判例 その他

1−2009.9.30
民法900条4号但書前段は、憲法14条1項に違反しないとした例
[裁判所]最高裁第二小法廷
[年月日]2009(平成21)年9月30日決定
[出典]家月61巻12号55頁、判時2064号61頁
[事実の概要]
不明である。
[判決の概要]
裁判官竹内行夫補足意見
1(1)法定相続分を決定するに当たっては,相続発生時において有効に存在
 した法令が適用されるのであるから,本件における民法900条4号但書前
 段の規定(以下「本件規定」という。)の憲法適合性の判断基準時は,相
 続が発生した平成12年6月30日(以下「本件基準日」という。)ということに
 なる。したがって,多数意見は,飽くまでも本件基準日において本件規定
 が憲法14条1項に違反しないとするものであって,本件基準日以降の社会
 情勢の変動等によりその後本件規定が違憲の状態に至った可能性を否
 定するものではないと解される。
(2)本件基準日以降も,本件規定の憲法適合性について判断をするための
 考慮要素となるべき社会情勢,家族生活や親子関係の実態,我が国を
 取り巻く国際的環境等は,変化を続けている。
  民法施行後の社会経済構造の変化に伴い,農業を営む家族に典型的
 にみられるような,家族の構成員の協働によって形成された財産につき
 被相続人の死亡を契機として家族の構成員たる相続人に対してその潜在
 的な持分を分配するといった形態の相続が減少し,相続の社会的な意味
 が,被相続人が個人で形成した財産の分配といった色彩の強いものにな
 ってきているといえることに加え,本件基準日以降に限っても,例えば,人
 口動態統計によれば,非嫡出子の出生割合は平成12年には出生総数の
 1.63%であったのが,平成18年には2.11%に増加していることは,我が国
 における家族観の変化をうかがわせるものといえるし,平成13年にフラン
 スにおいて姦生子(婚姻中の者がもうけた非嫡出子)の相続分を嫡出子の
 2分の1とする旨の規定が廃止され,嫡出子と非嫡出子の相続分を平等と
 することは世界的なすう勢となっており,我が国に対し,国際連合の自由
 権規約委員会や児童の権利委員会から嫡出子と非嫡出子の相続分を平
 等化するように勧告がされていることなどは,我が国を取り巻く国際的環
 境の変化を示すものといえよう。
(3)そして,非嫡出子に相続権を認めることがさほど一般的ではなかった時
 代においては,非嫡出子にも一定の法定相続分を認める本件規定は,法
 律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図るものとして,その正当性を肯
 定できたものの,以上のような社会情勢等の変化を考慮すれば,本件規
 定が嫡出子と非嫡出子の相続分に差をもうけていることを正当化する根
 拠は失われつつある一方で,本件規定は非嫡出子が嫡出子より劣位の
 存在であるという印象を与え,非嫡出子が社会から差別的な目で見られ
 ることの重要な原因となっているという問題点が強く指摘されるに至って
 いるのである。そうすると,少なくとも現時点においては,本件規定は,
 違憲の疑いが極めて強いものであるといわざるを得ない。
2(1)ところで,本件規定は,相続制度の一部分を構成するものとして,国
 民の生活に不断に機能しているものであるから,これを違憲としてその
 適用を排除するには,その効果や関連規定との整合性の問題等につい
 て十分な検討が必要である(前記大法廷決定における大西勝也,園部
 逸夫,千種秀夫,河合伸一各裁判官の補足意見,最高裁平成11年(オ)
 第1453号同12年1月27日第一小法廷判決・裁判集民事196号251頁に
 おける藤井正雄裁判官の補足意見及び最高裁平成14年(オ)第1963号
 同15年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事209号397頁における島田
 仁郎裁判官の補足意見参照)。
  しかるに,最高裁判所が,過去にさかのぼった特定の日を基準として,
 本件規定は違憲無効となったと判断した場合には,当該基準日以降に
 発生した相続であって相続人中に嫡出子と非嫡出子が含まれる事案に
 おいて,本件規定を適用した判決(最高裁判所の判決も含む。)や遺産分
 割審判,本件規定が有効に存在することを前提として成立した遺産分割
 調停,遺産分割協議等の効力に疑義が生じ,新たな紛争が生起し,更に
 は本件規定を前提として形成された権利義務関係が覆滅されることにも
 なりかねない。かかる事態は,本件規定に従って行動した者に対して予
 期せぬ不利益を与えるおそれがあり,法的安定性を害することが著しい
 ものといわざるを得ない。特に,本件においては本件基準日から既に9年
 以上が経過しているという事情があるので,本件規定が違憲無効であっ
 たと判断した場合にその効力に疑義が生じる判決等は,相当な数に上る
 と考えられるのである。
  前記大法廷決定における5名の裁判官の反対意見は,本件規定の有
 効性を前提としてなされた従前の裁判,合意の効力を維持すべきである
