判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
女友だち 木村栄
夫の撮った写真

 「夫が撮る写真ってロクなのない。みんな汚いの。きれいじゃないの。被写体? もちろん私よ、妻よ。大体、妻なんかちゃんと撮ろうという気がないのよ。ちゃぶ台かなんかとおんなじ。 だから、もっと右、もっと近くなんて指示してる間にイライラしてきて、不機嫌が最高潮に達した瞬間にパチリってことになるのよね。
 私だけじゃないわよ。この間、女友だちが何人か集まってそんな話をしたら、文句なく意見が一致したわ」
 Tは、つもり積もった憤懣をぶちまけるような調子で言う。たかが写真にここまで言うか、と不審に思っているうちに本音が出た。
 「一人になりたい。自由が欲しい。この頃つくづくそう思う。夫とは話も合うし、嫌いじゃないのよ。でも関係が一方的なのよ。私が家のことも夫の世話もみーんなして、彼は何もしない。
 私はあなたが好きよ。でも、一緒に暮らして、私ばかり毎日トイレ掃除だ料理だ洗濯だって働いて、あなた一人のうのうとつまらない文章なんかひねくってたら、間違いなく友情壊れるでしょう? そういうことよ」
 Tは、フェミニストではない。性別役割分業をそれなりに肯定している。 だから、自分が子育てをし、夫が外で働いて、二人で家族の生活を支えていた時は何の問題もなかった。子どもが巣立ち、夫が定年になってみたら、研究と読書三昧の夫と、未だに家事と夫に縛られて旅行もできない自分との不公平感がこみあげてきたのだ。
 そうか、熟年離婚ってこういうことなんだワと、目からウロコが落ちた。
 夫の退職金と年金を半分に分けて別居すればいい。分業の筋は通るし、家事のできない夫は不利だが、その分上乗せすれば不都合はない。そうして会いたい時に行き来すればいいのだ。それで生活できれば、の話だけど。
 私はむしろ、友だちが「対等」だからこそ成り立つ関係だという当たり前の事実、その「対等、平等」がすべての人間関係の基本だという事実に改めてカンドーしてしまった。
 Tが撮ってくれた私の写真はとてもきれいに撮れている。だから、私たちの関係、大丈夫だよねえ。
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK