判例
4 別居中の生活費など

4−1 婚姻費用(生活費)
 夫婦は、その資産,収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する(民760条)。夫婦と未成熟子の生活費を意味する。
 具体的には、衣食住費のほかに、医療費、教育費、相当の娯楽費などを含む。


4−1−2021.4.21
婚姻費用の算定につき、失職した義務者の収入を潜在的稼働能力により認定することが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないとした例
[東京高裁2021(令3)年4月21日決定 家庭の法と裁判37号35頁]
[決定の概要]
婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。
抗告人は、令和2年●月●日に自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け、それをきっかけとして、同月●日、職場を自主退職し、同年●月●日付けの「主治医の意見書」において、抗告人の就労は現状では困難であるとされ、抗告人は前記自主退職後、就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、原審判の審理終結日の時点においてはもとより、現在においても就労としておらず、令和3年●月●日付けで、●市に対し、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることが認められる。
そうすると、抗告人が自主退職した職場で勤める前には複数の勤務先で勤務した経験を有していたこと、抗告人が自主退職してから現在まで1年が経過していないことを考慮しても、抗告人において、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用分担における相手方との関係で公平に反すると評価される特段の事情があるとは認められないというべきである。
したがって、抗告人のその余の主張(信義則違反等)について判断をするまでもなく、相手方は、少なくとも抗告人の現在の状態の下では、抗告人に対し、婚姻費用分担金の支払いを求めることはできないから、相手方の本件申立ては却下を免れない。


4−1−2020.10.2
1別居中の夫婦間の婚姻費用の分担につき、子に生じた私立高等学校の学費等のうち公立学校教育費を超過する分の負担割合について、双方の基礎収入の額に応じて案分するのが相当とした原審判の判示部分を維持した事例
2婚姻費用分担等の調停申立て以前の婚姻費用等の請求について、相手方(妻)の請求に対して抗告人(夫)がその一部を支払い、妻が不足分の請求を直ちにしていたとは認め難いことを考慮すれば、不足分の清算は婚姻費用分担審判等においてではなく財産分与の判断に委ねるのが相当と判示した事例
[東京高裁2020(令和2)年10月2日決定 家庭の法と裁判37号41頁]
[決定の概要]
1抗告人(夫)は、学費等の算定に関して、当事者間で二等分すべきと主張したが、抗告人と相手方(妻)の年収及び基礎年収(夫の年収は妻の年収の約7倍、基礎年収は約6倍の差があった。)を前提とすると、超過分の学費に関しては、特別経費と同様に基礎収入割合とすることが不相当であるとはいえないとして、抗告人の主張を排斥した。
2相手方は、公立学校の教育費は、世帯収入と同様の増加率で増加しないことを理由に、約37万円が学校教育費として考慮されているとはいえないと主張したが、標準算定方式においては公立学校教育費を考慮した上で子の指数が定められており、婚姻費用は基礎収入に子の指数を乗じた値を基に算定されるため、子の指数が一定であれば世帯収入の増加によって、子に与えられる学校教育費の金額は公立学校であるか私立学校であるかを問わず増加することになる。したがって、標準算定方式における考慮済みの学校教育費の金額は、基礎年収の額に応じて変動することになるとして、相手方の主張を排斥した。
3相手方は、2018(平成30)年1月には婚姻費用分担金の増額を請求していたこと、同年4月から12月までの婚姻費用(学費等を含む。)の分担金の支払を求めていたこと等を、メールを証拠として提出した上で主張し、調停申立て前の婚姻費用分担金等の支払を求めた。これに対し、抗告審は、相手方が抗告人に対し、上記請求をしたことは認めた上で、その後、抗告人が一部支払を行い、相手方が不足分について直ちに請求したことを認めるに足りる資料がないことから、不足分の清算の要否は、離婚に伴う財産分与の判断に委ねるのが相当として、相手方の主張を排斥した。


4−1−2020.2.20
抑うつ状態のために退職し減収となったことを理由とする夫からの婚姻費用減額の申立てにつき、前件審判を変更すべき事情の変更が認められないとして、一定の減額を認めた原審判を取り消し、申立てを却下した例
[大阪高裁2020(令和2)年2月20日決定 家庭の法と裁判31号64頁]
[決定の概要]
抗告人は、平成30年10月、13年間も勤務していたHを自主退職し、同月、婚姻費用分担金の減額を求めて本件調停申立てをした。抗告人は、本件調停申立て後、受診した以後は約5か月間受診しなかったが、本件調停が不成立となり、本件審判手続に移行した約半月後にD医師の診察を受け、D医師に診断書の作成を依頼し、気分変調症(慢性の抑うつ状態)であり、うつ状態の持続から一般就労は困難な状態である旨記載された診断書の交付を受けた。決定では、同診断書について、
「上記診断書も、前同様に具体的症状は全く記載されておらず、どの程度就労が制限され、どのような形態であれば就労可能であるのか明らかではない。このような上記診断書の作成時期、経緯及び記載内容からすれば、抗告人は、本件審判手続において自己に有利な資料として提出するために上記診断書の交付を受けた疑いなしとしない。」と判断された。
また、その他の事情として、「抗告人は、自己の将来に役立てるために免許等の取得や大学入学を目指して意欲的に取り組み、実現している」
「抗告人が令和元年8月以降は受診も服薬もしていない上、同年9月11日の原審第4回審判期日において、相手方との審判等がなければ、身体、精神上特段の問題はない旨陳述している」との事実を認定した。
そして、「以上のとおり、抗告人は、前件審判後、断続的にD医師の診察を受け、Hを退職してほとんど収入がない状態となっているが、自らの意思で退職した上、退職直前の給与収入は前件審判当時と大差はなかったし、退職後の行動をみても、抑うつ状態のため就労困難であるとは認められないから、(中略)退職後現在に至るまで前件審判当時と同程度の収入を得る稼働能力を有しているとみるべきである。したがって、抗告人の精神状態や退職による収入の減少は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を減額すべき事情の変更ということはできず、抗告人の本件申立ては理由がない。」として、申立てを却下した。


4−1−2020.1.23
婚姻費用分担審判の申立て後に離婚が成立したとしても、これによって離婚時までの婚姻費用分担請求権は消滅しないとして、離婚により婚姻費用分担請求権が過去分も含めて消滅するとした原審を破棄し、差し戻した事例
[最高裁第一小法廷2020(令和2)年1月23日決定 裁判所時報1740号1頁、家庭の法と裁判27号36頁]
[事実の概要]
2018年5月、妻Xは、夫Yに対し、婚姻費用分担調停を申し立てた。
2018年7月、XY間で調停離婚が成立したところ、同調停では、財産分与に関する合意はされず、清算条項もなかった。
同日、前述の婚姻費用分担調停も不成立により終了したところ、審判移行した。
原審は、離婚成立により婚姻費用分担請求権は消滅したことから、離婚時までの婚姻費用の分担を求める本件申立は不適法であるとして却下したところ、Xが許可抗告を申し立てた。
[決定の概要]
最高裁は、以下の通り決定し、原審に差し戻した。
「民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は、夫婦の協議のほか(略)家庭裁判所の審判により、その具体的な分担額が形成決定されるものである。」「同条は(略)婚姻費用の分担は、当事者が婚姻関係にあることを前提にするものであるから、婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合は、離婚時以後の分の費用につきその分担を同上により求める余地がないことは明らかである。しかし、上記の場合に、婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在せず、家庭裁判所は、過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することが出来るのであるから、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。このことは、当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることが出来る場合であっても、異なるものではない。
したがって、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても、これにより婚姻費用分担請求が消滅するものとは言えない。」


4−1−2019.12.19
前件調停で合意した婚姻費用分担額の減少を認め、夫(相手方)の年金収入については、独自の判断で受給していないとしても、65歳で受給を開始していれば受給できる金額を基礎収入に加算して算定した例
[東京高裁2019(令和元)年12月19日決定 家庭の法と裁判30号78頁]
[決定の概要]
「相手方が65歳で年金の受給を開始していれば、年額約250万円の年金を受給することができるものと認められることからすると、(中略)上記の年金収入を給与収入に換算した約390万円(年金収入については職業費が不要であることを考慮し、基礎収入割合39パーセントに20パーセントを加えて基礎収入を算定し、基礎収入額を基礎収入割合38パーセントで除したもの)について,相手方が本来であれば得ることができる収入として、婚姻費用の分担額の算定の基礎とするのが妥当である。(中略)同居する夫婦の間では、年金収入はその共同生活の糧とするのが通常であることからすると、これを相手方の独自の判断で受給しないこととしたからといって、その収入がないものとして婚姻費用の算定をするのは相当とはいえない。(中略)このような取り扱いをする以上、今後、実際に相手方が年金の受給を開始し、受給開始時期との関係で前記の金額よりも高額な年金を受給できたとしても、基本的には、当該高額な年金の受給に基づいて婚姻費用の算定をすることはできず、この事実をもって、婚姻費用を変更すべき事情に当たるものと認めることもできないということになる。」として、減額を認めつつ原審判を一部変更した。


4−1−2019.11.12
婚姻費用分担額の算定において、幼児教育・保育の無償化を考慮すべきか否かが争われた事例
[東京高決2019(令和元)年11月12 日 家庭の法と裁判29号70頁]
[事実の概要]
相手方(妻)は、長女及び二女を連れて実家に帰り、別居中の抗告人(夫)に対し、婚姻費用分担金の支払いを求めた。
原審の東京家庭裁判所は、双方の年収をもとに婚姻費用分担額を算定した上で、長女の教育費(私立幼稚園の費用や習い事代等)については、妻子が実家で生活していること等の事情も併せ考え、標準算定方式で考慮済みの学習関係費を超過する額の2分の1相当額の加算を認めた。
夫は、2019年10月から幼児教育・保育の無償化が開始されるから、教育費の加算に当たっては、同月以降無償とされる額を控除すべきだと主張し、東京高等裁判所に抗告した。
[決定の概要]
「幼児教育の無償化は、子の監護者の経済的負担を軽減すること等により子の健全成長の実現を目的とするものであり(子ども、子育て支援法1条参照)、このような公的支援は、私的な扶助を補助する性質を有するにすぎないから、上記制度の開始を理由として令和元年10月からの婚姻費用分担額を減額すべきであるとする抗告人の主張は採用できない。」として、夫の上記主張を排斥した。


4−1−2019.1.31
妻である相手方(原審申立人)が、別居中の夫である抗告人(原審相手方)に対し、婚姻費用の分担を求めたところ、原審は、夫による権利濫用の主張を排斥して、妻に対する婚姻費用の支払いを認めたが、抗告審にて、別居と婚姻関係の悪化の原因や双方の経済的状況を考慮し、原審を取り消して妻の申立てを却下した例。
[東京高決2019(平成31)年1月31日 家庭の法と裁判29号120頁]
[事実の概要]
酔って帰宅した妻が、小学校高学年の長男の首を絞め、壁に押し付けて両肩などをつかむなどの暴力を振るい、これを注意した夫ともみ合いになったところ、妻が包丁を持ち出して夫に向けて振り回し、夫を負傷させた(本件暴力行為)。それを見た長男は裸足で家を飛び出し、夫と長男はホテルに宿泊した。なお、妻は本件暴力行為の以前から、長男を叩く、蹴るなどの暴力を振るっていた。その後、長男は児童相談所に一時保護されるなどしたが、夫が住居を賃借し、長男を引き取る形で別居を開始した。妻は同居時の住宅にて一人で暮らしている。夫は長男を養育し、長男と共に暮らす住居の賃料、長男の私立学校の学費や学習塾費用の他、妻が居住する住居の住宅ローンを支払っている。妻から夫に対して婚姻費用を請求した。抗告審は、原審を取り消して妻の申立てを却下した。
[決定の概要]
「抗告人(夫)と相手方(妻)の別居の直接の原因は本件暴力行為であるが、この本件暴力行為による別居の開始を契機として抗告人と相手方との婚姻関係が一挙に悪化し、別居の継続に伴って不和が深刻化しているとみられる。そして、本件暴力行為から別居に至る抗告人と相手方の婚姻関係の悪化の経過の根底には、相手方の長男に対する暴力とこれによる長男の心身への深刻な影響が存在するのであって…別居と婚姻関係の深刻な悪化については、相手方の責任によるところが極めて大きいというべきである」。
「翻って、相手方と抗告人の経済的状況をみると…相手方は年収330万円余りの年収があるところ、抗告人が住宅ローンを返済している住居に別居後も引き続き居住していることによって、抗告人の負担において住居費を免れており、相応の生活水準の生計を賄うに十分な状態にある」。「他方、抗告人は、会社を経営し、平成29年には約900万円の収入があって、それ自体は相手方の収入より多いが」、長男を養育し、「相手方が居住している住宅に係る住宅ローン」、長男と同居する「住居の賃料及び共益費」、「私立学校に通学する長男の学費や学習塾の費用」などを負担している。
このような「相手方及び抗告人の経済的状況に照らせば、…別居及び婚姻関係の悪化について…極めて大きな責任があると認められる相手方が、抗告人に対し、その生活水準を抗告人と同程度に保持することを求めて婚姻費用の分担を請求することは、信義に反し、又は、権利の濫用として許されないというべきである。」
[ひとこと]
妻の不貞以外で、婚姻費用分担請求が信義則(権利濫用)で排斥された稀有な事例である。


4−1−2019.1.11
算定表により算定される婚姻費用の額に、住居費と習い事費用を収入比で按分した分担額を加えて算定した例
[東京家裁2019(平成31)年1月11日決定 家庭の法と裁判30号99頁]
[事実の概要]
夫の不貞に気づいた妻が夫婦関係の修復を求めていたところ、夫は突然一家で住んでいた社宅を出て、妻に対し立ち退きを求めた。このため妻は子ら(小学2年と1年)とともに転居した。妻から夫に対して婚姻費用を請求した。
[決定の概要]
住居費については、「算定表により相手方(夫)が分担すべき婚姻費用を算定すると月26万円となる。(中略)基本的には相手方の一連の行為によってやむを得ずに転居したものであると認められる。近隣の住居を借りたのも、夫婦の問題には関係のない、子らの生活環境の変化を最小限にしようとするものであって合理性があり、その広さや賃料額も、従前の生活や親子3人の一般的な生活水準に比して不相当に広く、高額であるということもできないのであり、これらを考慮すると、本件においては、相手方には、申立人の住居費につき、標準算定方式で考慮されている額を超える部分につき収入比で按分して分担すべき義務があると定めるのが公平にかなうというべきである。標準算定方式において年収200万円未満の世帯の標準的な住居費(特別経費の一部)として考慮されているのは2万7940円であるから、相手方は、申立人の実質賃料月額10万0625円のうち上記金額を超える7万2685円について、双方の収入比(相手方:申立人=1404万円:93万円≒14:1)に応じて分担すべきであり、6万7839円を分担させるのが相当である。」とした。
習い事費用については、「習い事は、通常の学校教育とは別に任意に行うものであるから、原則として、子の監護者がその責任と負担において行うべきものであるが、義務者がその習い事をさせることについて従前同意していた場合などには、適切な範囲で義務者に負担させるのが相当である。」とし、本件では、夫も同居中習い事に賛成し費用負担をしていたことを認めた上、スイミングとピアノの習い事費用のうち15分の14の額を夫が負担すべきとした。
上記の住居費及び習い事費用の夫の分担額を、算定表により算定される額に加算した。
[ひとこと]
特に、住居費について、算定表の枠にとどまらず加算を認めた点は画期的である。


4−1−2018.10.11
養育費の権利者が再婚し、監護する長女が再婚相手と養子縁組した後も、権利者が前夫から養育費を受領してきた場合に、権利者から再婚相手に対する婚姻費用分担請求に与える影響について判断した例
[大阪高裁2018(平成30)年10月11日決定 判タ1460号118頁、家庭の法と裁判21号70頁]
[事実の概要]
妻Bから夫Aに対し、婚姻費用分担請求をした。Bの連れ子である長女D(大学生)は、Aと養子縁組をしているが、Bは前夫(Dの実父)から養育費(月14万円および学費などとして年100万円)を受領し続けてきた。
[決定の概要]
試算に係る未払婚姻費用分担金720万円(長女の生活費を含むもの)から、長女の生活費を含まない未払婚姻費用分担金480万円の差額である240万円の限度においては、前夫の上記養育費支払いによって要扶養状態が解消されたものとして、未払婚姻費用分担金720万円から控除するのが相当である。
[ひとこと]
養子縁組をした場合、養親は実親に優先して扶養義務を負うが、現に実親から養育費が支払われているケースの計算方法である点が珍しい。二重取りにならないよう計算された。


4−1−2018.8.31
告訴を取り下げてもらうことを目的に月額20万円の婚姻費用分担額の支払を合意した後、義務者の収入が減少した事案において、婚姻費用の減額を認めた原審を変更し、合意に基づく婚姻費用分担金の支払いを命じた事例
[東京高裁2018(平成30)年8月31日決定 家庭の法と裁判25号70頁]
[事実の概要]
2008年11月、妻Xと夫Yは婚姻し、婚姻後、長女と次女をもうけた。
2014年4月、XとYは別居を開始し、Xが子らを監護していた。
2015年6月、Yが子らを連れ去ろうとし、未成年者略取及び同未遂で逮捕勾留された。XとYは、Yが婚姻費用月額20万円を支払うことなどを条件に、Xが告訴取下げることを合意した。なお、Xは無収入であった。
2016年11月、Xは、Yが減収を理由として合意通りの金額を支払わないことから、婚姻費用分担調停を申し立てたところ、不成立となり審判に移行した。
審判では、Yの減収は予見できたものの、その具体的程度を予見することは困難であったとされ、減収のあった2019年8月分以降は前記合意に拘束されず、同月分以降は標準算定表を基礎として月額16万円の婚姻費用の支払が命じられた。
Xは、減収は予見しえたとして即時抗告、YもXの潜在的稼働能力を主張して即時抗告した。
[決定の概要]
争点は、合意後のYの減収が、婚姻費用分担額を減額するべき事情変更に該当するか、であるところ、東京高裁は以下の事実を前提に、「合意を変更するほどの事情が生じたものということはできない」と判断し、合意に沿った月額20万円の支払をYに命じた。
・月額20万円の合意は、「XとYは、双方の収入を前提として婚姻費用の額を定めたものではなく、Yは、Xに告訴を取り下げてもらうことを第一の目的として、Xが提示した金額どおりに婚姻費用の額を合意した」
・上記合意の際、「Yは、本件事件を起こしたことにより、減収を伴う不利益な措置を受ける可能性を認識し得たものと認められる。」
・「降格処分前の平成29年5月の給与支給総額は57万4430円であるのに対し、処分後の平成30年1月ないし同年3月の給与支給総額はいずれも50万1670円であり、その減額幅は12%余りにとどまることからすると、Yは、本件合意の当時、予想し得た勤務先からの不利益の措置としての減収の予想の範囲内を超えるほどのものではなかった」


4−1−2018.6.21
成年に達した大学生の長男について、父は大学進学を積極的に支援していたとして未成熟子として扱い、婚姻費用に含めて判断した例
[大阪高裁2018(平成30)年6月21日決定 家庭の法と裁判21号87頁]
[事実の概要]
妻から夫に対し、婚姻費用分担請求をした。長男(成年)は二浪して大学に進学している。
夫は同居中、長男及び二男の学業不振を憂慮し、長男の大学受験を支援し、二男を学習塾に通わせた。原審(神戸家裁尼崎支部)は、長男は自ら扶養料の請求をすべきとし、二男の学習塾費についての承諾がないとして、婚姻費用に含めず、月14万円の支払いを夫に命じた。夫が抗告した。
[決定の概要] 「抗告人(夫)も長男の大学進学を積極的に支援していたのであるから、婚姻費用分担額算定に当たり、長男を15歳以上の未成年の子と同等に扱うのが相当である。…抗告人は、二男に学習塾に通わせたのであるから、その費用についても相応の負担をすべきであり、抗告人と相手方との収入の較差(ママ)に照らすと、抗告人がその8割ないし9割程度を負担するのが相当である。」とし、将来分としては、月18万円の支払いを父に命じた。
[ひとこと]
二男について、上記のほか、父の承諾のない臨時の塾費用等は父に負担させていない。本件では教育費負担については、承諾の有無が大きな要素となっている。同意や承諾の有無のほか、一般的には、親の学歴や経済状況などもふまえて判断されている。


4−1−2018.4.20
子が幼少時に稼働していない妻の潜在的稼働能力を認めず、夫の違法な連れ去りにより妻が現実に監護していなかった期間については夫に監護費用を請求し得ないとした例
[東京高裁2018(平成30)年4月20日決定 判タ1457号85頁]
[事実の概要]
妻から夫に対し婚姻費用分担請求をした。子は5歳と3歳。原審は、@子が幼少時に無職無収入である妻に潜在的稼働能力があるとして賃金センサスに基づき収入を認定し、A妻が子らを正当に監護することを夫とは違法に妨げたとして、妻が監護していなかった期間についても監護を前提とする婚姻費用分担金の額を算定した。夫が抗告した。
[決定の概要]
原審判を変更した。「原審申立人(妻)は、歯科衛生士の資格を有しており、10年以上にわたって歯科医院での勤務経験があるものの、本決定日において、長男は満5歳であるものの、長女は3歳に達したばかりの幼少であり、幼稚園にも保育園にも入園しておらず、その予定もないことからすると、婚姻費用の算定に当たり、原審申立人の潜在的な稼働能力をもとに、その収入を認定するのは相当とはいえない。(中略)将来、長女が幼稚園等に通園を始めるなどして、原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額を見直されるべきであることを付言する。」
「例えば、子を違法に監護した者から、監護に要した費用を請求された場合には、これを権利濫用ないし信義則違反に当たるとして許されないことはあっても、逆に、子を監護しなかった者から、違法に監護していた者に対し、現に負担しなかった監護費用を請求することは、監護費用には損害賠償の趣旨は含まれていない以上、これを認めるべきではないと考える。」


4−1−2018.4.19
相手方及び長女が暮らす中国貴州省の物価水準は日本の物価水準と比べて相当に低いことが認められるとして、日本の物価水準を100とした場合の中国の物価水準を70と認定し、これを生活費指数に反映させて、いわゆる標準算定方式に基づいて婚姻費用を算定した例
[東京高裁2018(平30)年4月19日決定 LEX/DB25560120]
[事実の概要]
相手方(原審申立人・中国国籍・長女と共に中国在住)が、抗告人(原審相手方・日本国籍・日本在住)に対し、婚姻費用分担金の支払いを求める調停を申し立てたが、不調となり審判に移行し、原審(東京家裁2017(平28)年12月8日審判)は、抗告人に対し、毎月6万円の婚姻費用の支払いを命じた。
これに対し、抗告人が、日本と中国における物価水準の差を考慮して婚姻費用を算定すべきと主張した。
[決定の概要]
原審は、本件をいわゆる標準算定方式による標準算定表[婚姻費用・子1人表(0〜14歳)]に当てはめると、6万円から8万円の金額域に位置づけられ、物価に関する事情はこの金額の枠内で考慮するとして、抗告人が相手方に対して負担すべき婚姻費用は1か月当たり6万円が相当であると判示した。
これに対し、抗告審は、原審は婚姻費用の算定にあたり物価水準の問題を直接考慮していないが、婚姻費用が現在の権利者世帯の生活を保持するためのものであることに照らせば、権利者世帯が現実に必要としている費用を算定するのが本来である。権利者が他国に居住し、その物価水準が我が国のそれと比較して格段に異なる場合には、婚姻費用の算定にあたり、そのような彼此の相違を反映させるのが相当であると判示した。
そのうえで、日本の物価水準を100とした場合の中国の物価水準は70とみるのが相当であり、抗告人の生活費指数を100、相手方の生活費指数を70、長女の生活費指数を38.5(55×0.7)として、標準算定方式に基づいて婚姻費用を毎月4万7000円と算定した。
なお、本件における国際裁判管轄は日本であり、準拠法は中国法である。


4−1−2017.12.15
婚姻費用の分担義務者の年収が標準算定方式の上限をはるかに上回る場合に、同居時の生活水準、別居後の妻の生活水準等の事情を踏まえ、従前の贅沢な生活をそのまま保障するものではないとして算定した例
[東京高裁2017(平成29)年12月15日決定 家庭の法と裁判19号61頁]
[事実の概要]
妻から夫に対し婚姻費用分担請求をした。子らは、成人ないし成人に近い年齢であり、いずれも海外留学し、帰国時は父または母のところで過ごしている。夫の給与収入は年1億5320 万円、妻は0円であった。原審は月120万円ないし125万円(時期による)の支払いを命じ、夫は抗告した。
[決定の概要]
原審判を変更して月75万円とした。なお、妻の住居(夫が全株式を所有する夫婦共有財産の管理会社が所有者)の賃料月額330万円を夫が負担することを前提とする判断である。
「抗告人の年収は標準算定方式の上限をはるかに上回っており、職業費、特別経費及び貯蓄率に関する標準的な割合を的確に算定できる統計資料が見当たらず、一件記録によっても、これらの実額も不明である。したがって、標準算定方式を応用する手法によって、婚姻費用分担金の額を適切に算定することは困難といわざるを得ない。
そこで、本件においては、抗告人と相手方との同居時の生活水準、生活費支出状況等及び別居開始から平成27年1月(抗告人が相手方のクレジットカード利用代金の支払に限度を設けていなかったため、相手方の生活費の支出が抑制されなかったと考えられる期間)までの相手方の生活水準、生活費支出状況等を中心とする本件に現れた諸般の事情を踏まえ、家計が二つになることにより抗告人及び相手方双方の生活費の支出に重複的な支出が生ずること、婚姻費用分担金は飽くまでも生活費であって、従前の贅沢な生活をそのまま保障しようとするものではないこと等を考慮して、婚姻費用分担の額を算定することとする。」とした。
[ひとこと]
高額所得者について婚姻費用分担金を算定する場合、@標準算定方式の応用、A同居中及び現在の生活状況から算定する方法があるが、本件では非常に高額であるのでAによって算定された。


4−1−2017.7.12
抗告人(夫)から相手方(妻)に対する婚姻費用分担(減額)請求において、重要な事情の変更によって以前の審判が覆される以上、重要な事実に該当するか否かにかかわらず、すべての事情変更を基礎として変更後の婚姻費用を算定すべきとする夫の主張を排しつつ、以前の審判が定めた婚姻費用を減額し、かつ、妻の既受領の婚姻費用のうち超過額の返還を分割ですることを命じた例
[福岡高裁2017(平成29)年7月12日決定 判タ1452号76頁、家庭の法と裁判18号92頁、LEX/DB25561473]
[事実の概要]
夫婦は2007(平成19)年婚姻したが、2014(平成26)年以降別居し、妻(相手方)は3人の子を監護している。
妻から婚姻費用分担請求を申立て、審判では、2014(平成26)年○月から2015(平成27)年○月までは月10万円、2015(平成27)年○月以降は月11万と定められ、確定した。妻は、障害基礎年金を受給しており、2015(平成27)年○月には就職し2016(平成28)年に約260万の給与収入を得るようになった。夫から、本件の婚姻費用分担(減額)請求が申し立てられた。
[決定の概要]
抗告人(夫)は、重要な事情の変更によって以前の審判が覆される以上、重要な事実に該当するか否かにかかわらず、すべての事情変更を基礎として変更後の婚姻費用を算定すべきと主張したが、これを排しつつ、相手方(妻)が給与収入を得るようになったことを事情変更として、2016(平成28)年○月より婚姻費用の額を月9万円に減額し、かつ、妻の既受領額のうち過払金合計28万円を、一括支払いは酷であるとして、月2万ずつ夫へ返還することを命じた。
[ひとこと]
なお、年金収入の給与収入への換算方法や医療費の問題についても述べられているので、決定自体を読んで参考にされたい。


4−1−2017.7.10
婚姻費用の支払を求める訴えにつき、当事者間で分担額の合意が成立したとは認められないから、家事事件手続法の定めるところに従い家事審判で決定すべきであり、地方裁判所の判決手続きで判定することができない事項を対象とする不適法な訴えであるとして訴えを却下した例
[東京地裁2017(平成29)年7月10日判決 判タ1452号206頁]
[事実の概要]
原告(妻)と被告(夫)は、2013(平25)年5月に別居したが、この判決時現在、二人の間には離婚訴訟が係属している。2人の間には長女がいる。婚姻費用については、いずれからも、調停または審判の申立てはなされていない。原告は、婚姻費用の支払い合意があり具体的権利義務が発生しているとして、過去の婚姻費用及び将来の婚姻費用の支払いを求めて提訴した。別居後約1年間は原告が被告に断ることなくキャッシュカードで月20万円を被告給与振込口座から引き出したが、被告は高すぎると考えていたものの同居の再開を希望していたのであえて異議を述べなかった。その後、原告は無断で100万円を引き出し、被告は当該キャッシュカードの支払い停止手続きをとった。その後、被告より、100万円は了承していないのでこれを5か月間の婚姻費用とする、養育費として月8万円を支払う旨の連絡をし、その後3カ月は月20万を支払った。その後、離婚調停で、原告が4ヶ月分80万円の支払いを求め、被告は同額を支払い、その後、3カ月間は20万ずつ支払ったが、原告に別居を解消する意思がないことを感じた後は、12万円に減額して7か月間支払った。
原告は、別居に際し、婚姻費用として、原告が月20万、6月の賞与時に100万円を支払う旨の合意をしたと主張して請求した。
[判決の概要]
「被告が、別居開始後、原告に対し、断続的に月額20万円又は12万円の支払を継続していることは明らかであるものの、要は、被告において、当初は原告との婚姻関係の修復のために、離婚を決意した後は円満な離婚成立のために、原告による預金引出し行為を黙認し、あるいは自らが支払うのもやむを得ないと考える婚姻費用相当額の支払を行っていたというにすぎないものと認められる。
そのため、被告が、原告による預金引出し行為に関して、原告に対して異議を述べず、その後も毎月20万円又は12万円の支払を続けているという事実から、原告の主張する本件支払合意のうち、毎月20万円を支払うという内容にかかる部分の合意が成立したという事実を推認することはできない。」
「そのため、被告が分担すべき婚姻費用の額は、家事事件手続法の定めるところに従い、家庭裁判所が原告被告の資産、収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり(民法760条)、本件訴えは、地方裁判所の判決手続で判定することができない事項を対象とするものであって、不適法であるといわざるを得ない。」として訴えを却下した。
[ひとこと]
さまざまな事実(別居に至る経緯、当事者間のやりとり、その他)を総合して合意の存在を否定している。金額を変えずに異議を述べずに定額を毎月相当期間にわたり送金している場合には黙示の合意が認められる場合もある。


4−1−2016.10.25
原告が、調停条項及び債務不履行に基づき、原告の立替金等合計及び遅延損害金の支払を求め(本訴)、被告が減額審判の確定により、婚姻費用が過払となっているとして不当利得返還請求及び遅延損害金の支払を求め(反訴)、被告の反訴請求が認容された例
[東京地裁2016(平28)年10月25日判決 LEX/DB25537792]
[事実の概要]
夫婦は別居しており、夫は開業歯科医、妻は専業主婦、娘が2人いる。別居中の2014(平成26)年6月に下記の内容の婚姻費用調停が成立した。
@婚姻費用月40万円、
A4項として子らの授業料は夫が学校に直接支払う。
 長女の教科書および実習費は、母が立て替えて支払い、その資料を夫に送付し、夫は毎年1、4、7、10月に婚姻費用とともに振り込む。
夫から婚姻費用減額調停の申立てがなされ、平成28年7月、下記の内容の審判が出て確定した。
@婚姻費用は、平成27年10月から平成28年3月まで月17万円
 平成28年4月から離婚ないし別居解消まで月24万円
A前記4項は削除
  原告(妻)は被告(夫)に対し、調停条項に基づく教育関連費および立替金についての遅延損害金を請求し、被告は原告に対し、反訴として、婚姻費用は審判により変更されたので金144万9100円が過払であるとして不当利得返還請求及び遅延損害金を求めた。
[判決の概要]
原告の請求につき、審判及び弁済により当初から発生していないとして、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求を認容した。


4−1−2016.9.14
義務者の年収が算定表の上限額である2000万円を大幅に超え倍近くである場合において、基礎収入を算定するにあたっては、税金及び社会保険料の実額、職業費、特別経費および貯蓄分を控除すべきとした例
[東京高裁2016(平成28)年9月14日決定 判タ1436号115頁、家庭の法と裁判16号116頁]
[事実の概要]
夫婦は1991(平成3)年に婚姻し、夫婦間には、長女及び長男がいるが、いずれも私立大学に通う学生であり成人している。夫(抗告人)は2014(平成26)年に家を出て別居し、長男と暮らし、長女は1人で暮らしている。妻は一人暮らしである。夫は子らの学費及び生活費を負担している。
夫には、給与収入2050万円のほか不動産収入及び配当収入があり、給与収入に換算すると後記の通り、約3940万円の収入がある。妻の年収は、約75万円、基礎収入は31万6727円である。妻から婚姻費用分担請求がなされた。
[決定の概要]
「・・不動産収入及び配当収入を0.8(1−職業費の割合0.2)で除して給与収入に換算すると1889万9067円となり、抗告人の給与総額は3939万9067円となる。この額は、いわゆる標準算定表の義務者の年収の上限額2000万円を大幅に超えていることに鑑み、抗告人(筆者注:夫)の基礎収入を算定するに当たっては、税金及び社会保険料の実額(1348万9317円)を控除し、さらに職業費、特別経費及び貯蓄分を控除すべきである。…職業費については、・・収入比18.92%(筆者注:判タ1111号搭載の「平成10〜14年 職業費の実収入比の平均値」表の実収入1500万円以上の場合の職業費の比率)とすべきである。…特別経費については、年収1500万円以上の者の収入比とされる16.40%(筆者注:判タ1111号の「平成10〜14年 特別経費実収入比の平均値」表の、実収入1500万以上の場合の特別経費の比率)とするとともに、・・・総収入から税金及び社会保険料を控除した可処分所得の7%分を相当な貯蓄分と定めることとする。
そうすると、職業費及び特別経費の合計額は1391万5750円(3939万9067円×(職業費18.92%+特別経費16.40%))、考慮すべき貯蓄分は181万3682円((3939万9067円−1348万9317円)×0.07)となり、税金及び社会保険料の実額は1348万9317円であるから、これらを抗告人の給与収入総額3939万9067円から控除すると、抗告人の基礎収入は、1018万0318円となる。
そして、標準算定方式により婚姻費用分担額を算定すると、{(31万6727円+1018万0318円)×100/(100+100+90+90)−31万6727円}÷12≒20万3804円となる。
抗告人は、平成26年度に長女の大学の授業料等として102万円、長男の大学の学費として123万4500円を負担した(合計額は225万4500円)ところ、標準算定方式が前提とする学校教育費の2人分合計約66万円は標準算定方式において考慮されているから、当該考慮済みの額を控除した残額を、抗告人と相手方が基礎収入の比により負担すべきこととなる。そうすると、相手方が負担すべき金額は、月額4000円弱となる。」として、婚姻費用は月20万円とするのが相当とした。
[ひとこと]
算定表の上限を大幅に超える場合の計算例として参考になる。ただし、算定表のしくみにたち戻って個別に判断しているので、かなり複雑である。


4−1−2016.3.17
相手方の不貞行為を認定した上で、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求につき、信義則あるいは権利濫用の見地から、子の養育費相当分に限って認められるとした事例
[大阪高裁2016(平成28)年3月17日決定 判時2321号36頁]
[事実の概要]
X(妻)とY(夫)は、一時別居していたが(1度目の別居)、同居を再開した。しかし、その後、XとYとの間で離婚の話が持ち上がり、Xは3人の子を連れて再びYと別居した(2度目の別居)。XはYに対し婚姻費用の分担を求める調停を申し立てたが、不成立となり、審判手続に移行した。Yは、別居の原因は、専らYの不貞によるものであって、Yによる婚姻費用分担金の請求は権利濫用に当たると主張した。原審は、XがYと1度目の別居をしていた時期に、男性Aと交際していたことを窺わせる事情は認められるが、Xが従前からうつ病と診断され、精神的に不安定な状況にあったことと、その後、XとYが再度同居していることなどの諸事情に照らして、1度目の別居をしていた時期において、Yに不貞があったとしても、Xの請求が権利濫用に当たるとまで評価することはできないとした。また、XとYが再度同居した後、Xと別の男性B(長女の習い事の先生)とのソーシャルネットワークサービス上の通信において、一定程度、相互に親近感をいだいていることを窺わせる内容のものがあることが認められるが、このことをもって、XとBが不貞関係にあったとまでみることはできないとして、婚姻費用の支払いを命じた。これに対し、Yが即時抗告した。
[決定の概要]
本決定は、Xと男性Aとの関係については、原審とほぼ同じ理由により、不貞関係があったからといって、直ちにXの婚姻費用分担請求が信義に反しあるいは権利濫用に当たると評価することはできないとした。しかし、Xと男性Bとの関係については、ソーシャルネットワークサービスを使い、単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりをするような関係であると認定し、これによれば不貞行為は十分推認されるから、XのYに対する婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から、子らの養育費相当分に限って認められると判断して、原審判を変更した。


4−1−2016.2.19
婚姻費用の調停成立後、支払義務者が調停成立後に出生した子を認知し扶養義務を負ったことは婚姻費用分担額の減額を認めるべき「事情変更」に該当するとして、原審判を取り消し、婚姻費用の減額を認めた事例
[名古屋高裁2016(平成28)年2月19日決定 判タ1427号116頁、判時2307号78頁、家庭の法と裁判8号50頁]
[事実の概要]
XとYは、婚姻し、1999(平成11)年に長男、2002(平成14)年に二男が出生した。2006(平成18)年、Yの不貞が発覚し、2009(平成21)年にYが自宅を単身転居する形で別居を開始した。XとYの間には、2010(平成22)年某月から同居又は婚姻解消する月まで、YがXに対し月額50万円を支払うとの調停が成立した。
調停成立後、Yには、交際相手との間に生まれた子が出生し(Aとの間に一人、Bとの間に二人)、それぞれ認知し、養育費を負担している。
そこで、Yは、Xに対し、婚姻費用の分担金を月額50万円から月額20万円に減額する旨を求めて家庭裁判所に審判を申し立てた。原審判は、信義誠実の原則に反するなどとして却下したため、Yが即時抗告した。
[決定の概要]
1「婚姻費用の分担額の減額は、婚姻費用分担の程度若しくは方法について協議又は審判があった後、事情に変更を生じたときに認められるものであるところ(民法880条参照)、上記『事情の変更』とは、協議又は審判の際に考慮され、あるいはその前提とされた事情に変更が生じた場合をいい、協議又は審判の際に存在し、判決していた事情や、当事者が当然に予想しえた事情が現実化したにとどまる場合を含むものではない。」
2「Yは、前件調停成立後に出生した○、○及び○を認知し、その扶養義務を負うに至っており、前件調停成立後、Yが扶養義務を負う未成年の子の数に変更が生じたことが認められ、これは、婚姻費用の分担額の減額を認めるべき「事情変更」に該当するものである。」
3 さらに、前件調停でXの無収入を前提にしていたことについて、子らの年齢等を挙げた上でXに稼働能力を認め、この点も、婚姻費用減額を認める「事情変更」に該当すると認定した。その上で、いわゆる標準算定方式及び標準算定表(判例タイムズ1111号285頁)に依拠して、婚姻費用額を時期に分けて計算し、
「平成26年○月及び同年○月を月額46万円(Aとの間の子が出生して以降)、同年○月から同年○月までの間を月額49万円(長男が15歳になって以降)、同年○月以降を月額39万円(Bとの間の子二人が出生して以降)とするのが相当である。」
と結論づけた。


4−1−2015.8.13
@婚費の支払の始期につき、内容証明郵便をもって請求した時期とした例
A相手方が、申立人が居住する住宅のローン支払をしていることを特別の事情として考慮した例
B就学中の子ら(21歳及び19歳)の学費について、奨学金を得ていること等から、算定表によることができない特別の事情として考慮するのは相当ではないとした例
[東京家裁2015(平成27)年8月13日審判 家庭の法と裁判8号91頁、判タ1431号248頁]
[事実の概要]
夫婦は3人の子をもうけたが、2013年夫は一人で家を出て別居した。双方会社員であり、2014年の妻の給与は約364万円、夫の給与は約485万円である。長男は成人し4年制私大の4年生、長女は近く成年に達し、2年制の専門学校の2年生、次男は公立中学3年生である。妻子の住む自宅は双方の共有であり、夫は自宅の住宅ローンを返済中である。
妻から夫に対し、婚姻費用分担請求をした。
[審判の概要]
@婚姻費用の支払いの始期を、調停申立月ではなく、内容証明郵便をもって請求した月とした。
A住宅ローンの支払いにつき、資産形成の面もあるので、夫の支払うローン全額を婚姻費用分担額から差し引くのは相当でないとして、一部を控除した。
B長男及び長女は毎月12万円の奨学金の貸与をそれぞれ受けており、長男及び長女の教育費にかかる学費等のうち、長男の通う大学への学校納付金については全て、また、長女の通う専門学校への学校納付金についても9割以上、各自の受け取る奨学金で賄うことができる。これに、算定表で既に長男及び長女の学校教育費として33万3844円が考慮されていること、相手方が、現在居住している住居の家賃の支払だけでなく、本件ローンの債務も負担していること、長男及び長女がアルバイトをすることができない状況にあると認めるに足りる的確な資料がないこと、当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の人数その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて考慮するのが相当とまではいうことはできない。
C結論として、未払い婚姻費用58万2000円及び月9万円の婚姻費用支払いを命じた。
[ひとこと]
アルバイトに関しては、学部や学年によっては、大学生だからといってアルバイト時間をとれないことも少なくない。あくまで個別の事情によるので、こうした判断の一般化には気をつけたい。

4−1−2015.6.26
夫の借金は婚姻費用分担額を左右させず、成人の大学生の学費は加算事由とせず、二女の私大学費を加算事由とし、婚姻費用分担額を算定した例
[東京家裁2015(平成27)年6月26日審判 判時2274号100頁]
[事実の概要]
父母は1992年に婚姻し、現在、父は実家に、母は私立大学3年の長女(成人)および私立大学1年(未成年)の次女と暮らしている。双方が、子らの学資のための負債をかかえている。父の年収は404万円余、母の年収は300万円、母から父に対して婚姻費用分担請求がなされた。
[審判の概要]
「本件では、二女が平成27年4月に私立大学に進学しているから、算定表で考慮されている学校教育費等を超える部分については、それぞれの収入で按分すべきである。なお、長女も私立大学の3年生であるが、アルバイトによる収入があること、長女自身が奨学金の貸与を受けていること、長女の年齢及び相手方の経済状況を考慮すると、本件では長女の私学費について加算するのは相当ではない。
そこで、一年次の学費等(入学金を除く。)119万6000円から算定表で考慮された15歳以上の学校教育費相当額一人当たり年間額33万3844円(判例タイムズ1111号285頁以下参照)を控除した82156円を申立人(父)及び相手方(母)の収入で按分すると、相手方が算定表で算出された婚姻費用に加えて負担するべき学費は月額3万0615円(86万2156円×300万円)÷(300万円+404万0225円)=36万7384円、36万7384円÷12=3万0615円(小数以下切り捨て)となる。
そして、本件審判において形成すべき婚姻費用分担の始期については、申立人が本件調停を申し立てた平成26年6月とするのが相当であるところ、二女が私立高校に通学していたこと、大学受験料及び入学金等を申立人が負担していることなどを考慮し、同月から月額3万円を加算するのが相当である。」
「相手方は、相手方母に対する借金の返済等がある旨主張するが、これらが婚姻費用分担義務に優先するとはいえず、上記婚姻費用分担額を左右するものとはならない。また、相手方には、長女及び二女の学費、留学費等のために借り入れた債務が存在していることが認められるものの、本件では、申立人も学費等のための借入金を有していることから、これらの相手方の債務の返済を理由として、上記婚姻費用分担額を減額することは相当でないというべきである。」
[ひとこと]
債務については、夫婦が本来共同で負担すべき債務については、考慮する審判もあるが、本件では、双方が子の学資のための負債を負っていることから考慮しないとした。
算定表を利用するにあたっては、成人の長女も子として子二人表を使用したが、長女について生活保持義務か生活扶助義務かをとくに明記せず、私学の学費については、長女の奨学金やアルバイト収入等を考慮して、婚姻費用の加算事由としなかった。

4−1−2015.6.17
婚姻費用分担金の支払いを定めるにあたり、義務者が、権利者が居住する自宅の住宅ローンの支払いを行っていた事情を考慮して、金額を算定した事例
[東京家裁2015(平成27)年6月17日審判 判タ1424号346頁、家庭の法と裁判6号84頁]
[事実の概要]
夫婦は2人の子をもうけたが、不仲となり、2012年、夫が単身自宅を出る形で別居した。妻子が自宅で生活している間、夫は自宅の住宅ローン月額6万7439円(ボーナス月34万6341円)を全額負担してきた。2014年の妻の年収は約199万円、夫の年収は約763万円である。2014年、妻は夫に婚姻費用分担金の支払いを求めて調停を申し立てた。
[審判の概要]
標準算定表は、別居中の権利者世帯と義務者世帯が、統計的数値に照らして標準的な住居費をそれぞれ負担していることを前提として標準的な婚姻費用分担金の額を算定するという考え方に基づいている。しかるところ、義務者である相手方は、上記認定のとおり、2014年×月まで、権利者である申立人が居住する自宅に係る住宅ローンを全額負担しており、相手方が権利者世帯の住居費をも二重に負担していた。したがって、当事者の公平を図るためには、2014年×月までの婚姻費用分担金を定めるに当たっては、上記の算定額から、権利者である申立人の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当である。
そこで、2014年×月までに対応する申立人の総収入200万円を12で割ると、16万6666円(1円未満切捨)となり、これは、上記東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算定を目指して」判例タイムズ1111号285頁以下における294頁の資料2(年間収入階級別1世帯当たり年平均1か月間の収入と支出)の項目199万9999円以下の列における実収入16万4165円に近似するところ、この列における住居関係費(住居の額に土地家屋に関する借金返済の額を加えたもの)は2万7940円である。したがって、2014年×月までの婚姻費用分担金を定めるに当たっては、標準算定表より算定される婚姻費用分担金の標準額から2万7940円を控除するのが相当である。
[ひとこと]
婚姻費用分担金の算定に当たり、義務者が自宅を出て、権利者の居住する自宅の住宅ローンを支払っている場合、その事情が考慮されることがあるが、その方法についてはいくつかの考え方がある。本件は、権利者世帯の住居費相当額を、標準算定方式が前提とする家計調査年報(判タ1111号294頁)から認定し、算定表による算定結果から控除するという考え方をとっており、実務の1つの考え方として参考になる。

4−1−2014.11.26
前審判の後に事情の変更があったものとして、婚姻費用分担金の額を減額することができるかについて、判断基準を示した事例
[東京高裁2014(平成26)年11月26日決定 判時2269号16頁、家庭の法と裁判3号67頁]
[事実の概要]
1990年に婚姻し、長男と二男が生まれたが、2011年から別居している夫婦について、2012年に夫が妻に対して婚姻費用分担金として毎月10万円を支払うとの審判(前審判)がなされた。夫が前審判後に収入が減少したと主張して、2014年に婚姻費用分担(減額)調停を申し立て、審判に移行した。原審は、事情の変更があったものとして、月額7万円に減額する審判をした。これに対して、妻が抗告した。
[決定の概要]
事情が変更したとして婚姻費用分担金の審判を変更するのは、その審判が確定した当時には予測できなかった後発的な事情の発生により、その審判の内容をそのまま維持させることが一方の当事者に著しく酷であって、客観的に当事者間の衡平を害する結果になると認められるような例外的な場合に限って許される。本件においては、@夫の2013年分の年収額は前審判が前提とした年収額よりも約60万円減少しているが、その減少率は約12.5%であって、それほど大幅な減少とは認められないこと、A妻が2014年×月から×月にかけて手術を受けたために就労できず、収入が減少したことを裏付ける資料を提出していること、B現在長男は22歳、二男は19歳であるが、同人らに定期的な収入があるのか否か、妻が誰と同居しているのかなどが不明であること、C前審判時において夫の給与収入の減少がどの程度まで予測されていたのかも不明であることなどの事情が認められる。これらの事情に照らすと、前審判の後に事情の変更があったものとして婚姻費用分担金の額を減額するについては、十分は審理が尽くされていないとして、原審判を取り消して本件を原審に差し戻した。
[ひとこと]
本件は、婚姻費用分担金の額を変更することができるかどうかについて、判断基準を定立し、あてはめをしたもので、事例判断として参考になる。

4−1−2014.10.2
妻が夫に対し、婚姻費用の分担の約束があったとして婚姻費用の分担金の支払いを求めたところ、約束を認めるに足りる的確な証拠はないとして、請求を棄却した事例
[東京地裁2014(平成26)年10月2日判決 LEX/DB25522219]
[事実の概要]
1妻(1958年生)と夫(1956年生)は1985年に婚姻した。両者の間には、2人の子がいる(いずれも成人)。妻と夫は別居中であり、韓国において離婚訴訟が係属中である。
夫は、韓国の銀行に送金口座を開設し、2009年から2010年まで毎月一定の金額ではないが30万円前後を振り込んだが、2011年10月を最後に振り込んでいない。
妻は、夫との間に毎月30万円の婚姻費用が支払われるとの約束があると主張し、その約束に基づき未払い分270万円と離婚するまで月30万円の支払いを求めた。
[判決の概要]
被告が送金口座を開設した上、2009年9月から2010年10月までの間に、原告に多数回送金した事実は、婚姻費用の支払いの約束を裏づけるようにも思われる。
しかし、被告は約束をしたことを否定する陳述をし、送金の理由は、妻である原告に結婚当初苦労させたという思い等から、要求がある都度に、その使途及び金額を検討して、相当と思う金額を送金していたと供述しているところ、その供述には合理性がないとはいえない。また、送金の支払い時期や金額は必ずしも一定していない。
原告は婚姻費用の支払いの約束の存在について供述しているが、直ちに採用することはできず、他に支払い約束を認めるに足りる的確な証拠はない。
以上より、原告の請求を棄却した。

4−1−2014.8.27
標準的算定方式により試算された婚姻費用を、子の私立学校における学費等を考慮して修正した例
[大阪高裁2014(平成26)年8月27日決定 判時2267号57頁、家庭の法と裁判3号70頁]
[事実の概要]
夫婦は平成6年に婚姻し、平成10年に長男が、平成14年に長女が生まれた。平成21年から別居し、妻が夫名義のマンションで子らを監護している。長男は私立高校に、長女は市立小学校に通学している。長男の学費は年76万5000円、平成26年度の学費以外の旅行積立て等諸費用(学校へ納付するもの)は13万5500円であった。
夫は、会社員で平成25年の年収(税込)は1311万1382円、単身で暮らし家賃の自己負担額は9500円である。妻は薬剤師の資格を持つが、パニック障害の診断により通院治療を続けている。平成25年の年収(税込)は102万8369円、平成26年の途中からは、職場を変え、現在の基本給は月額29万1818円である。夫婦双方が、神戸家裁に離婚訴訟を提起している。
[決定の概要]
「標準的算定方式においては、15歳以上の子の生活費指数を算出するに当たり、学校教育費として、統計資料に基づき、公立高校生の子がいる世帯の年間平均収入864万4154円に対する公立高校の学校教育費相当額33万3844円を要することを前提としている。そして、抗告人と相手方の収入合計額は、上記年間平均収入の2倍弱に上るから、・・標準的算定方式によって試算された婚姻費用分担額が抗告人から相手方へ支払われるものとすれば、結果として、上記学校教育費相当額よりも多い額が既に考慮されていることになる。
そこで、既に考慮されている学校教育費を50万円とし、長男の□□高等部の学費及び諸費の合計約90万円からこの50万円を差し引くと40万円となるところ、この超過額40万円は、抗告人及び相手方がその生活費の中から捻出すべきものである。そして、標準的算定方式による婚姻費用分担額が支払われる場合には双方が生活費の原資となし得る金額が同額になることに照らして、上記超過額を抗告人と相手方2分の1ずつ負担するのが相当である。したがって、抗告人は、上記超過額40万円の2分の1に当たる20万円(月額1万6000円程度)を負担すべきこととなり、これ・・標準的算定方式の算定表への当てはめによって得られた婚姻費用分担額に加算すべきである。
そうすると、学費を考慮して修正した婚姻費用分担額は、平成26年○月までは27万円、同年○月以降は25万円と定めるのが相当である。」
[ひとこと]
上記の下線部の判断等を明示した点に、本決定の特色がある。従来、私立学校の授業料から公立学校の学校教育費を控除した額を算出し、これを双方の基礎収入で等分ではなく按分して負担する方法がとられてきたと思われる。本審判では、双方の収入の合算額が大きく、監護者側の生活費にも余裕があることから、上記の通り、等分とする判断になったと思われる。収入の低い夫婦の場合で私学に通学させている場合には、また別の判断がありえる。『家庭の法と裁判』の判例評釈が非常に参考になる。

4−1−2014.7.18
25歳の無職無収入の子については、婚姻費用としてではなく、親族間の扶養義務として検討考慮されるべき問題とした事例
申立人が失職したことから婚姻費用減額の必要性が認められると判断するとともに、以前の婚姻費用減額審判においては認められなかった申立人による婚外子の認知について、当該子の福祉の観点から再吟味を行って事情の変更として考慮することが相当であるとして、婚姻費用の減額を認めた事例
[大阪家裁2014 (平成26)年7月18日審判 判時2268号101頁、家庭の法と裁判3号78頁]
[事実の概要]
夫と妻の間には、長男A及び、妻の連れ子である養子Bがいる。夫は、妻と別居後、女性Cと同居し、Cとの間に子Dをもうけた(2008年5月生、2012年12月に認知)。A及びBは妻が監護している。
夫と妻との間には、夫が妻に対し婚姻費用分担金として月9万円を支払うとの審判が出された(2009年6月 以下、「平成21年審判」という)。
夫は、2013年2月、Dを認知したこと等を理由として婚姻費用の減額審判を申し立てたが、信義則ないし公平の見地から許されないなどとして、申立ては却下され、抗告棄却決定を経て確定した(以下、「前件審判」という)。
夫は、2014年3月、夫が失業したことを理由として、婚姻費用減額審判を申し立てた。
[審判の概要]
1.婚姻費用減額の要否
平成21年審判及び前件審判確定後、夫は退職し、現在は求職活動中であるが、年齢、契約社員という最近の就労形態、職歴等に照らせば、平成21年審判及び前件審判当時と同程度の収入を直ちに得られる可能性は必ずしも大きいとは認められない。
したがって、相当程度の事情の変更があったと認められ、婚姻費用減額の必要性がある。
2.その他の事情変更の有無
@Bの状況の変化について
Bは2014年に通信制高校を退学後、無職・無収入である。妻がBを扶養している状況は平成21年審判及び前件審判時と変更はない。
しかしながら、Bは疾病を有しているとはいえ、稼働能力がないとまでは証拠上評価できない。仮に、稼働能力が認められないとしても、25歳となったBの扶養義務を誰がどの程度負担するかは、親族間の扶養義務として検討・考慮されるべき問題である。
したがって、Bが高校を退学になって以降、本件においてBを未成熟子として考慮するのは相当ではなく、Bの状況の変化は事情の変更に該当する。
ADの認知について
現時点において、Dの出生から6年、認知から1年半、平成21年審判に基づく婚姻費用分担義務が定められてから5年がそれぞれ経過している。このような状態で、今後もDの存在を無視したまま婚姻費用分担義務を定めるとすれば、夫の信義則違反の責任をDのみに負わせる結果ともなりかねず、Dの福祉の観点からは相当ではない。特に、夫の収入が減少している本件においては、Dの養育に影響を与える程度は、平成21年審判当時に比しても深刻といわざるを得ない。
したがって、Dの認知も本件による事情変更として考慮するのが相当である。
3.事情変更の内容を考慮した婚姻費用の試算
いわゆる標準的算定方式において試算される婚姻費用は月額3万2000円になるところ、平成21年審判において考慮された障害者Aに関する費用を特別の事情として考慮し、婚姻費用は月額6万円と解するのが相当である。
[ひとこと]
諸事情を勘案し、子の福祉の観点から、婚外子の認知の事実についても事情変更として考慮すべきとしたものである。同種事案の解決において参考になろう。

4−1−2014.2.13
婚姻費用の未払金債権について、債務全部についての弁済能力がなくとも、一部につき弁済能力があれば、その限度で間接強制が認められるとした事例
[東京高裁2014(平成26)年2月13日決定 金融法務事情1997号118頁]
[事実の概要]
1996年、債務者(夫)が抗告人(妻)に対し、婚姻費用として月25万円(毎年6月と12月はさらに10万円ずつの加算)を支払うこととする調停が成立した。なお、夫からの申立てにより、2012年3月から婚姻費用を月14万円に減額する旨の決定がされている。
2011年、妻は、夫に対し、婚姻費用の未払金(請求額は1892万5000円)の支払いを受けるため、民事執行法167条の15第1項に基づく間接強制を申し立てた。
しかし、原審(東京家裁2013年12月26日決定)は、債務者(夫)の流動資産等を総合的に勘案すると、民事執行法167条の15第1項但書所定の事由(債務を弁済することによってその生活が著しく窮迫する)が認められるとして、申立てを全部却下した。妻がこれを不服として、執行抗告を申し立てた。
[決定の概要]
「扶養義務等に係る金銭債権は、…債権者の生計の維持に不可欠なものであって保護の必要性が高いことから、‥・民事執行法167条の15第1項は、新たにこれに係る間接強制も認めることと」された。「このような法の趣旨等を踏まえると、債務者が債務名義上の債務の一部について弁済する資力は有しているものの、全部を弁済する能力がない場合においては、間接強制の申立てをすべて却下するのではなく、弁済の資力を有している限度でこれを認めることができると解するのが相当であり、このように解することが申立人である抗告人の意思にも合致するものである。」
そこで、本事案においては、少なくとも942万5000円の未払金がある認定した上で、債務者は預金及び保険の解約返戻金として約367万円の資産を有しており、少なくとも360万円程度について支払能力に欠けるものではないとして、原決定を取り消し、360万円の限度で間接強制の申立てを認容した。

4−1−2013.6.10
婚姻費用分担額の算定につき、義務者が第三者に対して有する損害賠償請求権を考慮しなかった事例
[福島家裁郡山支部2013(平成25)年6月10日審判 家月65巻7号198頁]
[事実の概要]
申立人(妻)及び相手方(夫)は、1991年に婚姻した夫婦であり、両者の間には長女(1993年生)及び長男(1995年生)がいる。
相手方は、1997年に同県にて歯科医師として開業したが、2011年、東日本大震災による津波被害を受け、同医院は損壊した。住居及び同医院所在地区が警戒区域に設定されたことから、申立人及び相手方らは、家族での転居をやむなくされた。転居後、相手方は歯科医師としてのアルバイトを開始した。
2011年、異性関係を疑う申立人に対する不満を募らせ、相手方が自殺未遂を図る等の事態となり、相手方が自宅を出る形で別居が開始した。
相手方の収入は、2008年は2859万0530円、2009年が2385万1937円であったところ、東日本大震災後の収入は、2011年が467万9000円、2012年の収入見込みが約900万円程度であった。
申立人は、婚姻費用の支払いを求めて、婚姻費用分担請求調停を申し立てた。申立人は、震災に関連して、相手方は歯科医院の営業損害につき、損害賠償請求ができる地位にあり、かつ、その行使が容易であるのだから、申立人及び長男の(なお、審判時、長女は成人している。)生活保持義務を負う相手方は、その確保に努めなければならず、婚姻費用の算定にあたっても、同歯科医院での営業所得に相当する額を前提として、相手方の収入を算定すべきであると主張した。一方、相手方は、算定の基礎となる自己の収入を実際の900万円とすべきであると主張した。
[審判の概要]
「相手方が、○○に対して損害賠償請求できる地位にあるとしても、その具体的な支払額及び支払時期が確定していない以上、これを相手方の基礎収入に加算することは困難であるといわざるを得ない。」とし、実際に請求権が行使されていない以上、基礎収入に含めることはできないと判断した。ただし、
「もっとも、相手方が上記の地位にあることの他に収入の見込みがなく、婚姻費用を一切負担しないと主張するような事情がある場合には、たとえ具体的な支払額及び支払時期が確定していないとしても、その推計額等を基礎収入として婚姻費用を算定することも考えられる」とした。
その上で、本件では、相手方の年収を実際の900万円であることを前提に、算定額を月額22〜24万円であるとし、別居後の事情の一切の事情(婚姻費用の支払い実績、婚姻費用に関する口約束など)を考慮した上で、月額28万円の支払い義務を認めた。

4−1−2012.12.28
面会交流を機に3か月間子らを返さなかった夫に対する婚姻費用分担請求事件において、信義則を理由に、当該期間における養育費相当額を婚姻費用から控除することは許されないとした例
[東京高裁2012(平成24)年12月28日決定 判タ1403号254頁]
[事実の概要]
父母は別居し、妻が長男及び長女(いずれも保育園在園。年齢不明)を監護していた。母は父に対し、1泊との予定で子らを委ねたところ、父は母に対する連絡を断ち、3か月余にわたり子らを母の下に戻さなかった。母から父に対し婚姻費用の分担を申し立ていた。
原審は、3か月余にわたる長男及び長女の養育費相当額を含めた婚姻費用分担額を定めて、父から母への支払を命じた。父から抗告した。
[決定の抜粋]
「一件記録によれば、平成24年4月27日から同年8月3日まで、長男及び長女は、S区所在の「A保育園」に入園・通学していたものと認められる。しかしながら、その経過は、相手方が1泊の予定で長男及び長女を抗告人に委ねたところ、抗告人は、連絡も断ち、長期間、長男及び長女を相手方のもとに戻すことを拒んできたことによるものであるから、この間の事実上の養育が抗告人によってされたからといって、その間の費用を減額したり、支払を拒むことは、信義則上許されないものと判断される。当該期間における養育費相当額を婚姻費用から控除することは許されない。」
[ひとこと]
有責配偶者からの婚姻費用請求の際に、信義則を理由に認めず、子らの養育費部分のみを認める場合があるが、本件は、養育していない期間についての請求につき信義則により認めた珍しい例である。

4−1−2012.12.5
婚姻費用の支払義務の始期を調停申立時ではなく、その1か月前の別居時からとした例
[最高裁第二小法廷2012(平成24)年12月5日決定 判時2206号19頁 原審名古屋高決平成24.8.24]
[事実の概要]
夫婦は1996年に婚姻し、3人の子をもうけたが、妻は、2011年、子らを連れて実家に戻り別居した。
[決定の概要]
原審は、「夫婦間の婚姻費用分担義務は、夫婦相互間の協力扶助義務に基づく生活保持義務によるものとして、一方の要扶養状態の発生により当然に発生するものであるが、権利者が要扶養状態となった時点以後の婚姻費用を当然に請求できるとすると、その期間によっては義務者が一時に支払うべき婚姻費用の額が非常に多額となり、義務者にとって酷な場合があることに加え、権利者においても義務者に対して婚姻費用を請求するまでの間は、その支払を受けることなく生活を維持してきている事実をも考慮すれば、原則として婚姻費用分担の始期を請求時以後とするのが相当である。しかし、本件についてみると、Xは、平成23年8月下旬、子らと共に自宅を出ており、その時点でのXの収入が月額10万円に満たなかったことからすれば、Yは、Xが要扶養状態にあったことを当然に認識すべきであったといえる。また、別居時から請求時(調停申立時)までの期間が僅か一箇月余りであることからすれば、Yに同年9月からの婚姻費用を負担させたとしても酷であるとはいえない。」 とし、別居時からとした。
最決は、原審の判断を正当として是認し、抗告を棄却した。

4−1−2012.6.28−1、2
自営業者については、事業収入から経費及び社会保険料等を控除した金額を総収入とすることを前提とするとした例
[最高裁第一小法廷2012(平成24)年6月28日決定 判時2206号18頁]
@平成23年(許)55号・原審大阪高決平成23.9.29
A同第56号原審大阪高決平成23.9.29
[事実の概要]
事案の詳細は不明
[決定の概要]
「基礎収入を推計するために原審が用いた上記の標準的な割合は、自営業者については、事業収入から経費及び社会保険料等を控除した金額を総収入とすることを前提とするものである。したがって、事業収入から社会保険料を控除しない金額を総収入とし、上記の標準的な割合により税金等を控除して基礎収入を推計し婚姻費用分担額を算定した原審の上記判断は、上記の標準的な割合を使用して基礎収入を推計する際の前提を誤ってされた不合理なものであって、その判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。」

4−1−2012.5.28
出産育児一時金を婚姻費用の未払い分の算定に考慮した例
[横浜家裁2012(平成24)年5月28日審判 家月65巻5 号98 頁]
[事実の概要]
夫婦は平成23年に婚姻し、同年長男をもうけた。夫婦は同居したことがなく、妻が長男を監護している。妻は妻を被保険者とする健康保険から出産育児一時金(42万円)の給付を受けた。
夫は平成23年、離婚調停と嫡出否認の調停を申し立て、妻は同年婚姻費用分担の調停を申し立てた。いずれの調停も不成立となった。
妻は、育児休業中であるが復職予定である。平成22年分の収入は約505万円であった。 夫の平成22年の年収は、約922万円である。
[審判の概要]
算定表(判タ1111号)に基づき、長男誕生月の前月までの婚姻費用の分担額を月額6万円、長男誕生月以降の婚姻費用の分担額を月額10万円と算定した。理由もなく同居を拒んでいる申立人(妻)は有責配偶者であり婚姻費用請求は許されないとの相手方の主張については、別居について一方的に申立人に責任があると認めることはできないとして退けた。
他方、「出産育児一時金は、少子化対策の一環等として支給される公的補助金であり、それが支給される以上、出産費用はまずそれによって賄われるべきである」として、相手方が出産費用として交付した55万円から、出産一時金では不足する出産費用のうち相手方の負担すべき金員を控除した金額は、婚姻費用の前払いとみなされるべきであるとの相手方の主張については、理由があるとした。
神奈川県における出産費用の平均額であるとして相手方が主張する48万円から出産一時金42万円を差し引いた不足金6万円のうち、相手方の負担すべき割合を2分の1とし、相手方は出産費用として3万円の負担義務を負うのみだったとして、55万円から3万円を控除した52万円は、婚姻費用の前払とみなすのを相当とした。
[ひとこと]
夫(相手方)は即時抗告したが、棄却された(東京高裁2012年8月8日決定家月65巻5号102頁)。
なお、簡易算定方式(同じ判タ1111号記載の算定式と松本元判事作成の基礎収入割合表・家月62-11-56を使用)で念のため計算したところ、長男出生後は、10万2396円と算定され、本審判が算定表によるとした数字は若干低いように思われる。
出産一時金では足りない出産費用の負担割合を、収入比に応じた按分ではなく2分の1としている点や、妻が育児休業期間中の婚姻費用についても、休業以前の収入を前提に算定している点などに、疑問が残る。

4−1−2012.3.28
婚姻費用の分担額を決定するに当たり、収入から自動車ローン及び住宅ローンによる支出を直ちに控除したり按分すべきでなく、決定の際の一事情として考慮すれば足りるとした例
[最高裁第二小法廷2012(平成24)年3月28日決定 判時2206号19頁 原審名古屋高決平成23.9.12]
[事実の概要]
夫婦は2001年に婚姻し、2003年に長女をもうけた。妻は、2010年長女を連れて別居した。妻の2010年の収入は213万円、夫の2010年の収入は735万円、2011年の収入は354万円であった。夫は自ら使用する自動車のローン月約5万円、及び居住する自宅の住宅ローン月11〜12万円を支払っている。
原々審は、夫の負担すべき婚姻費用の額を2010年は月6万円、2011年は月2万5000円とした。これに対し、夫は、自動車ローン及び住宅ローンの支払額を按分負担とすべきと主張して即時抗告した。
[決定の概要]
原審は、「上記各ローンの支払は、Y(夫)の資産の維持形成のための支出という側面もあり、これらの支出を直ちに所得から控除したり按分して婚姻費用の分担額から差し引いたりするのは相当ではなく、上記各ローンの支払によりX(妻)の別居後の住宅費等の負担が軽減されているともいえないなどとし、上記各ローンの支払は、婚姻費用分担額を決定する際の一事情として考慮すれば足りる」として、Yの抗告を棄却した。
最決は、原審を支持し、抗告を棄却した。

4−1−2011.10.27
@別居していた夫婦のうち、婚姻費用の支払い義務者が、権利者と子の住居(同居時の住居)で寝起きするようになったことを「当事者の別居状態の解消」に当たるとした事例
A婚姻費用分担の支払義務を免れるために自宅に戻ったことを,故意に条件を成就させたとして,民法130条を類推適用して条件不成就とみなし,婚姻費用審判に基づく強制執行に対する請求異議を斥けた事例
[裁判例]名古屋家裁岡崎支部2011(平成23)年10月27日判決 判タ1372号190頁
[事実の概要]
夫と妻の間には二子(判決時17歳,13歳)がいる。夫と妻は自宅不動産(土地建物)を共有し,同居していたが,平成19年6月,夫は,自宅を出て別居した。同年7月に夫が離婚調停を申立てたが,その後不成立となった。他方,同年9月,妻は婚姻費用の調停を申し立てたが,その後こちらも不成立となり、平成20年3月,夫が妻に対し「当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月○万円支払え」との審判をした(確定)。
平成21年,夫が離婚訴訟を提起したところ,一審は夫の請求を認容したが,妻が控訴した。控訴審は,婚姻関係は修復不可能とまではいえない,仮に婚姻関係が破綻していても,夫の離婚請求は有責配偶者からの離婚請求であるとして,原判決を取消し,夫の請求を棄却した(夫は上告受理申立をしたが,不受理決定がなされ,平成23年2月高裁判決が確定)。
夫は平成20年4月から,自宅の電気,水道,電話等のライフラインを解約し,同年7月分から住宅ローンを支払わなくなり,妻に対し不動産の売却を要求するようになった。妻が夫名義の住宅ローンの引き落とし口座に入金したローンの返済資金全額を,夫が払い戻したこともあった。
平成22年10月初旬,夫は事前に妻に連絡することなく自宅に戻った。妻が生活費を負担してほしいと頼んでも,夫は断った。同月中旬,長女が私立高校に進学する際の学費の援助をしてほしいと頼んだが,夫はこれも拒否した。夫は長女が使っていた部屋を使用し,扉につっかえ棒をし,クローゼットの扉にチェーンを巻いた状態で,妻子とほとんど会話をしなかった。夫は部屋の片づけなどの家事を行ったが,妻や子が望まない態様であった。また,夫は行った家事について逐一メモを取り,写真を撮った。
夫は不動産の購入資金として夫の母から借金をしているとして,妻との別居後,母に返済をしていた。同年10月,夫の母が自宅を訪れた際,金員を出したのだから「ここにいる資格がある」旨言ったところ,妻が「以前はお金は貸したものではなく,あなたたちにあげたものだと何度もおっしゃっていましたよね」と言い返し,両者は険悪な状態になった。同年12月,夫の母は,夫に対して自宅不動産の購入資金を貸し付けたとして,自宅不動産の夫の持分(10分の9)につき強制競売開始決定を得て,差押えた。夫は事前に知っていたが,妻に知らせず,対応について話し合おうとしなかった。同月から,夫は自宅で寝起きはするものの,実家で夕食,入浴を済ませた。
平成23年3月,妻は,前記の婚姻費用分担審判に基づき、夫の給与,賞与及び退職金を差し押さえる旨の債権差押命令を得た。
同年7月,夫の持分は,夫の知人であるAに競落された。Aは,夫と妻を相手方として,自宅不動産の引渡しを求めた。同月,Aの夫に対する自宅不動産の引渡命令の申立ては認容されたが,妻に対する申立ては却下された。同月,夫は自宅を出て行き,Aが夫が使用していた部屋に荷物を運び入れた。
本件は,夫が妻に対して,婚姻費用分担申立事件の審判の解除条件である「当事者の別居状態が解消」が成就したとして,前記の婚姻費用分担審判に基づく債権差押命令の執行力の排除を求めた請求異議訴訟である。
[判決の概要]
以下の理由で,夫(原告)の請求を棄却した。
婚姻費用審判の主文の「当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで」とは,解除条件に当たるとした上で,「別居状態の解消」とは,夫婦の協力扶助義務が履行される状態になったというのではなく,単に別々の場所で居住するという状態が解消されることを意味すると解すべきであるとし,本件では,平成22年10月に夫が自宅に戻ったのは,「別居状態の解消」という解除条件に当たるとした。
しかし,夫は,妻との婚姻生活を修復するために自宅に戻ったのではなく,自宅に戻ることが,「別居状態の解消」という解除条件を充足することになることを認識しながら,あえて,婚姻費用の支払義務を免れるために,戻ったものと認められると事実認定し,条件成就によって利益を受ける夫が故意に条件を成就させたといえ、民法130条の類推適用によって,条件不成就とみなすことができるとした。夫が鬱状態による傷病欠勤のため婚姻費用を支払うことができないと主張した点については,婚姻費用減額の調停や審判を申立てることができるのに,そのような手続きをとらずに婚姻費用の支払義務を免れるために,別居状態を解消するのは,信義則に反するとし、よって審判に基づく夫の婚姻費用支払い義務は消滅しないとした。
[ひとこと]
思春期の子がいる状態にありながら、子をまさに巻き込んで不安にさらしながら、激しい紛争となったことが読み取れる。競落して夫の部屋に荷物を運び込んだAも、夫との協力関係にあることが推測される。このような状況で、Aと妻の関係を解消するのは、共有物分割請求(民法256条)しかないと思われるが、その後の行方は不明である。

