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性同一性障害

 性同一性障害とは、生物学的な性別(出生時の身体的性別、すなわち生まれながら持っている体の性)と性自認(自分の性別に対する認識、すなわち心の性)による性別の不一致があることによって、社会的に支障のある状態をいう。医学的な疾患名である。生物学的な性別が女性で性自認が男性である人を「FtM」(Female to Male)といい、生物学的な性別が男性で性自認が女性である人のことを「MtF」(Male to Female)という。
 なお、自己と同じ性を持つ者を性的魅力の対象として好むことを同性愛という。性同一性障害と同性愛は混同されがちであるが、この2つは別の問題である。
 2003年7月16日、性同一性障害特例法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)が成立し、性同一性障害者のうち、特定の要件を満たす者について、家庭裁判所の審判により、法令上の性別の取扱いと戸籍上の性別記載の変更が認められるようになった。特例法は2004年7月16日から施行されている。特例法による性別変更の要件は、@20歳以上であること、A現に婚姻をしていないこと、B現に未成年の子がいないこと、C生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること、Dその身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること、である(同法3条1項)。
 成立当初は、「現に子がいないこと」が要件とされたが、2008年、上記のように「現に未成年の子がいないこと」と改正され、子がいても未成年の子でなければ性別変更が可能となった。しかし、現行法の下でも、上記の各要件について、それぞれその妥当性が問題とされている。
 また、名の変更に関しては、特例法に規定はなく、戸籍法107条の2の名の変更の許可審判を申し立てることになる。

2017.2.6
戸籍上の性別を変更するために、不妊手術を義務付けた性同一性障害特例法を合憲とした例
[岡山家裁津山支部2017(平成29)年2月6日審判 朝日新聞20170208]
[事実の概要]
申立人は、39歳で性同一性障害の診断を受け、その後、戸籍上の名前を男性的なものに変更した。ホルモン投与も受けた。ただし、卵巣摘出は受けなかった。現在、パートナーの女性とその子との3人で暮らしており、異性カップルとして結婚することを希望している。
2016年12月、性別変更を求める家事審判を申し立て、「身体に著しいダメージを伴う手術を要求するのは、自己決定権を保障した憲法13条違反で無効」と主張した。
[審判の概要]
「憲法13条に違反するほど不合理な規定ということはできない」として、申立てを却下した。
[ひとこと]
手術要件は、特例法の成立時より問題があると議論されてきた。世界保健機関(WHO)は、2014年、生殖腺除去手術の強制は人権侵害であるとして廃絶を求める共同声明を出しており、手術要件を課さないのが世界の法の趨勢である。


2015.7.1
性別変更を理由としたゴルフクラブの入会拒否等を違法とした原判決を相当とし控訴を棄却した事例
[東京高裁2015(平成27)年7月1日判決 労働判例ジャーナル43号40頁、LEX/DB25540642]
[事実の概要]
静岡地裁浜松支部2014(平成26)年9月8日判決 判時2243号67頁と同じ。
[判決の概要]
「憲法における国民の権利に関する規定及び国際人権規約は、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではなく、私人間における権利や利害の調整は、原則として私的自治に委ねられるが、私人の行為により個人の基本的な自由や平等に関する具体的な侵害又はそのおそれがあり、その態様、程度等が憲法の規定等の趣旨に照らして社会的に許容し得る限度を超えるときは、民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、当該行為を無効としたり、当該行為が不法行為に当たるものと解したりして救済を図るのが相当」であるとした上で、原判決を相当とし、控訴はいずれも理由がないとして棄却した。


2014.9.8
性別変更を理由としたゴルフクラブの入会拒否等を違法とした事例
[静岡地裁浜松支部2014(平成26)年9月8日判決 判時2243号67頁、LEX/DB25504840]
[事実の概要]
性同一性障害で性別を女性に変えた会社経営者が、ゴルフ場運営会社の株式2株を購入し、法人会員として会員制ゴルフクラブに入会を申し込んだが、性別変更を理由に入会を拒否され、被告会社の譲渡承認を拒否された。この一連の行為は、ゴルフ場利用権の侵害に留まらず、憲法14条1項や国際人権B規約26条の規定の趣旨に照らし公序良俗に反し違法だとして、ゴルフクラブなどに慰謝料などを求めた事案である。クラブ側は、浴室や更衣室の利用で、既存会員に不安感や困惑が出る恐れがあるとし、憲法22条の結社の自由により構成員選択の自由があると主張した。
[判決の概要]
判決は、入会拒否等は私人間の権利衝突であるから憲法や国際人権B規約が直接適用されるものではないが、不法行為上の違法性を判断するに当たって憲法14条1項や国際人権B規約26条は基準のひとつとなるとした。性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が施行されてから約8年が経過していたことなどからすれば、性同一性障害が医学的疾患であることは公知の事実であった。したがって、性同一性障害及びその治療を理由とする不合理な取扱いが許されないことは、公序の一内容を構成していたといえる。以上より、入会拒否等は、憲法14条や国際人権B規約26条の規定の趣旨に照らし、社会的に許容しうる限界を超えると違法性を認めた上、慰謝料額100万円と弁護士費用10万円の支払いを命じた。


2010.10.12
未成年の子がいる男性につき性同一性障害を理由とする女性名への変更が許可された事例
[裁判所]高松高裁
[年月日]2010(平成22)年10月12日決定
[出典]家月63巻8号58頁
[事実の概要]
Aは、昭和42年に長男として出生し、平成2年にBと婚姻し、長女、長男をもうけたものの、平成20年、子2人の親権者をBとして協議離婚した。Aは、平成22年、二人の医師により、それぞれ性同一性障害と診断され、ホルモン療法を受け始めた。さらに、Aは、別の医師により、MTF性転換症と診断され、治療を進めていた。Aは、平成21年頃から、「甲」という女性名を通称名として使用している(甲名が記載されている「水道メータ取替のお知らせ」の提出あり。)。そこで、Aは、戸籍名である名「乙」(男性名)を、通称名であり女性名である「甲」に変更することの許可を求めた。
1審では、性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律(以下、「性同一性特例法」)3条1項3号により、Aは、Aの子らが成人する4年後までは性別の取扱変更手続をすることができないところ、この趣旨は名の変更についても考慮されるべきであるとして、名の変更許可の申立てを却下した。これに対してAが抗告したのが本件である。
[決定の概要]
戸籍法107条の2は、名の変更には「正当な事由」のあることを要する旨定めており、これは、みだりに変更を許さないという公益と個人の利益の調和を図ろうとする趣旨の規定であると解される。上記の観点から、「正当な事由」の有無について検討すると、Aは、@性同一性障害者であって、日常は女性として生活していること、AAの戸籍上の名である「乙」は、男性であることを示すものであるため、Aは、性別アイデンティティーの維持や社会生活における本人確認などに支障をきたしていること、BAは現在ホルモン療法を受けており、最終的には、性同一性特例法に基づき、戸籍上の性別を変更する予定であること、CAは「甲」の通称名を少なくとも9カ月余り使用しており、一定程度の使用実績があること、DAは現在失職中であり、名の変更によって社会的混乱が発生するとは考え難いことなどから、「正当な事由」が存するものと認められる。
なお、Aには未成年の子が二人いるから、性同一性特例法3条1項3号により、子が成人する平成26年までは性別の取扱の変更をすることが出来ないが、同条の趣旨を名の変更についてまで当然に考慮しなければならないものではない。
[ひとこと]
原審は性同一性特例法3条1項3号の趣旨から名の変更を認めなかったが、抗告審では、抗告人が実際には「甲」として生活している状況等をとりあげ、名の変更を認めた。特例法に名の変更規定がおかれなかったのは、既に司法的に解決済みと判断されたためであろう(大島俊之「現に婚姻をしている性同一性障害者の名の変更」民商法雑誌144-1-118 2011年)とされ、多数の裁判例は、既に婚姻している者についても名の変更を認めてきているが、本件は、婚姻しかつ未成年子がいる者の名の変更を認めた事案として紹介した。もともと、特例法が、現に未成年子がいないことを性別変更の要件として厳格に制限していること自体に議論がある。婚姻しているが子はいない者につき名の変更を認めた例として、大阪高決平成21.11.10家月62-8-75(評釈として前記大島、渡邊泰彦「婚姻している性同一性障害者の名の変更」速報判例解説9巻93頁2011年10月)など。

