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女友だち 木村栄
『彼女たちの時間』

 女が男に食べさせて貰わなければ生きられなかった時代、女に友だちはできない、と言われていた。その女が経済的自立と自由という男なみの条件を得て、友情を手に入れた。
 友情を、「男社会」を生きる力にして励ましあう女性たちが増えたのは喜ばしいが、なにぶんまだ若葉マークの「女ともだち」。成熟するにはまだ一波乱も二波乱もありそうだ。
 女性監督に女性脚本家、主演女優二人が火花を散らして「女の友情」を描いたという、『彼女たちの時間』をみてそう思った。描かれているのが、友の人生に寄生虫のように入り込んでしまう、友情の名を借りた神経症的な関係だったからである。
 知的で生真面目なルイーズと、才能と美に恵まれた奔放なナタリーは、学生演劇仲間で親友。ルイーズは、これみよがしに男達に魅力を振りまくナタリーに傷つき、手首を切って絶交する。 十年後、結婚して歯科技工士となったルイーズは、女優になったナタリーと再会する。自分が捨てた夢を実現させた友をみて動揺し、用事のついでと偽って公演先に押しかけ、マネージャー気取りで世話を焼くようになる。
 自信のないナタリーも、自分を丸ごと受け入れ、愛情を注いでくれる友だちを必要としていた。喧嘩別れのすぐ後で「あなたがいないとダメ」と親友を呼び戻す。そうして同居したものの、次第に支配的になるルイーズが重荷になり、疎ましくなる。だが、ルイーズはもう離れられない。
 破局は凄まじい。激しい腹痛に苦しみながら「出てって!」と叫ぶナタリー。救急車が来ても出ようとせず、動けないナタリーに「お願い」と哀願されても「後で」と拒むルイーズ。私がいなければあなたは生きられない、という脅迫的なメッセージだ。
 終幕は、街ですれ違って視線をそらす二人。前を見つめて歩くナタリーの足取りには、メジャーの舞台で成功した自信と、孤独を引き受ける覚悟があるが、後姿を目で追うルイーズは、親友の恋人と一緒になってまだナタリーの周囲をぐるぐる回っている。
 友情は自立した人間同士の間に成り立つ関係である。自立が脆弱なまま親密になればなるほどバランスを崩す。
 例えば、女同士のわかり合える関係の心地よさに浸っているうちに、尽くす快感頼られる快感と自立を脅かされる嫌悪が混ざり合って、憎みつつも離れられなくなる「共依存」のように。
 焦りと羨望で自分を見失い、自分の夢を実現したナタリーに必要とされることで、存在価値を見出そうとしたルイーズもその変形だ。
 まだ自分を確立したとは言えない若い二人の友情の顛末を痛ましく観ながら、「もしも・・・」と思った。
 本能的な女優ナタリーは感情を体で表現することしかできない。愛情はキスや抱擁で、嫌悪は憎しみを込めた冷たい一瞥で。もしも、二人の間にもっと言葉があったら、言葉で二人の関係を相対化することができたら、互いの自立を助け合いつつ友情を育てる関係を作れたかも知れないのに、と。
 「自分であって自分でない」女同士の友情の陥る闇。女なら誰でも経験のある、女でなければわからない、と宣伝文句にあった。ということは、ひょっとして、私やあなたのことかも知れないではないか。

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