4−1−2011.2.10
子らが毎週一定期間義務者のもとで生活している場合に、標準的算定方式を修正し、義務者の負担する費用相当額を控除して婚姻費用を算定した事例
[裁判所]広島高裁岡山支部
[年月日]2011(平成23)年2月10日決定
[出典]家月63巻10号54頁
[事実の概要]
XとYは別居中の夫婦である。子らは、X方で養育されていたが、毎週金曜日の夕方から日曜日の夕方まではY方で生活し、その間の子らの食費や被服費、おもちゃ代はYが負担していた。
XがYに対し婚姻費用の支払いを求めたのに対し、原審(岡山家裁 H22.4.5審判)は、上記の事情を考慮することなく、算定表によって婚姻費用の額を算定した。
[決定の概要]
Yが週末金曜日夕方から日曜日夕方まで子らとともに生活し、その間の食費等の費用を負担していることについては、婚姻費用のうち子らに係る費用分として推定できる、標準的な生活費の割合のうち、2割弱程度に相当する額をYが負担しているものとし、算定表に基づく婚姻費用分担額から差し引くのが相当である。
[ひとこと]
本件のように、別居中の夫婦が子どもの養育を分担しあうことは少なくない。本決定は、その実態を考慮して婚姻費用の額を定めており、常識的かつ妥当なものと評価できる。

4−1−2010.11.24
義務者が権利者の居住する自宅のローンを支払っていることを考慮し,標準的算定方式を修正して婚姻費用を算定した事例
[裁判所]東京家裁
[年月日]2010(平成22)年11月24日審判
[出典]家月63巻10号59頁
[事実の概要]
夫(申立人)と妻(相手方)は,婚姻後,長女(平成3年生)と長男(平成4年生)をもうけたが,平成19年ころから離婚協議を開始し,平成20年ころ夫が自宅を出て以来,別居している。妻と長女,長男が居住する自宅及びその敷地の所有者は夫であり,住宅ローンの債務者も夫である。妻は別居後も夫の給与振込口座を管理し,同口座から住宅ローン,固定資産税等が引き落とされている。夫は,妻に対し,住宅ローンについては妻が支払うことを前提として,夫が分担すべき婚姻費用の額を月額31万円とするよう求める調停を申し立てたが,不成立となった。
[判決の概要]
申立人の収入を1568万円(平成19年から平成21年の平均収入)と認定し,相手方の収入を大学非常勤講師の給与収入84万円と認定した。申立人は,相手方はより多額の収入を得るための努力をすべきであり,相手方の学歴に照らせば賃金センサス上少なくとも375万円の年収を得られるとし,実収入を前提とすべきでないと主張したが,学歴等を活かして大学非常勤講師として稼働しているのだから,潜在的稼働能力に従った努力をしていないとは言い難いとして,申立人のこの点の主張を斥けた。
標準算定方式に基づく婚姻費用分担金額は月額30万円から32万円と試算されるが,「本件では義務者が権利者の居住する自宅の住宅ローンを負担しており,(略)当事者の公平を図るには,試算結果から,権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当である(判例タイムズ1208号30頁以下参照)。」「そして、相手方の総収入に対応する標準的な住居関係費は、月額3万円弱であるから(判タ1111号294頁資料2の表中、実収入16万4165円の欄を参照)、本件においては、上記試算結果の下限30万円から3万円を控除した27万円を申立人が負担すべき婚姻費用分担金の額とするのが相当である。」とした。
申立人は住宅ローン全額の控除を主張したが,「住宅ローンの支払いには,その資産を形成する側面があり,申立人の年収からして,上記婚姻費用分担金のほかに住宅ローン全額を負担させることが過大な負担とは言い難いこと・・申立人の基礎収入の算定にあたり,総収入から住居関係費として10万円以上控除されていることからすれば・・・3万円の控除に留めることが、当事者間の公平に反するとはいえない。」として、申立人の主張を斥けた。
[ひとこと]
義務者が権利者の居住する自宅のローンを負担している場合,権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するが,資産形成に関わることから全額控除するものではないことは,実務上も定着している。

4−1−2010.9.29
1子ども手当は夫婦間の協力扶助義務に基礎を置く婚姻費用の分担額には影響しないとした事例
2公立高等学校の授業料の無償化は婚姻費用分担額に影響しないとされた事例
[裁判所]福岡高裁那覇支部
[年月日]2010 (平成22)年9月29日決定
[出典]家月63巻7号106頁
[事実の概要]
XとYは夫婦であるが、Yが長女・長男を連れて別居し、養育している。YはXに対して婚姻費用分担調停を求めたが不調に終わり、審判手続に移行した。
原審がXに婚姻費用の支払いを命じたところ、Xは、以下を理由に抗告した。
@賃貸アパートのローン等多額の債務を負担しているから、原決定の婚姻費用の支払いは負担能力を超える。
AYは長男にかかる子ども手当を受給しているから、これをYの収入に含めるべきである。
B長女が通う公立高等学校の授業料が無償化されたから、Yの生活費がそれだけ減少した。(※)
[決定の概要]
以下を理由に,Xの抗告は棄却された。
@婚姻費用の支払い義務は自分の生活を保持するのと同程度の生活をさせる義務であって、債務の支払に劣後するものではない。
A子ども手当制度は、次代を担う子どもの育ちを社会全体で応援するとの観点から実施されるものであるから、夫婦間の協力、扶助義務に基礎を置く婚姻費用の分担の範囲に直ちに影響を与えるものではない。
B公立高等学校の授業料はそれほど高額ではないから、授業料の無償化は婚姻費用の額を減額させるほどの影響を及ぼすものではない。また、これらの公的扶助等は私的扶助を補助する性質のものであるから、この観点からも婚姻費用の額を定めるにあたって考慮すべきものではない。
[ひとこと]
子ども手当や授業料の無償化について、その制度趣旨等の観点から婚姻費用の分担額に影響しないと判断したものである。子ども手当は今後児童手当へ名称が変更になると報じられているが,児童手当となっても,本決定は、今後の実務の参考になると思われる。
(※賃貸とローン、双方の住居がいずれかなどの関係が公表部分からは不明であるが、そのまま掲載します)

4−1−2010.3.3
勤務先を退職して収入が減少したことを理由とする婚姻費用分担額減額の申立てが認められなかった事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2010(平成22)年3月3日決定
[出典]家月62巻11号96頁
[事実の概要]
抗告人妻甲と相手方夫乙は、平成18年に婚姻し、翌年には長女をもうけたが、その後夫婦関係が悪化し、甲乙は別居し、長女は甲が監護するようになった。平成20年、甲より離婚調停及び婚姻費用分担調停が申し立てられ、婚姻費用については、乙が甲に対して毎月6万円を支払うとの調停が成立した。離婚調停は平成21年に不成立となり、平成22年、離婚を認容する判決が確定した。
その後、平成21年、乙は婚姻費用分担金を月額1万円に減額することを求める調停を申し立てたが、調停不成立。原審判は乙の給与が減ったことなどを理由に婚姻費用を月額1万円に減額することを認めたため、甲が抗告したのが本件である。
なお、乙は歯科医であり、最初の婚姻費用調停成立時は病院に勤務していたが、平成21年に病院を退職し、大学の研究生として勤務しながら病院でもアルバイトをするという生活をしていた。簡易算定表によれば、病院退職後の乙と甲の年収を判明している限りであてはめると、婚姻費用は毎月1万円程度となる事案であった。
[判決の概要]
調停において合意した婚姻費用の分担額について、その変更を求めるには、それが当事者の自由な意思に基づいてされた合意であることからすると、合意当時予測できなかった重大な事情変更が生じた場合など、分担額の変更をやむを得ないものとする事情の変更が必要である。本件についてみると、乙の収入は、本件調停成立時に比して約3割減少しているが、乙が病院を退職したことが仮にやむを得なかったとしても、その年齢、資格、経験等からみて、乙には病院での勤務時代と同程度の収入を得る稼働能力はあるものと認めることができる。したがって、乙が大学の研究生として勤務しているのは、自らの意思で低い収入に甘んじていることとなり、その収入を生活保持義務である婚姻費用分担額算定のための収入とすることはできない。以上により、乙の転職による収入減少は、婚姻費用分担額を変更する事情の変更とは認められない。
[ひとこと]
退職理由の如何にかかわらず、婚姻費用の分担義務を負う者の潜在的稼働能力を認め、婚姻費用分担額の減額を認めなかった事例。

4−1−2009.9.28
前年より年収が減少するかどうか、減少するとしていくら減少するのかは予測が困難であるとして、前年分の年収に基づいて婚姻費用分担額を算定した事例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2009(平成21)年9月28日決定
[出典]家月62巻11号88頁
[事実の概要]
相手方(妻)が抗告人(夫)に対し婚姻費用分額の支払いを求めた事案。原審は、夫の前年分の年収に基づき標準算定表にあてはめて婚姻費用分担額を算定した。これに対し、夫が、本年は前年分より減収になることは明らかであるとして、抗告を申立てた。
[判決の概要]
抗告人について、超過勤務手当が支給対象外となったこと及び賞与が減少したことは認められるが、ベース給月額が増加していること及び課長職に昇格していることからすれば、抗告人の年収が減少するのかどうか、減少するとしていくら減少するのかは予測が困難であり、本年分の年収を推計することができないから、婚姻費用分担額は前年分の年収に基づいて算定するほかない。
[ひとこと]
算定表をあてはめる場合に、義務者が収入の減少を主張するケースがあるが、減収するか否か不確実なことも多い。本件は、そのようなケースの1つとして参考になる。

4−1−2009.4.21
婚姻費用分担審判において特別児童扶養手当の返還を命ずることはできないとした事例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2009(平成21)年4月21日決定
[出典]家月62巻6号69頁
[事実の概要]

X女はY男と婚姻し,Y男は,X女と前夫との間の子甲と養子縁組をした。しかしながら,X女とY男との夫婦関係はうまくいかず,間もなくX女は甲を連れて実家に戻った。Y男は,養子縁組の後に甲の特別児童扶養手当の受給資格を得て,同手当の支給を受けていた(その後,Y男は,甲を監護していないとして受給資格を喪失している)。
X女は,Y男に対して,夫婦関係調整(離婚)調停及び婚姻費用分担調停を申し立てたが,婚姻費用についての話合いがまとまらず,調停は不成立。移行後の婚姻費用分担審判の中で,X女は,Y男に対し,Y男が支給を受けた甲の特別児童扶養手当を甲に対して返還することを求めた。1審は,甲への返還を認めた。Y男が抗告。
[判決の概要]
@ 特別児童扶養手当は、障害児を監護するその父又は母等に対して支給される公的扶助としての国の手当であるが、受給資格の認定を受け,所定の手続の下に同手当の支給を受けた者は,障害児の生活の向上に寄与するために支給されるものであるとの趣旨に従って用いる義務を負うものの,これを保管費消することができるとともに,他方配偶者が同手当の支給を受けた父又は母に対しその引渡しや支払を当然に請求することができるとは解されない。
A 婚姻費用分担調停において,婚姻費用の分担に係る乙類事項だけでなく一般に家庭に関する紛争事項として特別児童扶養手当と同額の金員を支払うことの合意が成立した場合には,この部分を含めて上記調停を成立させることはできるが,婚姻費用分担調停の不成立により家事審判に移行するのは,婚姻費用の分担に係る乙類審判事項の申立てだけに限られるから,当該審判手続において,Y男に対しX女への同手当の返還又は支払を命じる審判をすることは家事審判法上困難である。
[ひとこと]
原審の千葉家裁松戸支部は、特別児童扶養手当分の返納を審判で命じたが、抗告審は,@特別児童扶養手当の性質及び、A婚姻費用分担事件の審判事項の対象外であるとの理由から,甲に対する特別児童扶養手当の返還を認めなかった。地方裁判所への不当利得返還請求訴訟であれば認められる余地はあるが、当事者にとっては手続きとしては、かなり過酷である。

4−1−2008.10.8
相手方(妻)に潜在的稼働能力がないこと、また、別居は一方的に相手方に非があるともいえないこととして婚姻費用分担額を算定した事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2008(平成20)年10月8日決定
[出典]家月61巻4号98頁
[事実の概要]
抗告人(夫)が、相手方(妻)は、現在、子らがそれぞれ幼稚園と保育園に在籍しており、就業が可能であるから、 少なくとも年収125万円程度の潜在的稼働能力があるとして、これを標準算定表に当てはめると月額8万ないし10万円となり、また、相手方が一方的に別居したことを考慮すれば、抗告人が負担すべき婚姻費用は月額8万円を超えることがないとして、原審判の取り消しを求めた事案。
[決定の概要]
権利者である相手方(妻)の基礎収入について潜在的稼働能力を考慮すべきであるとの抗告理由について、潜在的稼働能力は、就労歴や健康状態、子の年齢や健康状態など諸般の事情を総合的に検討して判断すべきところ、相手方は婚姻前に就労歴はあるが現在は専業主婦であり、別居期間は短い上、子らの幼稚園・保育園への送迎があり、子らの年齢から病気・事故等の予測できない事態が発生する可能性もあるなど、就職のための時間的余裕は必ずしも確保されていないから、相手方に稼働能力が存在するとはいえない。また、抗告人は、相手方が一方的に別居したことを考慮すべきであるとも主張するが、一件記録によれば、夫婦間の口論あるいはののしり等が高じた末、相手方が腹に据えかねて自宅を出て行った面もあり、一方的に相手方に非があるともいえない。
[ひとこと]
標準算定表は、権利者と義務者の収入が算定の基礎となるが、本件は義務者について、専業主婦で、子が幼稚園や保育園に通っていて事実上収入がない場合に、潜在的可能能力があるか否かを判断した1つの事案である。

