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女友だち 木村栄
ライフライン

 夜中の0時近く、電話があった。
 結婚した娘Mの家に近い、私の友人からである。
 「Mさんが四〇度の熱で、今一人でS大病院の救急外来に行ったの。電話すると断られるから直接行くって、タクシーで行ったわ」
 眠り込んでいた私には、まさに寝耳に水。ムコ殿は午前様で、友人が二歳半の子どもの眠る家の留守番を引き受けてくれているのだ。寝ぼけ頭にようやく事情を飲み込ませて、取りあえずのお礼を言い、続報を頼んだ。
 二時間ほどたって次の電話。
 「肺炎よ。すぐ入院と言われたけど、子どもがいるから一度帰りたいと先生に言ったらしいの。ともかく先にダンナに連絡するようにって言ったわ」
 ダンナはともかく、私も行くからそのまま入院するように伝えて貰い、あるだけのお金と着替え、持病の薬と冷凍庫の食料品などをバッグに放り込んで、タクシーを呼んだ。
 娘の家についた時は四時。一足先に着いたムコ殿が友人を帰したところだった。翌朝、孫に食事をさせ、病院に行き、入院が必要だが満床だという医師に、せめて三日でいいからと別の病院を紹介して貰って入院させた。
 それからあしかけ四日、娘の家に泊まって水疱瘡の孫と格闘し、今は「火事場の馬鹿力」の後遺症でへばっている。へばりながら、女友だちに助けられた幸福感で気分は悪くない。
 三鷹と川崎では一時間半はかかる。何があっても急には間に合わない。近くの他人を頼るしかないのだ。友人は娘のSOSにすぐ応じてくれただけでなく、以後も、買物やおかずの差し入れで、何かと助けてくれた。
 若くて元気な友人は、私が娘に贈ってやれる大切な「遺産」だ。
 退院後は、娘自身の保育園友だちが、子どもを預かったり車で保育園の送迎をしたりと、何よりの助力をしてくれたそうだ。女友だちのネットワークは、今や、核家族時代のライフラインになっている。
 しかし、そんな天恵のような好意のお返しに、私はお金でモノを贈ることしかできない。随分と貧しい生き方をしてきたのだなあ、と思う。

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