2 教育の場で
2‐1 教育者から学生・生徒に対する事例
2−1−2015.3.27 A大学事件
キャンパス・セクシュアル・ハラスメントの主張については否定したものの、人格権侵害、妊娠中絶に関する原告の不利益を解消しないことによる不法行為の成立を認めた事例
[東京地裁2015(平成27)年3月27日判決 LEX/DB25525130]
[事実の概要]
Xは、A大学大学院博士課程に在籍中、同大学の准教授であったYから、継続的なキャンパス・セクシュアル・ハラスメントを受け、また、Yが、結婚に向けた努力をするなどと称してXとの交際を継続したが、Xの妊娠が判明するや、Xとの結婚を拒絶し、妊娠中絶を強要したなどと主張して、Yに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料500万円、弁護士費用50万円およびこれらに対する最終の不法行為の日である平成24年8月2日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
[判決の概要]
@キャンパス・セクシュアル・ハラスメントによる不法行為の成否について
「XとYとの交際は、基本的には、相互の愛情に基づくものであったというべきであり、本件全証拠によっても、Yが、Xに対する指導的な立場や上下関係を利用して、あるいは、暴力的支配によって、交際及びその継続を強要し、Xが不本意ながらこれに従ったものであるとは、未だ認めることができない」として、否定した。
A結婚願望を有するXに対する人格権侵害による不法行為の成否について
「Yは、交際の当初から、Xが結婚願望を有していることを知りながら、Xとの結婚に向けて真摯に努力することもなく、また、Yが主張するように、Xとの結婚には障害が存したのであれば、そのことを率直に告げた上で、当該障害を除去するのが困難であれば、交際の解消も検討すべきであったにもかかわらず、Xとの結婚に向けて努力するかのように装い、交際の解消を申し入れるXを引き留めて性的関係を継続した挙げ句、Yとの性交渉の結果、Xが妊娠したことが判明するや、不安を訴えるXの発言を歪曲し、Xの側に問題があるとしてXとの結婚を拒むとともに、妊娠中絶をするよう求めたものである。これにより、Xは、二十代後半の約3年間にわたり、Yとの結婚の可能性があると信じて交際を続け、その結果、初めて身籠った子の妊娠中絶を余儀なくされたものであ」るとして、不法行為の成立を認めた。
B妊娠中絶の強要による不法行為に成否について
「Xは、Yとの結婚が絶望的になった状況を踏まえ、最終的には自らの意志で妊娠中絶を決意したものというべきであ」るとして、否定した。
C妊娠中絶に関するXの不利益を解消しないことによる不法行為の成否について
「Xは、Yとの性行為の結果として妊娠したが、妊娠中絶の選択を余儀なくされ、これにより多大な精神的及び身体的負担を負うことになったのであるから、Yから、これによる不利益を軽減ないし解消するための行為の提供を受け、あるいは、Xと等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は、法律上保護される利益であるといえる。したがって、Yは、Xに対し、上記の行為を行う義務を負っており、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、Xと等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記の法律上保護される利益を違法に害するものとして、Xに対する不法行為に該当する」とし、かかる行為をしなかったYに不法行為責任を認めた。
DXの損害について
上記ACの不法行為による慰謝料の額は200万円が相当であるとし、相当因果関係のある弁護士費用は20万円と認めた。
[ひとこと]
キャンパス・セクシュアル・ハラスメントの成立は否定したが、丁寧な事実認定をもとに、妥当な判決を下したものとして評価できる。特に、Cの理論構成は注目に値する。(弁護士渕上陽子)