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1 賃金、昇進・昇格
1−2001.9.20 京ガス賃金差別事件
原告女性の同年齢・同期入社の男性社員との間の賃金格差は、2人の職務の価値に格別の差はないのであると認定し、この賃金格差は被告会社の不法行為にもとづくものであるとして、損害賠償を認めた判例
[裁判所]京都地裁
[年月日]2001(平成13)年9月20日判決
[出典]労働判例813号88頁
[事実の概要]
1981年に大学を卒業した原告Y(49年生まれ)は、株式会社京ガスに採用され、総務部管理課に配属され、資材管理新システムのもとで精算および在庫管理に従事した後、86年から建設部に異動となって、(1)積算業務、(2)検収(精算)業務、(3)大阪ガスとの連絡・折衝、(4)その他の業務に従事し、98年には同部係長に昇進した。この間、90年4月以降01年3月までの賃金支給総額は4046万9415円であったが、原告Yと同期の81年に京ガスに入社して建設部に配属されて働き続けてきた男性社員S(48年生まれ)の賃金支給総額は5431万6630円に達し、1384万6630円の格差があった。Sは、高校卒業後他の職業に就いたのち京ガスに採用され、建設部に配属されて90年には建設部係長に、93年には同部課長補佐に、98年には課長に昇進していた。そして、Sの担当業務は、(1)資料等による事前調査に基づく工事関係者および官庁との打ち合わせ、PR活動などの施工前業務、(2)工程管理、(3)現場間の移動とその途中の各種書類の提出、(4)各種書類の作成、(5)会議への出席、(6)資格取得への指導、(7)大阪ガスのパトロールに随行・立会、といったものであった。
原告Yは、上記の賃金格差は、原告が女性であることを理由としたもので、法の下の平等原則を定めた憲法14条、男女同一賃金原則を定めた労働基準法4条、公序則を定めた民法90条に違反し、同一価値労働同一賃金原則にも反する等として賃金格差について不法行為を構成するものとして賠償請求した。
[判決の要旨]
裁判所は、原告Yは、担当する職務の遂行に関し、その知識と理解等に基づいて重要な役割を果たしていると認めることができるとし、かつ、そうした原告とSの各職務の遂行の困難さにつき、a,知識・技能、b,責任、c,精神的な負担と疲労度を主な比較項目として検討するとさほどの差はなく、各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当であるとした。また、京ガスの就業規則には事務職と監督職とは、同じ事務職員に含まれていること、京ガスでは、男性社員はいっていの社内経験後監督見習いとなり、その後監督の試験に合格すれば監督となることができ、Sもそうして監督職となったが、女性である原告は、本人の意欲や能力に関わりなく監督になることができる状況にはなかったという事実を認定した。
そのうえで裁判所は、(1)原告YとSとは同期入社で年齢もほぼ同じであること、(2)就業規則には事務職と監督職も同じ事務職員に含まれていること、(3)京ガスでは男性社員のみかん得になることができ、女性は本人の意欲や能力にかかわりなく監督にはなれないこと、(4)YとSの職務の価値に格別の差はないと認めるのが相当であることを総合して、原告Yが訴えた賃金格差は女性であることを理由とする差別であると判断した。そして、賃金の決定要素には、個人の能力、勤務成績等諸般の事情も大きく考慮されるところからすると、差別による損害は控えめに算出すべきであるとし、女性であることを理由とする差別がなければ原告に支払われたはずの賃金は、Sの8割5分とみるのが相当であるとし、会社に対し、670万円の支払いを命じた。
[コメント]
男女間の賃金格差が性差別であるという訴えに対し、使用者側から、担当職務、当該労働者の経歴、勤続年数、資格、勤務成績、能力の違いによるものであって、性によって差別的な取扱いをなしたものではないと反論されることが常である。なかでも担当職務の違いは、使用者側の大きな拠り所といってもよく、ほとんどの裁判で、女性の担当職務は補助定型業務であって、基幹的判断業務(企画立案業務)を担当している男性社員より低額であって当然だと主張されている。この裁判でも、京ガスは、原告Yの担当職務は補助に過ぎないとして、賃金格差は差別によるものではないと主張した。
こうした主張に対し、裁判所は、担当業務の質および量が同等であれば同額の賃金を支払うべきだとして賃金格差について不法行為に基づく損害賠償請求を認めていたが(日ソ図書事件=東京地裁92年8月27日判決、労働判例611号10頁)、この京ガス賃金差別事件判決は、男女がまったく異なる職務についていても、その職務遂行の困難さを、当該職務を遂行するに必要な(1)知識・技能、(2)責任、(3)精神的負担と疲労度によって比較検討し、同一の価値と認められるかどうかという、「価値労働」概念に基づいて職務の同一性を判断することを明確に打ち出したものとして注目される。同一価値労働同一賃金原則は、ILO100号条約をはじめとして国際的な公序を構成しており、すでに日本もこのILO100号条約を批准しているので国内法としての効力を持つに至っていた。したがって、労働基準法4条も同一価値労働同一賃金原則に基づいて適用されるはずであるが、実際の労働監督や司法救済の場面では、まったく異なる職務について「同一価値労働」であることを明確に述べて差別性が判断されることはなかった。
ただし、この判決は、同一価値の労働に対して同額の賃金が支払われてしかるべきだというところまで判断するものではない。就業規則で原告の事務職とS社員の監督職とは同じ事務職員として定められていたことや、女性は監督職への道が閉ざされていたという差別的職務配置の事実を含め、総合的に判断して性による差別的取扱いであることを認定し、賃金請求権としてではなく、不法行為に基づく損害賠償請求権として支払いを命じたのである。本来的には、差額賃金分について、同一価値労働同一賃金原則に基づいて賃金請求権が認容されるべきであった。
そうはいっても、この判決の意義は大きい。女性の担当職務は補助定型業務であって、賃金格差は当然として胡坐をかいてきた使用者側も、これからはそう安穏とはできなくなった。他の賃金差別訴訟でも、「同一価値」の観点から職務の洗い出しが行われることになるだろう。そして、多くの女性たちが、「職務の違い」があるから賃金については何も言えないという考え方を捨てて、性による賃金差別の本丸に挑んでいく流れを作っていくことになるだろう。(N・M)
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