職場で

-  上司・同僚・取引先による事例

--1969.11.18 I交通事件(愛媛)

被告会社が、訴外運転手X男から暴力をもって強いて姦淫され妊娠させられたバ

スガイドA女に対し、懲戒解雇事由にあたると強迫して退職の意思表示をさせた

うえ、A女の意思に反して右性関係について陳述を求め、これを録取して供述書

と題する書面を作成したことについて、30万円の支払いが命じられた事例。

[裁判所]松江地裁益田支部

[年月日]1969(昭44)年1118日判決

[出典]労働関係民事裁判例集2061527

[評釈等]浅倉むつ子=今野久子『女性労働判例ガイド』28頁(有斐閣・1997

[事実の概要]被告会社は、訴外運転手X男から暴力をもって強いて姦淫され妊娠させら

れたバスガイドA女(18)に対し、懲戒解雇事由にあたると強迫して退職の意思

表示をさせたうえ、A女の意思に反して右性関係について陳述を求め、これを録

取して供述書と題する書面を作成した。

[原告の請求]従業員としての地位確認、慰謝料200万円。

[判決の概要]従業員としての地位確認、慰謝料30万円。原告の妊娠は「全く私行上の

問題であ〔り〕・・・企業の運営とは何ら関係がないから、前示認定の就業規則〔

「素行不良又は不正不義の行為をして著しく従業員としての体面を汚し又は会社

の名誉を損なったととき」〕に該当するということはできない」。「情交の相手方

たる訴外X男と原告に対する処分の仕方には甚だしい不均衡がある」。「原告に

は被告会社から解雇される正当な理由は何らない〔ので〕…被告会社が原告から

雇用契約解約の意思表示を…強迫によって得たことはまさに違法であ〔る〕」。

供述書の作成については「男女関係を当事者の意に反して強いて発表させようと

することは明らかに供述者の精神的自由を侵害した違法な行為であるというべき

である」。「被告会社が原告に示した態度は、企業内の秩序維持のため当事者たる

原告の意思を全面的に無視し、その結果甚だしくその人格を傷つけていること

は明らかであり、この面からも社会的に強く非難されなければならず、その違法

性はきわめて高いものというべきである」。

[ひとこと]性交は、女性一人でできるはずもなく、それどころか、本件のように暴力に

よって女性の意思に反してでも性交の相手方とさせられてしまうことがあるの

に、望まれない妊娠という性交の結果(女性だけが被る)が生じたときには、そ

の原因である男性を咎めることはほとんどせず、女性だけを厳しく非難する、と

いう本件被告会社の判断・価値基準は、「情交の相手方たる訴外X男と原告に対

する処分の仕方には甚だしい不均衡があ〔る〕」として、否定された。しかし、

このような価値基準に従っているのは、残念ながら本件被告会社だけではない。

その最悪のものは、刑法212条自己堕胎罪(妊婦が中絶をしたときは1年以下の

懲役)である。母体保護法により合法的な中絶が認められているので、本条は空

文化しており、実際には起訴も処罰もされることもほとんどない犯罪ではある。

とはいえ、中絶をした妊婦は刑務所に入れる、との威嚇が、国家の意思として刑

法上に厳然と残されているという事実は、男女平等の視点から見て、大きな問題

である。望まれない妊娠・中絶が跡を絶たないのは、暴力によるもののほか、避

妊に無関心で、膣外射精などのいいかげんな避妊しかしない「女のからだを自分

の目的とした男のエゴイズム」のせいであり、さらには妊娠を「おまえがいけない」

「他の男の子だろう」と責任回避したり、行方をくらましたり、金さえ出せばよ

いとするような、「自分の行為によって妊娠が成立したのだということを認識しな

い男の勝手が横行している」からであるばあいが少なくない(これらはほとんど常

識でもあるが、生殖医療現場の産婦人科医の言葉でもある。丸本百合子「産ませ

る性としての男」法学セミナー増刊・これからの男の自立(1988211212頁を

参照)。しかしながら、このように望まれない妊娠の原因となる「男のエゴイズム」

的な性行動と、その結果を引き受けない(中絶の原因となる)「男の勝手」に対し

ては、刑法は何の処罰規定も用意しておらず、知らん顔でいる。その一方で、生

物学的な理由により妊娠という結果が生じてしまう女性に対してだけは、結果を

引き受けないこと=中絶を、懲役刑をもって処罰するぞ、と威嚇しているのであ

る。このように、自己堕胎罪規定は、現行法制度の持つジェンダーバイアスが、

もっとも露骨にかつ厳しい制裁をもって表明されている規定である、と言わざ

るを得ない(胎児の生命至上主義は、母体保護法の存在によりすでに否定されて

いる)。本件被告会社同様に、自己堕胎罪を擁する国家も「〔男性と女性の〕処分

の仕方には甚だしい不均衡がある」との非難に値する。使われない条文が残されて

いるということは、いつ、どのようなときに、恣意的に(国家の気まぐれによっ

て)使われるか分からない、ということでもある。現行の自己堕胎罪は廃止され

るべきである。