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アフガンの歌 喜多悦子
うぶ髭(1)
日本の若者のうぶ髭
 4月にしては暑い一日、久しぶりにJRに乗った。がらんとした車両、二組の若者がいた。男性はふたりともヨットパーカーに、ダブダブのパンツスタイル、そして女性は、ともに高校の制服姿であった。この時間に、何と・・・などと思いながら、内なる異文化の彼らを傍若無人の行為は、見るまでもなく目に入ってくる。二組の青年たちは、くっついたり離れたり、まるで、子犬のようにじゃれていた。屈託がないともいえるが、少なくとも、いささかの知性や教養を感じさせるものは無く、まさにしつけを受けていない犬かネコの子のようであった。突っついたり、離れたり、小さな菓子を食べたり、ペットボトルを回し飲みしたり。その内、小さなケンカがはじまったように見えた。ふくれられるだけふくれた連れを持て余したのか、つと、男のひとりが席を立った。相棒のふくれ面に比例した、その不貞腐れた顔が、何と、すぐ前の席にきたのである。
 行儀というものとはまるで無縁な感じ。茶髪が蔓延している世の中、偏見は持ちようもないが、この若者の赤茶けた髪は美しくない・・・。耳には、夏前の風鈴屋のように、さまざまな形のピアスがぶら下がっている。しげしげと見るのではないが、真正面にきた、その顔は、目をそらさない限り、視界から消えない。
 割合、整った顔立ちなのに、なぜ、そんな人工的な破壊を加えているのか、何が、この青年を、このようなことに駆り立てているのだろうかと思った。若いというよりも、まだ、子どもの感じが残っているその鼻の下には、8時20分の針の形にうぶ髭が生えていた。

ペシャワール
 あの少年もそうだった。あの、10年以上も前に、暑い難民キャンプで見た少年。また、子ども、日本なら、塾にでも通っていそうな子ども子どもした少年。たまたま、銃を撃つのが上手だったためであろうか、武器を取って一族を護る役割りを担っていた少年にも、同じようなうぶ髭があったことを思い出した。
 1989年夏、10年来、アフガニスタンに居座り続けたソビエト軍が撤退し後、カブールの共産政権は、残された資金と武器をもとに、あの手この手で延命策を講じ、一方、パキスタンにいた数百万の難民、というより、難民のボスたちが期待していたイスラム政権成立の見通しには疑問符が付きだした時期であった。それまでソビエトという共通の敵に対して戦ってきた、つまり、一見、まとまっていたように見えていたムジャヒィディーン(聖戦士)たちに内輪もめが始まった頃である。あるムジャヒディーンボスは政府に懐柔され、あるものは他の派閥との闘争をはじめ、そして全体として減少し始めてきた援助物資の取りあいがはじまった時期でもあった。
 私は、ペシャワールにあったユニセフアフガン事務所の初代保健担当官として、やがて、祖国に帰るはずの難民への予防接種拡大作戦に従事していた。
 ペシャワール。
 シルクロードの古い旅籠街、東西文化の交流点でもある。西からはアレキサンダー大王が、東からはジンギスハーンも訪れたという記録がある。それまでは、足形などシンボルで代用されていた仏の像も、ここで優雅なローマ風の彫像として生まれたというガンダーラ文化の栄えた地域でもある。仏教伝来、唐天竺といった時の天竺とは、現在のパキスタンであろう。現在のイスラム風の生活からは想像もつかないが、ペシャワール付近には、あちこちに仏教文化の片鱗が残っている。田舎の畑からは、未だにアレキサンダーの像が浮き彫りになった貨幣が掘り出されているし、とんでもないところにガンダーラの仏教遺跡のカケラが転がっている。ペシャワールの名士のお宅に招かれた時、花壇を取り囲んでいる石に、仏像があるのを見て驚いたが、田舎の農場から持ってきたのだが、欲しければ持ってゆきなさいと鷹揚なことであった。もっとも、このようなものを持ち出そうとすると、飛行場から監獄へ、という道がまっているが。
 同じ民族衣装シャルワール・カミーズ姿でも、パキスタン人は、やや、目つきが優しく、眼差しをふくめ全体に厳しさを感じるのはアフガンのオトコと思うのは、私の偏見であろうが、何百年も続いている喧騒の中でみる男の99%は、等しく髭をたくわえている。
 その雑踏を抜けて、羊や牛が群れる村落をひとつふたつ過ぎ、壮大な峠を越える行程は、ランドクルーザーで数時間ほどだ。6月は、すでに真夏というより酷暑の季節がはじまっている。暑い、とにかく暑い。その中を、右に左に、上に下にゆれながら走る。
 遠方には、難民の祖国アフガンを隠している岩肌を剥き出しにした山が見える。熱砂を含んだ風を避けるために、車の中で、私はチャドルを被りなおす。何もかも、クーラーを効かした車ですら、熱を帯びているため、少し動いても汗が滴たる。せめて、埃と熱砂は避けたいのだ。(つづく)

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