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アフガンの歌 喜多悦子
三人のアフガン女性 その3

 カナダから日本に到着するシマ・サマールに先立つこと、数時間、11月25日午後、ふたりのアフガン女性が東京に着いた。カブールから、パキスタンのイスラマバードへ、そしてPIA、パキスタン航空で北京を経由して、初の東京入りした2人だ。
 シマをふくむ3人は、いずれも民主党主催のアフガニスタン女性支援会議に参加するべくわが国を訪れた。私は、長い付き合いのあるシマ・サマール自身の依頼もあって、その支援会議の前座をつとめる役割りを引き受けたのである。

 3人は、過去二十数年間、東西が対立した国際政治と、あえていえば同胞男性間に繰り広げられた権力闘争に振り回され、不安や絶望、混乱や憎しみに彩られた祖国アフガンで生き抜いてきたのである。この国の多数をしめるパシュトゥーン男子は質実剛健、剛毅で誇り高いなどと持ち上げられるが、実は、単に頑固で意地っ張りというだけのこともある。一方、女性たちは、決して、抑圧されつづけていただけではなく、しなやかでいて実にタフであり、私は、パシュトゥーンの男よりも、もっともっと剛毅で、ほこり高く、頑丈な筋金が入っているようにみえた。

ジャミラ・ムジャヘッドーー女性誌「マラライ」の発刊
 ジャミラ・ムジャヘッドは、アフガニスタン復興にあわせて、いち早く「マラライ」という、ダリ語半分、英語半分の女性誌を発刊したジャーナリストである。彼女は、また、2001年11月中旬のある日、すなわち、タリバンと対立していたが故に、アメリカの支援を受けた北部同盟が、そのアメリカの強い牽制にもかかわらず、首都解放した日、そして恐らく、まだ、銃を持った両派の兵士たちがウロウロしていたであろう廃虚の街を、唯ひとりカブール放送局に向かい、「タリバン政権は崩壊した!!」という、記念すべき第一声を放送したのである。
 「マラライ」というのは、アフガニスタンの混乱の時期、自らも武器をとって戦った女性の名前である。首都カブールには、その名を冠した産科小児科病院もあるが、アフガン歴史上のヒロイン女性なのである。
 マラライ編集人兼発行者のジャミラは云う。マラライの問題は乏しい出版資金だけでなく、成人女性識字率の低さにもあるという。
 「字を読める女性の率は国際的に報じられているよりはるかに低く、数パーセントに過ぎないが・・・、」と彼女は云う。
 「マラライは字の読める人が読み聞かせることも想定しているし、国外への広報にもなるから英字部分がかなりの割合を占めている。」
 ジャミラは、20年を超えるアフガンの混乱を通じて、一度も、国を離れていない稀な人物でもある。
 「怖いこと、危険なことはなかったの?」という、今では、間の抜けた質問にも、彼女は艶然と反応した。
 「危険など、今だっていっぱいある。怖いなどと思っていては、何も出来ないわ。」
 「カブール放送局に行った時も、門番と押し問答はしたけど、放送局のことは、私の方がよく知っていたから・・・」

クドゥシア・マジャージャーー女性のための保健と開発センター代表
 クドゥシア・マジャージャは、アフガン女性のための保健と開発センター(Health and Development Center Afghan Women)というNGOの代表である。大柄なジャミラに比べ、小柄、眼鏡をかけたクドゥシアは英語こそ話せないが、鋭い感性の持ち主だ。すばやく周りの雰囲気を察知してしまうし、何よりも気さくで、気の良いオバサマ風、そして相手を自分のペースに巻き込んでしまう。今回、自分のNGOで作ったという子供服などを持参し、資金獲得にもその特性を発揮していた。
 3人はアフガン人だが、いわゆる人種は違う。シマ・サマールは、あの石窟大仏像が破壊されたバーミヤン地方に多いハザラ人、ジャミラは、アフガンで一番多く、かつ、パキスタンにも同朋が多いパシュトゥーン人、クドゥシアは、北部に多いタジク人だ。恐らく、3人はそれぞれの「部族」のしがらみにしばられていることや、その伝統に従わねばならぬことも、まだ、あるだろう。
 だが、何よりも3人はアフガン人だ。そして仲の良い姉妹のようだった。シマ・サマールが他の二人に接する様子は、短期間とはいえ、元副首相兼大臣であった異部族のそれではなく、仲の良い姉妹のようであった。
 アフガンに欠けているものは何か。それを知っている女性たち。
 国の内外からの闘争と対立作用に振り回されていたアフガニスタンは、男社会であった。一度、役割りを交代してはどうだろうか、と私は真面目に考える。もっともっと多くの女性が、政府であれ、民間であれ、村であれ、都市であれ、意思決定の役割を担うことこそが、あのアフガンを安定させる、少なくとも武力から解放される方法ではないだろうか。アフガンに平和な社会を作るには、ブルカを被っていようといまいと、女性の力を使うこと!!と、私は固く信じているのである。

 1月末、今度は私が彼女たちの国に向かう。3人の、地に足の着いた活動をじかに見ることを楽しみにしている。

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