判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
女友だち 木村栄
幸  せ

 「あっ、湯葉が入ってる。嬉しい」
 「そりゃそうよ、生湯葉うどんだもの。湯葉が入ってなきゃサギだわ」
 熱っ、ふうふう、ずるずる。
 「こういうの、幸せって言うんだわねえ」
 「・・・うん」
 私は何も言わない。もあもあとあがる湯気の中で、ふうふうずるずるとうどんをすする音だけが、続く。
 Tはドクターである。私の主治医で、病院の眼科部長だった。いつも人の溢れる病院の診察室で、山積したカルテを前に、何人かづつ呼び込まれた患者をてきぱきと捌いていた。
 「早急に手術が必要です。日取りは、私も無理をしますからあなたも無理をして下さい」
 「次は一年後でいいと思いますが、ご心配でしたら半年後に拝見します。お薬、ありますか。ああまだいいですね。じゃ青いのだけ出しましょうね」
 お年寄りにはゆっくりと優しく、わがままな患者にはぴしりと。
 「この病院はT先生でもってるんだよ」と、聞くともなしに耳に入ってくる待合室の噂話も、患者としては頼もしく友人としては眩しい。
 診察中に、素早くひそひそと一言、二言の私語を交わす。
 「父? 家で看取ったの。そうね、寂しさより、うまく送ってやれたという満足感の方が大きいかな」
 家庭人としても手抜かりのないTは、還暦少し前に退職した。手術がきついと感じたのが引き時と決意して、開業したのである。
 今日は一緒に入会した水中歩行教室の日。休みだったのを忘れて、閉じた門前で鉢合わせをした。
 「折角水着着てるのに悔しいじゃない。どっか泳げる所ないかしら」
 というわけで市営プールに行き、おヘソまでしかない子どもプールでパシャパシャやって、空腹を抱えて民芸うどんの店に落ち着いたところなのだ。
 ああ美味しい。ふうっ幸せ!
 人の役に立つ仕事をし、充実した働き盛りを越えてのんびりと寛ぐ幸せ。絵に描いたようなと妬ましく思いながらも、私は「共にうどんをすする友がいてこその小春日和の幸せ」と呟く。

Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK