判例 働く女性の問題
1 賃金、昇進・昇格

1−2000.12.22 芝信用金庫事件
昇格試験における性差別が認められて、昇格の地位が確認され、また昇格したことを前提にした賃金差額の支払い、退職金の差額についての請求権が認められた判例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2000(平成12)年12月22日判決、02年10月24日最高裁で和解
[出典] 労働判例796号5頁
[事実の概要]
 勤続18〜40年に及ぶ「主事資格」の女性職員たちが、昇進・昇格において債差別的な取り扱いを受けたとして、一審の被告金庫に対して同時期同給与の男性職員が最も遅く課長職になったものと同時期に「課長職の資格」「課長の職位」にあることの確認および差額賃金の支払いと、不法行為に基づく差額賃金相当額の損害賠償および慰謝料などを請求。
[判決の要旨]
労働者一部勝訴
一審原告女性に「課長の資格」「課長の職位」にあることを確認し、差額賃金などの支払いを命じた。
「2 一審原告らの主張のうち、
(1)基幹的業務からの排除(職務配置差別)については、一審被告においては、女性職員に基幹的業務ともいうべき得意先係や融資受付のような業務を殆ど担当させて来なかったところ、融資受付及び得意先業務は常時顧客を相手にした業務であるから、顧客との関わりのなかで業務を遂行しなければならず、内勤業務とは異なった外勤業務としての特質及び高度の業務知識を兼ね備えていなければならないことや、女性職員の勤務期間・勤務場所、女性労働及び主婦としての役割分担等に関する考え方の時代的背景の下で考慮判断されるべき問題を含んでいるので、一審原告ら女性職員を融資受付及び得意先係に配置するか否かは、一審被告の高度な人事政策に属するものというべきであり、男性職員を右のような職務に配置しながら一審原告らをそのような職務に配置しなかったからといって、直ちに一審被告が女性であることを理由とした差別的職務配置をしてきたものとまで断ずることはできないこと、
(2)研修差別については、男女雇用機会均等法施行前においては、新入職員に対する研修を男性職員と女性職員とに分けて実施しており、その内容も、男性職員のそれは一審被告の業務のほぼそれ全般に及んでいたのに対し、女性職員のそれは、配属される職務を反映して、比較的定型的、単純業務に対応したものであったが、同法施行後は、新入職員に対する右のような差別はなくなったということができるし、また、職場外研修、特に集合研修は、担当職務によって研修内容を異にしているが、合理的理由があり非難することはできないこと、
(3) 職務配置と昇進差別については、一審被告においては、職務履修体系を導入しており、一定の職務ローテーションを履修することが管理者になるために必要であると判断していたところ、男性職員に対しては、管理者になるために必要な職務ローテーションを実施していたのに、女性職員に対しては、その対象外としており、男女雇用機会均等法施行後も、依然として改善された形跡がうかがえないのは、女性職員に対する人事政策上の対応の適切さに欠けるものと評されてもやむを得ないこと、
(4) 係長への昇進差別については、一審被告の職員の係長への昇進状況には、男性職員と女性職員との間に格差があるところ、右の現象については、女性職員の勤続年数が平均的に短く、係長昇進年齢に達するまでに多くの女性職員が退職するという実状にも大きな原因があると思われるが、これだけでは十分な説明とはならず、女性職員が係長に昇進した男性職員のいずれに比しても能力的に劣っていたことを認めるに足りる証拠はないので、一審被告における人材登用が、一審被告の主張するような職務遂行能力、係長としての適格性という観点のみによってされたとの点については疑問を払拭することができないこと、
(5) 係長研修を受講する係長が副参事昇格学科試験に直接的に有利に働くものとはただちに認定することはできないこと、
(6) 副参事昇格試験差別については、1係長昇進の人事運用を介して、試験制度が結果的に歪められているのではないかとの疑問を否定することができないこと、2人事考課については、無役の主事に対する認定要素には合理的でない部分を含むということができ、また、従前の係長を第1次評定者とする評定方法に、全く問題がなかったとはいえないこと、3学科試験・論文試験問題それ自体については、いずれも直ちに一審被告による男女差別行為が存在したことを窺わせる事情があるとはいえないこと、以上のとおり指摘することができる。
3 以上によれば、一審原告らの挙げる個々の事情から直ちに一審被告による意図的な男女差別の存在を認めることは困難というべきである。
しかしながら、一審原告らの指摘するとおり、男性職員については、昇格試験制度の導入前は人事考課のみにより、右制度導入後は、右試験がかなり困難な試験であるのにこれに合格することにより、昇格に要した期間に長短はあるものの、最終的には、係長にある男性職員のほぼ全員が副参事に昇格しているにもかかわらず、女性職員については、昇格試験制度の導入前は人事考課により、右制度導入後は副参事昇格試験に合格しないなどの事情により、その殆ど全てが副参事に昇格していないのであって、このような事態は、極めて特異な現象であるということができる。そして、昇格試験制度導入後についていえば、右のような事態が昇格試験制度等における当然の結果であると認めるべき合理的事情、すなわち、男性職員は、女性職員とは異なり、常日頃から勤勉に業務を遂行し高い人事考課を受けるとともに、学科試験においても、女性職員よりも得点が高く、女性職員が合格すべき得点に達していなかったのに、合格した男性職員は、全て合格すべき得点に達していたというような事情を認めるに足りる証拠はない。