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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
日本婦人会議の牽引車だった津和慶子さん(その2)(2014.03.14)

<富士見産婦人科病院事件>
 特に津和さんの熱意と力量がフルに発揮されたのは、富士見産婦人科病院事件の被害者支援をきっかけにした、女性の身体を守る運動だった。富士見産婦人科病院事件とは、埼玉県所沢市にあった富士見産婦人科病院で、多数の患者たち(事件発覚後に保健所に届け出た人だけでも1000人以上)が、営利のために、健康な子宮や卵巣を摘出された事件である。
 1980年に事件が発覚し、被害者同盟が結成され、北野早苗理事長らを刑事告発、民事提訴が開始された。故佐々木静子さんを初めとする医師、弁護士、議員らの支援を受けて、この事件の真相解明と責任追及のための裁判闘争が進められた。2004年にようやく民事勝訴が確定し、2005年には、元院長(理事長の妻で医師免許を持って診察や治療を行っていた北野千賀子)の医師免許取消、勤務医の医療停止処分の判決が出た。被害者同盟・原告団による、4半世紀を超える闘いの記録は、2010年に『富士見産婦人科病院事件―私たちの30年のたたかい』(一葉社)として刊行され、山川菊栄賞を受賞した。
 婦人会議は、この事件発覚直後から、被害者支援に関わり、1980年10月には、東京と大阪で産婦人科110番を開設したほか、厚生省や自治体、医師会に対して、富士見産婦人科病院事件被害者の救済を申し入れた。1983年12月には、「女のからだと医療を考える会」を結成し、津和さんはこの会の活動をリードする。この会は、「子宮筋腫」と「更年期」の実態調査をしたほか、1985年9月の、富士見産婦人科病院被害者同盟結成5周年記念集会、86年3月の「いま、さらに問う!富士見産婦人科病院事件3.15集会」と『どうする子宮筋腫』出版記念シンポジウム「女のからだと医療―1735人のアンケートから」を開催するなど、精力的に活動を展開し、今日まで活動を続けている。
 津和さんによれば、厚生省はほとんど対応してくれないので、自分たちで弁護士や医師、メディア関係者に声をかけ、ネットワークをつないだ。被害者同盟の人たちとも個人的に親しい関係になり、本の出版の際にも、相談に乗ったりしたという。この運動をつうじて、女の身体の問題に、人々の関心が集まり、女性の身体の自己決定権や、インフォームド・コンセントの考え方が、日本でも定着していった。その意味でも、被害者同盟の人たちはもちろん、「女のからだと医療を考える会」の活動の意義は大きかった。

 <日本婦人会議から女性会議へ>
 津和さんが、清水澄子さんの後を継いで、婦人会議の議長となった1990年代は、いわゆる55年体制が崩壊し、政治が大きく揺れ動いた時期であった。94年には村山連立内閣が成立し、95年には「女性のためのアジア平和国民基金」が発足する。翌96年には、社会党が社民党に改称したが、社会党員の中には、同じ時期に結成された民主党や新社会党に移る人も少なくなかった。
 先述したように、日本婦人会議は、元来、日本社会党の提唱によって発足した組織であるが、社会党から自立した組織として、独自の歩みを続けてきた。しかし、その後も、社会党との関係や位置づけについて、議論が繰り返され、1971年に議長が田中寿美子さん一人になったのち、数年がかりで「綱領」を作ったといういきさつがあった。社会党自体が瓦解した1990年代には、婦人会議の内部も大揺れに揺れたことは、想像に難くない。
 この時期は、戦後または1960年代以来のフェミニズム関連の諸組織が、政府や自治体による女性行政の進展に伴う、組織としての存在理由の問い直しや、メンバーの高齢化などによって、閉会を余儀なくされていった時代でもあった。例えば、私が所属していた日本婦人問題懇話会は、1962年に山川菊栄・田中寿美子らによって設立された、日本婦人会議の姉妹団体的な存在であったが、2000年に閉会を宣言した。
 政党支持問題に加えて、従来型のフェミニズム運動団体の苦戦という事態を抱え、私は詳しい事情は伺っていないが、婦人会議も今後の進むべき方向について、苦慮されたにちがいない。
 1995年には、「婦人しんぶん」の名称が「女のしんぶん」に、2002年には、日本婦人会議が「女性会議」に名称変更されたが、たぶん、組織としての新しい方向性を模索した結果だと想像される。こうした組織としてのさまざまな試みがされた時期に、津和さんはこの組織の議長として、奮闘された。その後、闘病のために第一線を離れざるをえなかったことは、津和さんにとって、とても残念で、口惜しかったにちがいない。たぶん津和さんには、女性会議の進むべき道筋、ひいては21世紀の日本のフェミニズムの向かうべき方向について、腹案がおありになるにちがいない。できれば、リハビリが成功し、発言や執筆活動に復帰していただけることを祈りたい。
2014/01/19 井上輝子

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