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女友だち 木村栄
ぐちコミュニケーション

 「○さん、あれだけのことをしながら全然グチを言わないトコが凄いね」
 「ほんとにそうね。私もグチはこぼさない方だけど」
 何気なく応じた私に、間髪いれずに返ってきた返事がすごい。
 「えっ、ごジョーダン! キムラさんからグチをとったら何が残るのよ」
 「えっ、そうなの」と、私も驚いた。 テレビで、糸井重里が「欠点イコールその人、つまり、その人を認識する認識票みたいなもの。欠点があるから人とつながれる」と話しているのを聞いた。その伝で言えば、私は「グチを言う人」として認識されていたのだ。
 いやはや、である。
 誰にでも無防備に心を開いてしまう「スキだらけ」の私の話が、あれが世間でグチと言われるものなのか。
 知らぬは本人ばかりなり。私が「ヘンな人」とか「ズレてる」とか言われるのも仕方ないか。
 言語学を研究する友人によれば、人間関係のトラブルはコミュニケーションストラテジーの違う人同士の間で起こりやすいという。例えば問題があると納得のゆくまで話し合って解決するタイプと、自分の懐に収めて何事もなかったようにやり過ごすタイプの間に、誤解が生じやすいとか。
 私は、とことん話し合うのが好きで、自分をさらけ出し、相手の懐に飛び込んで本音を引き出すことで友人との関係を作ってきた。
 言い換えれば、私にとっては「グチ」、つまり「自己開示コミュニケーション」が人とつながるパイプなのである。それを拒否されると友情を深めることができない。
 ところが、グチは言うのも聞くのも嫌いという人もいる。強くて自分のなすべきことを知っている、立派な人々である。私はそんな人が好きで心から尊敬するが、たぶん友だちになってはもらえないだろうなあと思う。
 とはいえ、それだけのことで、私にないモノを持っている人と友だちになれないのはいかにも残念ではないか。
 問題は、どうすれば壁を乗り越えられるか、なのである。
 女友だちはまるで私の学校。進めば進むほど課題は難しくなる。
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