4 その他

4-4 家族による事例

4-4-2002.01.16 実父によるわいせつ事件(東京)

    実父X男から当時小学5年生であったA女へなされたわいせつ行為への17年後
    の損害賠償請求は、消滅時効の完成後にX男が債務を承認しているため、消滅時効の
    援用権を喪失したとして、300万円の支払いが命じられた事例。

[裁判所]東京地裁

[年月日]2002(平14)年1月16日判決

[出典]判例集未登載

[事実の概要]当時小学5年生(11歳)であったA女が、両親のベッドで両親に挟まれる
    形で眠っていたところ、実父X男がA女の乳房を執拗に撫で回したり、指で乳首を
    触ったり、下着の上から性器を撫でたり押したりし、最後にはA女の手をつかんで、
    X男の性器に手をやって触らせるなどした。A女はX男から扶養を受けている自分
    の立場や、家族関係の崩壊を招きかねないという恐れから、長期間一人で苦悩し続
    けたが、行為から17年後(28歳時)に損害賠償を請求した。

[原告の請求]3,000万円。

[判決の概要]300万円。被告は、消滅時効を援用して「原告が成人に達したときには…不
    法行為を追求することができる状態になったと主張するが、不法行為に基づく損害
    賠償請求という権利を行使できるかどうかは、不法行為の内容や、被害者の事情な
    どの個別に生じた事情をも考慮しなければならず、一律に成人に達したということ
    で認められるものではない」。「原告は、会社に就職した〔24歳時の4月〕頃には、
    被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求という権利を行使することが可能とな
    った」ので、「そのときから3年を経過した〔27歳時の〕4月には同請求権は時効
    により消滅したものと解される」。しかし被告は、原告が28歳時の7月から11月
    にかけて「本件不法行為の事実のみならず、本件不法行為に基づく損害賠償債務の
    存在についてもこれを承認していたと認めることができる」ので、「被告は、時効
    完成後の債務の承認により、消滅時効の援用権を喪失したと解される(最判昭和4
    1.4.20民集20巻4号702頁)」。

[ひとこと]従来の事例と比較すれば、わいせつ行為の態様や一度きりであることから
    て高額の慰謝料を認めたという印象を与え得る判決ではあるが、原告の苦悩の深さ
    と時間長さを考慮すれば、高額とはいえないだろう。近年、精神医学をはじめとす
    る諸研究により性被害の深刻な実態がようやく理解され始めたことや、裁判官にジ
    ェンダー偏向があるとの指摘がなされていること、また、物質的に豊かな社会にお
    いては人間の尊厳への意識がより高まることなどから、今後は、性被害への賠償金
    額は、従来の「相場」よりも全体的に上昇すると思われる。また、あるはずのない
    こと・あってはならないこととされてきた(ために封印され被害が救済されずにき
    た)親子間の性暴力事例も顕在化するであろう(ジュディス・ハーマン〔斎藤学訳〕
    『父−娘 近親姦――家族の闇を照らす』〔誠信書房・2000〕参照。日本の状況につ
    いては333頁以下に訳者の論考がある)。性被害への理解を深めることは不法行為
    の消滅時効についても見直しを迫るであろう。本件ではX男が債務を承認したと救
    済的な認定がされてはいるが、誰にも口外できず、責任を問うことの意思決定がた
    だちにできないという性被害の特殊性に鑑み、公益を保護する刑事訴訟でさえ強制
    わいせつ罪・強姦罪の告訴期間を撤廃(事実上は6月から公訴時効の5年・7年に
    延長)した今日の社会状況において、私権を直截に保護する民事訴訟では19世紀
    の制定以来3年のまま、とは不均衡に過ぎるからである。
[ふたこと]3年の消滅時効を中断する債務の「承認」を緩やかに認めた点は画期的。性
    被害では、大人になってから幼少時のできごとを思い出しトラウマが顕在化すると
    いう例もあり従来の法的枠組みでは救済が不十分な場合がある。ドイツでは、2001
    年に改正があり、性的自己決定を侵害する事件の時効について特別の規定がおかれ、
    被害者が21歳になるかあるいは生活共同体が消滅するまで時効は停止するとさ
    れたらしく、今後の方向として参考になる。
     時効については、松本克美「時効と正義」日本評論社 02.3刊 に最新情報があ
    り参考になる(弁護士 榊原富士子)。