5 敗訴の事例
5-4 その他
5-4-1998.05.26 S宗教法人名誉会長事件(東京)
名誉会長X男から過去20余年の間3回にわたり強姦されたとするA女の主張が、損
害賠償請求権が時効により消滅しているとして、棄却された事例。
[裁判所]東京地裁
[年月日]1998(平10)年5月26日判決
[出典]判例タイムズ976号262頁
[評釈等]水谷英夫『セクシュアル・ハラスメントの実態と法理』(信山社・2001)
[上訴等]東京高裁1999年7月22日判決(棄却)《確定》判例タイムズ1017号166頁
[事実の概要]A女は、名誉会長X男から1973年、1983年、1991年に強姦されたと主張する
とともに、入信中は「宗教団体の呪縛」により損害賠償請求をすることは不可能で
あったとして、脱会(1992年)後の1996年に、損害賠償請求を提訴した。
[原告の請求]A女に対し4,567万円、A女の夫に対し2,902万円。
[判決の概要]棄却。「仮に、原告A女が宗教団体による呪縛に陥ってたとする原告らの主
張を前提にしても、原告A女は、遅くとも〔1992年〕5月には右呪縛から開放され
ていたことが原告らの主張自体から明らかであ〔る〕」。原告らは、強姦行為にお
いては、精神的障害の悪化が新たに起きなくなるまで、被害は継続しており、不法
行為は継続するというが、「しかしながら、不法行為による精神的障害が加害行為
後もなお癒されず、時には憎悪さえすると言う事態が生じることはまま見られるこ
とであって…何ゆえ強姦の場合のみ取り上げて『被害は被害者の精神・肉体におい
て深化し、時間の経過とともに却って深刻な事態が生じる』といえるのか理解しが
たい」。「民法は、右不法行為による精神的損害が加害行為後もなお癒されないと
いう事態をも考慮に入れた上で…724条前段において『損害及ヒ加害者』を知った
ときを消滅時効の起算点と定め、それ以降3年の経過により、右損害賠償請求権が
消滅するものとしたというべきである」。「被告の時効援用権行使が、信義則違反
又は権利の濫用となる余地はない」。原告らの損害賠償請求権は、時効により消滅
している。
[ひとこと]「何ゆえ強姦の場合のみ」不法行為に対する損害賠償請求権の消滅時効につい
て特別扱いしなければならないのかと裁判官は問うが、この判決からわずか2年後
に、性被害者の心情に配慮して強制わいせつ罪・強姦罪については告訴期間が撤廃
(事実上は6月から5年・7年に延長)されたときも、「何ゆえ強姦の場合のみ」
と驚いたのだろうか(告訴を要する名誉毀損等他の犯罪ではいまだに6月間である)。
民法が不法行為の消滅時効を3年としていることについては、「不法行為による精
神的損害が加害行為後もなお癒されないという事態をも考慮に入れ〔ている〕」と
言うが、はたしてそうであろうか。他の債権に比べて時効が短期であることの理由
について、教科書(たとえば藤岡=磯村=浦川=松本『民法W 債権各論〔第2版〕』
397頁〔有斐閣・1995〕)では、「契約関係がある場合に比べて証明が困難になる場
合が多いこと、ある程度の期間が過ぎれば被害者の感情も落ち着いてくること…時
間の経過は加害者側にも、もはや請求されることはないとの期待をいだかせる可能
性があり、その信頼も、保護に値するのではないかとの考え方もある」と説明して
いる。しかし、気持ちの整理がつかない被害者から見れば、これらの説は加害者を
利するものとしか映らないのではないだろうか。消滅時効については 2-1-1999.
07.29 と 4-4-2002.01.16 も参照。