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女友だち 木村栄
老い友だち

 時々、同窓会とか職場の同僚とか、昔の友だちと会う。
 その度に、ずいぶん年を取ったなあと思う。だが、少し話をしているうちに昔の面差しが戻ってくる。表情も仕草もしゃべり方も何も変っていない。
 それでひとまず安心して、改めて互いの顔を眺めて「老い」を探す。カラスの足跡とかブルドック症候群とか、まだ余裕のある兆候から始まった老いのシルシが、少しづつ進化しているのがわかる。
 「しゃべっていると口の端が濡れてくるんだけど、これってヨダレよねえ」と、私が口火を切ったら出るわ出るわ。
 「鏡見てぎょっとした。なんだか唇の周りがヘンだなあと思ってよく見たら、なんと、梅干状にタテジワができてるじゃないの。そう、梅干婆さんのアレ。ショックだったわ」
 「私なんて、目の下がたるんで袋ができてるのよ。よくマンガにあるけど、まさか自分がなるとは思わなかった」
 「私なんか、もっとひどいわよ。瞼が、雪が屋根から垂れ下がるように睫毛の上に垂れ下がってるの。そのトロンと垂れ下がった瞼を睫毛が必死に支えてるから、睫毛が見えないのよ。コレ、どうなっちゃうのかしら」
 さすがに高齢者と呼ばれる年になると、内容も凄い。これはもう立派な「お年寄り」だ。なのに、私たち自身は誰も自分を年寄りだとは思っていない。くるくるとよく動く目、生き生きとした表情。ケラケラと笑いながら、私は私は、と競い合うように挙げつらって笑い転げるさまは、箸が転んでも笑いが止まらない思春期の少女そのままだ。
 若い頃、こんな「お年寄り」を見ると、気の毒で目をそらしたことがあった。どうすればそれらを受け入れることができるのか不思議だった。
 今、それがわかった。共に老いる同世代の仲間がいるからだ。若い頃から一緒に年を取ってきた友だちだから、老いというワンダーランドを旅する道連れとして、変化を発見として受け入れることができるのだ、と。
 友だちの一番いいところは、一緒に年を取ってくれることかも知れないなあと、つくづく思う。
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