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アフガンの歌 喜多悦子
ジュネーブ、そしてアフガン(2)

資源は人?
 地図を眺めてみれば判るが、スイスは、北側から時計回りにドイツ、オーストラリア、イタリア、そしてフランスに囲まれた内陸国である。G7に属さないとはいえ、オーストラリアは、かつてのハプスブルグ家、つまり、スイスは古今の大国に囲まれている。そして、風光明媚なアルプスはあるが、他に大した自然資源はない。資源は、人、そしてその知恵なのである。
 アフガンニスタン。
 同じく北側から、タジキスタン、中国、パキスタン、イランそしてトルクメニスタン、ウズベキスタンに囲まれている。ウズベク、タジク、トルクメニスタンは、今はいささか弱体だが、かつてはソビエト連邦、ロシアの一地方であった。わずかだが、中国との接点もあるし、パキスタンは、その昔、大英帝国東インド株式会社の一部だった。西隣のイランは、云うまでもなく、ペルシャ。そして、この国も、峻険とはいえ、実に美しい自然に恵まれているが、大した資源はない。

アフガンのロヤ・ジルガ
 政治的な共通点も興味深い。
 昨年、2002年6月。23年ぶりに国内には大きな紛争がなく、逆に復興機運華やかなアフガニスタンで、久方ぶりにロヤ・ジルガが開催された。30年前、目の治療のためにイタリアを訪問中、従兄弟のダウド首相が起こしたクー・デターで追放された元アフガン国王ザヒル・シャーが、その開催を宣言した。国の一大事を決めるような場合に開かれるロヤ・ジルガ(Loya Jirga)とは、英語ではgrand councilつまり、大代議員会である。歴史的には、村の委員会であるシューラが、住民を束ねている。かつては武力をもったであろう部族の長を自分たちの代表として、カブールに送るのである。とにかく、村人の合意のもとに出かけることは、彼らが住民(の意思)代表だと信じている理由である。他に、宗教的または何らかの理由で尊敬を受けている長老たちも加われる。全国規模の、国の一大事を決める会、例えば、新しい国王を決めることや、中身が民主的近代的でなかったかもしれないが、憲法のような取り決めもロヤ・ジルガで決められている。外からは、やれパシュトゥーンだ、タジクだ、ハザラだと、否定的な色分けでみる民族性だけでなく、宗教的にイスラムのスンニ派もシーア派も、ヒンドゥーもシークも、もしそれなりの数がおれば仏教徒も入れるかもしれないと思うほど、間口は広いらしい。その成り立ちを聞いた時、フゥーン、アフガンには直接民主制があるのか・・・と思ったものだ。
 何世紀もの歴史はあるが、女性が参加したのは3回だけだ。最初は、開明派国王ザヒル・シャーが開催した1964年の憲法制定ロヤ・ジルガで、数名の女性が、いわば顧問のような形で招かれたという。次いで、その国王を追放して共和制をしいたダウド首相が招集した1977年のロヤ・ジルガでは、正式メンバーの15%が女性とされた。3回目は、昨年6月の暫定政権選出時のロヤ・ジルガである。
 アフガン空爆が終わった後、2001年12月に開催されたボン会議では、暫定移行政権が選出されたが、同時に、6ヶ月以内に女性25%を含む代議員からなるロヤ・ジルを開催し、正式な暫定政権を発足させることが合意されたことに基づいている。

個人主義の国、スイス
 一方のスイス。
 この国、昨年、国民集会を開いて、国連加盟を決めた。ヨーロッパのド真ん中に位置しているが、EUの一員ではないし、まして武力の伴うNATOとは縁がない。
 スイスは閉ざされた国ではないし、人々に自由はある。しかし、いわゆるアメリカ型民主主義の長い歴史がある国ではない。たった2年間のジュネーブ暮らして、「スイスは・・・」と声高に云う積もりはないが、いい意味でも悪い意味でも大人である。それも歳をとっているだけではなく、社会的にも個人的にも冷静に成熟した、チョット面白みのない感じが強い、個人主義の国とでも云えそうだ。例えば、ジュネーブのアパート生活では、夜半の騒音はご法度だ。パーティであれ、夫婦喧嘩であれ、何であれ、音を立てている側にすれば大したことはないと思っていても、静けさが保たれているべき時間に、しかるべき騒音と誰かが認知すると、オマワリがやってくる。事実、警告を受けた人も少なくない。生理現象の排泄はいいが、その後のトイレの水を流すことははばかられるアパートもあるし、洗濯場が地下にある大アパートでは、日曜日に洗濯すると顰蹙ものだとも聞いた。しかし、どの事態も、ある人だけに禁じられているのではない。ジュネーブに住むならば、万人が等しく守る礼儀なのだ。他人に許さない代わりに、自分もしない、というきまりと理解すべきだ。
 人間関係をこじらせない為には、例え、誰が苦情を云っているのか判るような場合でも、つまり一軒しか隣がなくとも、オマワリが来る。住民同士が顔を付きあわせて、気まずい関係を作らないことも礼儀なのであろう。

