヘイト時代の現実を知らない映画の視聴者には、アパルトヘイト時代の人権抑圧のすさまじさがわからないために、真実と和解のための委員会で真実を知り、加害者と被害者の和解が行われたすごさがなかなかわからないと思った。筆者も実際にはアパルトヘイト時代の南アフリカを知らないが、ジョハネスバーグのアパルトヘイト博物館で見た当時の状況はすさまじいものがあった。鉱山労働で虫けらのように死んでいく人たちetc。。。アパルトヘイトの現状―居住制限、職業の制限、異人種間での結婚の禁止、公共の場所での隔離、黒人居住区での暮らし、オランダ系の子孫のアフリカーナの暮らし等々―がもう少し映し出されていればよかったと思う。

 しかし、その点は差し引いても、過去を正確に記憶し、将来を見据えるための真実と和解のための委員会の活動を正面からとらえ、現地のアフリカーナのアナの立場と、アメリカ人ジャーナリストのラングストンの立場から多面的に委員会の活動を描いたこの作品の意義は大きいと思う。
 そして、アナの両親の農場に黒人の牛泥棒が押し入り、銃でアナの弟が牛泥棒を撃つシーンなどもあり、治安の悪さ(居住制限を解かれた黒人が多く街に出てきて、治安が悪化した)など現在の南アフリカの状況も描きだされており、アパルトヘイトが終焉を迎えたとは言ってもパラダイスではない、国の現実が描かれているのもよいと思った。
 ラングストンがアナになぜ軍人たちを罰しないのか、偽善ではないのかと問うたときに、アナが、「私たちはここでこれからも共存していかなくてはならないのよ。これは私の国( In my country) で起きたことなの。他の国の人にはわからない。」と言い、ラングストンが、「君たちは白人であり、ここは元々君たちの国ではないのではないか。」と言ったのに対し、アナが、「ここは私の国よ。自分の国という意味がわかる?それはこの国のために死ねるということよ。」と言ったシーンが、鮮明に焼き付いていて頭から離れない。
 そして、アナの台詞は、筆者が南アフリカで知り合った、高齢のアフリカーナの女性が言った言葉を思い出させるのである。
 「アパルトヘイト後に治安も悪くなったし、いろいろなことがあったけれど、それでもここは私の国だから。一生ここにいるわ。」

 かなりアパルトヘイトのことばかり書き連ねてきましたが、映画では実際にはラングストンとアナのロマンチックな恋愛のことなども描かれていて(二人とも結婚していて子どももいるのですが)、かなりセンテイメンタルでノスタルジックなエンターメイント性の高い映画です。一見の価値あり。おススメです。



07.08.23
「フリーダム・ライターズ」(リチャード・ラブラヴェネーズ監督 アメリカ 2007年)
 出演 ヒラリー・スワンク、パトリック・デンプシー他
 この映画は、最初の場面から極めて衝撃的だった。1994年のアメリカのカリフォルニア州、ロサンゼルス近くのロングビーチの高校が舞台の映画であるが、いきなり、ギャングの抗争場面から映画はスタートするのであった。
 低所得者層の家庭が多い地域の公立高校が舞台である。学校の外ではギャングの抗争が激しく(時には学校のなかでも)、銃とドラッグがはびこる地域。生徒たちは夢もなく、ギャングに加わっている生徒もおり、その日を生きるのが精一杯。
 この学校の状況は、筆者が訪問したことのある、ロサンゼルスの南の地域の高校を筆者に思い出させるのであった。その高校でもやはり、ギャングが学校外で抗争していた。学校内の秩序は高校内にある警察署の出張所に、拳銃を所持した警官が常駐することで保たれていたのである。ロサンゼルスでも他の大都市同様、民族ごとに人々は住み分けており、南の地域は、ヒスパニック、アフリカ系アメリカ人等が多く住み、北の地域に白人が多く住むという構造になっている。よく、アメリカはmelting pot(溶けたなべ)ではなく、salad bowl(サラダボール サラダは混ぜても溶け合わないことから例えられる。)であると言われているが、それをまさに地でいっている感じである。
 とはいえ、筆者は幸運なことに、ロサンゼルスの南の方の高校で、一度もギャングの抗争も見ることなく済み、拳銃を警官が使用している場面にも遭遇することはなかった。だから、この映画の舞台となったロングビーチの高校で、この映画に登場する高校生たちの多くが友達をギャングの抗争でなくしているという事実は衝撃的であった。
 せっかく高校では様々な民族の生徒がいるにもかかわらず(白人は少数だが)、それぞれラテン系はラテン系で、カンボジア移民はカンボジア移民で、アフリカ系アメリカ人は彼らだけで、というように民族ごとに学校でも固まって、他の民族と反目し合い、敵対している様子は、さながら地獄の絵巻のようである。大人の社会がそのまま生徒たちに反映されているかの如くである。みんな自分と違う存在に対して憎悪を抱き、明日への希望もない生活。とにかく壮絶である。

 そんななか、一人の新米教師が物語の舞台となる高校(ウィルソン高校)に赴任してくる。それが、アカデミー賞受賞歴のある、ヒラリー・スワンク演じるエリン・グルーウェル(映画では生徒たちから「ミズ G」と呼ばれている)なのであるが、彼女はほかの教師とは違っていた。
 他の教師は、生徒たちが勉強熱心ではないことを自明のこととして受け入れ、勉強に対して関心を持たせることに意欲的ではなかった。ところが、エリンは、英語(国語)担当なのであるが、生徒たちに読ませるのに適した本が学校にないと知ると、本を購入するために、生徒たちの能力を信じて、資金を得るために、高校で勤務する傍ら、ホテルでも働き始めるのである。ここまでできるというのは本当にすごいことである。彼女の情熱は徐々にエスカレートしていき、生徒たちにのめり込んでいく。そのために、家にいる時間が少なくなり、夫の理解を得られずに、離婚への追い込まれていくのであるが…。
 エリンは生徒たちが民族ごとに敵対しあっている様子を憂慮して、生徒たちに「アンネの日記」を読ませる。そして、民族ごとに分かれたギャング間の抗争をナチスドイツによるユダヤ人の大虐殺と重ね会わせて、民族同士で殺し合うことの無益さを教えるのである。けれどそれだけにとどまらず、自費を投じて、エリンが勤めている豪華ホテルにおいて、ユダヤ人収容所での生活経験者を交えた食事会を開催し、実際に生徒たちに収容所での生活について話を聴く機会を与えるのである。また、同時に、ロングビーチの外に出たことのない生徒たちをユダヤ人大虐殺の記念博物館にも自費で連れて行くのである。これらの経験から、生徒たちは、今度は自主的に自ら資金をラップミュージックのコンサートを開くなどして集め、アンネをオランダで助けた高齢の女性をロングビーチに招き、彼女から話を伺うのである。
 その際に、生徒の一人がその女性に対して、「あなたはヒーローですね。」と言ったのに対して、その女性が、「私は人として当然のことをしただけです。」と答えたのが、真似できない尊いことだと感じた。特に、その女性はアンネを助けたことで、自らが命の危険に直面することになったのだから。
 エリンの働きかけにより、生徒たちは徐々に未知のことを知ることの楽しさと、本を読むことの楽しさを知っていく。そして、この映画の題名(Freedom Writers)にもなっているが、エリンは生徒たちに、自己の内面を綴るために、1冊のノートを渡す。それを後になって、エリンは本にするのであるが、内面をノートに赤裸々に綴ることにより、生徒たちの心は解き放たれて、溶けだしていく。ユダヤ人の大虐殺の無益さを知ったこととも相まって、生徒たちは民族ごとに殺し合い、反目し合うことの無益さを知り、いつしか様々な民族の生徒が集まったクラスの、それまでバラバラだった生徒たちが、ひとつの家族のように民族の壁も越えて結びついていくのであった。その様子がとても自然で、胸を打つのである。
 生徒たちはエリンと知り合ったことで、自分を知り未来に希望を持ち、それまで大学進学者がほとんどいない高校で、エリンのクラスの生徒の多くが大学に進学し、ほとんどの者が(高校脱退率が極めて高い高校であるにもかかわらず)高校を無事に卒業するのである。

