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女友だち 木村栄
最後に残る友

 Fは、友だちが多い。
 研究者仲間、ウオーキング仲間、ライフライン友だち、一人暮らしの食事仲間など、職住近接の町に住む利点もあって、多彩で実のある友人関係を持っている。妬ましさ半分、ちょっと意地悪な質問をしてみた。
 「その中で、一人だけを挙げるとしたら?」
 「それは難しいわね。みんな発想も話題も違うし、受ける刺激も楽しさも違う。それぞれに必要なのよ。一人に限定することなどできない。そこが恋人や夫婦の排他的な関係と、友だちの違いじゃないかしら。いくらでももてる、どんどん広がっていく。特定しないところが友だちなのよ。
 何に共感するかで自然に絞られていく、ということはあるけどね」
 そういいながら、ふと遠くを見るような目をして続けた。
 「強いて言えば、最後に残るのは、やっぱり近くの友だちかなあ。遠いとスケジュールを調整して、会えるのは早くても一ヶ月先でしょ。急の間には合わないし、一ヶ月もすれば状況が変ってしまう。でも近くなら、落ち込んでるから食事しよう、気分転換にお花見しようって、その日に電話してその日に会える。待ち合わせの時間だって、今出るわよと言えばいいんだもの。体調を崩した時は、様子を見に行ったり差し入れしたりもできる。徒歩圏内の友人は、年をとって行動範囲が狭まれば、ますます貴重になるわね」
 独身で家族のいないFは、友人との間に「スープの冷めない距離」のネットを創り上げていた。
 私も、そんな友だちが欲しい。
 「ちっとも会えないね」とNに苦情を言って、「キャンセルするのはいつもあなたよ!」と逆襲されたばかりなのだが、病気持ちで体が弱いと、ドタキャンの迷惑を恐れて約束をためらってしまう。今はよくても十日後二週間後の様子はわからないからだ。そのくせ、自粛して誰にも会わないでいると見捨てられたように寂しくなる。
 今日ちょっと会わない? 明日お天気良さそうだから散歩しない?
 一両日の体調を「日和見」しながら声をかけ合える友だち。いいなあ。 

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