その上、時代的背景があったとはいえ、一審被告においては、かつて、男性職員と女性職員とでは、入職当初から職務配置等において異なる取扱をしており、その後、これが完全になくなったものとは言い難いところ、一審被告が、本件和解協定に従い昇格試験に合格しない職員を昇格させたことは、和解協定の趣旨からやむを得ない面があるものの、労組員の申し入れにより、本件和解協定の対象者でない労組員1名をも従組員の昇格と同一時期に、昇格試験の合否とは関係なく昇格させたことや、政治的配慮に基づき労組員1名を昇格させたり、男性職員のほぼ全員が係長職に昇進しているのに対し、女性職員の数名を除いては係長への昇進がなかったこと等の事情が存するほか、人事担当者も、年功加味的運用の有無について、曖昧な供述に終始し、完全に否定する態度を示していないのである。これらの事情のほかに、事柄の、性質上、一審被告による男女差別の意図等を直接証拠によって証明することは殆ど不可能に近く、格差の存在という結果から推認する方法によらざるを得ないことなどを総合考慮すると、確かに、制度自体の問題としては、昇格試験における学科試験及び論文試験について、不公正・不公平とすべき事由は見出せないのであるが、評定者となっている幹部職員である店舗長等が、年功序列的な人事運用から完全に脱却することができないままに、長期間受験を重ねてもなかなか合格しない係長である男性職員に対する人事の停滞防止について配慮した上で、男性職員に対してのみ、人事面、特に人事考課において優遇していたものと推認せざるを得ないのである。
そうすると、同期同給与年齢の男性職員のほぼ全員が課長に昇格したにもかかわらず、依然として課長職に昇格しておらず、諸般の事情に照らしても、昇格を妨げるべき事情の認められない場合には、当該一審原告らについては、昇格試験において、男性職員が受けた人事考課に関する優遇を受けられないなどの差別を受けたため、そうでなければ昇格することができたと認められる時期に昇格することができなかったものと推認するのが相当であり(年功加味的運用差別)、一審原告らと同期同給与年齢の男性職員の実際の昇格状況、一審原告らにおける昇格を妨げるべき事情の有無等について、一審原告らごとに個別具体的に検討し、昇格の成否について判断を加えることになる。」
……資格の付与が賃金の増加に連動しており、かつ、資格を付与することと職位に付けることとが分離されている場合には、資格の付与における差別は、賃金の差別と同様に観念することができる。そして、特定の資格を付与すべき「基準」が定められていない場合であっても、右資格の付与につき差別があったものと判断される程度に、一定の限度を越えて資格の付与がされないときには、右の限度をもって「基準」に当たると解することが可能であるから、同法13条ないし93条の類推適用により、右資格を付与されたものとして扱うことができると解するのが相当である。職員の昇格の適否は、経営責任、社会的責任を負担する一審被告の経営権の一部であって、高度な経営判断に属する面があるとしても、単に不法行為に基づく損害賠償請求権だけしか認められないものと解し、右のような法的効果を認め得ないとすれば、差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず、男女の賃金格差は将来にわたって継続することとなり、根本的な是正措置がないことになるからである。
これを本件についてみると、既に認定したとおり、一審被告においては、副参事の受験資格である男子職員の一部に対しては、副参事昇格試験等における人事考課において優遇し、優遇を受けた男子職員が昇格試験導入前においては人事考課のみの評価により昇格し、昇格試験導入後はその試験に合格して副参事(新人事制度における課長職)に昇格を果たしているのであるから、女性職員である一審原告らに対しても同様な措置を講じられたことにより、一審原告らにも同期同給与年齢の男性職員と同様な時期に副参事昇格試験に合格していると認められる事情にあるときには、一審原告らが副参事試験を受験しながら不合格となり、従前の主事資格に据え置かれるというその後の行為は、労働基準法13条の規定に反し無効となり、当該一審原告らは、労働契約の本質及び労働基準法13条の規定の類推適用により、副参事の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有するものというべきである。」
「・・・差別された労働者は、将来における差額賃金や退職金額に関する紛争及び給付される年金額に関する問題について抜本的な解決を図るため昇格後の資格を有することの確認を求める訴えの利益があるものというべきである。」
[ひとこと]
1960年代後半から提訴されている労働における男女差別裁判において初めて地位確認が行われた画期的判決。この判決では「労働基準法3条の「均等の待遇」を基本にして、昇格の地位まで認めた。これは、他の事件でも使える判例です。この理論を、職場でどう生かしていくか、そして裁判でどう生かしていくか」(坂本福子・あごら266号3頁)
[ふたこと]
最高裁第2小法廷での和解条項は、東京高裁の判決と実質的内容で、12人の女性を課長職に昇進させる、現在までの差額賃金や慰謝料など約2億2000万円を解決金とする、というものです。また1,2審が昇格を認めなかった最年少の女性(52歳)についても「課長職昇格試験を受験」することによって昇格の道を開くことも認めました。働く女性に対して大きな勇気を与えるものですが、ここまでくるのに15年の月日が必要でした。