 エリンは、離婚に至っても、他の教師の妨害工作にもめげず、チャレンジをし続ける。その姿勢が生徒たちにも伝わったのではないかと思う。なかなかここまでできる先生はいないが、しかし、一人の人間がここまで他の人を救えるというのはすごいことだと思った。
 勇気とやる気さえあれば、人は変えていけるし、救われていくのだということを知り、この映画が実話であることもあり、本当に、この映画に勇気づけられた。
 どんなに心のすさんだ生徒でも、あるべき道に導いてくれる人一人にでも出会えれば、自分自身を見つめ直し変わることができる。なんと素晴らしいことか、と思った。仮に家庭が崩壊していても、まだまだ立ち直れるチャンスはある。この映画ではたまたま、その生徒が変われる機会を提供したのは学校の教師だったかもしれないが、また別の場所ということもある。そう考えれば、私見ではあるが、筆者も少年事件を引き受ける意義が現在よりももっと見いだせる気がする。
 そして、それに留まらず、日々の生活のなかでも、周りの人によい影響を与えていくことは、勇気とやる気さえあれば、可能だということをこの映画は教えてくれているのだと思う。そう思って、映画を見て勇気づけられた人は、きっと多いはずだ。そう考えれば、この映画は学校関係者に留まらず、世の中の多くの人へも希望を与える映画ではないだろうか。



07.01.11
「プラダを着た悪魔」(デヴィッド・フランクル監督 アメリカ 2006年)
 お洒落でテンポが速くてみんなが安心できるハッピーエンドでお正月に見るのに最適な映画。
 ファンッション雑誌のカリスマ編集長(メリル・ストリープ)の人使いの荒さに秘書役が定着しない。そこに編集者にあこがれる元気ででもあまりセンスがいいとは言えない若い女性(アン・ハサウエイ)が迷い込み、超わがままだができるボス・ストリープの気まぐれとひらめきで雇われる。そこからはもうミエミエの展開で、実に頭が疲れなくて気楽にみていられる。お馬鹿そうにみえたハサウエイは、ある日目覚めてどんどんお洒落になって魅力的になり能力を発揮する。女性の上司ストリープが女性の部下ハサウエイを鍛えリードしていくところがいいのだが、あまりにもこの上司が無理難題を吹っかけるのが、噴飯ものだ。
 「私は仕事が好き」と呪文のように唱えて仕事に生きる鬼のようなストリープは結局、何回目かの離婚をすることになり、そういう非人間的で他人を蹴落としていく仕事ぶりに疑問を感じたハサウエイは華やかな栄光の道を捨てて、身の丈にあった固い雑誌の編集者になり、これまた身の丈にあった実直な恋人の胸に戻る。
 一緒に行った若い女性が「仕事はとにかくとしてあんな男のほうを選ぶなんて」と嘆いていた。頭の回転が良く、外見も上々でもてる男より、ださくてもまじめで地に足のついた男のほうが、結局はわずらわされず癒しになるという幸福の形を彼女はまだ知らないのですね。



06.12.28
「赤い鯨と白い蛇」(せんぼんよしこ監督 2005年 日本)
 認知症気味と思われている香川京子が孫の宮路真緒に連れられて、新しい引き取り手の長男の家に行こうとしている途中で、思い立って、幼いときに過ごした古い民家を訪ねる。それは大きな立派な茅葺の民家であるが、生活するには不便でそこに住んでいる浅田美代子は建て直しをしようとして一人娘とともに引越しの最中だった。女4人の出会いのあと、浅田一家の前にこの家に住んでいたという悠木千帆が舞い込んで来る。1軒の家を中心に世代を異にした、そしてそれぞれの問題を抱えた5人の女性の生き方が描かれる。その問題とは、たとえば宮路真緒は恋人に反対されている出産をどうするか、浅田美代子は家出した夫をいつまでも待つか、など。揺れる心が、注意していないと見落としてしまうような細かい動作に表れている。館山の美しい街のなかで、女5人の屈託している表情がだんだん晴れていく。
 中心テーマは、女から女に受け継がれていく「命の連鎖」だが、「戦争の記憶を受け継いでいく」という反戦のメッセージもこめられている。声高ではなく淡々とした展開だが、セリフのやり取りにはユーモアもあって、決して飽きさせない。またこの映画の特徴は、遠景に男性はあらわれるが、固有名詞をもった男としては一人も登場しないことである。それは見事に徹底していて、痛快なほど。
 ちなみに「赤い鯨」とは、戦時中に潜水艦が訓練しているさまが夕日の中で「赤い鯨」に見えた(というか、軍の機密に触れるとして「潜水艦」という言葉を使えなかった時代を象徴している)、そして香川京子が「見た」とこだわり(このために周囲の人々に認知症と思われている節がある)、最後に女5人の前に出現する「白い蛇」は、家の守り主で平和な幸せの象徴である。題名にこめられた意思と希望がしみじみと伝わってくる。



06.12.14
「イカとクジラ」(ノア・バームバック監督 2005年 アメリカ)
 理屈っぽくてなかなか原稿が本にならない大学教授の父親と売れっ子になりつつある小説家の母親とが離婚する。二人の間には16歳と12歳の男の子がいる。二人の子は両親が共同監護することとなり、1週間を半分ずつ両親の家を猫と共に行ったりきたりする生活になる。
 思春期でたださえ難しい年頃の二人はいろいろ問題を起こす。スノッブな兄は作曲の盗作をし、弟はアルコール依存症気味。しかし、父親は教え子と同棲し、母親は子供の居ない夜は恋人と暮らすという次第で、自分の欲望が第一で子供の葛藤になかなか気が付かないし、責任を擦りつけ合う。「養育費を払いたくないから共同監護を選んだのね」と母親が父親に言う場面があった。
 日本では離婚すると単独親権となるが、共同親権を考えるべきだという声がある。だが、共同監護も現実にはクリヤーすべき問題もかなりありそうだということが、さらりとわかる映画。ものすごく深刻ではないが、ありうるなあと思わせられる場面がたくさんある。