4−1−2008.7.31
有責配偶者からの婚姻費用分担請求の一部が,権利の濫用であるとされた事例
[裁判所]東京家裁
[年月日]2008(平成20)年7月31日審判
[出典]家裁月報61巻2号257頁
[事実の概要]
妻が別居後不貞相手と同居し,長女も自宅を出て妻のところに転居した。妻(平成20年の年収見込み247万2000円)が,夫(平成18年年収351万4400円)に対し,婚姻費用を支払う旨の審判を申し立てた。
[判決の概要]
別居の原因は主として申立人(妻)の不貞行為にある場合には,申立人自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず,同居の未成年子の監護費用に当たる部分を請求しうるにとどまると解するのが相当である。
[ひとこと]
従来の判例理論を踏襲した判断であるが,判例集に掲載される事例は少ないので,参考となる。

4−1−2008.5.8
婚姻費用分担審判に対する抗告審の変更決定に対する特別抗告事件
[裁判所]最高裁三小
[年月日]2008(平成20)年5月8日決定
[出典]判時2011号116頁、家月60巻8号51頁
[事実の概要(争点)]
婚姻費用の分担に関する処分の審判に対する抗告審が、抗告の相手方に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず、反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことが憲法第32条(裁判を受ける権利)及び31条(法廷手続の保障)に反するか。
[判決の概要]
1憲法32条違反について
 憲法32条の裁判を受ける権利は、性質上純然たる訴訟事件につき裁判の判断を求めることができる権利をいう(最高裁昭和26年7月6日大法廷判決、同昭和37年6月30日大法廷判決)。
 したがって、本質的に非訟事件である婚姻費用の分担に関する審判に対する抗告審において手続に関わる機会を失う不利益は、同条所定の「裁判を受ける権利」とは直接関係がないというべきであるから、原審が抗告人に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず、反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことが同条所定の「裁判を受ける権利」を侵害したものであるということはできない、と判示し、憲法32条には反しないとした。
2憲法31条違反について
 本件抗告理由は、その実質は原判決の単なる法令違反を主張するものであって民訴法336条1項に該当する事由に該当しない。
3その他の点について
 「家事審判手続の特質を損なわない範囲できる限り抗告人にも攻撃防御の機会を与えるべきであり」、「少なくとも実務上一般に行われているように即時抗告の抗告状及び抗告理由書の写しを抗告人に送付するという配慮が必要であった」とし、「原審の手続には問題があるといわざるを得ないが、この点は特別抗告の理由に当たらない」と判示した。
[ひとこと]
多数意見は、憲法32条の適用範囲を「純然たる訴訟事件」と形式的に判断したが、那須弘平裁判官の反対意見にもある通り、「家事審判法9条の定める乙類審判事件の中にも強い争訟性を有する類型のものがあり」「婚姻費用分担を定める審判もこれに属」し、「純然たる訴訟事件でない非訟事件についても憲法32条による裁判を受ける権利の保障の対象になる場合がある」のではないだろうか。実務における運用も、審問請求権及び手続保障を尊重する方向にある。「決定に影響を及ぼすべき法令の違反があったことを理由として、職権で原決定を破棄することが最低限必要」(少数意見)であったのではないだろうか。

4−1−2008.2.28
配偶者の不貞と父子関係が存在しないことを知らずに支払った婚姻費用分担金等が不当利得となるとした事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2008(平成20)年2月28日判決
[出典]速報判例解説3号109頁
[事実の概要]
被控訴人(元妻)Y1は,控訴人(元夫)Xとの婚姻前から,不貞相手Y2と交際しはじめ,Xとの婚姻後のY2との性交渉で,Aを出産した。AはXとY1の長女として戸籍に記載された。当初,XはY1とY2の不貞の事実を知らなかった。
Xが自宅を出てY1と別居し,離婚調停を申し立てたが,不成立となった。離婚調停中に,Y1は,婚姻費用分担の調停を申し立てた。Xは,婚姻費用の審判に従い,合計376万5000円,さらに,別居開始の翌月から,家賃として,金553万9000円を支払った。
その後,Xは,離婚訴訟を提起したが,XとY1は当分の間別居し,その間,XとAと面接交渉を行う旨の和解が成立した。
他方,Y1は,Xに秘して,Y2との男女関係を継続し,Xとの別居中の2か月ほどY2と同居生活もしていた。
Xが再び申し立てた離婚調停で,調停離婚する,Aの親権者をY1とする,XはY1に対し,Aの養育費として,毎月金10万円等を支払うなどを内容とする調停が成立し,その後Xは養育費合計金105万円を支払った。
その後XはAとの親子関係不存在確認の調停を申し立て,鑑定を経て,XとA間に父子関係が存在しないことにつき,合意に相当する審判がなされ,同審判は確定した。
Xは,(1)Y1に対し,Y2との情交関係の結果妊娠し,また不貞の事実を隠して婚姻費用や養育費を釣り上げた等の行為につき,不法行為に基づく損害賠償を求め,(2)同時に,支出したAの養育費,別居開始翌月からの家賃,婚姻費用分担金等が不当利得にあたるとして,返還を求めた。また,(3)Y2に対しても,Y1との不貞行為につき,不法行為に基づく損害賠償を求めた。
奈良地方裁判所は,(1)(3)は認容したが,(2)については,養育費については不当利得にあたるが,Y1は善意の受益者であるとし,婚姻費用については,不当利得にならないとして,退けた。
そこで,Xが控訴。
[判決の概要]
@Xは,Y1の夫としての責任を負う趣旨で,家賃を含む婚姻費用分担金を出捐したものであること,Aしかし,Xは,Y1がY2と不貞関係を続け,Aをもうけた事実を知っていれば,上記の出捐をするはずがないこと,BY1は,当事者として真実を知りつくしていたばかりか,CXに事実を告知してしまえば,Xが出捐しないことをわかっていたので,事実について沈黙していたこと,がそれぞれ推認できる。
これらの事情を総合すれば,Xが真実を知らないために,配偶者としての責任を負う趣旨でY1に交付した金銭は,Y1がXに真実を告げさえすれば交付されるはずがなかったものであり,上記のような事情の下に支払われた金員は,たとえ審判に基づき支払われたものであるとしても,これをY1において保持することを適法とするのは,著しく社会正義に反し,信義則に悖るものである。したがって,婚姻費用分担金,家賃については,不当利得を構成するものと解するほかない。調停調書に基づき支払われた養育費についても同様である。
[ひとこと]
Y1の有責性を考慮した場合でも,夫婦である以上,XがY1に対して一定の婚姻費用を負担しなければならない場合もあり,この限度での費用も不当利得と構成することについては,疑問視する見解もある。
また,親子関係不存在確認の効果を出生時に遡及するとすれば,提訴期間が1年に制限される嫡出否認の訴えに比し,莫大な養育費の返還請求の可能性等,影響が大きく,検討を要する。
(以上,参考文献 冷水登紀代「有責配偶者に支払った婚姻費用分担金等の返還の可否」『速報判例解説』3号109頁ないし112頁)

4−1−2007.1.10
婚婚姻費用分担事件の執行力ある調停調書正本に基づき、一時金及び1日につき2000円の間接強制金の支払を命じた事例
[裁判所]横浜家裁川崎支部
[年月日]2007(平成19)年1月10日決定
[出典]家月60号4巻82頁
[事実の概要]
債権者は、平成2年に債権者と婚姻、同年に長女、平成7年に長男をもうけ、その後2人の子を連れて別居、平成8年に婚姻費用分担の調停を申立てた。平成10年、1ヶ月20万円、債務者の収入が50万円未満に減少したときは収入の40パーセントを、上記金額が12万円に満たない場合は12万円を支払うことを骨子とする調停が成立した。平成14年暮れころ、債務者から支払額を12万円とすることが伝えられた。平成18年4月以降、支払がなされなくなったため、債権者の申出により履行勧告がなされたが、履行はなされなかった。
[決定の概要]
養育費の支払がなされないと債権者は生活が困窮するなど大きな不利益をこうむることは明らかであり、債務者が支払を停止したのは、債権者と債務者とが離婚問題を巡って喧嘩したことが直接の契機で、債務者の支払能力等に変化があったことではないとして、債務者に対し、決定の送達を受けた日から30日以内に決定日までの未払い婚姻費用120万円の支払を命じるとともに、期限までに支払がないときは、24万円と支払期限の日の翌日から4ヶ月間、遅滞1日について2000円を支払うことを命じた。

4−1−2006.7.31
一方当事者が外国に居住している場合に、日本との物価を比較して生活費指数を修正した上で標準的算定方法を用いて婚姻費用を算定した事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2006(平成18)年7月31日決定
[出典]家月59巻6号44頁
[事実の概要]
夫Aは妻Bとの別居後、タイ国人の女性Cとの間に2子をもうけ、同国に居住し子らを扶養している。BがAに対して婚姻費用の分担を求めた。
[判決の概要]
標準的算定方法における生活費指数は、日本国内で生活していることを前提とするが、夫及び夫が扶養義務を負う内妻との間の子らはいずれもタイ王国に生活の本拠を置いており、タイ王国の物価が日本に比べて格段に安いことは公知の事実であり、同国では日本の半額程度の費用で生活することが可能であると推認されるから、夫及び内妻との間の子らの生活費指数をいずれも標準的算定方法に示された数値の2分の1とした上で、標準的算定方法を用いて婚姻費用を算定すべきである。
[ひとこと]
当事者の居住国の物価を考慮して生活費指数を変えることは公平の観点から妥当である。渉外家事事件が増えており、当事者の一方が海外に居住しているケースも少なくない。参考になる事例である。なお、本件は渉外的家事事件であるが、本件に顕れた事実関係から、国際裁判管轄は日本に属し、準拠法も日本の民法が適用されると解されている。

4−1−2006.4.26
婚姻費用の分担額につき、いわゆる標準的算定方式による算定が是認された事例
[裁判所]最高裁第三小法廷
[年月日]2006(平成18)年4月26日決定
[出典]家月58巻9号31頁、判タ1208号90頁、判時1930号92頁
[事実の概要]
妻Xが別居中の夫Yに対し、婚姻費用の分担を求めた事案。XとYには3人の未成熟子がいるが、Yが単身自宅を出て別居し、Xが3人の子を監護養育している。Yは独立開業している税理士であり、XはかつてYの税理士事務所に勤務していたものの、解雇され、以来無収入で、生活保護を受けながら生活している。第1審は、Yの婚費分担額について、東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算定を目指してー養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案」に係る算定方式(いわゆる標準的算定方式)によって算定することとし、Yの総収入を前年の収入に基づき738万1130円程度、Xの総収入を賃金センサスに基づき119万3129円であると認定した上、Yの婚姻費用分担額はおおむね月額21万円から23万円の範囲内になるところ、Xと子が居住する自宅のローンをYが負担することでXが住居費の負担を免れている点を考慮し、月額21万円とした。これに対し、Yは婚姻費用分担額の算定に際しては所得税、住民税、事業税を所得から控除すべきであるとして抗告した。原審はYの抗告を棄却し、Yが許可抗告を申し立て、許可された。
[判決の概要]
原審は、Yの所得金額合計から社会保険料等を差し引いた金額をYの総収入と認定し、この総収入から税法等に基づく標準的な割合による税金等を控除してYの婚姻費用分担額算定の基礎となるべき収入(基礎収入)を推計した上、Yの分担すべき婚姻費用を月額21万円と算定したものであり、以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は合理的なものであって、是認することができる。
[ひとこと]
標準的算定方式は、既に実務に定着しているが、最高裁がその合理性、相当性を一般的に肯定したことで、今後さらに算定方式による算定が一般化するであろう。

4−1−2005.12.6
婚姻費用の診療報酬債権に対する確定期限未到来分(将来分)の差押え
[裁判所]最高裁
[年月日]2005(平成17)年12月6日決定
[出典]民集59巻10号2629頁、判時1925号103頁、ジュリスト1313号142頁
[事実の概要]
X(申立人・抗告人・抗告人)は、歯科医師Y(相手方・相手方・相手方)に対し婚姻費用の分担として、@確定期限が到来した確定額のほか、A離婚又は別居状態の解消まで「毎月末日限り5万2000円ずつ」を支払うよう命ずる確定決定を取得した。Xがこれを請求債権として、社会保険診療報酬債権について差押を申立てたところ、原々審は、確定期限未到来の「平成17年3月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、毎月末日限り5万2000円ずつの婚姻費用分担額」の債権を請求債権とする、Yの支払基金に対する平成17年3月4日から平成18年3月3日までの診療報酬に係る債権に対する差押えの申立て部分について、却下した。Xが執行抗告したが、原審は棄却した。さらに、Xが許可抗告。
[判決の概要]
保険医療機関、指定医療機関等の指定を受けた病院又は診療所が支払基金に対して取得する診療報酬債権は、基本となる同一の法律関係に基づき継続的に発生するものであり、民事執行法151条の2第2項に規定する『継続的給付に係る債権』に当たるというべきである。
[ひとこと]
民事執行法の改正により、将来分の差押えが認められるようになって以降、地裁間で社会保険診療報酬債権に対する差押えについては、結論が異なっていたようである。ちなみに東京地裁では当初将来1年分のみ認めていたが、本決定のあと、将来分につき1年分というような限定もとりはらい、認めるようになっている。

