判例 その他
刑事事件

2017.11.29 強制わいせつ等被告事件
行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当ではないとして、同罪の成立には性的意図を要するとした1970年判例を変更し、上告を棄却した事例
[最高裁大法廷2017(平成29)年11月29日判決 刑集71巻9号467頁]
[事実の概要]
被告人は、13最未満の少女にわいせつな行為をして写真を送るなどし、児童ポルノ規制本違反、強制わいせつ罪等で基礎され、一審、二審(原判決)で同罪等が成立するとして有罪とされた。被告人は、上告し、原判決が改正前刑法176条の解釈適用を誤り、強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとで行われるという1970年判例と相反する判断をしたと主張した。
[判決の概要]
1 刑法は、法文上強制わいせつ罪の成立要件として、性的意図と言った故意以外の主観的事情を求める文言が規定されたことはない。1970年判例は、同罪の成立には性的意図を要するとし、性的意図がない場合には、強要罪等の成立がありうる旨判示しているところ、性的意図の有無によって、強制わいせつ罪が成立するか、法定刑の軽い強要罪等が成立するにとどまるかの結論を異にする理由を明らかにしていない。また、強姦罪の成立には故意以外の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明もしていない。
性的被害に係る犯罪規定あるいは解釈は、「社会の受け止め方を踏まえなければ、処罰対象を適切に決することができない特質があると考えられる。」そうすると、1970年判例の解釈を「確として揺るぎないものとみることはできない。」
2 2004年刑法改正(強制わいせつ罪や強姦罪の法定刑引き上げ)、2017年刑法改正(男女がいずれも行為の客体・主体になりうる強制性交等罪の新設等)は、性的な被害に係る犯罪や被害の実態に対する社会の受け止め方の変化を反映したものである。
3 「以上を踏まえると、今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするにあたっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべきであって、行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は、その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず、もはや維持し難い。」
4 もっとも、刑法176条のいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には、直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方、具体的状況等をも考慮しなければ性的な意味があるかどうか評価し難い行為もある。事案によって、「個別的具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合がありうることは否定し難い。しかし、そのような場合があるとしても、故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当ではなく、昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」
本件の行為は、行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから、その他の事情を考慮するまでもなく、客観的にわいせつな行為であることが明らかであるとして、強制わいせつ罪の成立を認めた第一審判決を是認した原判決は正当であるとし、上告を棄却した。


2017.9.5 強制わいせつ被告事件
強制わいせつ被告事件について、行為が女性の意思に反していたことは認められるものの、被告人にはその認識がなかった合理的な疑いが認められるとして無罪とした事例
[名古屋地裁2017(平成29)年9月5日判決 LLI/DB L07250650]
[事実の概要]
午後10時前後、進行中の電車内で被告人が20代の女性Aの隣に座り、後頭部をつかんで3回唇に接吻し、さらに着衣の上から陰茎を触らせるなどした。
これらの行為が強制わいせつ罪にあたるとして起訴された。
[判決の概要]
被告人、弁護人は、陰茎を触らせる行為はしていない、接吻はしたがAの意思に反したものではない、仮にこれらの行為が認められ、かつAの同意がなかったとしても、被告人は同意があると誤信していたから故意がなく無罪である、と主張した。
判決は、Aの供述は、面識のない外国人男性と夜間の電車内の二人がけシートに隣り合わせで座った合計25分ほどの間で、声をかけえられて強く拒否することもできず、各行為に及ばれたという状況に照らして、特に不自然不合理な点はない。当時婚約者(判決時夫)に助けを求めようとしたり、直後に婚約者に被害を申告した経緯内容も、Aの携帯電話の発信履歴等の客観的証拠等と整合している等として、信用できるとし、各行為を認定した。弁護人は、結婚間近の身でありながら被告人と意気投合しその場の雰囲気に流されて接吻に応じたものの婚約者の手前、虚偽の被害申告をした可能性を指摘したが、現実的ではないと斥けた。
続けて判決では、被告人が自らの名前を名乗り、Aの氏名や仕事先を尋ね、Aも即答ではないものの応じ、電話番号の交換にも結果的には応じたこと、飲酒の誘いの断り方も「行きたくない」というものではなく「忙しいので行けない」という口実を設けたものであったことを踏まえ、外国人である被告人がAの婉曲な拒絶を理解できず、プライベートな情報を教えてくれたことで、自分に好意を抱いていると誤解した可能性を否定できないとした。被告人とAの顔を被告人が携帯電話で撮影していることもその可能性を強めると指摘した。
さらに、各行為の際に行使された有形力は、Aの後頭部を被告人の方へ引き寄せたこと、Aの手首を股間に持ってくるというもので、ことさら強いものではない上、Aははっきりした抵抗を示していない。他の乗客に救助を求めることが客観的に比較的容易であった。被告人は特段人の目を避けることもせず、Aとの会話の段階を経て順次各行為に及んだ。これらの事情は、被告人がAの同意があると誤信していたことをうかがわせるものといえる。
以上より、被告人の強制わいせつの故意が認められないとして、被告人に無罪の言い渡しをした。


2016.7.1 住居侵入、殺人、窃盗、傷害、脅迫被告事件
同棲していた女性に対する傷害2件、女性の家族らに対する脅迫、女性の祖母方と父方に侵入し祖母と母を殺害し、祖母と母の財布を盗んだ事案において、被告人の上告が棄却された事例
[最高裁第一小法廷2016(平成28)年7月1日判決 裁判所裁判集刑事320号395頁 LEX/DB25448185]
[事実の概要]
被告人は、交際開始後間もなく女性の勤務先の借上げアパートに押しかけて同棲し、女性の生活を監視・束縛し、顔面を殴打するなどして傷害を負わせた。女性の生活の異変を感じた勤務先関係者らからの情報等により家族らが女性をアパートから連れ出し保護した。同一のミクシィのIDから女性の親友や姉に「お前を殺して俺も死ぬ」等のメールが送信された。さらに、被告人は出刃包丁を携えて、長崎の女性の祖母方に侵入し、帰宅した祖母を複数回突き刺して失血死させ、さらに女性の父方に侵入して母を多数回突き刺して失血死させ、逃走資金を得る目的で祖母と母の財布を盗んだ。
[判決の概要]
弁護人らの上告趣意のうち、憲法36条違反をいう点は、死刑制度が同条に違反しないことは判例とするところであるから、理由がない。
その余の上告趣意は、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張である。
判決は理由中で量刑について以下の通り付言した。
犯行の動機ははなはなだ身勝手であり、電子メールの内容等から認められる殺人の動機も、女性に対する一方的かつ極端な執着と、女性を取り戻すための障害と考えていた女性の家族らを殺害してでも排除しようとするものであり、酌量の余地はない。殺害の計画性も高い。複数回刺して女性の母と祖母を失血死させた行為は、強固な殺意に基づく執拗かつ残忍なものである。結果は重大であり、遺族らが厳しい処罰感情を示している。
罰金前科しかないという事情を考慮しても、原判決が維持した一審判決の死刑はやむを得ないとして、上告を棄却した。
[ひとこと]
本件での警察の対応(女性が傷害の診断書を持参して千葉県習志野警察署に被害申告したが、迅速な対応が行われなかった)が批判され、2013年12月6日、警察庁生活安全局長・同刑事局長は連名で「恋愛感情等のもつれに起因する暴力的事案への迅速かつ的確な対応の徹底について(通達)」を発出し、関係場所が道府県にわたる事案への対応等組織的な対応の徹底を指示することになった。