06.08.10
「蟻の兵隊」(池谷薫監督 日本 2005年)
 毎年、夏になると戦争と平和を考える優れた映画があるのだけれど、今年はどういうわけかほとんど見当たらない。そのなかで、ようやく見つけたのがこの映画。
 1945年、日本が敗戦になったにもかかわらず、2600人の中国山西省で戦っていた日本軍兵士に残留命令がでた。彼らは当時の中国国民党の閻錫山(えんしゃくざん)の下、八路軍(人民解放軍)と戦い、500人以上の元日本軍兵士は異国の土と成り果てた。中国国民党の敗北により、彼らは人民解放軍の捕虜となった。いわゆる「洗脳」もされ、強制労働に従事して、ようやく帰国したのは1954年。
 ところが、彼らは軍隊を離脱したことになっていて、帰国後、軍人恩給を支給されなかった。「中共」帰りといわれた彼らは、日本社会から拒否され、就職もできなかった。彼らが帰国した頃は、もう日本もかなり復興していたが、彼らは辛酸の日々を送る。その中の一人、奥村和一に焦点を当てたのが、この映画である。
 彼は、中国に残留したのは決して自分の意思ではなく、日本軍の正式な命令だったことを立証しようとして、生き残っている上官を訪ね、防衛庁の図書館で資料を探す。それは、中国への旅につながる。80歳の執念で彼はとうとう資料を見つけ、裁判で争うが彼らの主張は最高裁でも認められなかった。
 奥村の中国への旅は、慰霊と贖罪の旅でもあった。しかし、中国を訪れた彼は正直にも懐かしさを感じる。辛く苦しい思い出ばかりがあるにもかかわらず、である。
 彼が初年兵のとき、その教育の仕上げとして行われたのが、柱に縛り付けられた生きた中国人を銃剣で突き殺すこと(刺突)であった。その処刑地を訪ね当てた奥村は、そのときたった一人生き残った中国人の息子と孫に会う。殺された中国人を奥村は純粋な農民と思っていたが彼らの話を聞くうちに、日本軍に雇われていた中国人で八路軍と戦うことを放棄した人々であることがわかる。いわば「敵前逃亡」をした中国人であることがだんだんわかってくる。しだいに、奥村の表情が険しくなる。舌鋒は鋭さを増す。「これは謝罪どころか糾弾じゃないか」見ている私が恐ろしくなるくらいの激しさであった。
 奥村がそのことに気がつくのは、インタビューを終えてホテルに引き上げてからである。「私はあのとき日本兵になっていた。それほど日本の軍隊教育は徹底していたのだ」。
 日本兵としての意識が今も心の奥深くに眠っていたことに愕然とする奥村。この奥村の思いがけない動揺を捉えたカメラはすばらしい。
 さらに、奥村は日本の軍隊に拉致され強姦された女性を訪ねる。たんたんと酷い事実を語った女性は、「あなたの奥さんにもこの話をしてくださいね」と静かに言う。戦地での出来事を家族に一切言わなかった奥村であったが、帰国したら妻にすべてを話そうと決心する。
 これは、奥村和一という一人の人間の再生の物語でもある。それと同時に戦争という狂気、日本という国の権力機構の無責任さを描いて余すところがない。敗戦後も皇軍の復活を使命として戦った人々がいたことはいままでほとんど知られていなかった。しかしこのような事実がまだまだ埋もれているのではないだろうか。
 フィリピンのジャングルに潜んでいて日本の敗戦を知らずにいて、戦後30年近く経て帰国した小野田寛郎という人がいる。靖国参拝をしている彼に、奥村が呼びかけるシーンがある。参拝する小野田と絶対に参拝を拒否している奥村。彼らを分けているのは何なのか。
 この映画のエッセンスと奥村のインタビューが、岩波ジュニア新書「私は『蟻の兵隊』だった」となって発売されている。
 戦後61年目の夏の遺産である。



06.06.29
「明日の記憶」(堤幸彦監督 日本 2005年)
 広告会社の働き盛り(渡辺謙)が、突然、出先の渋谷駅周辺で自分がどこにいるかわからなくなる。ケイタイを片手に部下の指示通りに走ってようやく顧客会社に到着する。またある日、部下たちと打ち合わせ中、彼らが早口で連発するカタカナ言葉が理解できなくなる。大事なプレゼンテーションの場で有名なタレントの名前が思い出せない。何が起こっているのか。
 妻に連れられて病院にいくと屈辱的なテストをされる。ところが「さくら、電車、猫」という言葉が1分後には思い出せなくなっていることがわかる。診断名は「若年性アルツハイマー」。治療薬もない病気である。外見上はなんでもないが、次第に日常生活もできないくらいに物忘れが進行する。油が乗り切って精悍な渡辺謙が生木を引き裂かれるように職場から離脱せざるをえなくなる。この映画の前半は、会社人間には涙なくしては見られない。
 陶芸を通じて結ばれた妻(樋口可南子)は、時として暴力的にさえなる夫を支えていく決心をする。一般的には働いていた妻が介護のために仕事をやめるという例が多いのだが、この妻は逆に働きだす。事業家として成功している友人(渡辺えり子)に就職の相談をする。事情を知らない渡辺は、「いままで主婦やっていて、子どもの手が離れたからって働きたい? 笑わせないでよ。」と一蹴するが、やがて彼女の支え手になり、若い同僚につけつけ言われて往生している樋口に暖かいまなざしを向け、一人でがんばって介護するのは無理だろうからと、施設のパンフレットを持ってきてくれたりする。この間の女同士の友情がさりげなく描かれていて好ましい。
 後半は、徐々に記憶を失っていく渡辺の苦悩とその夫とともに歩んでいく樋口の夫婦愛が中心となる。山奥に昔なじみの陶芸の窯を訪ねる渡辺と、行方不明になった夫渡辺を探しに行く妻樋口が山道ですれ違う。ついに妻も認識できなくなっている夫は、妻を見てもただ少し懐かしそうにする。呆然とするがそんな夫を受け入れる妻樋口のかすかなほほえみ。世評の高いシーンである。
 個人的に言えば、なぜ夫の発病を知って、妻が働く決心をしたのか、いつ・なぜ妻は家での介護をあきらめ、施設に夫とともに住むことにしたのだろうか。そのあたりが書き込まれているといいのにと思ったが、病状の悪化を妻が書き残すメモの増え方で示していたり、夕食のおかずは電子レンジにいれられたままで、炊飯器が空になっている情景であらわしているなど、抑制の効いた描写で、若年アルツハイマーという病を明らかにしている点など映画の持つ力を感じさせられた。テーマの深刻さにもかかわらず、山のふもとにある緑豊かな明るい施設の描き方など含め、くらーい映画になっていないことが、救われる。



06.05.18
『三池――終わらない炭鉱の物語』(熊谷博子監督 日本 2005年)
 2006年のGWには、旅行の代わりに映画を4本見たが、最大の収穫は「三池――終わらない炭鉱(やま)の物語」だった。
 三池炭鉱の創立から廃鉱にいたる歴史を当時のフィルムも使って再生している。だから当然、苛酷な囚人労働、朝鮮の人や中国の人を強制連行して強制労働させた歴史も語られる。そして1960年代の第一組合と第二組合に分裂した大闘争、大きな爆発事故…これらをひっくるめて炭鉱のあった大牟田の人々は「負の遺産」と呼び、いまや記憶のかなたに葬り去ろうとしていた。その中で行政側の協力と監督の熊谷博子さんの「負の遺産という気持ちはわかるけれど、それは日本が歩んできた道。それを消し去るのは日本の歴史を消し去ること。そこで働いてきた無数の人々の生きてきた道や姿を消してしまうこと。それでいいのだろうか」という思いとが見事に結びついた力強く、でも誤解を恐れずにいえばリリシズムさえ感じられる作品となった。
 この映画を見に行く道すがら「総資本対総労働」とか「炭婦協」という言葉を突然に思い出した。石炭から石油へ、エネルギー政策の歴史的変換時に起きた合理化をめぐる激しい闘争。あの激動の時代から半世紀が経つ。一組と二組に分裂、憎悪しあった人々、分裂を画策した人々、みんな70代以上の老齢者となり、インタビューに答える声も絶え絶えである。監督自らがインタビュアーとなってどちらの立場にも偏らず丁寧に歴史的事実を掘り起こしている。あのような大きな事件さえ、忘れられたままに今の日本の繁栄が成り立っている。それをとくに印象付けられるのは炭鉱事故でCO中毒句患者となりいまも回復しないままの人々を支えてきた家族の言葉。「言葉には良い尽くせない苦労と悩み、悲しみ。人間の一番大事な脳をやられていますよね。で、外には見えない。まったく別人に変えられた人間破壊ですよ。」458人が亡くなり、839人がCO中毒患者になった坑内の事故。患者の救済を訴えた妻や子が144時間の坑内座り込みをしたということも、その当時あんなに衝撃を受けたにもかかわらず、まったく忘れ果てていた自分の記憶力の勝手さに驚く。「歴史を語り継ぐ」ことの困難さを思う。
 さまざまな立場の人の語った言葉で、一番胸に迫ってきたのは、「炭婦協」(三池炭鉱主婦協議会)の初代副会長のこんな感慨である。「婦人会から崩れていったんです。女同士で、直接引き止めはできませんよ。だって、女には生活がかかっていますから。…女がこれ以上どうにもならないと言うたら、ご主人はどうしても揺らぎますよね。だからね、婦人会を作ったのがよかったのか悪かったのか、そりゃあ相当思いましたね。」炭鉱は男の職場であるが、その背後に存在した女性への視点も強く感じられる。
 しかし、私が一番衝撃だったのは、この映画を見たショックを語ってもほとんど受け止めてくれる人がいなかったことである。一人でも多くの人がこの映画を見てほしいと熱く願っているのだけれど。
 東京・東中野のポレポレ坐という小さな映画館で上映中(03−3371−0088)。



