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アフガンの歌 喜多悦子
ジュネーブ、そしてアフガン(4)

何のための戦いか
 タリバンのアフガンも、サダムのイラクも、国際的な問題ではある。ただ、私には、国際的な問題としてのアフガニスタンやイラクという国にもまして、そこに住んでいる人々の、毎日毎日の、何千万人×24時間の生活の方がはるかに問題だと思ってきた。思っているだけでは何もならないことは事実だ。しかし、朝起きて、夜寝るまでに、実にさまざまなことをしている私と同じように、アフガンでも、イラクでも、そこで暮らしている人々に生活があるのだ。問題が国際的になればなるほど、人々の存在は小さくなり、見えなくなる。
 そもそも、戦いは何のためだったのか?
 アフガンで繰り広げられてきた途方もない数の戦い。少なくとも、1973年にさかのぼる王族間の政権争い、1979年のソビエト侵攻につながる東西の対立、7派とも8派とも云われたこともあるし、ペシャワール派と北部同盟とされたこともあるムジャヒィディンの武力的権力的物質的争い、あれは私にはケンカとしか思えないが。そして、タリバンとの烏合の衆のようなムジャヒディン連合の闘争、そしてあっけなく潰えたアフガンイスラム首長国ことタリバン政権とアメリカの戦争。だが、もっとも深刻なアル・カイダとの戦いは、まだ、終わっていない。でも、何ゆえ、人々は戦ったのだろうか?

戦いのなかの生活
 そのような戦いの中で、私と同じように一日一日、一月一月、一年一年、年をとってゆく人々、その刻々の生活は、それを脅かす者が違っても、今もおびやかされ続けていることは同じではないか。
 人々に、本当の安心感と生活の安定、そして何よりも希望がないことは、あまり変わっていないように見える。日本のような、なんでもありで、比較的、平和な国に住んでいると判りづらいが、世界のたくさんの国、地域にはわずかの希望も自由もない人々がいる。自由がないことは、単に貧しいことよりはるかに重篤だ、と私は思う。

物資だけでは解決できない
 災害が発生した時、あるいは紛争が目立った時、緊急人道援助を声高に叫ぶ人は多い。確かに、救援の物資が、人々を安堵させることは、郷里が被災した私自身、阪神淡路大震災で経験した。しかし、物や一時的な保健医療サービスだけで、真の解決をもたらしていない紛争が何と多いことか。

 まもなく20年になるが、私は「国際」という仕事の場で、そのような事態を何と沢山見たことか。だから思うのだが、開発とは、人々が希望をもてる生活を作ること、さまざまな選択肢を持てることであるべきだ。そして開発協力とは、人々が、たくさんの選択肢をもてるようになる支援だと思う。独裁者の統治下では、人々には自由はなく、選択肢はない。そして、選択肢がないからこそ、独裁者の思うままになり、人々は蹂躙される。自由とは、何か?勝手気ままに暮らすことではない。自由とは、こころの自由さだ、と私は思う。

アフガンの子とともに「トトロ」を見たい
 アフガン難民キャンプで働いた頃、何度も自分の子ども時代を思った。
 1943年頃、まだ小浜村とよばれていた郷里宝塚の、やがて入学するはずの小学校が軍の宿営所になった。今から考えれば、国内に残っていた最後の男性が集められたらしいにわか造りの海軍兵士たちは、子どもからみても弱そうだったが、その反面、優しかった。近くの荒神川の傍には厨房が作られ、夕方には美味しそうなご飯の匂いが流れた。
 アフガンの子どもに、白いご飯のおにぎりをあげたいと思ったのではないが、この子達に必要なものは、何か、白いおにぎりのような、それもこころ飢えを満たすものなのだろう。
 2003年5月、ジュネーブで友人宅に泊まった。日米ふたつの国の血を引く二人の坊やとトトロをみた。トトロは何か?動物?怪物?
 元小児科医の私は、よく子ども用のアニメを見る。宮崎駿監督の多くの作品はビデオ、CD、DVDで持っているし、今も、時々みる。私がもっとも好きな「となりのトトロ」を、紛争地の子どもたちに見せたい。
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