2016.6.21 児童福祉法違反被告事件
児童福祉法34条1項6号の「淫行をさせる行為」の意義と判断基準を示した事例
[最高裁第一小法廷2016(平成28)年6月21日決定 刑集70巻5号369頁、裁判所時報1654号8頁]
[事実の概要]
児童(当時16歳)が通う高校の非常勤講師である被告人が校内の場所を利用するなどして児童と性的接触を開始し、その後児童と共にホテルと入室して性交に及んだ。
被告人は、児童福祉法34条1項6号違反として一審、二審で有罪となったが、弁護人は、同号の「児童に淫行をさせる行為」が不明確で有り、憲法31条に違反するとして上告した。
[決定の概要]
・児童福祉法34条1項6号の構成要件は不明確であるということはできず、上告趣意は前提を欠くが、職権で以下の通り判断する。
・「児童福祉法34条1項6号にいう「淫行」とは、同法の趣旨(1条1項(に照らし、児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為をいうと解するのが相当であり、児童を単に事故の欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような物を相手とする性交又はこれに準ずる性交類似行為は、同号にいう「淫行」に含まれる。))
・児童福祉法34条1項6号の「させる」行為とは、「直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童を淫行をなすことを助長し促進する行為をいうが(最高裁昭和39年(あ)第2816号同40年4月30日第二小法廷決定裁判集刑事155号595頁参照)、そのような行為に当たるか否かは、行為者と児童の関係、助長・促進行為の内容及び児童の意思決定に対する影響の態度、淫行の内容及び淫行に至る動機・経緯、児童の年齢、その他当該児童の置かれていた具体的状況を総合考慮して判断するのが相当である。」
上告棄却。

2015.11.25 殺人被告事件
長年DVを受けてきた妻が長男と共謀の上、夫を刃物で数回斬りつけて殺害した事案で、当時妻が強いストレスを受け極限状態にあったなどとして責任能力が著しく低下していたという弁護人の主張を退けた上、懲役6年を言い渡した事例
[水戸地裁2015(平成27)年11月25日判決 LEX/DB25542278]
[事実の概要]
妻(被告人)は夫(被害者)から、1987年の婚姻以来殺害当日に至るまで、度々暴力を振るわれた。夫は子どもたちにも長年暴力を振るった。特に、飲酒した際の暴力は激しかった。
2014年9月某日の午前2時ころ、妻が経営するビジネス旅館の管理人室において、夫は妻と子Aに対し、木製の棒で殴打したり、包丁を妻の首や腹に突きつけるなどした。さらに外出中の子Bに対する怒りを爆発させ、妻にBを呼び戻すよう指示し、「Bが帰ってきたら起こせ。殺すからな」などと言って管理人室内で就寝した。
午前3時30分ころ帰宅したBに、妻は夫を殺そうと思う、手伝ってくれるかと頼んだ。Bはいったん断ったが、それではAに手伝わせると妻が言ったので、自分がやると引き受けた。Bは包丁を持った妻に犯行を止まるよう言いもしたが、妻から、「止めてもいいけど、殺されるのはBちゃんだよ」などと言われた。
[判決の概要]
被告人は、長男と共謀の上、夫である被害者に対し、殺意を持って、被害者の背部や胸部を包丁で突き刺すなどし、多発鋭器損傷による失血により死亡させて殺害した。
被告人の精神鑑定を行った精神科医は、被告人が被害者からの家庭内暴力の影響で身体化症状や混合性解離障害の症状があり、被害者が二女に振るった暴言等のストレス要因が相まって、解離症状が悪化し、PTSD症状も出現していた、しかし、これらの症状によって本件犯行が引き起こされたという直接の関連性はなく、本件犯行は、家庭内暴力によるストレスが重なり、衝動性や攻撃性といった被告人の性格特性が影響して引き起こされたものと考えられるが、飲酒の上睡眠薬を服用したことが犯行を促進した可能性がある等と証言した。この医師の見解を前提として、判決は、「激しい家庭内暴力を前提として、被害者を殺害するという動機は、十分理解可能なものである」、長男と具体的に話し合って犯行に及んでおり、状況を十分理解していたことがうかがわれる等として、被告人の責任能力は著しく低下してはいなかったと断じた。
被害者の落ち度は大きく、被告人を必要とする子らがいることや被告人が真面目に仕事をしてきたことなど酌むべき事情があるが、被害者は就寝していたので被告人と長男に差し迫った危険があったとまでは言えない、警察に相談することなどもできた、消極的な長男をあえて犯行に引き込んだ、と言った点は非難を免れない等と指摘し、「経緯や動機に至る面をみれば、標準より軽い部分に属するが、犯行のやり方の悪質性や被告人の役割の大きさ等に照らすと、酌量減軽をすべき事案とは言えない」として、懲役6年に処する(未決勾留日数中270日算入)とした。

2015.10.6 殺人被告事件
婚姻している事実を秘したまま交際していた被告人(男性)が、婚姻の事実が明らかになったことを契機に交際相手の女性の首をしめて殺害し、懲役18年の実刑判決が言い渡された例
[東京地裁2015(平成27)年10月6日判決 LEX/DB25541355]
[事実の概要]
被告人は、警察官であるところ、婚姻していることを秘して被害者Xと交際していた。X方において、婚姻の事実に気づいたXから「社会的制裁は絶対受けてもらう」と言われたことから、被告人は、交際の事実を勤務先や妻に暴露されるかもしれないと考え、Xを、首を絞めて、頸部圧迫による窒息により死亡させた。
[判決の概要]
判決は、「本件犯行は、強固な殺意に基づく執拗なものであって、悪質である。殺意を抱いた直接のきっかけは被害者の言動にあるが、被告人は被害者と真剣ではない交際をし、別の女性と婚姻してもこれを隠して交際を続けたのであるから、被害者との間でそのような問題が生じることを予想できた。もとより被害者の言動に落ち度があったともいえない。さらに、職務に関連してはいないものの、警察官として人の生命を守るべき義務に違反して、被害者の生命を奪ったものである。このことからすれば、強い非難に値する。」「以上によれば、本件は、男女関係を動機とする被害者1人の殺人事案の中で重い部類に属する」として、検察官の求刑懲役20年に対し、懲役18年の実刑判決を言い渡した(未決勾留日数160日算入)。

2015.6.25 傷害致死被告事件
夫の介護を続ける中夫の過去の不倫を思い出して不満がこみ上げ、その側頭部等を数回殴る暴行を加えて死亡させた妻に執行猶予付き有罪判決が言い渡された事例
[東京地裁2015(平成27)年6月25日判決 LEX/DB25541029]
[事実の概要]
被告人は、夫(当時79歳)の介護を続ける中、夫がした過去の不倫を思い出して不満がこみあげてきた。そして、夫の側頭部及び顔面を手拳や平手で数回殴る暴行を加え、硬膜下血腫の傷害を負わせ、約2週間後に上記傷害により死亡させた。
[判決の概要]
検察官は本件犯行は一過性のものではないと主張したが、判決は、夫が負っていたいずれの傷も本件犯行があった日にできた可能性を否定することはできないとして、検察官の主張を採用しなかった。
凶器を使ったとまで認められないことや、先の見えない介護を続ける中、他に解消方法があったとはいえ、不満が溜まっていた点も理解できること、長男と二男が複雑な心情を示しながら被告人を許し更生に協力すると申し出ていること、被告人が71歳と比較的高齢なこと、前科前例はなく再犯に及ぶ可能性も考えられないこと等から、懲役3年に処し、5年間その執行を猶予するとした。

