判例
5 管轄

 資力のない人や,幼少の子や介護の必要な高齢者のケアをしている人にとって,遠方の裁判所まで行くのは,負担である。管轄は意外に重要である。
 離婚訴訟の管轄には次のルールがある。
1離婚訴訟の第一審は,地方裁判所ではなく家庭裁判所で行われる。
2どこの家庭裁判所に提訴すべきか(土地管轄)については,以下の通り。
(1) 夫又は妻が普通裁判籍を有する地を管轄する家庭裁判所に専属管轄
 がある(人事訴訟法4条1項)。夫婦が合意で自由に決める合意管轄や,管
 轄はないが被告が応訴すれば管轄が生ずる応訴管轄は認められていな
 い。
(2) 家庭裁判所は,離婚訴訟の管轄を有しない場合において,前置される調
 停事件がその家庭裁判所に係属していたときには,調停の経過,当事者
 の意見,その他の事情を考慮して特に必要があると認めるときは,申立て
 により又は職権で,当該離婚訴訟を自ら審理及び裁判することができる
 (人訴6条,自庁処理という)。
(3) 裁判所は,当該離婚訴訟について管轄を有する場合であっても,当事者
 及び尋問を受けるべき証人の住所その他の事情を考慮して,訴訟の著し
 い遅滞を避け,または当事者間の衡平を図るため必要があると認めると
 きは,申立てにより又は職権で他の管轄裁判所に移送することができる
 (人訴法7条)。
 なお,(2)及び(3)の適用にあたっては,未成年の子がいる場合には,その子の住所又は居所を考慮しなければならない(人訴31条)。


5−2019.2.12
離婚訴訟と、不貞行為を理由とする損害賠償請求訴訟が、人事訴訟法8条1項にいう「人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟」に該当性するとされた例
[最三小2019(平成31)年2月12日決定 判タ1460号43頁、家庭の法と裁判21号62頁]
[事実及び決定の概要]
原告Aから被告Yに対し、横浜家庭裁判所に離婚請求の訴えを提起した。Yは、Aと第三者Xとの不貞行為を主張して離婚請求の棄却を求めている。一方、YはXに対し、不貞行為を理由とする損害賠償請求訴訟を横浜地方裁判所に提起した。Xは、損害賠償請求訴訟を人事訴訟法8条1項(関連請求に係る訴訟の移送)に基づき、離婚請求の係属する横浜家庭裁判所へ移送するよう申し立て、原審および原々審は移送を認めた。Yが最高裁判所に抗告したところ、最高裁判所は、人訴法8条1項の「人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟」にあたるとして、これを棄却した(移送を認めた)。
[ひとこと]
被告から、別件として地裁に提訴したあと、家裁の離婚裁判の係属する部へ移送されたケース、という点がやや珍しいが、従来の実務の延長である。

5−2016.2.18
遅滞を避ける等のための移送の移送先である「他の管轄裁判所」(人事訴訟法7条)に、調停事件が係属していた家庭裁判所の自庁処理について定めた同法6条の規定する家事調停を行った家庭裁判所は含まれないとした事案
[最高裁第一小法廷2016(平28)年2月18日決定 原審:東京高裁2015(平27)年11月6日決定 原々審:横浜家裁2015(平27)年10月6日決定 判時2348号7頁]
[事実の概要]
夫は妻に対して、夫婦が居住していた横浜家庭裁判に所離婚訴訟を提訴した。これに対して、妻は、人事訴訟法7条に基づき、離婚調停事件が係属していた名古屋家庭裁判所への移送の申立をした。
原審の東京高裁は、「家事調停を行った家庭裁判所が人事訴訟法6条の規定に基づき自庁処理の決定をしない限り、同家庭裁判所に当該人事訴訟の管轄が生ずるものではないから、同条の文言に照らして、同法7条の『他の管轄裁判所』に同法6条の規定する家事調停を行った家庭裁判所が含まれると解することはできない。また、同法6条の文言に照らし、家事調停を行った家庭裁判所以外の裁判所が、同家庭裁判所における自庁処理の判断をすることを認めたと解することはできない。加えて自庁処理の当否が当該調停事件の経過等を考慮して判断されることに鑑みると、自庁処理の判断の当否は、前記調停事件の経過を適切に把握することができる家庭裁判所が行うべきものであると考えられ、当該人事訴訟事件が提起された裁判所が家事調停を行った家庭裁判所における自庁処理の当否を判断することは予定されていないというべきである。」として、妻の申立を却下した。妻が許可抗告の申立をした。
[決定の概要]
「所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」として許可抗告申立てを棄却した。