4−1−2005.9.27 間接強制申立事件(旭川)
間接強制申立事件において、婚姻費用分担申立事件の執行力ある審判正本に基づき、婚姻費用分担金の未払分及び弁済期の到来していない6か月分の各金員の支払を命じるとともに、一定の期間内に各金員の全額を支払わないときは、支払済みまで各一定の日数を限度として、1日につき3000円の間接強制金の支払を命じた事例
[裁判所]旭川家裁
[年月日]2005(平成17)年9月27日決定
[出典]家月58巻2号172頁
[事実の概要]債権者Xと債務者Yは昭和51年12月に婚姻。平成15年7月より別居している。平成16年2月、1ヶ月9万5000円の婚姻費用の支払が審判で命じられた。子3人は成人している。Yは会社代表者のようである。Yは任意の支払を全くしないので、Xは、役員報酬差押えや取立て訴訟などにより、回収してきた。
[判決の概要]
1日あたり3000円の間接強制金を命じ、「間接強制金の累積によって債務者に過酷な状況が生じるおそれのあることを考え、平成17年2月から同年6月までの婚姻費用分担金については150日間を、同年7月以降の婚姻費用分担金については、各月分ごとに30日間をそれぞれ限度とすべきである。」とした。
[ひとこと]
間接強制の判例が公表されたのは、おそらくこれが初めてである。

4−1−2005.3.15
有責配偶者である妻の提起した離婚訴訟の係属中に、妻が婚姻費用分担調停の申立をすることは信義則に照らして許されないとした例
[裁判所]福岡高宮崎支
[年月日]2005(平成17)年3月15日決定
[出典] 家月58巻3号98頁
[事実の概要]
夫婦は婚姻24年目に別居、2人の間には成人した3人の子がいる。有責配偶者である妻(相手方)から破綻を理由とする離婚訴訟が提起され、その一審係属中に同人から婚姻費用分担調停の申立がなされ、審判に移行し、原審判は夫に対し毎月5万円の婚姻費用の支払いを命じた。夫(抗告人)が即時抗告した。抗告審係属中に離婚認容判決が出ている。
[判決の概要]
本決定では妻の不貞により婚姻が破綻したことを認定し、その有責配偶者である「相手方(妻)が婚姻関係が破綻したものとして抗告人(夫)に対して離婚訴訟を提起して離婚を求めるということは、一組の男女の永続的な精神的、経済的及び性的な紐帯である婚姻共同生活体が崩壊し、最早、夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認することに他ならない」として、このような相手方から抗告人に対して婚姻費用の分担を求めることは信義則に反して許されないとした。
[ひとこと]
最1小決平成17年6月9日特別抗告審で棄却され、確定した。

4−1−2004.9.21
夫経営の法人の妻への専従者給与を実態に照らし夫の収入と認定して婚姻費用を算定した例
[裁判所]那覇家裁
[年月日]2004(平16)年9月21日審判
[出典]家月57巻12号72 頁
[事実の概要]
夫は医療法人の代表者理事長であり,妻に対して専従者給与を支払っていたが,妻が理事を辞職し,別居したことをしたことを契機に,同給与は支給されなくなり,一方で同医療法人では新たな雇用もされていないため,その利益分は医療法人に帰属している場合に,妻が夫に対し,婚姻費用の分担を求めた事案
[審判の概要]
同法人は、夫により設立され、自ら理事長となって業務を総理していることからすると、同法人の財産は、現在、実質的に夫に帰属し、最終的にも夫が取得する可能性が高いと評価できることなどから、妻が理事を退任するまで支給されていた専従者給与に相当する額を夫の収入に加算した上で婚姻費用の分担額を定めた
[ひとこと]
婚費の算定にあたり,実質的に夫に帰属している経済的利益を加算して夫の基礎収入を認定したもので妥当といえる。

4−1−2004.2.25
[裁判所]仙台高裁
[年月日]2004(平成16)年2月25日決定
[出典] 家月56巻7号116頁
[決定の概要]
原審判がこの算定表の算定方式によった点は相当であるが、当時者双方がともに負担すべき自動車ローン支払に関して、原審が、抗告人(夫)の給与収入からローン年額を控除した上でこの算定方式を適用したのは相当ではなく、抗告人の給与収入を直接適用して算定された金額から相手方(妻)が負担すべきローン月額(ローンの半額)を控除した額をもって婚姻費用分担金とすべきであったとして、原審判を変更し、分担金を減額した事例
[ひとこと]
自動車を2台同居中から保有。ローンのある車は夫には不用、妻も不使用。しかし、売却処分を夫がいっても妻は協力しないという事情があった。このため、自動車ローンを共通の負債としたようである。一般には、債務は、共同生活に必要であった債務以外は婚姻費用にあたって考慮されない。

4−1−2004.1.14
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2004(平成16)年1月14日決定
[出典]家月56巻6号155頁
[決定の概要]
夫に対して妻への婚姻費用の支払を命じた原審判に対する即時抗告審において、原審判が定めた婚姻費用分担額は、当事者双方の世帯の収入及び家族構成に関する適正な事実認定を前提とし、かつ、実務上妥当性が認められた算定方法に基づく試算結果の範囲内にあり、相当なものと認められる(なお、その算定方法の内容は判例タイムズ1111号に紹介されている)として、夫からの即時抗告を棄却した事例。
[ひとこと]


4−1−2003.12.26
[裁判所]東京高裁
[年月日]2003(平成15)年12月26日決定
[出典]家月56巻6号149頁
[決定の概要]
夫に対し妻への婚姻費用の支払を命じた原審判に対する即時抗告審において、総収入に対応じて租税法規等に従い理論的に導かれた公租公課の標準的な割り合い並びに統計資料に基づき推計された職業費及び特別経費の標準的な割合から基礎収入を推定してその合計額を世帯収入とみなし、これを生活費の指数で按分して作成した算定表(判例タイムズ1111号285頁参照)に抗告人(父)及び相手方(母)の各総収入額を当てはめた上、抗告人と相手方との紛争や、各自の生活の状況を加味すれば、原審判が定めた分担額を支払うべきものとするのが相当であるとして、夫からの即時抗告を棄却した事例
[ひとこと]
算定表公表後、最初の婚姻費用についての公表判例。判例でも、以前より算定根拠が簡単になりました。

4−1−1999.2.22
妻が預金を持ち出して別居した場合。預金等につき夫は婚姻費用にあてることを了解して妻に保管させ,妻も預金を生活費にあててきたところ,妻が費消した額が婚姻費用分担額をはるかに上回るという事案で,妻は改めて婚姻費用分担請求はできないとした例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]1999(平11)年2月22日決定
[出典] 家月51巻7号64頁
[ひとこと]
 婚姻費用にあてる合意のない場合に、「妻は持ち出した預金で生活すべきであり生活費は支払わない」との主張が夫側からなされることがある。基本的には,夫に定期収入があればその中から婚姻費用を分担すべきで,持ち出した預金は財産分与の際に清算すべきとされている(橋本和夫『財産分与・慰謝料に関する諸問題』「離婚を中心とした家族法」商事法務研究会)。

4−1−1997.3.27
過去の過当に払った婚姻費用。夫婦関係が円満であった時期の過当に負担した婚姻費用については,いわば贈与の趣旨でなされたものであり清算を要しない。
[裁判所]高松高裁
[年月日]1997(平9)年3月27日判決
[出典] 判タ956号248頁

4−1−1993.4.15
収入のない妻の稼働能力を評価した例。子が成人している場合で、婚姻費用の請求者である妻には収入はないが、パート勤務程度の稼動能力はあるとして、居住地の最低賃金で1日6時間、月20日程度就労したとして収入を推計して婚姻費用を算定した。
[裁判所]大阪家裁
[年月日]1993(平5)年4月15日審判
[出典] 未公表
[ひとこと]
 請求者(多くは妻)に稼働能力がありながら就労していない(収入ゼロ)場合には、収入を推計して(収入があるものとして)算出することがある。監護する子が小さい場合は認められにくい。反対に義務者が無職・無収入の場合も、稼動能力があるのに働いていない場合には収入を推計して算定することがある。

4−1−1987.1.12
義務者が親を扶養している場合。夫はまず妻子に対して自己の生活と同程度の生活を保障すべきであり,夫婦の別居前から親と夫が世帯を同じくし生活保持義務に準ずべきものとなっていたなど特段の事情がない限り,親の生活扶助よりも妻子の婚姻費用分担を優先すべきであるとする例。
[裁判所]大阪高裁
[年月日]1987(昭62)年1月12日決定
[出典] 判タ645号231頁
[ひとこと]
 2004年から民事執行法では養育費や生活費については、2分の1まで差押可能となったので、上記の4分の3は2分の1と読みかえることになるか。

4−1−1985.12.26
分担義務の始期。生活保持義務としての性質と両当事者間の公平の観点から,申立人が分担義務者に対して請求をした時からとする。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1985(昭60)年12月26日決定
[出典] 判時1180号60頁
[ひとこと]
 いつの時点からの婚姻費用を請求できるのか(始期)がしばしば問題になる。
 多くの判例はこの判例と同じく請求時説。具体的には、請求する書面を相手に送付した時、婚姻費用分担調停の申立をした時、などからである。

4−1−1983.12.16
別居の事情と婚姻費用分担の内容についての例。夫婦の一方が、他方の意思に反して別居を強行し続け、別居をやむを得ないとするような事情が認められない場合には、自分自身の生活費にあたる分についての婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず、ただ、同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまる。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1983(昭和58)年12月16日決定
[出典]家月37巻3号69頁
[ひとこと]
算定表普及後は、有責配偶者からの請求であることが証拠上も明確な場合以外は配偶者分についても分担請求は認められており、本件のような判断枠組みは現在では通用しないと思われる。

4−1―1983.6.21
夫と同居中の女性の生活費につき、その女性との不貞とは異なる別の事情で破綻した後で同棲関係が生じたなど特段の事情がある場合には,生活費を考慮できる(支出として考慮できる)とするものがある。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1983(昭58)年6月21日決定
[出典] 判時1086号104頁

4−1−1983.5.26
分担義務の始期。夫婦げんかの末,無収入の妻が子どもを連れて実家に戻った事案で,義務者において,申立人が婚姻費用分担に関する支払を受けるべき状態にあることを知り,または知ることをうべかりし時に生じるとして,別居時以降の婚姻費用の分担を命じた例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]1983(昭58)年5月26日決定
[出典] 家月36巻7号77頁

4−1−1983.1.24
義務者が債務超過の場合。債務超過であっても債務者の収入が給料であるときは,その4分の3に相当する部分は,民事執行法152条により差押えが禁止されていることに照らすと,この4分の3に相当する金額は,自己および家族の生活保持に優先的に充当することができるのであるから,多額の負債があることは婚姻費用の分担を拒む理由とはならないとする例
[裁判所]福島家裁
[年月日]1983(昭58)年1月24日決定
[出典]家月36巻5号104頁

4−1―1980.2.26
夫と同居中の女性の生活費を婚姻費用分担額算定にあたって考慮すべきでないとする例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]1980(昭55)年2月26日
[出典]家月32巻9号32頁
[ひとこと]同旨の多数の判例がある。

4−1−1979.2.9
別居妻に対して負担すべき婚姻費用の程度の例。妻にとっても別居の責任の一半があり、別居後は、妻が夫と同居していた間のような家事労働をしていない場合、夫が妻に対して負担すべき婚姻費用の程度は、妻が単独で通常の社会人として生活するのに必要な程度で足り、夫と円満に同居し十分な家事労働をしていた場合と同一の生活程度を維持するのに必要な程度であることを要しないとした。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1979(昭和54)年2月9日決定
[出典]家月32巻2号60頁
[コメント]
別居妻に対して負担すべき婚姻費用の程度につき、東京高決1977(昭和52)年9月30日(家月30巻7号58頁)も同旨の判断をしている。但し、算定表普及後については1983.12.16決定のコメントの通り。

4−1−1978.11.14
過去の婚姻費用と財産分与。離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるにあたっては,当事者の一方が過去に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるとする。
[裁判所]最高裁
[年月日]1978(昭53)年11月14日判決
[出典] 民集32巻8号1529頁

4−1−1978.2.20
収入のない妻の稼動能力を評価しなかった例。請求者である妻が教員・美容師・電話交換手などの免許をもっているが,婚姻後主婦として家事に専従し,別居後も幼稚園と小学1年の子を養育していることを考えて,現段階では妻の稼働能力を分担額の算定にあたって,現実の収入として評価しないとした。
[裁判所]熊本家裁
[年月日]1978(昭53)年2月20日審判
[出典]家月31巻2号20日

4−1−1976.7.19
過去の(未払いの)婚姻費用は、財産分与に含めて処理できる。
[裁判所]水戸地裁
[年月日]1976(昭51)年7月19日判決
[出典] 家月30巻1号102頁等

4−1−1970.12.14
婚姻費用の分担額を決定する際の収入からの控除の可否の例。給与所得者である夫の収入額の算定に当たっては、市民税及び県民税の額を控除するのが相当であるが、反面、夫の電話料や自動車税などは、夫の生活費として支出すべきであり、控除すべきではないとした。
[裁判所]高松高裁
[年月日]1970(昭和45)年12月14日決定
[出典]家月23巻7号42頁
[コメント]
現在(2010)では当然の内容である。

4−1−1967.9.12
義務者が親を扶養している場合の親の生活費を控除して算定した例
[裁判所]東京高裁
[年月日]1967(昭42)年9月12日決定
[出典] 家月20巻5号105頁

4−1−1967.9.8
夫婦の一方が、相手方の意思に反して、あるいは正当の事由もなく、独断的に別居を敢行した場合には、その者は、未成年子を伴っている等の特段の事由のない限り、他方配偶者に対して婚姻費用分担の請求をすることはできないとした例
[裁判所]東京高裁
[年月日]1967(昭和42)年9月8日決定
[出典]家月20巻4号16頁、判タ230号313頁
[コメント]
算定表後は通用しない点については、1983.12.16決定のコメントの通り。

4−1−1965.7.16
婚姻費用に未成年子の養育費が含まれるかについての判断。未成年子らを連れて別居中の妻が、夫に対して婚姻費用分担請求をした場合、婚姻費用の中には未成年の子の養育費も含まれるから、婚姻関係破綻の原因の大半が妻に求められ、妻の別居が正当な事由に基づかないものであるときであっても、妻は、夫に対して、婚姻費用の支払を請求することができるとした。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1965(昭和40)年7月16日決定
[出典]家月17巻12号121頁、判タ181号152頁

4−1−1963.12.14
婚姻費用分担割合の例。夫の婚姻費用分担義務を認めつつも、全額の給付を命ずることは婚姻関係をさらに一層破局に追い込むおそれがあること、妻が婚姻の継続を強く希望していることなどを考慮し、夫の分担額を一定限度にとどめて支払を命じた。
[裁判所]大阪家裁
[年月日]1963(昭和38)年12月14日審判
[出典]家月16巻5号152頁
[コメント]
現在(2010)では、分担義務の程度は、原則、算定表の幅の中でしか斟酌されない。

4−1−1958.4.11
事実婚の場合も婚姻費用分担請求はできる。
[裁判所]最高裁
[年月日]1958(昭33)年4月11日判決
[出典] 民集12巻5号789頁

 
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