06.04.06
かもめ食堂(荻上直子監督 日本 2005年)
 邦画だし、地味めな作品だからとなめたのが大間違い。10年ぶりくらいに立ち見をする羽目に陥った。
 監督も女性、それに小林聡美・片桐はいり・もたいまさこといった個性的な女性の主演(男優はすべてフィンランド人で点景的な存在)、フィンランド・ヘルシンキでのオールロケという異色作品。
 フィンランドのヘルシンキでかもめ食堂というおにぎりを中心にしたレストランを経営する小林聡美。ものめずらしくのぞく人はいるけれど、なかなかお客がきてくれない。それでも小林聡美はめげることなく毎日、お皿を磨き、テーブルを拭く。やっとやってきた第一番目の客は日本贔屓のフィンランド学生。小林は第一番目の客にはコーヒーを無料サービスすることに決めていたからと、彼が来るたびに無料でコーヒーを出す。その彼に「ガッチャマン」の主題歌を教えてくれと頼まれたが、最初のメロデーしか思い出せない小林は、カフェでムーミンの本を読んでいた片桐はいりに歌詞を教えてもらう。片桐はたまたま目をつぶって地球儀を指差したところがフィンランドだからやってきたという。「ガッチャマンの歌詞を覚えている人に悪人はいない」と小林は一人住まいの自宅に彼女を招待、結局一緒に住み、片桐は食堂も手伝いだす。ある日シナモンロールを二人で焼いたところ、この香りにつられて老婦人が入店したのをきっかけに少しずつ客が入り始める。しょうが焼きやとんかつを箸で食べる人々。
 映画がかなり進んでから、3人目の女性もたいまさこが登場。空港で荷物が行方不明になって足止め状態だという。彼女もやがて「かもめ食堂」で働きだす。
 この食堂にアルコール依存症の女性がやってきて強い酒をあおり倒れたところを3人、とくにもたいが看護する場面があり、もたいは両親の介護ののちに新しい天地を見出そうとフィンランドにやってきたという背景が暗示される。
 小林は早くに母親を失い、毎日の父との食事を作っていたが遠足の日だけ父親がおにぎりを握ってくれた。それも鮭・梅干・おかかといった伝統的なおにぎり。「おにぎりは他人が握ってくれたのがおいしいのだよ」という言葉とともに(そうかなあ?)。で、小林は、伝統的なおにぎりにこだわりを持っているのだ。
 といったエピソードがいくつかあるが、ドラマテッィクな展開があるわけではない。フィンランドの港の様子はしばしば出てくるが、格別に風景が美しいわけでもない。小林ら3人の設定もなんだか現実離れしているといえばそうである。ほのぼの路線というのでもないが、見ていて心が温かくなり、不思議なくらい退屈しない。とくに小林の飄々とした態度は、「人が人を無条件に受け入れるということはどういうことか」をさりげなく表現していて、胸に響くものがある。
 ストーリーにリアリティがあるわけではないが、小林らの好演によって存在感のあるいきいきとした人間像が描かれている。美人というわけではない演技派の女優が主役をはれる映画が、日本にも出てきたことがうれしい。邦画を侮ってはいけない。



05.11.02
メゾン・ド・ヒミコ 2005年 犬童一心監督
 日本映画もすばらしい、と久しぶりに思えた映画。主人公沙織の父(今は卑弥呼)は、かつて母と沙織を捨ててゲイの道へ。銀座で卑弥呼というゲイバーを経営し一世を風靡する。そのバーも閉店され、そこで働いていた人たちも年をとった。卑弥呼は、ゲイのための老人ホームを湘南っぽい(?)感じの海岸沿いに作る。卑弥呼は末期癌の状態でほとんどベッドですごすことが増えている。卑弥呼と恋愛関係にあった若い春彦(オダギリジョー)が沙織の下へホームで働かないかと誘う。沙織は 自分たちを捨てた卑弥呼に反発しながらもお金のために週1で施設へ。そこには沙織には違和感のある世界があり、ふくら面で、ぶつかりあいながら手伝う沙織。女装と化粧を夢見てさまざまな越すチュームを集める山崎、何も知らない孫との交流を夢見るルビー、卑弥呼の死を目前に苦悩し助けを求める春彦、など等。施設へ嫌がらせをする中学生たちと、その中から仲間と決別して手伝いにくる淳也、いまわしいものでも見るかのような顔で施設をながめながらも興味津々の向かいのおばあさん、などなど、さまざまな人・エピソードが出てくる。
 最後まで見てみれば、心に残ったテーマは、恋愛でもなく、同性愛でも性同一性障害でもなく、マイナーな者への差別の問題でもなく、弱点をもつ人間どうしが、人間関係をたち切らずに生きかえらせる暖かさかな?傷つくと、人はきつい言葉を発し傷つく側(加害者にも)になり・・でも許しあって、愛し合ってる、ことがほんわかと残る。さおりはまだ被害者(親に捨てられ父を恨むという立場)の原型、初期状態っぽく登場する。ホームの老人たちは、マイナーな存在としていっぱい傷ついていきてきたけど、もう年の功か、包容力が身についていて、彼女は救われる。オダギリジョーの格好よさもこの映画の1つのうりだと思うけど、卑弥呼が死に掛けていくときのつらさをうまく演じていた。主観的ハイライトとしては、卑弥呼が、憤りをぶつけるさおりに対し、「それなら私にも言わせてちょうだい。あなたが好きよ」と返す場面、母が父とは単に別れたと思っていたのに、離婚後も父と会い、どこか女性として生きていたことにさおりが驚きながらも受け入れていくところ、さおりが、山崎をからかった相手を許さずにどこまでもたちむかったことに春彦が心ひかれてキスにいたるところ(これはゲイにはありえないとパンフに書いてありました)、沙織が少し春彦を好きになるけどかなわない相手だという辛さをのみこんでいくところ、楽しいダンスのシーン、最後のいたずらがき、などなど。ドボルザークの「母が教え給いし歌」もマッチしていた。沙織の成長物語でもある。同じ監督の「ジョゼと虎と魚たち」がよかったという人は多いと思うが、それよりさらに洗練された感じ(K)。