 と述べるが,違憲判断の効力を遡及させず,従前の裁判等の効力を維
 持することの法的な根拠については,上記反対意見は明らかにしてお
 らず,学説においても十分な議論が尽くされているとはいい難い状況に
 ある。また,上記反対意見に従えば,同じ時期に相続が発生したにもか
 かわらず,本件規定が適用される事案とそうでない事案が生ずることに
 なるという問題も生じかねない。
(2)これに対し,立法府が本件規定を改正するのであれば,相続をめぐる
 関連規定の整備を図った上,明確な適用基準時を定め,適切な経過
 規定を設けることで,容易にこれらの問題や不都合を回避することが
 できる。そして,平成8年には法制審議会により非嫡出子の相続分を
 嫡出子のそれと同等にする旨の民法改正案が答申されているのであ
 る。これらのことを考慮すると,私は,前記1(2)のような社会情勢等の
 変化にかんがみ,立法府が本件規定を改正することが強く望まれてい
 ると考えるものである。
(3)なお,私が以上に述べたところは,立法による解決が望ましいという
 考えであって,立法による解決が望ましいことを理由に最高裁判所は
 違憲の判断をすることを差し控えるべきであるという趣旨でないことは
 いうまでもない。

  裁判官今井功の反対意見は,次のとおりである。
  わたくしは,非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする
 本件規定は,憲法14条1項に違反すると考えるので,これを合憲とし
 た原決定を破棄し,本件を原審に差し戻すべきものと考える。その理
 由は次のとおりである。
 1多数意見の引用する前記大法廷決定は,本件規定は合理的理由
 のない差別といえず,憲法14条1項に違反しないとしている。その理
 由として,同決定は,本件規定の立法理由は,法律婚の尊重と非嫡
 出子の保護の調整を図ったものと解されるとした上で,このような本
 件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであるから,
 非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1としたことが,立法理由
 との関連において著しく不合理であり,立法府に与えられた合理的
 な裁量判断の限界を超えたものということはできないとしている。
 2憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。」と規定し,
 憲法24条2項は,「相続,(中略)及び家族に関するその他の事項に
 関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,
 制定されなければならない。」と規定している。
  憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄
 の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な
 差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきである。
  本件規定は,相続分につき嫡出子と非嫡出子との間に差別を設
 けている。この差別は,被相続人の子が嫡出子であるか非嫡出子
 であるか,換言すれば,婚姻関係から出生した子であるかそうでな
 いかということを理由として,相続分に差を設けたものである。その
 立法目的は,前記大法廷決定の述べるように,法律婚の尊重とい
 うことにある。しかし,法律婚の尊重という立法目的が合理的であ
 あるとしても,その立法目的からみて,相続分において嫡出子と非
 嫡出子との間に差を設けることに合理性があるであろうか。憲法24
 条2項は,相続において個人の尊厳を立法上の原則とすることを規
 定しているのであるが,子の出生について責任を有するのは被相
 続人であって,非嫡出子には何の責任もない。婚姻関係から出生
 するかそうでないかは,子が,自らの意思や努力によってはいかん
 ともすることができない事柄である。このような事柄を理由として相
 続分において差別することは,個人の尊厳と相容れない。法律婚
 の尊重という立法目的と相続分の差別との間には,合理的な関連
 性は認められないといわざるを得ない。
  最高裁平成18年(行ツ)第135号同20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号
 1367頁は,日本国籍の取得について定めた国籍法の規定について,同じ
 く日本国民である父から認知された子であるにもかかわらず,準正子は
 国籍が取得できるのに,非準正子は国籍が取得できないとした当時の国
 籍法3条1項の規定を,合理的な理由のない差別であって憲法14条1項に
 違反すると判断したのであるが,このことは,本件のような相続分の差別
 についても妥当するといわなければならない。
 3非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定は,明治の旧民法当時
