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世界のフェミニストは今 井上輝子
ロンドンの反戦デモ

 昨年9月11日の事件当日、私は日本からジュンコさんと二人で、イングランド北部の大学を訪問するために、マンチェスターにいました。ホテルの部屋でシャワーを浴びて、そろそろ寝ようかと思っているとき、別の部屋にいたジュンコさんからの電話で事件を知り、あわててテレビをつけた次第。
 イギリスの人々の反応は比較的冷静でした。翌日、翌々日の夕刊紙を買ってきましたが、確かにセンセーショナルな写真や見出しで事件が大々的に報じられている反面、アメリカでのモスレムの人たちへのバックラッシュにも言及したり、「あなたの隣人のモスレムを疑いの目で見ないでほしい。我々も、suicide bombersの邪悪な精神を不可解に思っている。」という、ムスレムの作家ZIAUDDIN SARDARの長文の訴えを載せる(Evening Standard ,13日)など、イスラム系の人たちに配慮した紙面になっていました。
 ロンドンに帰って、ガーディアンなどを見ても、同様でした。14日には、英国中で、午前11時から3分間、11日の攻撃の犠牲者たちのために黙祷しました。ロンドンのセントポール大聖堂で行なわれた、女王も参列した、犠牲者のためのミサで、カンタベリー大僧正は、「火曜日の蛮行に責任ある者は捕らえられねばならない」との発言に加えて、「しかし、我々は単なる復讐以上の、より高い目標をめざす必要がある」とも語ったそうです。
 米英軍のアフガン爆撃開始直後の10月13日に、世界各地で行なわれた反戦行動の一環として、ロンドンでも大規模なデモがあり、私も参加しました。70年代以来の非核運動団体CND(the Campaign for Nuclear Disarmament)を中心に形成された「ストップ・ザ・ウォー連合」の呼びかけによるものです。朝のテレビに、CND代表の女性が出演し、「今日デモをやります」と呼びかけていたので、私も行って見ました。12時にハイドパークに集合し、反戦の意思を記したプラカードをもって、トラファルガー広場まで歩くデモというかマーチでした。
 社会主義の諸団体、緑の党、大学ごとのグループ、パレスチナの人たち、ムスレムの人たち、妙法寺のお坊さんたち、ユダヤ人社会主義者などなど、多様な人たちが思い思いの旗やプラカードを持って参加していました。赤旗がなびく一方で、パレスチナの旗やアフガンの旗、またはスローガンを書いた華やかな垂れ幕等々が乱立しつつ、同じ方向に動いていくのが印象的でした。シュプレヒコールを唱える一群、笛を鳴らす人、歌を歌いだすグループやバグパイプを吹く人たちの間に混じって、友人同士で話しながら歩いている人や、時々列を離れて一休みしている人もいる、自転車に飾りをつけて歩いている人、車椅子の人、乳母車に赤ちゃんを乗せている人もいる、というぐあいに、参加の仕方も実に多様性に富んでいました。私は全く一人だったので、NOT TO WARのプラカードをもって、またま見つけたSOAS(ロンドン大学東洋・アフリカ研究学部)のグループと一緒に歩きました。
 トラファルガー広場に着くと、集会が始まり、何人かの人が話しをしました。充分には聞き取れませんでしたが、CNDの代表キャロル・ノートンによる「アフガニスタンへの爆撃によっては、ビン・ラディンを裁くことにはならない。テロ行為の責任者たちには対しては、国際法による裁きが必要だ」「この危機を終わらせるためには、爆撃を止めて外交的手段に戻ることが必要だ。戦争で殺されるのは市民であり、市民を殺すことは、テロリズムを撲滅することにはならない」との発言は、今回のデモ参加者全員に共有されていたものだと思います。緑の党の大ロンドン地区リーダー、ダレン・ジョンソンも、「我々は平和と正義を求めて今日ここに集まった。戦争は答えではない。火に対して火で闘うことはできない。それは、さらに多くのビン・ラディンを作り出すだけだ」と訴えました。集会の間中、正面の司会者の後ろで、パレスチナの旗がひらめいていたのも、印象的でした。
 この日は、最近のロンドンではめずらしく温かい晴天に恵まれたせいか、警察や主催者の予想をはるかに超える大勢の参加がありました。テレビでは参加者数2万4千人といい、新聞では「警察発表2万人、主催者発表5万人」(インデペンデント紙)と報道されています。いずれにせよ数万単位の人が参加したことは確かです。これだけの参加があったのは、もちろん米英両国の軍事行動への怒りが、多くの人たちに共有されているためですが、それだけではなく、小異を超えて大同につくことの必要性が、多くの人たちに認識されているためだと思われます。社会主義者から反核運動家、ムスレムもいれば仏教徒もいる、多様な人々の緩やかな連合が成立したことが、成功の大きな原因だと思われます。異質なものの存在を認め合い、少々のズレや食い違いには目をつぶる寛容さは、この国ならではの利点かもしれません。新聞からは「さわがしい、気ままなデモンストレーション」とからかわれていましたが。デモ行進のために車の進入が規制されることはあっても、行進者の行動に対する規制はない、民主主義の政治的風土も基底にあるように思われました。
 このデモは11月にも行われ、10月以上に多くの人々が参加しました。私は2ヶ月後にハワイに行きましたが、そこでは至るところに星条旗が掲げられていて、アメリカ軍のテロ撲滅という名の報復戦争への支持が、声高に語られているのを見聞きするにつけ、あらためて、イギリスの良識をなつかしく思い出した次第です。

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