5−2009.3.30
離婚等請求訴訟事件において、夫の住所地を管轄する家庭裁判所から、妻の住所地を管轄する家庭裁判所への移送申立が許容された事例
[裁判所]大阪高裁
[年月日]2009(平成21)年3月30日決定
[出典]判時2050号109頁
[事実の概要]
5−2009.1.21のとおり。
[決定の概要]
相手方(夫)の赴任地は、相手方が管轄区域内に居住していることの外には、基本事件(離婚事件)との関連性がなく、神戸家裁で審理することは、抗告人(妻)に遠隔地での応訴を強いる結果となり、衡平を失する。
抗告人が神戸家裁に出頭するとなると、交通費が多大の負担となる。他方、相手方は、年収が約1230万円であり、単身生活であるから、抗告人より経済的余裕がある。
2人の子供は抗告人と同居しているのであるから、岐阜家裁多治見支部で審理することが、人事訴訟法31条の趣旨に適う。家裁調査官が出張して事実の調査をすることも可能であり、また親権者の指定等の裁判をするに当たって必要とされる15歳以上の子の陳述の聴取(人事訴訟法32条4項)は陳述書の提出で代えられることをもって、神戸家裁で審理しても不都合ではないとするのは、同条の趣旨を没却するものである。
抗告人が当事者尋問や和解の期日に神戸家裁に出頭するためには、早朝から深夜まで自宅を留守にし、さらに自宅外で宿泊しなければならない場合もあり得ることが予想される。抗告人が2人の子供を置いて外出するには、不安があり、少数回であっても、負担は重いと考えられる。
基本事件について審理を進めてみなければ、証人尋問を要するか否かや証人の人数は確定できないが、2年余り前まで、抗告人の住所で長く婚姻生活が営まれ、抗告人と2人の子供は引き続き同所で生活しているのであるから、離婚原因の存否等の事情を知る者は抗告人の住所の近隣に存在する蓋然性が高いから、証人の住所の点でも、神戸家裁よりも岐阜家裁多治見支部で審理することが望ましい。映像等の送受信による通話による尋問も可能であるとしても、同支部に移送する方が、人事訴訟法7条の趣旨に沿うものである。
以上の理由から、基本事件を岐阜家裁多治見支部に移送する必要があると判断し、原決定を取消した上、本件申立てを認容した。
[ひとこと]
原審(5−2009.1.21)が簡単に申立てを却下したのに対し、二審は、人事訴訟法31条の趣旨、同法7条の趣旨を踏まえ、妻と夫の状況を詳細に比較検討して、移送の申立てを認めた。夫婦間の経済力の格差や子どもとの距離を配慮し、弱者保護の視点のある決定である。

5−2009.1.21
離婚等請求訴訟事件において、夫の住所地を管轄する家庭裁判所から、妻の住所地を管轄する家庭裁判所への移送申立が却下された事例
[裁判所]神戸家裁
[年月日]2009(平成21)年1月21日決定
[出典]判時2050号113頁
[事実の概要]
申立人(妻)と相手方(夫)は、平成3年に婚姻し、二子をもうけたが、平成16年からは家庭内別居の状態となり、平成18年に相手方は転勤を希望して別居している状態にある。相手方は、赴任先の住居地を管轄する神戸家庭裁判所に離婚を求める訴えを提起したが、申立人は、資力がなく、子ども2人を置いて神戸家裁に出かけることは負担が大きすぎ、実質上裁判を受ける権利を侵害されるとし、自己の住所を管轄する岐阜家裁多治見支部への移送を申立てた。
[決定の概要]
相手方(夫)は申立人(妻)に対し、毎月22万3000円を支払っており、申立人が生活に困窮しているとは解されないこと、申立人は代理人を選任しているので裁判所に出廷するのは限られていること、親権者の決定にあたって事実調査が必要となる場合でも家裁調査官の出張調査も可能であること、DVの立証についても申立人本人尋問で足り証人尋問が必要でない場合も多いことなどから、岐阜家裁多治見支部で審理しなくては、申立人に不利益であって衡平を欠き訴訟が遅延するとはいえないとして、申立てを却下した。
[ひとこと]
原審は簡単に申立てを却下したが、抗告審(5−2009.3.30)は、詳細に検討して、移送の申立てを認めた。



 
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