1 職場で
1-1 上司・同僚・取引先による事例
1−1−2013.1.30 ファンド会社事件
ファンド会社の取締役の社員に対する侮辱的な表現による避難等が社会的相当性を逸脱したとして、慰謝料200万円の支払を命じた事例
[東京地裁2013(平成25)年1月30日判決 LEX/DB25510191]
[事実の概要]
原告女性は、株式会社Yファンド等を関係会社とする株式会社Yホールディングスの社員である。被告男性は、株式会社Yファンドの取締役であった(その後退任)。
原告は、被告から、パワーハラスメントを受け、あるいは名誉感情を侵害されたと主張して、民法709条に基づく損害賠償として慰謝料300万円等の支払を求めて訴訟提起した。
なお、株式会社Yホールディングスは、原告と、被告に対する管理監督責任があり、損害賠償金40万円を支払うことを内容とする合意をし、既に40万円を支払った。
[判決の概要]
厚労省が2012年1月30日に発表したパワハラの定義を踏まえ、パワハラの行為者は必ずしも被害者に対して人事権を持つ上司とは限らず、「職場内で優位な立ち場にある上司や同僚」であれば足りるとし、Yファンドの取締役であった被告はYグループの一社員である原告に対しその立ち場にあったとした。
原告は、被告から、美容院その他業務外としか思えない領収書の整理を指示されたため、直属の上司に確認したところ、しなくていいとうことだったので、年月ごとに並べ替えはしたものの、パソコンへの入力はしなかった。原告の対応に被告は激怒した。
あるとき、被告は原告が客に対するお茶を出すタイミングが遅れたとして激しく非難し、他の取締役や社員もいる前で、自己愛が強いとか、子宮でものを考えている等と怒鳴りつけた。
被告は、仕事関係者に対しても、原告が能力不足であるとのメールを送信したり、グループ会社の幹部らに、原告がしたいことは、「家庭に入ることです。彼女の会社での行動は、すべて女性のそれであり、注意力も業務運営上のそれも、子宮に従っています」、「このままだと彼女の夢は、夢見る少女のままごとで終わります」などと記載されたメールを送信した。
被告は、Yホールディングスの顧問税理士他数名と中華料理店で飲酒している最中に、原告に対し、30分以上にわたって、「幸せな結婚をするために会社を辞めたほうがいい」「明日から辞めてしまえ」などとテーブルを叩くなどして暴言を繰り返した。
以降も、被告は役員や職場関係者に原告を誹謗するメールを送信したほか、原告のいるフロアに赴いて激しく罵倒した。その語気は、居合わせた他のスタッフらが役員等の携帯に連絡をいれて戻るように求めるほど激しいもので、役員らは実際にすぐ戻り、被告にパワハラにあたると厳重注意して以後そのフロアへの立ち入りを禁止した。
被告は、注意した役員らが被告が一時期役員となったM証券の経営等をめぐり対立関係にあるとして、役員らの供述は信用性がないと主張した。しかし、仮に上記対立関係があるとしても、原告に対するパワハラ行為に関しての供述等が疑わしいとはいえない。対立関係が生じる以前から、役員が原告に対し励ますメールを送っていること等も踏まえて、被告の主張を斥けた。
また、被告は、原告に対し優越的な地位にあったことも否定したが、判決は不合理としてこの主張も斥けた。
さらに、発言や電子メールは苦言を呈して奮起を促す、正当なものであり、不法行為にあたらないと被告は主張したが、「子宮でものを考える」などという表現は極めて侮辱的であるなどとして、原告の人格的利益を受忍限度を超えて侵害したものとした。
被告は、神経症性抑うつ状態、不眠症その他の原告の症状と被告の行為との相当因果関係をも争ったが、判決は肯定できるとした。
原告が被告をあだ名で呼んだり、ハートマーク付き電子メールを送るなどしたこと等を指摘し、慰謝料を減額すべきとの被告の主張については、Yグループにおける被告の地位が原告よりはるかに高いこと等から、表面上親しげな対応をしていたとしても、実際には強い精神的苦痛を受けていたと考えて不自然ではないとした。
被告はYホールディングスが原告に支払った40万円を慰謝料に充当すべきと主張したが、合意書につき、Yホールディングスは裁判費用についてのみ賠償義務を負担すると定めたと解されるとして、弁済の抗弁も認めなかった。
以上より、判決は、被告に、200万円の慰謝料と遅延損害金の支払いを命じた。(弁護士打越さく良)