1 職場で
1-1 上司・同僚・取引先による事例
1−1−2018.2.15 基板大手I事件
子会社の従業員が受けたセクハラの相談に親会社が適切に対応すべき義務を負う場合があるとしながらも親会社の責任を否定した事案 [最高裁第一小法廷2018(平成30)年3月15日判決 裁判所時報1694号1頁]
[事実の概要]
基板大手I社の子会社の契約社員であった女性Aが、同じ事業所内で就労していた他の子会社の課長Bと数ヶ月交際したものの、交際関係を解消したいとの手紙を渡した。ところが、BはAとの交際を諦めきれず、就労中のAに近づいて繰り返し交際を要求したり、自宅に押しかけたりした。Aは相談しても適切な対処がなされなかったとして、子会社を退職し、派遣会社を通じて、I社の別の事業所内の業務に従事した。しかし、BはAが子会社を退職したあとも、つきまとい行為をした。 子会社での事業所でAと就労していた同僚が、Aのために、I社のコンプライアンス相談窓口に、A及びBに対する事実確認等の対応をしてほしいと申し出た。 I社は、申出を受け、子会社に依頼して、Bその他の関係者の聴き取り調査を行わせる等したが、子会社から本件申出に係る事実は存在しない旨の報告を踏まえ、Aに対する事実確認は行わなかった。 AがI社に対して、信義則上の義務に違反したと主張して、損害賠償を求めたところ、原審の16年7月の名古屋高等裁判所は、子会社、Bのほか、I社についても、損害賠償を認めた(2018年2月15日17時30分配信の日経ウェブサイトの記事によると、220万円)。
[判決の概要]
以下の通り、上告人I社の敗訴部分を破棄し、被上告人の控訴を棄却した。 1上告人は、被上告人に対しその指揮監督権を行使する立場等になく、自らまたは被上告人の使用者である子会社を通じて就業環境に関して労働者からの相談に適切に対処すべき義務(付随義務)を負うものとはいえず、付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、信義則上の義務違反があったとはいえない。 2もっとも、上告人は、法令遵守体制の一貫として、グループ会社の事業者内で就労する者から法令等の遵守に関する相談窓口制度を設け、現に相談窓口における相談を促してもいた。その趣旨は、「グループ会社からなる企業集団の業務の適正の確保等を目的として、相談窓口における相談への対応を通じて、グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと、グループ会社内の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、上告人は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」 3被上告人は子会社を退職する前のBの行為について、相談窓口に相談の申出をしなかったことから、上告人は信義則上の義務を負わない。 4被上告人が子会社を退職した後、同僚が被上告人のために相談窓口に申出をしたことを受けて聴き取り調査を行うなどしたが、同僚の申出は、被上告人が子会社を退職した後の事業所外での出来事の事実確認等の対応を求めるものであり、当時既に被上告人はBと同じ職場で就労していなかったこと等から、被上告人に対する事実確認等をしなかったことをもって、損害賠償責任を生じさせる信義則上の義務違反があったということはできない。(弁護士打越さく良)