06.02.09
「スタンドアップ」(ニキ・カーロ監督/アメリカ/2005年)
 アメリカ、ミネソタ北部にある炭鉱でジョージー・エイムズ(シャリーズ・セロン)が働き始めたのは偶然のことだった。暴力夫に我慢できず、二人の子を連れて実家に帰ったが、母親は「がまんしろ」というばかりで、炭鉱マンの父親は苦虫を噛み潰す。自分と子ども二人の食い扶持のために、友人のグローリーの「きつい仕事だけど給料はいいよ」との誘いに乗っただけなのだ。
 炭鉱は男の働く場。そこにわけいってくる女性に対する男性の目は侮蔑にみちていていやらしい。最初の日から屈辱的な健康診断、「メス豚」よばわり、トイレの落書き、トイレに行かせないなどの嫌がらせ、性的タッチ…。際限ないいじめが続く中で、ジョージーにとって、さらにアンラッキーだったことは、高校時代のボーフレンドだったボビー・シャープがそこにいたことだ。彼は職場で彼女をレイプしようとする。未遂に終わったボビーは復讐に転じる。そして、女性たちの要求で漸く出来た簡易トイレにジョージーは閉じ込められひっくり返され、汚物にまみれる。職場でレイプを訴えても男たちは共同戦線をはってボビーをかばう。
 怒りに燃えてジョージーは社長に直談判するが一蹴され、「トラブルメーカー」のレッテルを貼られ、退職に追い込まれる。ジョージーは裁判で闘うことを決意するが、仲間の女性は職を失うことを恐れて「働きやすい職場」だと嘘の供述をしてしまう。勇敢なグローリーさえも不治の病に侵されたこともあって、一緒に闘うことを拒む。
 未婚の母でもあるジョージーに人々の目は冷たく、子どもたちも母親を「あばずれ」だと思い込み、家族の絆も危うくなる。同じ職場で働く父親も「男の職場に入ってくるからだ」と娘に冷たい。
 孤立無援のジョージーにはしかし、強力な味方が出来た。貞節従順な母親がはじめて夫に反抗、娘に生活費を渡す。「俺が稼いだ金だ」と怒る夫に「家事だってただじゃないの」と啖呵を切って家出してしまう。はじめて妻や娘の存在に気がついたかのような父親。
 それから一人の男性弁護士。
 このあたりから映画は、家族愛を描くことにやや傾斜してしまうのが残念である。ジョージーが労組の大会で野次や怒号のなかで、敢然と発言しているのにマイクを父親がとってしまう。ここで父親は長年の炭鉱仲間に決別し、「私が信用し尊敬できるのは娘だ」と感動的なスピーチをする。それを聞いた男たちもゆすぶられて、ジョージーを理解して行く。父と娘は万雷の拍手を浴びる。父親にお株を取られた感じ。ジョージー、肝心なところでマイクを渡すなよ!
 そして法廷場面。会社側の弁護人は女性でジョージーの性的奔放さをついて、セクシュアル・ハラスメントではなくてジョージーの挑発ないしは合意だと主張する。実はジョージーにはもう一つの隠された性暴力体験があることが明らかになる。ジョージーは高校時代の教師にレイプされその結果が長男なのだ。ボビーはその事実を知っていながら、教師によるレイプではなく「合意」だと主張し、彼女が若いときから性的に自堕落な女だったという証言をする。大きな衝撃を受けるジョージー。だが彼女の男性弁護人は、ボビーに「男らしくあれ」と真実を証言するように迫る。なかなかかっこよく良心的で優秀な弁護士で法廷劇としての見せ場となっている。そして車椅子で傍聴にきたグローリーが原告に加わると出ない声で、意思表示をしたことで、次々と原告に加わる女性が立ち上がる。
 たった一人の戦いがクラスアクションに変わった瞬間だ。一人一人が苦渋の選択のなかで人間の尊厳をかけて立ち上がるシーンは感動的である。
 自分の出生の秘密を知った長男も、産み育ててくれた母親に感謝し、母と息子は涙の和解をする。
 アメリカの実話に基づいた映画で、しばしばアニタ・ヒルの裁判がテレビで放映されていて、時代背景がよくわかる。また、対価型ではない環境型のセクシュアル・ハラスメントという概念が生まれた経過もよく理解できる。
 こういうダサい労働者の団結や連帯を描いた映画をいまどき作れるアメリカ映画界は、懐が深い。



06.02.09
博士の愛した数式 小泉尭史監督 2006年
 深津絵里が好きなので観に行ったが、前評判を裏切らなかった。
 「靴のサイズは?」「24です。」「ほお実にいさぎよい数字だ。4の階乗(1・2・3・4すべてを乗ずると24)だ」・・で始まり、博士と深津絵里演ずるお手伝いさんとの会話の中に、数学の楽しさがちりばめられている。子どもの頃、こういう風に数学を教えてもらいたかったな。多くの映画評が出ているので、ストーリーはそちらにお任せする。  博士は、一見穏やかだが、記憶は80分しかもたないことの激しい苦しみ・悲しみをかかえている。「家政婦さんやその息子のことは80分たつと忘れてしまうが、私のことは一生忘れない(博士の発病の前の記憶なのでずっと記憶が残る)」と、嫉妬をあらわにして、子どもの訪問も拒否しようとする隣家の未亡人(浅丘ルリ子)。博士は未亡人の義弟であり不義の関係にあったという設定である。それに対し、博士が、記憶はきえても、その時間をていねいに生きたいことを訴え、子供をいじめるなと諭し、かつ、かつての愛が変わらないことを示すオイラーの公式を未亡人に渡すところが圧巻である。
 このサイトでこの映画をとりあげてみようと思ったのは、深津絵里扮する明るい非婚の母子家庭(結婚できない相手との子を産んだという設定なのでそれなりに苦労はあるが)と、博士の子をおろし今も自分を否定し続ける未亡人の暗さとの対比である。非婚で子供を生むことについて、それもライフスタイルの1つとして許容しはじめた現代と、そうではなかった数十年前の時代の違いが大きいのだろう。けれど、役者自身の個性の差も大きいかもしれない。深津絵里がなぜ好きか。辛いときの表現もうまいけど、あのスカッとしたまっすぐな笑顔・目がいい。そしてたいてい薄化粧。一方、浅丘ルリ子の表情はものすごく暗く、厚化粧。この役柄を演ずるのにあんな厚化粧は必要ないので、厚化粧は俳優の個性である。十分美人なのだから、そんなにまでして目を大きくみせることにこだわらなくても(かえって内面が浅く感じてしまうのに)、といつも思ってしまう。(K)



05.07.12
父と暮せば(2004年 日本 黒木和雄)
 岩波ホール独占上映だったこの映画を、某団体主催の巡回上映でやっと観る事ができた。まさしく「観る価値のある映画」であった。全ての日本人が観るべき映画、日本から世界へ発信すべき作品であると思った。

