1 職場で
1-1
上司・同僚・取引先による事例
1-1-1992.04.16 出版社事件(福岡)
部下A女について性的な風評を言い立てた編集長X男と、社内における両者の対立
をもっぱらA女の譲歩・犠牲において解決しようとした会社に対して、165万円の
支払いが命じられた事例。
[裁判所]福岡地裁
[年月日]1992(平4)年4月16日判決《確定》
[出典]判例時報1426号49頁
判例タイムズ783号60頁
労働判例607号6頁
[評釈等]浅倉むつ子=今野久子『女性労働判例ガイド』33頁(有斐閣・1997)
水谷英夫『セクシュアル・ハラスメントの実態と法理』(信山社・2001)
山田省三・労働法律旬報1291号6頁
大脇雅子・日本労働法学会誌80号123頁
横山美夏・ジュリスト1007号153頁
香川孝三・法学教室145号140頁
青野覚・季刊労働法166号198頁
入江信子・ジュリスト臨時増刊1024号223頁
山之内紀行・判例タイムズ臨時増刊821号88頁
永田秀樹・法学セミナー37巻7号130頁
奥山明良・別冊ジュリスト134号60頁
[事実の概要]編集長X男(30代後半)は、部下であるA女(31)が業務能力を顕し、関
係取引先からも声がかかることが多くなった頃から、職場において疎外感を持ち、
2年近くにわたり、社内外の関係者に対してA女の異性関係が乱れている等A女の
評価を落とす発言をし、かつ、A女本人に対して「遊び好きのくせに」等の嫌が
らせを繰り返し言った。被告会社は、A女の退職により社内における両者の対立
を解決しようとした。
[原告の請求]367万円。
[判決の概要]165万円。「X男の一連の行動は…働く女性としての原告の評価を低下させ
る行為であり…これらが、原告の意思に反し、その名誉感情その他の人格権を害
するものであることは言うまでもない」。もっとも、本件の原因には、「自己の能
力や被告の無責任さを意識して被告をライバル視」するような原告の姿勢なども
あるので「本件について判断するに際しては、このような事情も十分考慮に入れ
るべきである」。「しかしながら、現代社会の中における働く女性の地位や職場
管理層を占める男性の間での女性観等に鑑みれば…原告の異性関係を中心とした
私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段ないしは方途として
用いられたことに、その不法行為性を認めざるを得ない」。
[ひとこと]裁判官は、原告が被告と争う姿勢を見せたことに対して否定的であるが、自
分より有能とは思えないばかりかこちらの能力を妬んで中傷している無責任な上
司と、原告はどう付き合えばよかったのだろうか。1-1-1996.10.30
や1-1-2001.03.26にもあてはまることだが、上司から不法行為を受
けても、相手が上司であるという事実が、すなわち、職場の上命下服秩序を維持
するとの名目が、優先され、それを乱すものとして被害者の反応が――ときに過
剰と評価され得る態度が含まれることは被害感情からしてやむをえないのに――
責められるようでは、職を辞さずして職場内で正義を追求することはできない。
裁判官は「上司がいやなら反抗せずにすぐ辞めろ(職場の秩序優先)」と考えて
いるのかもしれないが、被害者が退職することで事態を収束させようとすること
は、加害者(本件被告会社)の視点に立つことである。なお、本件原告の著書に、
晴野まゆみ『さらば、原告A子』(海鳥社・2001)がある。