猫の喧嘩に警察が
 半地下と1階、2階と3階がそれぞれ1軒になっているタウン・ハウスに住んだ時の私自身の経験はこうだった。半地下と1階からなる私の住まいにはベランダがあって、共有の庭に面している。この住まいに移った理由は、緑みどりしている環境もあったが、ネコに生かされている私は、実は、ベランダに前の住人がおいていったネコメシ椀を見て決めたのであった。つまり、ネコが来る家であったことによる。そして、毎日、ベランダに猫メシを置いた。最初に現れたのは、後の左足が少し不自由な声のしゃがれたメスネコであった。段々増えて、最高、6匹が姿を見せるようになった。ところが、である。いつもは時差出勤で、決して、いっときにかちあわなかったのに、ある日、それも階上のご一家が在宅の休みの午後、3匹が一堂に会してしまった。どこから、そんな恐ろし気な声が出るのかという、壮絶なウナリ声の威嚇が聞こえた。あわててベランダに向かう間もなく、2階から水が落ちてきた。ほんの一瞬といっても良いほどの短時間、せいぜい数分だったろう。が、あくる日、警察から届いた書状には、動物を飼うには他人に迷惑を掛けないように・・・とあった。

成熟した社会、スイス
 上の階の住人がそれ程愛想悪い訳ではない。気まずさは避けるべし、なのだろう。決して、下の外国人に無関心、無愛想なのではない。引っ越した日のことだった。そのまま出勤し、夕方遅く帰宅したが、配電されていないことが判った。ウロウロ、モタモタする雰囲気を察した階上のご主人が手助けして下さった。アッチコッチ、配電を調べて、家主に連絡し、その間、奥さんは、必要なものがあれば・・・と声をかけてくれたのである。
 しかし、長い間の付き合いは、お互いに、『個』を確立させ、お互いに嫌なことはしないし、絶対に余計なお節介はないが、必要最低限の介入はする、ということだ。慣れてしまえば、実にさわやか、成熟した大人社会である。
 通りすがりに新緑を愛でる分はいいが、自分の領分をきちんと管理するのも一仕事だ。生垣に囲まれ、庭先に花が咲いて美しいタウン・ハウス・・・と思って移り住んだが、家の幅に相当する生垣と家の前の庭は、自分の責任範囲だった。もちろん、全住人がお金を出して草刈人を雇ってはいたが、そのような最低限の管理では、積極的ではなくとも、そこはかとない苦情が聞こえてくるし、何よりも、自分の家の前が見劣りする。自分たちの領分の品位は自分たちで守る、ある意味では付加価値を付けて高い家賃を取ることも可能なのかもしれない。が、だからこそ、新築されても周囲と調和を欠くことはほとんどない。
 飛躍するが、最近の日本は、未熟というより幼稚な大人があふれている。
 大都会にそそり立つ、突拍子もない異様なビルを見ると私は悲しくなる。日本の街は死んだと思う。文化、伝統を考えた街造り、国造りが、成熟した大人人間を育てる本当の社会的基盤ではないかと思っている。紛争地の物理的精神的文化破壊を見るたびに、日本から失われた文化や伝統を取り戻すことの必要性を痛感する。

勝手なことは許されない
 アフガンは、個人主義でもないし、いわゆるアメリカ型民主主義では決してない。人々はお節介でいて、しかし計算高いところもある。多少、慇懃無礼なところもあるが、何となく私の知るスイスの人々と似ていないこともない。カブールのような外国人が沢山入る街は別として、田舎に行くと、他国の人間だけではなく、同国人であっても見知らぬものがウロウロしておれることはない。まず、誰か知っている人に仁義を切ってから行動を起こすべきだし、誰も知らなければ、誰か知っている人に伝手をつけてもらうことが必要だ。つまり、勝手なことは許されない、受け入れないというところなど、似ているのである。
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