 「父と暮せば」は、昭和20年8月広島に投下された原爆で被爆した父と娘が、3年後の夏、娘が住む簡易住宅でかわす会話に終始する井上ひさしの同名戯曲(1994年初演)の映画化である。父は被爆時に即死、娘は爆発時の放射能を直接浴びなかったことで命を取りとめている。したがって、この家で娘を励まし続ける父親は、娘の心の中に生きている亡霊なのだ。あの瞬間、父や親友を失った娘は「自分だけが生き残るのは不自然なこと」ではなかろうかと自問し続けている。勤務先の図書館で知り合った、原爆資料の収集に没頭している木下との間に芽生えた恋愛感情も、「自分が幸せになることは亡くなった人々に申し訳ない」と無理に押し殺そうとする。一方では彼と共に過ごす幸せな生活を望む気持ちも否めない。そんな恋の成就を後押しするのが父である。つまり彼女の心の内にあるポジティブな部分の代弁者が父なのだ。
そして、自己の存在を「許されないこと」と考えがちな娘に対し亡霊の父は「おまえの人生はこの悲惨な歴史を人々に語り継ぐことにあるのだ」と説く。

 「・・・あよなむごい別れがまこと何万もあったちゅうことを覚えてもろうために(おまえは)いかされとるんじゃ。・・・・」

 言葉にこだわり続けるこの作者の戯曲は、シリアスなテーマもユーモラスな笑いで包み、台詞はリズミカルに響き合う。繋がり合う言葉の洪水が主題へと収斂していく見事な作劇法にいつも魅了される。特にこの作品は、美しい広島方言による父と娘の対話劇だから緊密度は極められているのだが、それにしても想像以上に舞台に忠実な映画だった。黒木和雄は、自在に展開できる映画的時空間の特権を意識的に抑制することで、私たちを娘(美津江)が暮らす家に招待する。気が付くと私たちも、昭和23年にタイム・スリップして広島市内、比治山付近にある娘の部屋に上がりこんでふたりの会話の聞き手になっている。原作はこの住宅(台所・茶の間・居間・庭先)だけで展開される1幕4場の芝居だが、映画では、木下と美津江が出会う図書館のシーン、原爆投下のシーン、象徴的に映画をしめくくる原爆ドームのショットなどが付加されるが、それらは最小限の露出にとどめられている。原爆投下のシーンもB−29から爆弾が離れる瞬間を仰角でとらえた映像にとどめている。仮にあとに続く凄惨な地獄絵の描写があったとしたら、我々は、その瞬間美津江の家の黒子役から、観客席へ引き戻されたに違いない。

 「父と暮せば」は、原爆悲劇の再発を防ぐためには「伝承」によって人々が「何がおこったのか」を知る事が、いかに大切であるかを訴えている。この劇の登場人物が、(亡霊の父は別として)、いずれも「伝承」の仕事に携わっている事は作者の思惟の表明であろう。「図書館司書」をしている娘は広島女専時代「昔話研究会」に属しており、いまもボランティアで子供たちに収集した民話を物語る「語りべ」の活動をしている。心をときめかす相手は原爆資料の収集に奔走している。そして、何よりもこの映画(戯曲)そのものが「語り」に終始している。 黒木和雄の抑制された演出は、この作者の思惟への強い共感から導かれたものだと思う。派手さはないが、説得力をもつ知的な演出として高く評価されるものだ。

 戦後60年、世界で脚光を浴びた日本映画は多い。しかし唯一の原爆被爆国から世界へアピールできる原爆をテーマとした映画はあまりにも少ない。記憶に残る作品としては、被爆児童たちの手記に構想を得た新藤兼人の「原爆の子」(1952)、被爆後遺症の悲惨さを淡々とした筆致で描いた井伏鱒二の原作を、今村昌平が映画化した「黒い雨」(1989)くらいのものだ。その故もあって、観終わったあとこの映画は世界に発信すべきだと強く思った。(この映画のもうひとつの魅力である広島方言の美しいニュアンスは伝わり難いだろうが)。

   最後にこの対話劇を成功させたふたりの俳優、原田芳雄(父親)と宮沢りえ(娘)の演技を称えておきたい。特に宮沢りえ。2002年には「たそがれ清兵衛」で寡黙ながら芯の強い武家娘を演じ、そして今回は広島方言を駆使して、生き残った被爆女性の微妙に揺れ動く心を完璧に表現している。高い感性を感じる最近の彼女の演技は眼を瞠るものがある。(織田 充)



05.06.28
ミリオンダラー・ベイビー(クリント・イーストウッド監督/ 2004年/アメリカ)
 第77回アカデミー賞で作品・監督・主演女優・助演男優賞と主要4部門を制した映画である。
 映画評論家はじめ各方面での反響も素晴らしい。近頃、これほど賞賛の声にあふれた作品は他にない。ちなみに手許にある週刊B誌(6月9日号)をめくってみると映画評論家・コラムニスト・劇評家・作家など名の通った評者たち5名全員が「見もの聞きものシネマ・チャート」欄で☆☆☆☆☆(満点)を献上している。そのうえ、「星の数がいくつあっても足りない」と付言している評論家もいる。この映画は、はたしてそれ程の傑作であろうか?
 感性の違いなのだろうが私には諸氏が絶賛するような大感動作品とは思えなかった。
 勿論、凡百の映画より抜きん出た作品には違いない。しかし、イーストウッド作品としても映画演出の頂点を極めた前作「ミスティック・リバー」の高みには及ばない作品であると思う。

 手塩にかけて育てたボクサーがチャンピオン戦を前にして競合ジムにスカウトされる。孤独な老トレーナーが次に師弟関係を結んだのは、昼間はウェートレスとして働きながらプロ・ボクサーを目指す貧しい31歳の女性だ。場末のボクシング・ジムでの厳しいトレーニング。その成果が発揮されリングに登場した彼女は連戦連勝。チャンピオンの座を決めるタイトル・マッチでも優勢に試合を運ぶ。ところが、インターバルを告げる鐘が鳴った瞬間に相手の放った卑劣なパンチが顔面に炸裂。ダウンした彼女は、ゴングと同時に配置されていたコーナーの椅子に頭部を強打し意識を失う。第一、第二頚椎を損傷した彼女は病院のベッドに身を横たえる。彼女の稼ぎで甘い生活を送っていた肉親達(母親・兄妹)は、財産を確保する事に懸命で彼女の病状には一顧だにしない。彼女を看病するのは老トレーナーだけだ。年齢差をこえた父性的とも言える彼の愛情。しかし病状は回復しない。それどころか長期間寝たきりの弊害から壊疽(えそ)を生じ、脚部切断の手術が行われる。再起の道を絶たれた彼女は老トレーナーに安楽死を施してくれるよう申出るが、彼は一蹴する。そうしたある日彼女は自ら舌を噛み切る行為をとる。これは、あわやのところで阻止される。しかしそんな彼女を目の当りにした老トレーナーは残酷な試練に立ち向かうことになる。

