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アフガンの歌 喜多悦子
戦 車
 上等の戦車、などという言葉あるのかどうか知らないが、上等の戦車、英語ではtank,タンクというが、上等らしいソビエト製の戦車数台に包囲されたことがあった。それも、真夜中近く、暗黒のカブールの12月で、だ。
 何故か、多分、大丈夫と思いつつも、寒さのせいではなく、確かに、身体もこころも凍りついたような気がした。

 私は、当時、350万とも云われていたパキスタン在住アフガン難民への保健医療支援を行うユニセフの担当官だった。勤務場所は、パキスタンのペシャワールだったが、難民の本国アフガニスタンへの帰還を想定した計画を詰めるために、カブール事務所との打ち合わせに飛んだのであった。

照準は私の顔に
 暗黒の中の一点から伸びるサーチライト。その何本かの、厳しく闇を切り裂く輝線が交わる点、つまり、交差点の真ん中に、私たちの車は止められた。ドアが開けられ、厳しい声で車から出るように指示された、と思った。両方のドアから、私と同行のファルークは外に出た。カラシニコフを、胸の前に抱えた兵士が二人迫ってくる。ライフルの銃口を向けられたまま、ファルークが私のそばにきてくれた。目が慣れると、ひとつの道路、次の道路、その次の道路にも巨大な戦車が、道を塞いでいるのが見て取れた。わずかに顔を動かしてみた、最後の辻にあった戦車は、ゆっくりと砲身を下ろして、丸く、一段と黒く見えるその長い砲身の先のまるい穴を、まさに私の顔の高さで止めるところだった。
 闇の中に浮かぶ、兵士の顔は、若く幼く見えたが、間近に迫って、厳しい口調で誰何する髭面の兵士は、幾分、年長のようにも思えた。 ダリ語、まして、戦場で使われるような言葉は判らない私の運命は、同行のファルークの口先三寸にゆだねられていた。

 私たちは、当時のカブールで、たった一箇所、ニューヨークと交信できる国連開発計画の事務所に向かっていたのだった。当然、許可は取っていた。 国連マークの入った車に、国連旗を立てて、ニューヨークとの時差を考えた上で、決められた時刻に、許可されたいつもの道筋を通ることも通報されていたはずだ。だが、戦時下ともいえるカブールの夜である。何でもありなのだ。

 ロシア製の、天をつくばかりに巨大にみえるタンクを背景に、兵士たちが怒鳴りあるように話すたびに、大きな白く息が見えた。が、寒さは感じず、そして身動きすることは危険だと、判っていた。ファルークは、静かに説明をはじめた。厳しい命令の一言の後、車のフロントガラスに、外向きに置かれていた許可書などを示すことが許されたようだった。彼が、車の反対側にまわり、許可書、身分証明書などを示している間、私は、数名の兵士に取り囲まれたまま、一人で、まるで、舞台のスポットライトのような、サーチライトの中に残された。
 この間、一体、どれくらいアドレナリンが流れたであろうか。

長い長い夜
 私たちは、そろりと動いてくれた一台の戦車の傍らをすり抜けて、何事もなかったように、国連開発事務所にたどり着いた。無人の通信室では、機械が無機質な光を点滅させていた。私たちは、無言であった。ニューヨークとの交信が始まり、報告を終え、人々が帰還すれば実践すべき保健計画の準備状況についても意見を交換した。
 「So, see you, insha-ala, within a few months, here. Bye, Have a good day!(では、インシャラー(神のご加護があれば)、数ヶ月内に、こちらであえますね。さよなら、いい一日を)」
 「Thanks and Goodbye, Have a goodnight!(ご苦労さん、さよなら、おやすみなさい)」

 雑音の向こうのニューヨークの明るい昼の声は、私たちの健康や生活についても、何事もOKかと訊ねた。
 「Thanks, everything is fine(ありがとう。何事も大丈夫よ)」
 さっきの出来事については、一言も口に出さない。壁に耳あり・・・なのか、そのようなことをこの場で言うべきではないということは、本能的に判っていたのだった。

 帰路は、何事もなかった、時折、サーチライトが夜空をはしるが、兵士も、戦車もどこにも見えなかった。ふたりは、無言だった。
 しんと静まり返った国連職員宿舎の前で、小刻みにクラクションを鳴らして門番を呼び出す。大きな鉄の扉を開いて、車が庭に入る。そこで、私は降りる。ファルークは、顔の半分を覆っている黒い髭の中に白い歯を見せて、しかし無言で、笑った。私には、何があったのか判らない。しかし、それを聞き出すこともない。でも、二人の間には、一瞬、何かが流れた。ありがとう、といおうとおもったが、その言葉では、足りない何かがあった。私は、たまっていない唾液を、ごくりと飲み込んで、うなづいた。ファルーク、大きなランドクルーザーを回転させて、闇の中へ消えた。

 国連宿舎の建物の周りは、二階の高さまで砂嚢が積み上げられていた。食事を用意してくれる小柄な老人が、ドアを開けて、待っていてくれた。ホールの一隅では、チロチロと、まだ、暖炉が燃えていた。老人は、お茶を飲むかとたずねた。ほんのり香りがする甘いチャイ(ミルクティ)が私に疲れを思い出させた。
 ロウソクの影がゆれる部屋。ヒュルルルゥ音が次第に強まった後、鈍い爆発音が続くミサイル攻撃のせいではなく、眠れぬままに、長い夜であった。


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