2015.2.27 殺人被告事件
夫からの数々の圧迫行為に追い詰められた被告人が、適切な判断ができないまま、無理心中を図り、子を殺害するに至った経緯について、同情すべき事情があるとして、酌量減軽を施した上、殺人罪の法定刑の下限をやや下回る懲役4年を言い渡した事例(裁判員裁判)
[函館地裁2015(平成27)年2月27日判決 LEX/DB25447142]
[事実の概要]
夫による数々の圧迫行為に耐えかねた被告人は、夫と離婚したいと考え、夫と共に暮らしていた被告人の実父方を長男(3歳)とともに出て行き、夫と別居することになった。被告人は離婚調停を申し立てたが、夫は離婚に応じなかったので、調停の手続は思うように進まなかった。さらに、夫が次々と申し立てた家事事件の対応を迫られたり、夫から送信された大量のメールを読んだりして、夫が自分を徹底的に追い詰めようとしているのではないかと強い恐怖を感じ、精神的に追い詰められた。
被告人は、長男を道連れに無理心中することを決意し、実父方で、長男の頚部を手で強く締め付け、その意識を消失させた。長男を抱えて浴室内において、包丁で自らの首を切るなどの自傷行為に及んだ上、長男を抱きかかえたまま水を張った浴槽内に入水し、長男を溺水により窒息死させた。
[判決の概要]
判決は、被告人が長男の殺害を決意したことは、身勝手なものとして非難されるべきとしながら、夫による数々の行為によって精神的にかなり追い詰められ、適応障害等の精神疾患の影響も重なって、適切な判断ができないまま、本件行為に及んだものであり、その経緯に同情すべき事情があるとした。
経緯のほかその行為態様、それまで愛情をもって長男を監護養育してきたこと、真面目に健全な社会生活を送ってきたこと、精神疾患を治療する予定があること等、犯罪の情状に酌量すべきものがあるとして、酌量減軽を施した上、殺人罪の法定刑の下限をやや下回る懲役4年の実刑に処するのが相当とした(未決勾留日数90日算入)。
[ひとこと]
無理心中事案は執行猶予も散見されるが、本判決は、刑の執行を猶予するほどの事情までは認められないとした。

2014.12.11 準強姦被告事件
被告人が主催する少年ゴルフ教室の生徒と性交したことが準強姦にあたるとして、検察審査会による起訴裁決を経て起訴強制されたが、無罪とした原判決への控訴を棄却した事例
[福岡高裁宮崎支部2014(平成26)年12月11日判決 LEX/DB25505426]
[事実の概要]
被告人の行為を準強姦罪に当たるとした公訴事実の要旨の概略は、以下の通り。
被告人(当時56歳)は、主催する少年ゴルフ教室の生徒A(当時18歳)が、被告人に従順であり、かつ、被告人を恩師として尊敬し卑わいなことをするはずがないと信用していることに乗じ、2006年、ラブホテルにAを車で連行した上、ホテルの一室に連れ込み、「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ」「おれとエッチをしたらお前のゴルフは変わる」などと言い、Aを仰向けに倒して、思考が混乱して抗拒不能の状態に陥っているAを、その旨認識しながら姦淫した。
被告人はAと性交したことは認めるが、被害者が抗拒不能状態にはなかった、また、被告人は、被害者の抗拒不能状態を認識していなかったと主張して争った。
被害者が告訴したのは本件発生から約4年後の2010年である。
毎日新聞2014年3月27日配信のネットニュースによると、鹿児島地検が容疑不十分で不起訴処分にしたところ、2012年5月、鹿児島検察審査会は、起訴相当と議決した。地検は再び不起訴としたが、検察審査会が同年10月起訴議決をしたため、同年12月、指定弁護士が在宅起訴したとのことである。
一審の鹿児島地裁2014(平成26)年3月27日判決(LEX/DB25446357)は、被告人を無罪とした。
[判決の概要]
原判決は、被害者が被告人から性交を持ちかけられることについて「漠然とした不安程度には予期できた出来事であるのに、性交をもちかけられたことをきっかけとして著しく驚愕し、思考停止に陥るほどの精神的混乱状態を来したということは、被害者の年齢を考慮しても不自然である」等と評価した点については、遅くともラブホテルに入った時点で、性行為を求められる可能性は予期できたものではあるが、これまでと同様、ゴルフの指導の枠内にとどまるとの希望的観測も有していたところであるとして、被害者が「著しく驚愕するとともに、精神的に大きな混乱を来したとみるのが自然である」等として、被害者が本件当時抗拒不能の状態にあったと認めた。
しかし、外形的に、被害者の明確な拒絶の意思は示されていなかったこと等から、被告人が被害者が抗拒不能状態を認識していたと認めるについては合理的な疑いが残るとし、その状態に乗じて性交したとまでは認められないとした。
以上より、原判決は結論において正当であるとして、控訴を棄却した。
[ひとこと]
2016年1月14日、最高裁第一小法廷(池上政幸裁判長)は、本判決に対する指定弁護士の上告を棄却する決定をした(東京新聞2016年1月18日付朝刊)。

2014.9.24 住居侵入、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
弁護士である被害者に対して恨みを抱き刃物を突き出して死亡させた行為等につき、懲役30年に処した事例
[仙台高裁2014(平成26)年9月24日判決 LEX/DB25504834]
[事実の概要]
被告人は、離婚調停・財産分与の審判で被告人の元妻の代理人を務めた弁護士である被害者(当時55歳)に恨みを抱き、拳銃と刈込ばさみを分解して片刃にした刃物を持って被害者方に侵入し、被害者ともみ合いになり、片刃にした刃物で被害者の胸部等を刺して出血多量で死亡させた。
被告人は、住居侵入、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反として起訴された。
秋田地裁2011年12月9日判決は懲役30年としたが、仙台高裁秋田支部2012年9月25日判決は訴訟手続上の法令違反があるとして差し戻す判決をした。しかし、最高裁第三小法廷2012年4月22日判決は二審判決を破棄した。本件はその差戻審である。
[判決の概要]
財産分与の審判の結果等に不満を持った被告人が被害者を殺害等した事案である本件の各犯行は、「法治国家における司法制度の根幹を揺るがしかねないものであり、材質においてはなはだ重大である」。複数の凶器を準備する等した計画性の高い犯行である上、殺傷能力が高い凶器を複数準備した上被害者の拉致のための多数の道具まで準備しており、計画性が高い上、極めて危険なものである。執念深い強固な殺意に基づき、駆け付けた2名の警察官も居合わせる中で、素手の被害者に対し、鋭利かつ大型の凶器で身体の枢要部に対する攻撃を繰り返したもので、非常に危険かつ悪質である。また、結果も重大である上、原審公判での被告人の「放言」からしても被告人には反省心が著しく欠如している。
裁判員裁判においてはある程度の幅を持った量刑が許容されることを踏まえても原審の判断は軽きに失して不当である。
破棄自判(無期懲役、未決勾留日数200日算入、刃物1丁・拳銃1丁・弾13発没収)。
[ひとこと]
最高裁第一小法廷(大谷直人裁判長)は4月19日付の決定で被告人の上告を棄却し本判決が確定した(朝日新聞デジタル2016年4月22日0時57分)。