 このように「ミリオンダラー・ベイビー」は、テーマは別としても、今やマイナーなスポーツとなったボクシング、それも未だ希少的存在である女性ボクサーとそのトレーナーの師弟関係を描く。主題はこの世に生を受けて唯一心を通わせることのできた人間同志の「愛と信頼」なのだろうが、それを貫くために下した主人公の決断=安楽死が暗く映画をしめくくる。感動的なテーマと言えなくもない。しかし観終わったあと何故かノリきれない自分を感じて釈然としなかった。思うにこの映画は始めに「安楽死」ありきで、そこからシチュエーションがすべて逆算的に考えられているようで、その設定が意外に常識的、図式的である事にややもすると感銘をそがれたのかも知れない。「ミリオンダラー・ベイビー」は「安楽死」を正当化する主張をしている映画ではない。しかし観客を納得させる背景としてその行為には、当事者同士に深い信頼と愛情がなければならない。そのためこの映画の主人公二人には、男女間の愛だけよりももっと大きな愛、家族的な愛情、強固な師弟愛といった形が必要とされる。そこには二人のほか、例え肉親といえども介在する余地があってはならない。その孤立感を強調するためだろうが、彼女のファミリー達の描写は、(いくらプアー・ホワイトの実態がひどいといっても)鼻白むほど図式的だ。彼等が回復の見込みのない彼女を見舞うのは行楽のついでであり、財産譲渡の同意のサインを得るためだけというのは類型すぎる描写ではないだろうか。さらに言えば食うや食わずの生活を臨時雇いのウェートレスの僅かな稼ぎで凌いでいる彼女が、唯一「生の証」として選んだ道がプロ・ボクサーという設定も理解に苦しむ。彼女が「安楽死」さえも望むという「不慮の災難」に遭遇するため、また、どん底の生活から一躍「陽の当る場所」に登り、また突き落とされる状況を描出するための選択肢としての逆算的な帰着がボクシングであったように思われてならない。(アカデミー主演女優賞を取得したH・スワンクは、とくにマッチョであるとも見えず、役の設定ではなんと31才からボクシングを始めるのだ!)タイトル・マッチで彼女に卑劣なパンチを見舞う相手も典型的なヒール役で、しかも明らかに反則を犯しながら、勝者のままで納まっているというのも釈然としない。神の摂理と「安楽死」の問題もとってつけたようなおざなりな描写であった。
 まだ言い足りない問題点がいくつかあるが、いずれにしろ、(支持者の方々からは、顰蹙を買いそうだが)、この作品が敬愛するイーストウッド監督のベスト作品であるとは到底思えないのである。(織田 充)



05.05.17
「コーラス」 クリストフ・バラティエ 2004年 フランス
 映画を観終わってこんなにすがすがしく、心を洗われる満足感を感じることは滅多あることではない。この作品を手がけたクリストフ・バラティエという演出家は、「人間を信じ愛する」と言う根源的な善意の美しさを、宗教音楽の持つ「寛容の心をもたらす浄化作用」を通じて描いている。この作品が処女作というのだが、脚本と音楽監督を兼任し、特にこの作品の生命とも言うべき主要な音楽作品を作曲した(ラモーの合唱曲も効果的に使われているが)才能には驚かされる。
 1949年フランスの片田舎。戦争孤児や問題児をあつめた「地の底」学園の寄宿舎の舎監に音楽家志望だった中年教師が赴任する。そこには抑制された孤独な心ゆえに反抗的な態度をとる問題児たちがいる。特に手に負えない生徒の代表格は「顔は天使のようだが、心は悪魔だ」と言われるピエール・モランジェと言う少年だ。学園にはそんな生徒たちを厳しい体罰で対処する「権威の象徴」として校長がいる。いろいろなエピソードがあるのだが、新任教師は校長の反対を押し切ってそんな生徒たちをコーラス・グループとして組織。合唱の素晴らしさを通じて心を通い合わせようと指導する。当初、グループに加わっていなかったモランジェ少年だが、ある夜、ひとけのない教室で黒板に書き残されていた歌詞を見て歌い出す。この役を演じるジャン=パティスト・モニエは「サン・マルク少年・少女合唱団」のソリストだそうだ。彼の歌声(ボーイ・ソプラノ)の透明感のあるのびやかな美しさには心を奪われる。シークエンスのせいもあり彼の声との出会いは衝撃的である。偶然廊下で、聞き耳をたてていた中年教師も「奇跡の歌声だ!」と驚嘆、翌日から少年はコーラスのソリストとなる。すべてが好転しつつあった「地の底」学園だが、校長から身に覚えのない盗みの嫌疑をかけられ、不当な刑をうけた一人の少年が、学園に放火。舎監として一人事件の責任をとらされた中年教師は学園を去る。この別れのシーンでは、生徒たちが歌う教師作曲の合唱曲が流れ、窓から振られる生徒たちの腕と手と、感謝のメッセージを書き綴った紙飛行機群の飛翔が教師を送る。抑制された演出による印象的な場面である。
 以上の内容は、五十数年後指揮者として名を成したかつてのモランジェ少年が恩師の遺品を見て回顧する形式で綴られる。ストーリィは、よくある「学園更正もの」とあまり変わるものではない。
 一人の教師の情熱が問題児を更正させるのは「北星学園余市高」でお馴染みのヤンキー義家先生や、高視聴率で話題を呼んだコミック風TVドラマ「ごくせん」を連想させる。権力者=圧制者の図式もありきたりだ。また、細部では「何故?」と首をかしげる展開がいくつかある。(音楽家としての人生を決定してくれた大恩人と卒業以来音信不通であったことなど)。それにもかかわらず、この映画が私たちを感動させるのは、自身が音楽家であるバラティエ監督が人間と音楽に注いだ真摯な愛情によるものだろう。音楽を創造するという行為(コーラス)が、問題児たちの閉ざされた心に「生きる歓び」を与えるというこの映画のテーマが明快に伝わってくるからである。
 ずっと以前、「人間は創造的に生きる人と、そうでない人と二種類にわけられる」と述べ、私たちに「創造的な生き方」を勧めてくれた某TVディレクターの言葉に感銘を受けたことがある。この映画で、コーラスの進歩につれて輝きを増してくる少年たちの表情を観ていて、何故か久しぶりにこの言葉を思い出した。 (織田 充)



05.05.03
Rey/レイ(テイラー・ハックフォード 2004 アメリカ)
レイ・チャールズの”ホワッド アイ セイ” は1957年に発売された。当時、下北沢の喫茶店で始めてこの曲を耳にした時の衝撃は半世紀過ぎた現在でも生々しい。ピアノが刻む歯切れの良いリズムが身体を揺らし、リフレインされる“呼びかけ”のセクシーな歌声に驚愕した。映画「Rey/ レイ」の中盤で大手レコード会社ABCのプロデューサーがスタッフ会議で、「この曲はレコーディングするには長すぎる、それにあまりにもSEXYすぎる」とレコード化を躊躇する場面がある。結果は空前の大ヒット曲となるのだが、私のようにレイの音楽を同時代で体験している世代は、このエピソードだけでも間違いなく嬉しくなる。
「Rey/レイ」は、しかし単なるミュージカル映画ではない。「愛と青春の旅立ち」のテイラー・ハックフォード監督は天才ミュージシャンの輝かしい成功物語を描くことよりも、むしろ主人公の人生の負の部分を抉り出す。そしてその真実性が、全編にちりばめられた、傑作ソウル・ミュージックと一体となって深い感動を呼びおこすのだ。