2009.11.10
性同一性障害者の名の変更につき正当な事由が認められた事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2009(平成21)年11月10日決定
[出典]家月62巻8号75頁
[事実の概要]
性同一性障害であるAは、社会生活上、自己が認識している性別とは異なる男性であることを表す戸籍上の名「甲」を「乙」に変更することの許可を求める申し立てをした。
Aは、女性として生活すべく精神的及び身体的治療(ホルモン療法、精巣摘出)を受け、将来的には性別適合手術を受ける予定であった。Aは女性Bと婚姻しており、教職に就いている。なお、AB間に子はいない。
原審である神戸家裁(平成21年9月15日審判)は、Aが精神的苦痛を被っていることは認めながらも、通常女性の名として受け止められるであろう「乙」への名の変更が認められるならば、AB間の婚姻につき同性婚の外観が生じてしまうこと、学校教諭である甲を男性として認識している保護者等に混乱をもたらすこと、Aが「乙」という名を使用することが社会的に定着しているとは言い難いことに鑑み、戸籍法107条の2所定の「正当な事由」があると認めるのは困難として、申立てを却下した。そこでAが即時抗告したのが本件である。
[決定の概要]
戸籍法107条の2が、名の変更に「正当な事由」のあることを必要としているのは、呼称秩序の安定を確保するとともに、当該名の使用を強いることが社会観念上不当であるとか、変更後の名を使用することが当人の社会生活上必要かつ相当である場合などには名の変更を認めることとし、公益と個人の利益の調和を図ろうとする法意であると解される。
本件では、Aは、社会生活上、自己が認識している性とは異なる男性として振る舞わなければならないことや、男性を表す名である「甲」を使用しなければならないことにつき精神的苦痛を感じており、このような精神的苦痛を甘受するのが相当であるといえるような事情は認められない。
一般社会に対する影響については、Aの勤務する学校の上司や同僚は、Aが性同一性障害に罹患していることを知っているし、保護者に対しても適切な方法により説明すれば、名の変更前後で誤認混同が生じるおそれも少なく、直ちに職場秩序や教育現場に混乱を生じさせるとは認められない。
なお、「乙」が女性の名であるとも断定できない以上、AB間の婚姻が直ちに同性婚の外観を呈するといえるか疑問である上、Aの戸籍上の性別が男性であることに代わりはなく、同性婚のような外観を呈したことにより一般社会に影響を及ぼすとはいえない。
以上により、Aの名を「甲」から「乙」に変更することには正当な事由がある。
[ひとこと]
変更後名の社会的定着の程度ではなく、申立人本人の精神的苦痛や一般社会(主に職場)に与える影響につき、事実を掘り下げた上で判断がなされている。

2009.3.30
申立人の子に婚姻による成年擬制が及ぶため「現に未成年の子がいない」としてされた性別の取扱いの変更申立てについて、申立権を濫用したものであるとして却下した事例
[裁判所]東京家裁
[年月日]2009(平成21)年3月30日審判
[出典]家月61巻10号75頁
[事実の概要]
申立人(戸籍上の性別は男性)は、Bと協議離婚後、Cが申立人の子を妊娠し、平成3年にCと婚姻して、長女D(平成3年生)をもうけた。しかし、平成6年にCと協議離婚した。その後、平成6年にEと婚姻し、平成11年にEと協議離婚し、現在は婚姻していない。長女Dは、平成20年6月にF(昭和31年生)と婚姻し、同年7月協議離婚した。申立人は、遅くとも、Cとの離婚、Eとの婚姻の頃には、性別違和が持続するようになり、ホルモン療法を開始し、顔の女性化手術を受け、性別適合手術を受け、その結果、申立人の生殖腺の機能は永続的に失われ、性器に係る部分の状態は、女性の性器に係る部分ととれる状態になっている。その後、名を変更し、声の女性化の声帯手術を受け、複数の医師から一致して性同一性障害者であると診断された。
平成20年12月、申立人は、同日施行された改正後の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、「法」という。)に基づき、家庭裁判所に性別取扱の変更を申し立てた。改正法3条1項3号は、「現に未成年の子がいないこと」を、性別取扱いの変更の要件としている。申立人の長女Dは17歳であるが、婚姻による成年擬制が及ぶとして、申立てを行った。
[審判の概要]
申立書の「申立ての実情」欄等に『申立人は平成15年から交際していた男性と長女とともに同居している』と記載されているその男性がFであり、DとFは、平成20年6月18日に同年法律第70号が公布されたことを受けて、同法が施行されれば申立人が性別取扱い変更の申立てをすることができるよう、実質的な婚姻意思がないのにDについて婚姻による成年擬制を受けることを目的として平成20年6月に婚姻の届出をしたものと強く推認される。
そして、申立人は、申立人とFの関係、Dの生活実態等から、Dの婚姻が婚姻意思を欠くものであったことを知る立場にありながら、父としてこれに同意した上で(民法737条1項)、同婚姻によって戸籍上はDについて成年擬制が及ぶことを利用して、Dが、満20歳に達するのを待つことなく平成20年法律第70号の施行当日に本件の申立てを行ったものであり、本件申立ては法の趣旨に反し、法により認められる申立権を濫用したものと認めるべきである。
[ひとこと]
性別取り扱いの変更について、従前は、子がいる場合は申し立て自体が認められず、これについて疑問とする声多く出ており、平成20年の改正によって、子がいても、未成年の子がいなければ申し立てが認められることとなった。
本件では、未成年の子の婚姻は、成年擬制を受けることを目的としたものであると認定し、申立権の濫用として、申立を却下した裁判例である。

2007.10.19
性別の取扱いの変更申立却下に対する特別抗告事件
[裁判所]最高裁三小
[年月日]2007(平成19)年10月19日決定
[出典]家月60巻3号36頁、金亮完(速報判例解説3号97頁)、本山敦(司法書
    士437号34頁)
[事実の概要]
性同一性障害(GID)と判断され、戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう求めた事案において、家裁、高裁は、いずれも、子がいることを理由に申立を却下した。
[決定の概要]
性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として「現に子がいないこと」を求める成同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項3号の規定は、現に子のある者について性別の取扱いの変更を認めた場合、家族秩序に混乱を生じさせ、子の福祉の観点からも問題を生じかねない等の配慮に基づくものとして、合理性を欠くものとはいえないから、国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁、最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁)の趣旨に微して明らかである。論旨は理由がない。抗告棄却。
[ひとこと]
理由中、「家族の秩序の混乱」は十分説得力をもつものか、時代によっては、変化していくのではと思われる。

2006.3.29
1戸籍上及び生物学上の性は男性であるが、内心及び身体の外形において女性である留置人に対し、男性警察官らが行った身体検査等が、許される範囲を超えて違法とされた事例
2 戸籍上及び生物学上の性は男性であるが、内心及び身体の外形において女性である留置人を、一般の男性留置人が同室する共同房に留置したことが、裁量の範囲を超えて違法であるとされた事例
[裁判所]東京地裁
[年月日]2006(平成18)年3月29日判決
[出典]判タ1243号78頁
[事実の概要]
性同一性障害者が横領罪の被疑者として、警察署の留置場に留置された。その際に、右留置場において、
@傷病調査等を行うにあたり、男性の警察官が原告の着衣を脱がした行為
Aほかの男性留置人が在房する留置室に原告を留置した行為
B衣服に箸を隠したなどの疑いで、原告を全裸にした行為
につき、金100万円の慰謝料を国家賠償請求した。
[判決の概要]
@に関する判示
少なくとも、内心において女性であるとの確信を有し、外見上も女性としての身体を有する者に対する身体検査においては、特段の事情の内限り、女子職員が身体検査を行うか、医師若しくは成年の女子を立ち会わせなければならない。しかし、特段の事情もなく、本件では許される範囲を超えた違法な身体検査である。
Aに関する判示
本件は、原告が内心において女性であるとの確信を有し、外見上も女性としての身体を有する者である等の事情に十分な考慮を払わず、原告の自殺等のおそれ等の事情を過大に考慮し、最良の範囲を逸脱した違法がある。
Bに関しては、原告主張の事実自体が認められないと判示した。
@、Aの違法性から慰謝料30万円が認容された。
[ひとこと]
性同一性障害者を女性と同一に扱わなかった点に関して、違法と判断され、慰謝料が認められた点に、本判決の意義があるといえよう。

2004.7.28
性同一性障害を抱える申立人について、男性から女性への戸籍の性別変更を認めた例
[裁判所]那覇家裁
[年月日]2004(平成16)年7月28日決定
[出典]法学教室288号122頁、日経新聞04.7.29
[事実の概要]
申立人(20代)は幼少時より男性である自分に違和感を感じつつ育ち、海外留学をきっかけに女性として生きていく意思を固め、03年に性転換手術を受けた。
[決定の概要]
申立人は医学的に性同一性障害との確定的な診断を受けており、社会的にも女性としての自我を取得しつつあるとして、変更を認めるのが相当とした。
[ひとこと]
2004年7月16日に性同一性障害特例法が施行され、変更を認めた初の例。

2002.6.20
「性同一性障害」の男性に対する女装勤務等を理由とする懲戒解雇が無効とされた例
[裁判所]東京地裁
[年月日]2002(平成14)年6月20日決定
[出典]労働判例830号13頁、藤本茂「性同一性障害者に対するセクシュアルハラスメント」法律時報03年9月号
[事実の概要]
男性社員X(昭40年生)は平成9年10月出版社Yに採用されて、以来主として地図情報に関するデータベースの作成や現地調査等を担当していたところ、平成14年1月21日、Yから、地図等の出版物の製作部門への配転の内示を受けた。Xは、これに対し「自分を女性として認めて欲しい。具体的には、女性の服装で勤務したい。女性トイレを使用したい。女性更衣室を使いたい」旨申し出、上記申出をYが承認しなければ配転を拒否する旨回答して、翌2月12日から3月1日迄欠勤した(欠勤日は後日有給とされた)。
YはXの申出を拒否すると共に、2月14日、Xに対し製作部製作課への配令命令書を書面で送付したところ、Xは、公的機関(ハローワーク)に告発する旨の文書といっしょに上記通知文を破棄したものを同封してYに返却してきた(その直後、XはYに対しこれらの行為についての謝罪文を送付している)。
Xは3月4日から4月17日までの間、女性の服装・化粧等をして出社し、配転先で在席したところ、Yは、「女性風の服装またはアクセサリーを身につけたり、または女性風の化粧をしたりしないこと。服装を正して始業時間迄に出社すること。本件命令に従わない場合、就業規則に基づき厳重な処分とします」等と記載した通知書をXに渡す等して、いずれの日も自宅待機を命じ、4月17日、業務命令(女装で出勤しないこと等)違反等を理由としてXを懲戒解雇した。Xはこれを不服として、懲戒解雇無効の仮処分を求めた。
なお、XはYに入社する直前に結婚して、妻との間で子供をもうけたが、平成12年5月に性同一性障害と診断され、それ以来精神療法等の治療を受けており、同年10月には妻とも離婚し、平成13年7月には家裁で戸籍名を女性名に変更している。
[決定の概要]
裁判所はXの配転命令拒否等については、正当な理由がないものの、「懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反」とは言えないとしてYの主張を斥けた。
次にXが女性の容姿で出社したことについて、裁判所はまず、Yの社員や取引先、顧客のうち相当数が、Xの容姿に嫌悪感を抱いたり抱くおそれがあり、そのためYがXの行動による社内外への影響を考慮して、当面の混乱を回避するため、Xが女性の容姿による就労の禁止を命じたことには一応の理由があると判断した。
そのうえで裁判所は、Xが性同一性障害により精神療法等の治療を受けて、女性としての性自認が確立しており、今後変化することもないとの診断がなされて、職場以外において女性装による生活状態に入っており、妻とも離婚し、戸籍名も女性名に変更され、男性の容姿をしてYで就労することが精神的・肉体的に困難になりつつあり、他者から男性としての行動を要求されたり、女性としての行動を抑制されると、多大な精神的苦痛を被る状態にあり、このような状態においては、XがYに対して、女性の容姿をした就労と配慮を求めることには相応の理由があると判断した。
更に裁判所は、「債務者(Y)社員が債権者(X)に抱いた違和感及び嫌悪感は(中略)、債権者における上記事情を認識し理解するよう図ることにより、時間の経過も相まって緩和する余地が十分あるものといえる。また、債務者の取引先や顧客が債権者に抱き又は抱くおそれのある違和感及び嫌悪感については、債務者の業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとまで認めるに足りる的確な疎明はない。のみならず、債務者は、債権者に対し、本件申出を受けた1月22日からこれを承認しないと回答した2月14日までの間に、本件申出について何らかの対応をし、また、この回答をした際にその具体的理由を説明しようとしたとは認められない上、その後の経緯に照らすと、債権者の性同一性障害に関する事情を理解し、本件申出に関する債権者の意向を反映しようとする姿勢を有していたとも認められない。そして、債務者において、債権者の業務内容、就労環境等について、本件申出に基づき、債務者、債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をした債権者を就労させることが、債務者における企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。以上によれば、債権者による本件服務命令違反行為は、懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり、また、57条の服務義務違反に反するものとして、懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが(中略)、懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。」旨判旨して、懲戒解雇は権利濫用により無効とし、Xの請求を認める仮処分決定をした(賃金仮払い)。
[ひとこと]
性同一性障害(gender identity disorder)は、判旨も述べているように、一般には「形態的には完全に正常で、生物学的には自分の身体がどちらの性に属しているかをはっきり認識しながら、人格的には自分が別の性に属していると確信し、日常生活においても別の性の役割を果たし、別の性になろうとする状態」と定義されている。性同一性障害は、医学的には身体と脳の性不一致によって起こる精神病患とされ、国際的にも、疾病分類に記載されて診断基準が設けられており、例えばアメリカ精神医学会が刊行しているDSM−IV(精神疾患の診断と統計のためのマニュアル)では、反対の性に対する強く持続的な同一感(例えば、男性が女装をするなど)や、自分の性に対する持続的な不感・不適切感(例えば男性の場合、ペニスを気持ち悪がったり、女性の場合、乳房や生理を不快に思うなど)、自分が身体的に属する性に基づいて社会的、職業的な行動を行う場合、著しい精神的苦痛等の機能障害を引き起こす状態とされている。一般に性同一性障害者は、女性では約10万人に1人、男性では約3万人に1人とされ、わが国では現在約7,000人程度の患者がいると言われている。性同一性障害者は、同性との仲間関係ができずに孤立し、子供時代にはいじめや登校拒否、大人の場合には職場等になじめず、しばしば自殺に至る場合もある。
性同一性障害に対する治療法としては、ホルモン療法、精神療法、性転換手術等により、身体的性を精神的性に一致させる方法があり、わが国では1996年埼玉医大倫理委が性転換手術を「正当な医療行為」と認定し、翌年日本精神神経医学会が同障害の診断と治療に関するガイドラインを策定し、厚生省も医療行為と認定し、1998年、埼玉医大での性転換手術がはじめて公にされるようになった。
性同一性障害は、このように比較的最近社会的認知を受けるに至った疾病であり、それ故今日に至るも依然として社会的には広範な偏見と差別にさらされており、性同一性障害者は、社会的には、いじめや就職・雇用差別等さまざまな不利益を受けていると言わざるを得ない。本件裁判はこのような社会的現実の中で引き起こされたものである。
本件裁判での最大の争点は、性同一性障害者の男性Xが女装して出勤したことが、女装就労を禁止したY社の服務命令に違反し、懲戒解雇事由に該当するか否かである。
この点について裁判所は、一応、Xの行為は服務義務に違反し、懲戒事由に当たり得るものの、Yの業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとは言えず、また、Yの業務内容、就労環境等について、Xからの女装勤務、女性トイレ使用、女性更衣室使用の申出に基づいて、当事者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をしたXを就労させることがYの企業秩序又は業務遂行に著しい支障を来すと認めるに足りる疎明なく、結局、懲戒解雇に相当するほどの重大かつ悪質な企業秩序違反とは認められないと判断した。
すなわち、裁判所は、性同一性障害者が女装をして出勤した事実につき、Yの服務義務に違反するが、懲戒解雇にするほどの重大なかつ悪質な企業秩序違反とは認められれないと判断しているのである。したがって裁判所の論理からは、より軽い懲戒処分(例えば訓戒、譴責、出勤停止など)が有効とされる可能性があり、また男性ばかりの職場で、女性用トイレや更衣室使用の確保が困難な場合などは解雇が有効とされる場合もあり得るとも言えよう。
さらに何よりも、本件におけるXの女装勤務は、服務規定義務違反を構成するか?である。一般に企業における服装規定違反は、労働者のプライバシー、服装の自由や自己決定権と使用者の労務指揮権との関連で問題とされることが多く、例えば労働者のヒゲや髪形などについては、裁判所は労働者の自己決定権を優先する判断をしており、他方、ネームプレートや制帽、制服着用については使用者の服務規定を優先しているといえよう。しかし、本件ではXは性同一性障害という疾病によって女装出勤をやむなくされたものであり、一般的なプライバシーや自己決定権とはレベルを異にしており、疾病者の労務遂行上不可欠なものか否かの判断がなされるべきものであったと言えよう。したがって裁判所はかかる事実についてより踏み込んだ判断が求められるべきである。いかに少数者とはいえ、性同一性障害に苦しむ人々が、職場において良好な労務環境の中で仕事を遂行する権利は保障されるべきなのである。(水谷英夫)

2000.2.9
性同一性障害の治療としての性転換手術を受けた場合に、性別に関する戸籍訂正が認められなかったケース
[裁判所]東京高裁
[年月日]2000(平成12)年2月9日判決
[出典]判時1718号62頁
[事実の概要]
染色体の構成や外性器の構造等生物学的には正常な男性として出生し、「長男」として戸籍に記載されたが、自己の性別への違和感に悩み、いわゆる性転換手術を受け、外形上女性形となった原告が、戸籍法113条に基づき、戸籍法上の父母との続柄欄を「長男」から「二女」に訂正することの許可を求めたところ、原審において申立却下の審判を受けたため、その取消しを求めて抗告した。
[判決の概要]
現行の法制においては、男女の性別は遺伝的に規定される生物学的性によって決定されるという建前を採っており、戸籍法とその下における取扱いもその前提の下に成り立っているというほかないとして、性転換手術を受けて外形的に別の性の形状を備えるにいった場合でも、原告の性別に関する記載が、戸籍法113条にいう「法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があること」にあたるとはいうことはできないといわざるを得ないとして申立てを却下した。

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