2014.7.25 爆発物取締罰則違反、殺人未遂被告事件
離婚に際し長女の親権を争っていた妻が使用している運転席の脇に手製爆発物を設置し、事情を知らない妻の父に妻の居室に運ばせた上、同室内での爆発により、妻に加療100日間を要する傷害を、妻の兄と父に全治12日間、全治11日間の傷害を負わせ、殺害するに至らなかった事案において、被告人に殺意を認め、懲役13年を言い渡した事例
[那覇地裁2014(平成26)年7月25日判決 LEX/DB25504624]
[事実の概要]
被告人は妻A(当時27歳)との離婚に関し、長女の親権をめぐり争いになっていたところ、Aの父方敷地内に駐車していたA使用車両運転席の脇に手製爆発物1個を設置した。事情を知らないAの父Bが爆発物をAの居室に運んだ後、Aが爆発物のふたを開け、爆発物が爆発し、Aは加療約100日間を要する気道熱傷、右頚部皮膚欠損、右前腕手指擦過傷・皮内異物、両眼角膜異物、両眼眼球結膜異物等の傷害を、隣室にいたAの兄Cに全治約12日間を要する右後頭部挫滅創の傷害を、Aの居室から出ようとしていたBに全治約11日間の右大腿部異物残留、右足関節部外果異物残留、右大腿裂創の傷害を負わせた。
[判決の概要]
判決は、本件爆発物の構造、被害状況、再現実験の結果等から、本件爆発物は、人を死傷させる客観的可能性が高いものであったと認めた。
さらに、本件爆発物の殺傷能力を高める工夫をしていたとして、被告人には、本件爆発物が爆発することにより、人が死亡することも十分あり得ると認識していたと判断した。
被告人は、本件爆発物を設置したのは、Aを萎縮させ、親権をめぐる家事事件の手続を有利に進めるためであり、Aらが死亡することまでは考えていなかったと供述したが、家事事件の手続につき両者は代理人をたて、家庭裁判所の決定はA側の申立てを認容する内容であったのだから、爆発でAらが委縮する、そして被告人に家事事件が有利に進むという供述内容自体不合理であると退けた。また、ウエブサイトで爆発物の作成方法等を500回以上も検索し、犯行の2日前には、「爆弾を使って人を死なせたら、何罪になりますか」等のタイトルのウエブサイトを閲覧しており、爆発物の生命に対する危険性を認識していたといえる。
以上より、被告人に殺意があったとして、殺人未遂罪の成立を認めた上、Aが重傷を負った上、Aらの精神的苦痛が大きく、厳罰を求めていることなどから、被害者らとの間で被告人の父と連帯して損害賠償金3000万円を支払うとの刑事和解が成立していること、そのうち500万円は既に支払われたこと等の有利な事情を汲んでも、被告人を懲役13年に処するのが相当とした(未決勾留日数290日算入、量刑に関する意見・検察官懲役18年、弁護人懲役8〜9年)。

2014.7.15 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件
バス車内の痴漢事案について被害者供述の信用性に疑問があるとして原判決を破棄し無罪を言い渡した事例
[東京高裁2014(平成26)年7月15日判決 判時2246号123頁]
[事実の概要]
被告人は、走行中のバス車内において、女性の臀部を着衣の上から触るなどしたとして、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反の罪で起訴された。
一審判決(東京地裁立川支部平成25年5月18日判決、判時2246号128頁)は、被害者の供述の信用性を認め、罰金40万円等の有罪判決を言い渡した。
[判決の概要]
以下の要旨の理由を述べて、原判決を破棄し、無罪を言い渡した。
車載カメラの映像や被告人のメールの送受信記録という客観的証拠からすると、被害を生じたという時期に、「左手でつり革をつかみながら右手で携帯電話を操作するなどしていたという被告人供述に沿う状況が存在したことを相当程度窺わせるものとみるのが合理的である。」この状況の存在からは、被告人が被害者が供述する痴漢行為を行ったとは考え難いとみるのが論理則、経験則等に合致する。
原判決は、車載カメラの映像から、被告人は右手で携帯電話を操作するなどしており、右手で痴漢行為をすることは不可能に近いとしても、左手で痴漢行為をすることは容易とはいえないけれども不可能とか著しく困難とまではいえず、被害者の供述の信用性を左右するものではないとした。しかし、この判断は、「明らかに論理の飛躍があり、この種事案で被害者供述の信用性を判断する際に求められる慎重さを欠くものと言わざるを得ない」とし、原判決の判断は、「客観的証拠との整合性の観点からみた供述の信用性評価を誤ったもの」であり、是認できないとした。

2014.5.26 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
かつて同棲していた被害者に対して怒りを募らせ、腹部を突き刺して殺害した事案において、被告人を懲役16年に処した事例
[千葉地判2014(平成26)年5月26日 LLI/DB L06950228]
[事実の概要]
被告人が、被害者(女性、当時22歳)及び同人の長女との同棲生活を解消した後、仕事を辞める等気力を失った生活をする一方、被害者との復縁や長女との面会を拒否されたこなどから自棄となり、被害者を刺殺した事案において、殺人罪及び銃砲刀剣類所持等取締法違反で起訴された。
[判決の概要]
判決は、「罪となるべき事実」の前に「犯行に至る経緯」と題する項目をもうけ、本件犯行に及んだ道筋を詳細に認定した。その上で、「量刑の事由」にて、「人通りの多い駅前の繁華街の路上において、しかも幼い長女の面前での凶行であって大胆かつ非情」な行為という情状を挙げた上で、一方で「本件犯行を素直に認めた」こと等を考慮し、「同種事案の量刑傾向を踏まえ」る等の事由を示し、懲役16年(未決勾留日数110日算入)、ペティナイフ、果物ナイフ各1本を没収するとした(求刑懲役20年、主文同旨の没収、弁護人の意見 懲役11年)。

2013.6.21 強盗強姦、強盗強姦未遂、強姦強姦事件等
確定判決以前の3件(強盗強姦、強盗強姦未遂、強姦)につき懲役22年、確定判決後の12件(強制わいせつ、強制わいせつ未遂、強姦致傷、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反)につき懲役25年が言い渡された事例
[大阪地裁2013(平成25)年6月21日判決 LEX/DB25501587]
[事実の概要]
被告人は、(1)1999年、東京地裁で強盗強姦、恐喝、暴行で懲役7年に処せられ、2006年に刑の執行を受け終わった。(2)その後犯した強制わいせつ致傷、建造物侵入により、2008年、大阪地裁で懲役3年に処せられ、2010年、その刑の執行を受け終わった。
被告人は、2007年、2件の強盗強姦未遂、1件の強姦、2011年、4件の強制わいせつ、2件の強制わいせつ未遂、1件の強姦、3件の強姦致傷、1件の強姦未遂、1件の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反に当たる行為を、計15人の女児・女性(当時12歳〜当時37歳)の被害者に対して、行った。
[判決の概要]
2007年の3件の各罪と(1)の累犯前科及び(2)の確定判決の各罪の前科との関係で再犯であるから刑法56条1項、57条により、刑法14条2項の制限内でそれぞれ再犯加重し、これらの罪が刑法45条前段の併合罪であるとして、刑及び犯情の最も重い強盗強姦罪の刑に法定の加重をして、3件の罪について懲役22年に処するとした。
2011年の12件の各罪のうち4件は、(1)の累犯前科及び(2)の確定判決の各罪の前科との関係で3犯にあるから、刑法59条、56条1項、57条によりそれぞれ3犯の加重をし、うちに8件は、(1)の累犯前科及び(2)の確定判決の前科との関係で再犯であるから、刑法56条1項、57条によりそれぞれ再犯の加重をした上、併合罪であるので、刑及び犯情の最も重い強盗致傷の罪に法定の加重をして、12件の罪について懲役25年に処するとした。 2011年の強姦未遂の1件について、自首の成立を認めたが、犯行態様等の諸情状にかんがみ、減軽をしないとした。

2013.2.1 準強姦被告事件
合意の上で性交したものであり被害者が覚醒した状態で抗拒不能の状態になかったから無罪であるとの主張が斥けられ、準強姦が認定された事例
[東京地裁2013(平成25)年2月1日判決 LEX/DB25502639]
[事実の概要]
オリンピックの金メダリストである被告人は、A大学の女子柔道部のコーチであり、被害者は1年生の同部の部員であった。
同部の夏期合宿中の2011年9月19日午後9時ころから、被告人、コーチ、被害者のほか1、2年生の部員は、焼肉店で飲食し、その後、カラオケ店に行った。翌20日午前1時55分ころ、被告人が被害者を背負ってカラオケ店を退店し、ホテルに入った。
被告人は、2011年9月20日午前2時ころから午前3時15分までの間、被害者(当時18歳)と性交した。
[判決の概要]
被告人は、カラオケ店で被害者から積極的にキス等され、ホテルでも被害者は起きていて積極的に性交をしたものであり、行為当時、被害者は覚醒した状態であって抗拒不能の状態になかったから無罪である旨主張した。
判決は、関係各証拠より被害者の供述は十分信用することが出来るが、被告人の供述には全く信用性がないとした。すなわち、被害者がアルコールの影響により酔いつぶれ、ほとんど意識を失った状態にあったことは明らかであり、その点被害者の供述に一致するとし、また、本件性行為後、被害者は、直ちに親しい部員らにその被害を涙ながらに訴え、柔道部及び大学を去ったものであり、これは演技とは考えられないとした。
被害者は、被告人から柔道を教わるためにわざわざA大学に進学したもので、被告人に対し悪感情を抱いていたとは認められず、虚偽の事実を述べて被告人を陥れようとする動機が存在しない。
被告人が性行為の直後に関係者に明らかな嘘を話しているが、このように虚言により取り繕うとしたこと自体、性行為に関する同意がなかったことを裏付ける。
一方、性行為中に部屋に来た関係者に対し被害者が助けを求めなかった点については、尊敬する柔道の指導者から突然私的な被害を受けたという狼狽、混乱、羞恥心から、直ちに助けを求めなかったことも、不自然ではない等として、弁護人が被害者の供述が信用できないと指摘した点をことごとく退けた。
被告人の行為は、準強姦罪に該当するとして、懲役5年(未決勾留日数240日算入)とした(求刑5年)。
[ひとこと]
2013年12月11日、東京高裁は、被告人の控訴を棄却し、2014年4月23日、最高裁第二小法廷(山本庸幸裁判長)は、被告人の上告を棄却し、本判決が確定した。

2012.9.28 強制わいせつ致傷事件
性犯罪により発症した重篤なパニック障害につき、傷害と認定し、強制わいせつ致傷罪の成立を認めた例
[大阪高裁2012(平24)年9月28日決定 朝日新聞2012.9.29]
[事実の概要]
2003年、被告人は30代女性にナイフを突きつけ、わいせつな行為をした。女性は体の震えや過呼吸などの症状が突然出始め、3か月半、精神科で受診、08年にも発作が出た。
[決定の概要]
精神科医の証言や国際的に広く用いられている基準などから、「女性のパニック障害は、PTSDとの境界線上にもあるといえる非常に重篤な症状」として、強制わいせつ致傷罪の成立を認めた。
[ひとこと]
最判2012.07.24がPTSDにつき監禁致傷罪の「傷害」にあたるとの初判断を示したが、本 件は、パニック障害でも「傷害」を認定した。

2012.9.27 監禁、強姦被告事件
被害者の証言の信用性を否定して、無罪を言い渡した事例
[横浜地裁2012(平成24)年9月27日判決 LEX/DB25482901]
[判決の概要]
被告人は、A子(当時15歳)を強姦、不法に監禁したとして起訴されたが、判決は、A子の証言には、「不自然ないし不合理な点が少なくない上、度重なる意図的な事実の隠蔽や虚偽供述による変遷も認められる」として、信用性がないものとした。他方、被告人の供述には相応の信用性も認められるとして、被告人に無罪を言い渡した。

2012.7.24 監禁致傷,傷害事件
被害者らを監禁し,外傷後ストレス障害(PTSD)を発症させた行為につき,監禁致傷罪の成立が認められた事例
[裁判所]最高裁二小
[年月日]2012(平成24)年7月24日決定
[出典]刑集66巻8号709頁、判タ1385号120頁
[決定の概要]
判例違反,憲法違反との弁護人の上告趣意を斥けた上で,職権で以下の通り判断した。
「被告人は,本件各被害者を不法に監禁し,その結果,各被害者について,監禁行為やその手段等として加えられた暴行,脅迫により,一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず,(中略)精神疾患の一種である外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)の発症が認められたというのである。」「上記認定のような精神的機能の障害を惹起した場合も刑法にいう傷害に当たると解するのが相当である。」
以上より,本件各被害者に対する監禁致傷罪を認めた原判断は正当とした。
[ひとこと]
弁護人は,PTSDは,刑法上の傷害の概念に含まれないとして,監禁致傷罪の成立を争ったが,斥けられた。最高裁としてPTSDが刑法上の傷害に当たることを認めた初めての判断と思われる。

2012.7.5 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反(東京都条例)及び神奈川県迷惑行為防止条例違反事件
電車内における痴漢行為を認めた原判決を破棄し、無罪を言い渡した事例
[東京高裁2012(平成24)年7月5日判決 季刊刑事弁護76号36頁、LEX/DB25482665]
[事実の概要]
原判決が罪となるべき事実として認定判示したのは、本高裁判決によると、被告人が午後10時26分ころから午後10時38分ころまでの間東京都内の駅から神奈川県内の駅までの間を走行中の電車内において、女性に対し着衣の上から臀部に股間を押し付け、さらに臀部等を撫で回すなどしたというものであり、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反(東京都条例)と神奈川県迷惑行為防止条例違反として有罪認定された。
[判決の概要]
弁護人の控訴趣意のうち、任意性に疑いのある供述調書の採用等について退けたが、被告人に痴漢の故意があると認めることには合理的な疑いを差し挟む余地があるとし、事実誤認との論旨は理由があるとし、原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。
すなわち、本判決によると、女性の原審証言は、真摯性に疑問を容れる余地がないことは原判決が認定するとおりであり、被告人も電車内が混雑していたために、被告人の体や手が前にいた女性の体に接触したことについては認めており、ただ積極的に接触したことは捜査段階から一貫して否認していたもので、事実認定のポイントは、「痴漢の意図で意識的に本件女性の身体に触ったものと確実にいえるか」である。被告人は酒に酔って「半分寝ている状態であった」が、女性はその事実を知らず、「酒酔いからくる身体のふらつき、酒酔いや疲労からくる周囲に対する配慮の欠如」を誤解し、「これまでに何回も痴漢行為に遭った」ために「これまでと同様の、痴漢の意図に出た行為であると思い込んでしまった可能性があるのではないかとの疑問が生ずる余地もあり得るので」、女性の「原審証言につき具体的に検討し、慎重に吟味する必要があ」ったが、原審はそのような検討・吟味をしなかった。本判決は個別具体的に検討した結果、上記の言い渡しをした。

2012.7.3 強制わいせつ等事件
10歳11か月の被害者の告訴能力を否定して公訴を棄却した原判決を破棄し、原裁判所に差し戻した事例
[名古屋高裁金沢支部2012(平成24)年7月3日判決 LEX/DB25444740]
[事実の概要]
母親の交際相手の被告人(42歳)が,母親の長女と妹(検察官調書作成当時10歳11か月)にわいせつな行為をしたとして,原判決(富山地裁2012年1月19日判決)は、被告人に強制わいせつや準強姦などの罪で懲役13年の実刑判決を言い渡した。ただし,妹の被害について富山地検が起訴した2件のうち1件について,祖母の告訴を有効としたが,1件については否定した。富山地方検察庁は妹の供述調書を正式な告訴状の代わりとして起訴したが,原判決は,捜査機関が祖母に働きかけて告訴状を作成させた経緯及び被害者には告訴状を作成させたり通常形式の告訴調書を作成したりしていないと認められることなどに照らし、被害者が告訴能力を有していたことには相当な疑問が残り、有効な告訴があったとは認めがたいとして、2件いずれの告訴も認めなかった。
弁護人及び検察官双方が控訴した。
[判決の概要]
告訴は、「犯罪被害にあたった事実を捜査機関に申告して、犯人の処罰を求める行為であって、その効果意思としても、捜査機関に対し、自己の犯罪被害事実を理解し、これを申告して犯人の処罰を求める医師を形成する能力があれば足りると解するのが相当である。知的障害により知的能力が7、8歳程度と認められる成人被害者について告訴能力が肯定されるのは、このような考えの下に理解できるところである。」
検察官調書作成当時10歳11か月の被害者は、成績は中の上くらいであり、年齢相応の理解力及び判断力を備えていたと認められる。検察官及び警察官に対する供述の内容からしても、被害者が処罰を求める供述の意味とその効果を理解しておらず、告訴としての効力が否定されるべき状況にあったとはいえない。原判決が重視した警察官が被害者の告訴能力に疑いを抱いていたとうかがわれることは、告訴能力の有無の判断に直接影響するものではない。以上より、告訴能力を認め、刑事訴訟法378条2号の絶対的控訴理由があるとした。
弁護人の量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れないとして、原判決を破棄し原裁判所へ差し戻した。