幼年期、弟が眼前で水死する。その時、成す術もなく呆然と見詰めていた自分。その事がトラウマとなって生涯彼を悩まし続ける。そして失明。そんな彼を励まし、厳しく育てる母親の薫陶を受けて成人したレイはシカゴでプロ・ミュージシャンとして活動を開始する。しかし「心の傷」は折りにふれて彼を悩ます。突如身辺が水浸しになると言った妄想の場面が何度か繰り返され苦悩の深さを印象づける。この頃から麻薬に溺れるが、弟の事が原因なのか、創作上の欲求なのか、麻薬を始める動機は定かには描かれていない。画面を観る限り、衝動的な好奇心であるようにも思えるが、このあいまいさは、この作品で唯一不満な部分である。と言うのも後半の山場は麻薬を絶つための壮絶な闘いとなるからである。動機の明確な提示があれば感動も更に深まったと思はれる。
ニューヨークへ進出したレイはデラという賢女を伴侶とするが、レイの病的な女漁りは止むことはない。このパートでは、子まで生したバック・コーラスの女性とのからみに焦点があてられるが、そのあたりの描写も容赦ない。聞けばこの映画はレイの生前(彼の没年は2004年6月)制作が開始され、レイのために点字の脚本が準備され、内容のすべてを本人は了解していたと言う。そうであればこの映画は自伝的な伝記映画と言ってよく、それだけに描かれている事象の「勇気ある真実」に我々は感銘を受ける。
そしてその真実味に確実性を付加しているのが、レイ・チャールズを演じているジェイミー・フォックスの存在である。本年度のアカデミー主演男優賞を受賞した彼の演技の素晴らしさについて今さら言及することもないのだが、レイのライブ映像を観た経験を持っている者にとって、これはもう演技とか、風貌といった問題ではなく、レイ本人が本人の人生を生のまま見せてくれているとしか言い様がないほどピッタリのはまり役なのだ。おまけにこの映画で紹介される17曲の歌も、(クレジットを見るまで総てがレイ本人の声だと思っていたのだが)、実はJ・フォックスの歌った曲が数曲混じっていることを知り、その多才ぶりにほとほと感服せざるを得なかった。
(織田 充)



05.02.22
オペラ座の怪人(ジョエル・シューマ−カー監督 2004 アメリカ/イギリス)
 ガストン・ルルー原作の伝奇小説は、過去に何度も映画化されているが、映画史的には特に語り継がれる傑作は存在していないようだ。以前私が観た1943年に制作された米ユニバーサル映画「オペラの怪人」も取るに足らぬ愚作。少しも怖くない怪奇映画で、ディテールのかけらさえ想い出すことも出来ない。いま「オペラ座の怪人」と言えば、劇団「四季」も上演しているA・ロイド=ウエーバーのミュージカルによって題名の認知度は極めて高い。私が「オペラ座の怪人」に興趣をそそられたのは、10年ほど前にNHKが2回にわけて放映したバート・ランカスター主演のTV用映画(日本語吹き替え版)に感銘を受けたことによる。原作から離れたかなり自由な翻案ではあったがファントム(怪人)とヒロインの師弟関係や、怪人が彼女に寄せる情愛が充分に伝わってきて、クライマックスで演じられるグノーのオペラ「ファウスト」での盛り上がりに胸がときめき、ドラマの醍醐味を堪能したことであった。
 ウエーバーのミュージカルで言えば、劇団「四季」の公演には正直なところ今ひとつ乗り切れなかった(日本語訳のつたなさ?)が、その後、WOWWOWでのウエーバー特集番組や、CDで聞き直した「オペラ座の怪人」の音楽は、通俗的ではあるがそれだけに耳に馴染みやすく、本場の舞台を観たいと言う気持をつのらせていた。そして今回の映画である。NHK放映ドラマがもっていた、ドラマの作者たちをインスパイヤーする原作の素材力(?)とウエーバーの音楽の魅力(今回は完全にウエーバーのミュージカルの映画化)が一体化している特上作品を期待せざるを得ないではないか。

 映画は1917年のパリ。オークション会場で幕を開ける。その日の呼び物は1870年代に焼失したパリオペラ座の遺品である「猿のオルゴール」、そして崩壊した「大シャンデリア」の残骸。突如、扇情的なウエーバーの音楽にのって、壊れていたシャンデリアが、昇天するかのような勢いでオペラ座の天井に吊り上げられ眩い輝きを取り戻す。そこまで黒白だった映像はカラーに一変し、時代は1980年代へと逆戻りする。
 まことに見事な導入部で、この部分では鳥肌が立つような映画的興奮を感じると共にこれから展開されるドラマに対する期待感が否応なしに高まる。
 ところが、これから先がどうも今ひとつ乗りきれない。大半の批評家が絶賛するこの映画に難癖をつけたくなるのは、私の期待感があまりに大きすぎたのか、あるいは鑑賞眼が不足しているせいなのか?その原因を考えてみると、この映画はウエーバーのミュージカルにこだわりすぎて、ドラマ構成の基本である登場人物の描写、特に人物関係の説明が不足しているのではないかと思える。ファントムとクリスティーヌ(ヒロイン)との師弟関係もセリフの上だけで紹介され、そこから生ずるファントムの彼女に対する恋情や、やがて登場する恋敵ラウルにたいする緊迫した対立がすこしも盛り上がってこないのだ。自分の推奨する歌手が歌っていないからと腹を立て、上演中の舞台に舞台監督(?)らしき人物を宙づりにするショッキングな場面にしても、殺人者である怪人の心情が充分描出されていないため恐怖感でなく唐突感を感じる。
 ウエーバーは、世界中で幾度となく上演されている自らのミュージカルによって、このドラマの人物関係などは周知の事象であると、描写の省力化を意図したのではないだろうか(?)。だとしたら、斯界の大御所として君臨するアンドリュー・ロイド=ウエーバーがこの映画のプロデューサーとして、また脚本にも携わっていることが、「両刃の刃」のように作用しているのだろう。魅力あるミュージカル仕立ての表出場面は部分的に成功してはいるが、ドラマとして必要であるべき加筆をほんの僅かしか許容しなかった事の弊害が作品の感銘度を減じていると断じざるを得ない。

 いずれにせよ、広告キャッチフレーズでの引用を常に意識している、おためごかしの某批評家の言う「大感激、大満足の映画」ではなかったことだけは確かである。
(織田 充)



05.02.08
「モーターサイクル・ダイアリーズ」(ウォルター・サレス監督/イギリス・アメリカ/04年)
 1952年.アルゼンチンの上流階級の医学生エルネストは先輩の科学者アルベルトと2人でオンボロバイクに乗って、チリからペルー、ベネズエラと南米縦断を計画。アンデス山脈を超え、アタカマ砂漠を超えて、アマゾン川を下る1万キロの旅。エルネスト23歳、アルベルト29歳、文無しの旅だ。
 途中、2人は文明という名の暴力で先祖の地を追われる先住民の貧しさや放置されている病人の悲惨な状況やインカ帝国の無言の威容に触れながら、新しいものに目覚めていく。なかでもペルーの離島にあるハンセン病施設での患者との交流は2人の行く手を決定する出会いだった。この体験を通して、アルベルトは医学の道をエルネスト社会革命への道へ。
 ハンセン病患者に対して「伝染病ではないから」と言い切って2人は手袋なしの治療を行い一緒にサッカーを楽しみダンスをする。1952年のことである。日本でハンセン病が伝染性のものでないことが公にされ、その事実を隠蔽していた国が「患者」に謝罪し、[患者]が施設から解放されたのは本当につい最近のことである。そしてちょうどこの映画を見ようとしていた日の新聞には日本のハンセン病施設で強制的に早産あるいは中絶された胎児がフォルマリン漬けになって放置されているという衝撃的なニュースが報道されていた。何なんだろう、この違いは?
 自分探しのいかにもロードムービーらしい陽気さにすこしくたびれたが、2人がこの施設での生活をするようになった後半がおもしろかった。といっても深刻ではなく笑いあり、恋あり、歌ありの楽しい映画である。
 半年の旅を終わる頃、エルネストは言う。「便宜上の国籍により国が分かれていますが、我々、南米諸国は一つの混血民族なのです。統一されて南米大陸に乾杯しましょう」。このエルネストこそ、あのチェ・ゲバラである。情熱と革命の人、だいぶ前から伝説化してしまった人、ゲバラ。
 映画館を出たエレベーターの中で大学生らしい若者が言っていた。「ゲバラって実在のひとなのねえ」。


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