 に設けられたものであり,太平洋戦争後の民法の改正においても維持さ
 れて現在に至っている。その当時においては,合理的なものとして是認さ
 れる余地もあったことは認めざるを得ないが,その後の社会の意識の変
 化,諸外国の立法の動向,国内における立法の動き等にかんがみ,当
 初合理的であったとされた区別が,その後合理性を欠くとされるに至る事
 例があることは,国籍法についての前記大法廷判決からも明らかである。
  まず,我が国における社会的,経済的環境の変化等に伴って,夫婦共
 同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなく
 なってきており,今日では,出生数のうち非嫡出子の占める割合が増加す
 るなど,家族生活や親子関係の実態も変化し,多様化してきていることを
 指摘しなければならない。また,ヨーロッパを始め多くの国においても,非
 嫡出子の相続分を嫡出子のそれと同等とする旨の立法がされている。我
 が国においても,後に述べるように,非嫡出子の相続分を嫡出子のそれと
 同等とする旨の民法の改正意見があり,平成8年には,法制審議会総会
 が,その旨の改正案要綱を決定し,法務大臣に答申したが,未だ改正が
 実現していないという状況にある。
 4本件規定は親族相続制度の一部分を構成するものであるから,これを変
 更するに当たっては,これらの制度の全般にわたっての目配りや関連する
 諸規定への波及と整合性の検討が必要であり,また,本件規定による相
 続関係の処理は,永年にわたって行われてきたものであるから,本件規
 定を変更する場合には,その効力発生時期等についても慎重な検討が必
 要であり,これらのことは,本来国会における立法によって行われるのが
 望ましいものというべきである。このことは,上記大法廷決定における千
 種秀夫,河合伸一裁判官の補足意見で述べられ,その後の本件規定を
 合憲と判断した最高裁判所の小法廷判決における補足意見においても指
 摘されているとおりであり(前記平成12年1月27日第一小法廷判決におけ
 る藤井正雄裁判官の補足意見,前記平成15年3月31日第一小法廷判決
 における島田仁郎裁判官の補足意見参照),わたくしもこれらの意見に共
 感を覚えるものである。
  このように本来立法が望ましいとしても,裁判所が違憲と判断した規定
 について,その規定によって権利を侵害され,その救済を求めている者に
 対し救済を与えるのは裁判所の責務であって,国会における立法が望ま
 しいことを理由として違憲判断をしないことは相当でない。
  なお,本件規定を違憲無効と判断したとしても,そのことによって本件規
 定を適用した確定判決や確定審判について再審事由があるということに
 はならないし,本件規定が有効に存在することを前提として成立した遺産
 分割の調停や遺産分割の協議の効力が直ちに失われるものではない。
 遺産分割の調停や協議は,当事者の思惑や譲歩など様々な事情を踏ま
 えて成立するものであるから,本件規定が無効であることによって当然に
 錯誤があるということにはならない。本件規定を違憲と判断することによっ
 て,法的安定性を害するおそれのあることは否定できないが,その程度は
 補足意見が述べるほど著しいものとはいえないと考える。
 5非嫡出子の相続分が嫡出子のそれと差があることの問題性は,古くから
 取り上げられ,昭和54年には,法制審議会民法部会身分法小委員会の審
 議を踏まえて,「非嫡出子の相続分は嫡出子のそれと同等とする」旨の改
 正要綱試案が公表されたが,改正が見送られた。さらに平成6年に同趣旨
 の改正要綱試案が公表され,平成8年2月の法制審議会総会において同
 趣旨の法律案要綱が決定され,法務大臣に答申されたが,法案の国会提
 出は見送られて,現在に至っている。前記大法廷決定の当時は,改正要
 綱試案に基づく審議が法制審議会において行われており,改正が行われ
 ることが見込まれていた時期であった。ところが,法制審議会による上記
 答記答申以来十数年が経過したが,法律の改正は行われないまま現在
 に至っているのであり,もはや立法を待つことは許されない時期に至って
 いるというべきである。
 6以上のような理由から,わたくしは,本件規定は憲法14条1項に違反する
 と考えるので,これと異なる原決定を破棄して本件を原審に差し戻すべき
 であると考えるものである。
[ひとこと]
原審は、福岡高裁那覇支部2008年11月6日
4人の裁判官中、合憲3人(内1人は改正の立法論)、違憲1人であった。しかし、竹内意見は、多数意見は,飽くまでも本件基準日の平成12年6月30日において憲法14条1項に違反しないとするものであって,本件基準日以降の社会情勢の変動等によりその後本件規定が違憲の状態に至った可能性を否定するものではないとして、被相続人の死亡日が最近であれば結論は異なった可能性を示唆している。また、違憲とすると同時期以降の多数の相続のやり直しを危惧され、立法解決を強く望んでいる。実質違憲説ともいえよう。

 
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