2012.2.21 強制わいせつ事件
連れ子の養女に対する強制わいせつ事件の控訴審判決において、当時11歳の女児の供述の信用性が否定され、第一審の判決が破棄されて無罪が言渡された事例
[福岡高裁那覇支部2012(平成24)年2月21日判決 判時2175号106頁]
[事実の概要]
本件は、被害当時11歳の女児が、学校のスクールカウンセラーに養父からのわいせつ行為に係る被害実態を告白したことが端緒となった強制わいせつ事件である。養父である被告人は、当時11歳の連れ子の女児に対し、その就寝中に陰部を手指で触るなどして弄び、13歳未満の女子に対してわいせつな行為をしたとして、強制わいせつの罪で起訴された。
客観的な証拠はなく、目撃者もいないことから、女児の供述の信用性が主な争点となった。
原審は、女児の供述が、生活状況や女児の生活しているアパートの構造など客観的事実と一致していること、被害後の経緯に関する供述が他の関係者(母、学校関係者、児相関係者)の供述とおおむね一致していることから信用性を肯定し、被告人に対し懲役1年6月を言い渡した。
[判決の概要]
本判決は、女児の供述が被害事実の内容において変遷しており、その変遷について合理的な説明がされていないことを主な理由として、以下の通り女児の供述の信用性を否定し、被告人に無罪を言い渡した。
「児童の性暴力被害に関する専門的な知見からは、性暴力被害を受けた児童の特徴として、性暴力被害を認めたがらないこと、説得力がなく、タイミングがずれておりかつ矛盾した証言を行うこと、一旦性暴力を認めた後で証言を撤回することなどがあり、自分の告白により加害者、家族及び自分自身が困った立場に立たされることへの不安などがあると指摘されている。」とした上で、本件の供述の変遷は、被告人に有利な部分もあり、上記知見からは説明困難であると考えられ、仮に「説明が可能であるとしても、これが採用し得る唯一の説明でない以上、これを安易に採用して」「信用性を認めることは相当ではない」とした。
また、女児には虚偽供述の動機がないことを認めた上で、「供述の信用性判断において虚偽供述の動機を過度に重視することは相当ではなく、これは補充的な判断要素とすべきである。すなわち、供述の信用性判断は、客観的な事実との整合性、供述内容の具体性・合理性、供述の変遷の有無及びその理由等を基本要素とし、これらに問題がない場合に虚偽供述の動機の有無を検討すべきである」とし、本件において虚偽供述の動機がないことは信用性判断においては重要視されないとした。
さらに、女児が内容の変遷があるものの被害申告を貫いたことに関し、被害が事実であるとの見方もできるが、「児童は虚偽の説明による被害が生じることを避けるより、嘘を言ったことを認めて自身の信用をなくすことを避けることがあり得る」から、被害申告の意思の一貫性は、供述の信用性を高める事情にはならないとした。

2011.12.16 強姦事件
被害者の被告人に畏怖していたとの証言の信用性を否定し被告人を無罪とした一審判決を破棄し、強姦罪が成立するとした事例
[裁判所]大阪高裁判決
[年月日]2011(平23)年12月16日判決
[出典]LLI/DB(L06620646)
[公訴事実の要旨]
被告人は,内妻及びその長女である被害者(1989年生)らと同居していたところ,被害者が長期間にわたり被告人から虐待を受けたために被告人を極度に畏怖していることに乗じ,2005年11月ないし12月に3度強いて姦淫したとして,起訴された。
[判決の概要]
一審判決は,各姦淫行為の時点において,被害者の証言につき,長期間にわたり被告人から虐待を受けたために被告人を極度に畏怖していたとの部分,さらに,被告人の発言によって抵抗することが困難な状態に陥ったとの部分につき,信用性に疑問があるとして,無罪を言い渡した。一審判決は,被害者が被告人から過去に暴力を受けていたという被害者の証言の内容が具体性を欠くとし,また,被害者から母へのメールの内容や被告人とのプリクラの写真等からしても,被告人に恐怖感や嫌悪感を抱いていたとは考え難いとした。
本判決は,プリクラ等にみられる被害者の行動も「被告人の機嫌を害しないようにと迎合的に取り繕ったもの」等と解釈できるとする等,一審判決の指摘は直ちには被害者の証言の信用性を減殺するものではないとし,一審判決を破棄し,3件の公訴事実それぞれについて強姦罪の成立を認めた(懲役10年,未決勾留日数中320日参入)。
[ひとこと]
被害者の証言の信用性についての判断が一審と控訴審で分れた事案である。

2011.12.12 監禁致傷,詐欺,強盗,殺人,傷害致死被告事件
内縁の夫と共謀の上,6人を殺害し,1人を死亡させた被告人の罪責は重大であるとしながら,内縁の夫により異常な暴行,虐待を長期間にわたって繰り返し加えられ正常な判断能力が低下していたこと等に鑑み,無期懲役を維持した事例
[裁判所]最高裁第一小法廷
[年月日]2011(平成23)年12月12日判決
[出典]LEX/DB25444313
[公訴事実の要旨]
詐欺等の嫌疑を受け指名手配を受けていた内縁の夫と被告人が,生活資金を得ようとする意図で,たまたま知り合った男性や,被告人の両親や妹と妹の夫,子ども2人を同居させ,長期間にわたり,身体への通電や食事制限等の暴行,虐待を頻繁に加えて,多額の金を工面させて受領した上,残虐な態様で順次殺害した。
被告人を無期に処した福岡高等裁判所平成19年9月26日判決につき,検察官は判例違反として上告した。
[判決の概要]
検察の上告趣意は,実質は量刑不当の主張であり,刑訴法405条の上告理由に当たらないとした上で,職権により以下の通り量刑につき判断し,無期懲役を維持した。
被告人の罪責は誠に重大であり,「死刑を選択することも十分考慮しなければならない事案というべきである」としながら,他方において,主導的したのは,内縁の夫であり,被告人は,夫により他者との交流を制約された生活の中で,身体への通電による電気ショックの使用を含め,異常な暴行,虐待を長期間にわたって繰り返し加えられるなどして,正常な判断能力が低下し,特に被告人の母の殺害の前に,夫からの離脱を図ったことで,激しくかつ頻繁な通電を受けてその程度も強まり,その指示に従わないことが難しい心理状態にあった中で,加担したものであること,さらに積極的に自白し,事案解明に大きく寄与したこと,等から,原判決を破棄しなければ,著しく正義に反するとまでは認められない。
[ひとこと]
精神医学の見地からの判断等をも踏まえた原判決の判断を尊重すべきであるとする宮川光治裁判官の補足意見と,異常なDVを受けていたとしても,被害者が加害者に反撃する,あるいはその意のままになるという事態は推察し得るが,DV被害者であるがゆえに加害者以外の第三者を攻撃し殺害するということは考えにくく,DV被害者であることを過度に斟酌すべきでないとし,司法精神医学者の鑑定意見書はほとんど被告人の言い分のみを基礎としていたなどとして,極刑をもって臨むべきとする横田尤孝裁判官の反対意見が付されている。

