判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
女友だち 木村栄
あ・うん

 以心伝心の省略話法を可能にするのは、社会的文化的体験の共有である。 
 例えば、新劇の話をしていて。
 「ほら、美人で歳とっちゃった女優」
「栗原小巻?」
「そうそう。で、もう一人は、ほらあの、何とかいう作家のお姉さん」
「三田和代?」
 「そうそう」
 こんな問答ができるのは、お互い、「小巻も歳とっちゃったなあ」というコマキストの慨嘆や、『僕って何』を発端とする自分探しブームを、時代の空気として吸った世代だからである。
 例えば、宛先不明のメールを巡って。
「又、アドレス変えたでしょ」
 「いいや。何でも相手のせいだと思うあなたは典型的な地動説の人ね」
 「典型的は言い過ぎ。『晴れときどき地動説』くらいよ」
 子どもと一緒に『晴れときどきブタ』を読んだ世代でなければ、通じない駄ジャレだ。
 でも、こんなのはどうだろう。
 レストランでのランチ中、隣の夫婦連れの食卓に、きつね色に揚がった大きな卵状の料理がコロンと一個皿に乗って運ばれてきた。
 え、アレ、なに? 猛烈に好奇心を刺激されて連れのNを見たのだが、おしゃべりに夢中のNは気がつかない。そこで、匍匐前進の要領で頭を低くしてそろそろと顔を近づけ、視線をとらえて言葉のとぎれる一瞬を待った。
 「職場の若い人にね、先輩が苦労して獲得した人間関係術のノウハウを伝えてくれないから、ゼロから同じ苦労をしなきゃならないって言われてサ、ナンダロネ?、私たちだって手探りでやってきたんだし、胸を張って教えられることばかりじゃないし・・」
 私は吹き出した。二人でこみ上げる笑いを抑えるのに苦労した。
 彼女もその料理を見ていた。私の言いたいことくらい、顔をみれば聞かなくてもわかる。で、表情も変えず、話しもやめず、隣席に目をやることもせず、マナー違反への牽制も込めて、素早くナンダロネ?と応じたのである。
 これはもう、共有した友だち体験の質量の成果というしかない。こんな「呼吸」が、友だちの醍醐味なのだ。


Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK