1 職場で
1-1 上司・同僚・取引先による事例
1-1-2003.01.16 衣料品販売アルバイト事件(広島)
アルバイトを指揮監督する社員X男(29)が、短大入学前の春休み期間にバイトに来たA女(18)に対して、残業中ないし残業終了直後の密着した時間に、3回にわたり、身体を触るなどの性的行為や性交を行い、A女が解離性同一性障害に罹患した事案について、X男と被告会社に対して、A女とその両親へ約264万円の支払いが命じられた事例
[裁判所]広島地裁
[年月日]2003(平15)年1月16日判決《確定》
[出典]判例タイムズ1131号131頁
[事実の概要]
アルバイトを指揮監督する社員X男(29)が、短大入学前の春休み期間にバイトに来たA女(18)に対して、残業中ないし残業終了直後の密着した時間に、3回にわたり、身体を触るなどの性的行為や性交を行った。その後、A女は手首を切ったり、別人格aとして被告会社建物内に入り興奮状態となって暴れた。A女は解離性同一性障害(多重人格障害)に罹患し、その症状は6段階に分けた重い方から2番目であり、今後3年ないし5年の治療が必要で、その間正常な社会生活を営むことが困難な状態となった。
[原告の請求]A女の請求:約1,110万円、A女の両親の請求:各110万円。
[判決の概要]
X男と会社は、A女に約220万円、両親に各22万円支払え。
「A女はX男に対して、恋愛感情やそれに類する親密な感情を抱いていたことはなく、X男の突然の行為に困惑し、またX男が自己の職場の上司であることから、その行為を拒絶しがたく、そのため、表面的にX男に従属する態度をとったものである」。「女性労働者が、職場内という閉鎖的な状況下で上司から突然に性的行為を受けた場合、困惑する中で種々の配慮や思惑が交錯し、セクハラ行為を毅然として拒絶するという態度をとりがたく、不本意ながら従属的な対応をしてしまうことは十分想定される」。「X男の上記の一連の行為は、有形力や脅迫的言辞によって抵抗を抑圧したものではないが、女性労働者がその自由意志に基づいた行動をとりがたい職場環境及び自己の地位の優越性を利用し、その人格権や性的自由を違法に侵害したセクハラ行為に当たる」。
A女の両親が被った精神的苦痛は「その性質、程度においてA女の生命が害された場合にも比肩すべきものと認めることができ」るので、「民法709条及び711条に基づき自己の権利として慰謝料を請求しうる」。
[ひとこと]
両親への慰謝料を、A女の生命を害された場合にも比肩するとして認めた点は画期的であり、評価できる。しかし、そのわりに金額は各22万円と低額である。
A女への慰謝料も、X男の行為類型と、その結果今後3年以上の加療を要し、その間正常な社会生活を営むことが困難な重篤な精神疾患とまで認定したわりには、低額である。
判決は、セクシュアル・ハラスメント被害者について、「しばしば一般人の通常時における合理的行動に関する経験則では律しがたい行動をとるものであり(被害時に表面的には抵抗しなかったり、被害後も複数回にわたり性的関係を繰り返すなど)、A女の行動についても、セクハラ行為の被害者が置かれた特殊な状況及び心理状態の下での行動であることを前提として経験則を適用しなければならない」との理解を示し、かつ、A女については「生来気が弱く、他人に対して自己主張できない性格」で、「未成年で社会経験も乏し〔く〕…不慣れな職場環境にあって、不安定で上司の指示等に従属しやすい精神状態にあった」とする一方で、1回目の被害以降、X男と距離を置かなかった点に「A女にもその被害の発生及び拡大につき、責任の一端がある」として慰謝料を200万円に止めたうえ、治療費(わずか7,680円)まで3分の1を過失相殺している。裁判官の胸中に被害者への中途半端な理解と非難が混在しているようにみえる判決である。
なお、X男は「妻子がいるが、日頃から女性のアルバイトらに対し、卑猥な話をしたり、身体に触るなどすることが多かった」ものである。