2011.12.5 強姦致傷,窃盗,強盗被告事件
被告人が確定裁判を挟んで強姦致傷事件9件及び窃盗・強盗事件4件の犯行に及んだ事件につき,確定裁判前の事件群,確定裁判後の事件群それぞれにつき検察官が懲役30年を求刑したところ,確定裁判前の5件の強姦致傷事件等につき懲役24年,確定裁判後の4件の強姦致傷事件等につき懲役26年を言い渡した事例
[裁判所]静岡地方裁判所沼津支部
[年月日]2011(平成23)年12月5日判決
[出典]LEX/DB25480380
[公訴事実の要旨]
被告人は,平成21年3月,沼津簡易裁判所で窃盗罪により懲役1年(執行猶予4年)に処せられ,同月中に確定した。
その後,被告人は,平成13年10月,平成15年8月,平成17年9月,平成20年8月,平成20年11月の各強姦致傷事件,平成17年9月の窃盗事件,平成20年11月の強盗事件(上記窃盗事件判決確定前の行為),平成21年7月の強姦致傷事件,同年8月の強姦致傷事件・強盗事件,平成22年7月の強姦致傷事件・強盗事件,同月の強姦致傷事件(上記窃盗事件判決確定後の行為)で起訴された。
[判決の概要]
検察は,窃盗事件判決の確定前・後のいずれの事件群についても有期懲役の上限である懲役30年を求刑した。
判決は,各強姦致傷事件の行為態様は,苛烈な暴行・脅迫を加えたもので,更に確定後には確定前と比べて凶暴性をエスカレートさせ,さらには犯跡の隠ぺい工作についてもエスカレートさせ犯行後に口止めしたり,強盗事件に及ぶなどし,強姦致傷事件後の情状も非常に悪く,被害者ら(顔面が多数回の殴打で大きく腫れあがった被害者らもいる)はいずれも甚大な精神的苦痛を被りその処罰感情も傾聴に値し,刑事責任は誠に重大であるとした。しかし,被告人の両親が住み慣れた自宅を売却した資金で1人の被害者を除く8人の被害者に慰謝料の一部として各50万円等合計406万4000円の被害弁償を行ったこと,被告人が捜査が身近に及んでいることを感じたことを契機としたものの,平成22年7月の強姦致傷事件につき自首したこと等を考慮し,確定前の事件群につき懲役24年,確定後の事件群につき懲役26年(未決拘留日数中320日参入)に処するとした。

2011.9.29 殺人事件
離婚調停中の妻を,水難事故を装って水没させ殺害した事案につき,無罪主張を排斥し,状況証拠を積み重ねて殺害行為を認定した上,面接交渉の機会を悪用した犯罪であること等の事情に照らして,量刑を判断した事例
[裁判所]名古屋地方裁判所
[年月日]2011(平成23)年9月29日判決
[出典]LEX/DB25444014
[公訴事実の要旨]
被告人と被害者は婚姻し,長男(事件当時約2歳10月)をもうけたが,被害者が長男を連れて実家に帰った後別居となった。被害者は被告人に対し離婚調停を申立て,被告人は円満調整調停と面接交渉の調停を申し立てた。他方,被告人は,呪術団体に,同団体で最も高い98,000円コースで,妻を殺害する呪いを依頼するメールを送信したり,インターネットを通じて,ナイフ2本や高電圧を生ずる機器を購入したりした。面接交渉にあたり,被告人は河川のある公園を提案し,被害者は了承した。被害者は,被告人とともに,長男を水浴びさせた後,溺死した。被告人は,被害者は事故で死亡したとして無罪を主張した。
[判決の概要]
被害者の腹部及び右背部付近の変色班はいずれも被告人が所持する機器を故意に接触させ放電したことによって生じたものと推認できる。両膝の変色班は膝を地面等に強く打ちつけて生じたものと推認できる。人並みに泳ぐことができた被害者が背の立つ程度の浅い川で溺れたということは,被告人の主張と相反する。被告人が呪術団体の最も高いコースを頼み,被害者の死を強く望む内容のメールを送っていること,ナイフや高額な高電圧を生ずる機器を購入したこと,面接交渉の場に携帯するとはおよそ考えられない機器を持参したこと,面接交渉の場所として,川,滝など水のある場所ばかり検索し,固執したこと等からして,水難事故を装った殺害計画を有していたということを推認させる。間接事実を総合評価して,被告人が被害者の腹部に電撃を加え,河川内に水没させ溺死させた旨事実認定した。
被告人に前科がないこと,利欲のみを目的とした事案とまでは認められないこと等を考慮しても,強固な殺意に基づく,計画性の非常に高い殺人事件であること,面接交渉の機会を悪用した犯罪であること等の諸事情に照らして,有期懲役の上限に近い刑をもって臨むのが相当であるとして,懲役19年(未決勾留日数中680日参入),機器の没収との判決を下した。
[ひとこと]
面会交流中に妻を殺害したという衝撃的な事例である。量刑の理由の一つとして,その事情も指摘された。

2011.7.25 強姦事件
通行中の女性に対して暴行脅迫を加えてビルの外階段屋上踊り場まで連行し,強姦したとされる事件について,被害を受けたとする女性の供述の信用性を認めた第一審判決及び高裁判決を破棄し,被告人を無罪とした事例
[裁判所]最高裁第2小法廷
[年月日]2011(平23)年7月25日判決
[出典]判時2132号134頁、判タ1358号79頁
[公訴事実の要旨]
被告人が通行中の女性(当時18歳)に対し,「ついてこないと殺すぞ」などと語気鋭く脅迫するとともに,女性のコートの袖をつかんで引っ張るなどの暴行を加え,ビル外階段屋上踊り場まで連行し,女性を壁に押しつけ,暴行を加え,無理矢理姦淫した。
[判決の概要]
第一審,原審は,いずれも,女性の供述の信用性を全面的に肯定し,公訴事実のとおり認定し,被告人を有罪とした。
暴行・脅迫及び姦淫行為を基礎づける客観的な証拠が存せず,証拠としては,女性の供述のみであった。
本判決は,暴行脅迫を加えて連行したという時間帯は午後7時10分ころであり,人通りもある駅前付近であったこと,近くに交番もあったこと,途中の駐車場に係員もいたこと,姦淫行為の現場でもすぐ後ろを警備員が通ったこと等から,助けを呼ぶことさえできなかったことは疑問であるとした。また,姦淫の有無についても,女性が供述する体勢から,姦淫が行われたこと自体が疑わしいなどとした。また女性の供述内容に変遷がみられることからしても,姦淫があったことに疑義があるとした。
被告人は報酬を支払うことを条件に女性に同意を得て手淫をしてもらったと供述しているところ,日ごろからそのような行為に及んでいたことなどから,被告人の供述をたやすくは排斥できないとした。
以上の判断のもと,第一審判決,原判決を破棄し,被告人を無罪とした。
[ひとこと]
古田祐紀裁判官の反対意見,須藤正彦裁判官,千葉勝美裁判官の補足意見が付されている。

