1 職場で
1-1
上司・同僚・取引先による事例
1-1-1997.01.31 派遣先会社事件(東京)
酩酊した派遣社員A女に、ホテルで暴力をふるって抵抗を排除し、強いて性行為に
及んだ派遣先会社の従業員X男に対して、158万円の支払いが認められた事例。
[裁判所]東京地裁
[年月日]1997(平9)年1月31日判決
[出典]労働判例716号105頁
[評釈等]水谷英夫『セクシュアル・ハラスメントの実態と法理』(信山社・2001)
[事実の概要]歓迎会で酩酊してしまったA女(25)を、X男が自宅までタクシーで送る
ことになったが、A女が車内で「帰りたくない」と発言したことから、X男はA
女を伴ってホテルに投宿し、入室後しばらくカラオケを歌うなどした。この後A
女が着衣のまま眠ってしまい、X男は着衣を脱がそうとしたが、A女がこれに驚
いて目を覚まし拒絶しつつ抵抗したため、X男は暴力をふるって抵抗を排除し、
強いて性行為に及んだ。
[原告の請求]330万円。
[判決の概要]慰謝料200万円、逸失利益約9万円を認定したうえで、4分の1を過失相
殺し、158万円。「被告は〔原告が真意から性交渉を求めていると誤解したが〕、
原告がかなり酩酊し正常な判断ができない状態にあると判断できたというべきで
あり、かつ、どのように誤解したとしても、ホテル内での性交渉を求める行動の
中で、原告がこれを拒否する態度を明確にした以上、被告は直ちに右行動を中止
すべきであったのであり、右誤解が被告の行為を正当化するものでないことは当
然である」。「原告の言動は…明らかに酩酊状態の中でのものであり、被告もこ
れを認識し得る状況であったといえるのであるから、酩酊に至ったのが自己の責
任であることを考慮しても、原告の言動を落ち度(過失)として重要視するのは
相当でない」。「性交が既遂であったかどうかは必ずしも明らかでないが、前認
定の被告の行為の違法性に照らすと、既遂か未遂かは特段結論に影響を及ぼすも
のではない」。【引用者注:( )は原文、〔 〕は引用者の挿入。】
[ひとこと]A女の落ち度を「重要視するのは相当でない」としながらも、4分の1を過
失相殺した。このA女の落ち度とは、X男を誤解させた点、すなわち、その気に
させてしまった点に他ならないのだから、これを裏から見れば、裁判所はA女に
対して、X男をその気にさせたことについての損害賠償金の支払いを命じた、と
もいえるのではないか。そうであればX男は、A女の抵抗に遭い、自分は誤解さ
せられていた、と気づいた時点で行為を中止していれば、性暴力をふるった加害
者・被告としてではなく、その気にさせられた(人格権の侵害か)被害者・原告
として、法廷に立ち、救済を受けられたといえるのではないか。X男にとっては、
誤解させられたことにより落ち込んだ気持ち(精神的損害)を「ここまできたか
らには」と、ただちに補填しようとして自力救済(強姦)に及ぶよりも、誤解さ
せられた損害の救済を後日裁判所に求め、賠償金を受け取る方が賢明であること
はいうまでもない。もっとも、その金額が50万円というのは、当否を判断できな
いが。