1 職場で
1-1 上司・同僚・取引先による事例
1−1−2010.12.27 F事件(東京)
わいせつ行為の被害女性と原告の供述の信用性を比べたうえでその事実を認定し、認定事実の重大さと、処分の手続的瑕疵がなかったことを考慮して解雇処分を合理的とし、これを争う提訴が不法行為にあたるとされた事例
[裁判所]東京地裁
[年月日]2010(平成22)年12月27日判決
[出典]労働判例1022号70頁
[事実の概要]
Y社にて部長職を務めており、他社の担当スタッフと面接し決定するなど一定の権限を有していたXは、懇親会にて酩酊した女性Aを介抱するため、女性Bとともにホテルの一室に入室した。そしてXから飲み直そうとしつこく誘われた女性Bは、断わり切れず応じたが、その時点で身の危険を感じ、自己の指導係に電話で相談している。
女性BはXを帰そうと「お風呂に入るのでお帰りください」と告げたにもかかわらずXが帰らなかったため、引っ込みがつかず入浴していたところ、女性ABの同僚が心配して訪ねてきたが、女性Bは入浴中なので対応することができず、Xはこの訪問に返答しなかった。その後、女性Aは、お風呂から出て、「もう大丈夫なので帰ってください」と何度も告げたが、Xから「女性ABが寝るまでは帰らない」といわれたため、女性Bは女性Aが眠るダブルベットのとなりに横になり、「もう寝るので大丈夫です」と告げると、Xも女性Bの横に寝そべってきた。
そしてXは女性Bの抵抗も無視し、唇にキスをするなどの行為をしていたところ、その様子に気付いた女性Aがわざと混乱したふりをして起き上ったことから、Xの猥褻行為は中断した。しかし女性Aが横になると、Xは再び女性Bのスカートの中に手を入れるたり、さらに女性Aの胸をさわるなどの行為をしていた。女性Aは上司に助けを求める電話をし、上司がXに電話をするなどした結果、Xは帰った。
以上の事実に基づき懲戒解雇処分(以下、「本件解雇処分」)を受けたXが、雇用契約に基づく権利を有する地位の確認、本件解雇処分後の賃金の支払等を求め訴えたのが本件であり、Y社から本訴提起が不法行為になる等として金3935万7849円の損害賠償請求金及び遅延損害金の支払いを求める反訴が提起されている。Xは、本訴訟において、女性ABに対するわいせつ行為を全面的に否認した。
[判決の概要]
請求棄却、反訴一部認容。
1 わいせつ行為の有無
女性A女性Bの供述は証拠から認定できる事実経過に照らして不自然なところもなく合理的であり、関係者らの供述と矛盾なく一致して裏付けられているなどとして、その信用性は極めて高いとした反面、Xの供述は、女性らの供述に比べて迫真性に欠け、説得力の乏しいものであるといわざるを得ないとして、Xの女性ABに対するわいせつ行為に該当する事実を認定した。
2 本件解雇の有効性
本件わいせつ行為の悪質性、重大性に照らせば、Y社が懲戒処分の中で最も厳しい解雇処分を選択することも十分に合理性を有するものである。
また、16名にも及ぶ関係者らに対し、弁護士によるヒアリング調査が、相当の時間をかけ、詳細に行われ、さらにXに対しても人事部もしくは弁護士による詳細なヒアリングを行われており、その中でXは顛末書を提出するなど、自らの言い分を十分に述べることができているのであるから、手続的瑕疵は見当たらない。
3 Xの本訴提起の不法行為の成否
そして本件わいせつ行為は、強制わいせつ罪にもあたりうるものであり、その態様の悪質さ重大さからみれば、Y社が懲戒解雇という手段を選択することには十分合理性があるといえ、かつ、通常人であれば容易にそのことを知りえたものといえる。それにもかかわらずXは、女性らが虚偽の事実を述べているとまで主張して本訴を提起したものであるから、本訴は、本件懲戒解雇が合理性を有し、雇用契約に基づく権利が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、あるいは通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらずあえて訴えを提起した場合にあたるといえ、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、不法行為が成立するとして、金273万9590円の損害賠償請求金及び遅延損害金を認めた。
[ひとこと]
被害者の供述が他の証拠と合わせ矛盾がないことが信用性を左右し、それに基づく事実認定による解雇処分の合理性と手続的瑕疵がなかったことが本判決の決め手になっているといえる。(齊藤遼亮)