4 その他
4‐6 宗教関係者による事例
4‐6‐2003.10.07 教会牧師事件(熊本)
教会の代表役員牧師で幼稚園の理事長兼園長であるX男が、大学を卒業したばかりで教育主事になることを目指し信徒として教会唯一の職員となったA女に対して、2年以上にわたり頻回に性的嫌がらせを行ったことが、A女がPTSDに準じる重篤な精神被害を被る重大な因子となったとして、350万円の支払いが命じられた事例
[裁判所]神戸地裁尼崎支部
[年月日]2003(平15)年10月7日判決
[出典]労働判例860号89頁
[上訴等]大阪高判2005(平17)年4月22日・
     労働判例892号90頁≪確定≫
[事実の概要]
教会の代表役員牧師で幼稚園の理事長兼園長であるX男は、大学を卒業したばかりで教育主事になることを目指し信徒として教会唯一の職員となったA女に対して、着任早々のA女と2人きりの車両で夜間にラブホテル街を通過することを1回、2人だけの車内や自宅への電話でA女との性関係を望んでいるかのような趣旨の発言を約10回、そして偶然を装いながら肘で胸を触ったり、手を太股に当てることを相当回数行うなど2年以上にわたり性的嫌がらせを行った。A女は本件教会を退職後にPTSDに準じる重篤な症状を発症し、その後に得た職場での就労が不可能となり、解雇され、現在は療養中。
[原告の請求]1,100万円
[判決の概要]
X男は、350万円支払え。「X男は、聖俗いずれの場面でも絶対的優位者としての地位・立場に立ち、反対に、わずか22歳で神への献身を誓って遠く熊本まで赴任したA女が、X男の従属的地位・立場にあって抗うこともできず…信仰心からして容易に本件教会生活を放擲できず、さらに教会内部のこととてこれを公にできないままひたすら忍従せざるを得なかったことをよいことに、2年以上にわたり頻回に性的嫌がらせを反復継続してきたもので、その地位の悪用、行為の内容からしても、倫理的な非難の枠を超え、社会通念上相当とされる範囲を逸脱しているといわざるを得ず、A女の性的自由ないし性的自己決定権、ひいては人格権を侵害し…民法709条の不法行為責任を負う」。発症した精神的症状については、「すべてを本件加害行為に帰せしめることはできないまでも、本件加害行為が因果関係を是認すべき重大な因子となっていることに変わりはない」。「就職から退職までの3年間の長きにわたり、1つの落ち度とてなかったA女が、これにより本件教会ばかりか新たな職場も喪失し、現在でも就労できないでいること等諸般の事情を考慮すれば、X男の不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては300万円をもって相当というべきである」。弁護士費用50万円。
[ひとこと]
出典の労働判例は判決要旨のため、詳細が不明な点もあるが、性行為に至らない行為類型で350万円の認容は高額にも見える。しかし、「聖俗いずれの場面でも絶対的優位者」であったX男の不法行為期間の長さ、発症させた精神障害の重篤さ(就労可能までは相当の期間を要すると認定)からすれば、高額とはいえないであろう。なお、被告は教会・幼稚園関係者である他の女性にも、同種の言動を単発的に行っていた。
[ふたこと]
控訴審では、A女が医師によりPTSDと診断されたのは最後の加害行為から約9ヶ月後であり、6ヶ月以内の発症を原則とする診断基準に沿わないのでPTSDではないとさるとともに、A女が医師による長期の診断を受けながらも体調を悪化させたのは教会関係者等が真摯に問題に向き合ってくれなかったことの悔しさ、本訴提起が周囲の人に迷惑をかけているのではないかとの自罰的負担、信徒が牧師を相手取って提訴することの心理的負担等のストレスなどが相俟っているためであるとされ、「A女の体調不良は、X男の加害行為とは無関係ではないものの…X男の一連の加害行為と法的因果関係があるとは認めがたい」とされ、賠償額が350万円から170万円(慰謝料150万円、弁護士費用20万円)に減額された。A女の症状については一審の裁判官も「すべてを本件加害行為に帰せしめることはできない」としていたが、そのうえで「本件加害行為が因果関係を是認すべき重大な因子となっていることに変わりはない」と判断していた。高裁の裁判官はPTSDを厳格に解釈したかったのかもしれないが、精神的傷害についての理解が表面的に過ぎるように見える。