2007.9.26 強姦、傷害事件
夫が妻に対して暴行脅迫を加えて姦淫をした事案につき夫に強姦罪の成立を認めた事例
[東京高裁2007(平成19)年9月26日判決 判タ1268号345頁]
[事実の概要]
被告人(夫)は被害者(妻)と別居し、離婚調停中(申立人は被害者)であったところ、被告人方において、被害者に対し、「やらせろよ。早く服脱げよ。やるのかやらないのか。どっちなんだ。やらせなきゃこれから店に行くぞ。お前が店に行けなくなってもいいのか。」などと、性交に応じなければ、被害者が勤務先から解雇されるように仕向ける旨脅迫し、押し倒すなどの暴行を加え、強いて姦淫した。
原審(千葉地裁八日市場支部2007年5月29日判決)は、強姦罪の成立を認めた(懲役3年の実刑、求刑懲役6年)。
被告人は、事実関係は争わないものの、被害者とは法律上の夫婦であり、強姦罪は成立しないとして、控訴。
[判決の概要]
「法律上の夫が、妻に暴行脅迫を加えて、姦淫した事案に、具お感材が成立するかについては、学説上争いがあり、無条件にこれを肯定する説、無条件にこれを否定する説(所論はこれによっている。)、夫婦が実質的に破綻している場合にこれを肯定する説が存在する。そこで検討するに、強姦罪の構成要件は、その対象を「女子」と規定しているだけであり、婚姻関係にある女子を特に除外していない。しかるに、無条件でこれを除外して強姦罪の成立を認める説は、構成要件の解釈としては無理がある。そこで、婚姻中の夫婦は、互いに性交渉を求め、かつ、これに応ずべき関係にあることから、夫の妻に対する性行を求める権利の行使として常に違法性が阻却されると解することも考えられる。しかし、かかる権利が存在するとしても、それを実現する方法が社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を超える場合には、違法性を阻却しないと解される。そして、暴行・脅迫を伴う場合は、適法な権利行使とは認められず、強姦罪が成立するというべきである。いかなる男女関係においても、性行為を暴行脅迫により強制できるものではなく、そのことは、女性の自己決定権を保護するという観点からも重要である。いわゆるDVの実態がある場合には強姦罪の成立も視野に入れなければならない。もっとも、こう解すると、通常の婚姻関係が維持されているなかで、例えば、偶々妻が気が乗らないという理由だけで性行為を拒否したときにも、夫に刑が重い強姦罪が成立することになり、刑法の謙抑性の観点から問題があるという批判もあり得ようが、そのような場合に、そのことが妻から訴えられるということも考えにくく、あくまで理論的な問題にとどまるともいえる。」
本件においては、被告人と被害者とは別居し、被害者が離婚を求めて調停を申し立ていた等の事情もあり、被告人と被害者との婚姻関係は、本件当時、「実質的に破綻していたことが客観的にも認められる。」「権利行使を理由とする違法性阻却の余地はなく」、「本件は、実質的な破綻状態を要件とする説によっても、強姦罪が成立することになる。以上より、法令適用の誤りはないとした。
暴行行為も傷害の結果も重大とまではいえないこと、被告人が反省の情を示していること等を考慮しても、原判決当時、その量刑は相当であった。しかし、原判決後、被告人と被害者の離婚が成立したこと、被告人が被害者に謝罪金50万円を支払って示談が成立したこと、被害者から減刑嘆願書を受け取ったこと、今後被害者が望まない限り被害者や子どもと会わない旨誓約していること等から、現時点では、原判決の実刑を維持するのは、酷に失する。よって、破棄自判とし、懲役3年(未決勾留日数中50日算入)、4年間の執行猶予とした。
[ひとこと]
従前、着衣の上から臀部をなでる行為はそれだけではわいせつ行為とはいえないとの見解もあったが、これを広げた点で画期的。迷惑防止条例や暴行罪では刑が軽すぎた。

2003.6.2 強制わいせつ事件
着衣の上から女性の臀部を手のひらでなで回す行為が強制わいせつ罪の「わいせつ行為」にあたるとされた事例
[裁判所]名古屋高裁
[年月日]2003(平15)年6月2日判決
[出典]判時1834号161頁
[事実の概要]
同名犯罪の前科のある被告人が言葉たくみにトイレに誘い込みわいせつ行為を行った。
[判決の概要]
被告人はいずれの被害者に対しても、その臀部を手のひらでなで回していること、被害者は21歳及び14歳の女性であったことが認められ、こうした行為は、着衣の上からされたものであっても、その部位及び態様から客観的にみてわいせつ行為と解するのが相当である、とした。
[ひとこと]
夫婦間の強姦罪の成否について一般的な解釈論を掲げ、通常の男女間と同様に強姦罪の成立を認めるものとしつつ、本件は婚姻が実質的に破たんしていた場合に限定して強姦罪の成立を認める見解によっても成立するとした判断である。

1987.6.18 強姦、傷害事件
夫が第三者と妻を輪姦した事案につき夫に強姦罪の共同正犯の成立を認めた事例
[広島高裁松江支部1987(昭和62)年6月18日判決 判タ642号257頁]
[事実の概要]
被告人(夫)は被害者(妻)に対し日ごろから被害者の結婚前の異性関係をなじる等しては度々暴力をふるいこれに耐えかねた被害者は実家等に繰り返し避難していたが、その都度被告人に発見され連れ戻されていた。被害者が再び逃げ出したところ、被告人とその友人男性が被害者の実家に上がり込んで被害者を待ち、被告人を恐れて一夜中付近の集会所で過ごした被害者が戻ってきたところで、強引に自動車に乗せた。被告人は友人と被害者を姦淫することを企て、服を脱ぐよう命じても拒んだ被害者の顔面や腹部を殴打する等して、それぞれ姦淫した。
弁護人は、被害者の性格、家庭状況、過去の異性関係、非行状況等をとらえて、被害者の供述の信用性を問題にしたが、原判決(鳥取地裁1986(昭和51)年12月17日判決(判タ624号250頁)は、他の状況証拠、客観的事実と対比して矛盾がないとして、被害者の供述の信用性を認めた上、夫婦間でも強姦罪が成立するものとし、被告人につき懲役2年10月(未決勾留日数520日算入)、被告人の友人につき懲役2年(未決勾留日数560日算入)に処するとした。
[判決の概要]
弁護人は、控訴趣意として、事実誤認等を主張した上、「犯時(原文ママ)夫婦であり、夫婦は互いに性交を求める権利を有しかつこれに応じる義務があるから、夫が妻に対し暴行、脅迫を用いて性交に及んだとしても、暴行、脅迫罪が成立するは格別、性交自体は対象とならないため、強姦罪の成立する余地はない」等として法令適用の誤りがあると主張した。
控訴審判決は、「婚姻中夫婦が互いに性交渉を求めかつこれに応ずべき所論の関係にある」としつつ、「婚姻中」とは、「実質的にも婚姻が継続していることを指し、法律上は夫婦であっても婚姻が破綻して夫婦たるの実質を失い名ばかりの夫婦にすぎない場合には、もとより夫婦間に所論の関係はなく、夫が暴行又は脅迫をもつて妻を姦淫したときは強姦罪が成立」するとした上、本件は婚姻関係が完全に破たんしていたとして、被告人についても強姦罪の成立を認めた原判決は是認でき、原判決に法令適用の誤りはないとし、控訴を棄却した(控訴審における未決勾留日数中120日算入)。
[ひとこと]
掲載誌である判例タイムズによると、本判決は、婚姻中の夫婦間の性交渉が強姦罪に問われたおそらく初めてのケースである。判例タイムズの解説には、「夫婦間では強姦罪は成立しないというのが通説」とあるが(判タ642号257頁、ただし、「通説も、未だその根拠が説明し尽くされているとは言えないように思われる」と指摘する。)、現在では、通常の男女間と同様に強姦罪が成立するものと解すべきとする学説が有力である(大谷實『刑法講義各論新版第2版』(成文堂、2007年)、山口厚『刑法各論補訂版』(有斐閣、2005年))。婚姻関係が実質的に破たんしていた場合に限定して強姦罪の成立を認める見解もある(町野朔『刑法各論の現在』(有斐閣、1996年))。2013年4月15日記述

 
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