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アフガンの歌 喜多悦子
アフガンの男(4)

2003年1月のカブール
 本当に、アフガンの街に銃は見えなかった。今まで、そしてこれからも「丸腰」でやってゆくであろうカルザイ大統領の国だ。武人ではなく、文民が管理する国の街なのである。
 実は、私は、カルザイ大統領に訊ねてみたいことがあった。
 もちろん、これは私のアフガン ミーハー性によるもので、昼食の場とはいえ、公に、一国の為政者に訊ねるべき問ではないから、実際には口に出さなかった。それは、こういうことである。まず、
 「カルザイ大統領は、本当に武器を持ったことがないのでしょうか?」ということ、次いで、もし、そうなら、「なぜ、武器を持ったことがないのですか?」という質問である。
 私の知る限り、アフガン男児は、髯を蓄え、銃を扱えてはじめて一人前なのである。なぜ、武器を持たなかったのか、なぜ、武器を持たなくとも指導的立場にあったのか?私の素朴な疑問である。過去数十年のアフガンで、武器を持たず、さりとて弱虫でも卑怯者でないということは、とても難しいことなのである。

武器を持たない指導者
 一方、アブダラ・アブダラ外務大臣は、つい先頃まで、第一線の戦場にいた人である。ご本人も、そのことを隠してはおられない、と思う。凛々しく、アフガン・ムジャヒディーンがよく被っている、ひさしを取ったハンチングのようなチトラール・ハットもよくお似合いであろう。しかし、猛々しく粗野というのではない。えんじのネクタイ、スーツ姿もピッタリ、握手した手触りはソフトだが力強く、まさに私のイメージのアフガン男性なのである。
 斜め前にお座りのご本人とは、時に目が合うと、目じりにしわが深くなる笑顔を見せて下さるが、直接、声をかけられる近さではなかった。
 で、隣の官房長官に尋ねた。
 「外務大臣は、以前の武力指導者としての仕事をどう考えておられるのだろうか?」
 ドイツそしてアメリカでも法律を勉強したという官房長官は、まだ、30台後半かせいぜい40才そこそこにしか見えない。武力リーダーではなかったカルザイ大統領にふさわしい、優しさと静けさをたたえた、とてもスマートで洗練された好青年だ。アブダラ大臣を一瞬見やったのち、私のぶしつけな質問に、にっこり微笑んでの答え・・・・
 「大臣は、もう、武器を持つのは嫌だとおっしゃっています。二度と、武器を手にされることはないと信じます。」
 英語では、時に、これ以上の問答無用という際、「・・・・・ピリオド(点)!!」というが、言葉の優しさとは異なり、まさに、ピリオド付きの答えだった。
 アブダラ外務大臣は、9月11日の二日前に自爆テロに倒れた北部同盟の英雄マスードの親友である。この人も、マスード同様、40才代の半ばだろう。なら、大学生頃に起こった旧ソビエト軍へのジハード(聖戦)に始まり、その後のムジャヒディーン闘争、そしてタリバンとの抗争と、人生の大半は戦いの場に身をおいていたはずだ。しかし、この人は、カルザイという新しいエースが国際社会に現れる以前から、名前が知られていた。アメリカの空爆以後、ボンや東京でのアフガン復興会議から暫定政権の設立、ロヤジルガの開催を経て、今の暫定移行政権に到るまで、終始、指導的役割にあったように見えるが、その管理や交渉の能力も戦場の司令官としてのそれにもましているのであろう。
 今回、それを訊ねる場はなかったが、実は、私は、この人に見覚えがある。確かに、アフガンのどこかで、お目にかかっている。いつか、直に、それを訊ねられる日があってほしい魅力的なアフガン・ジェントルマンだ。

明治維新とアフガン
 少し話がそれるが、アフガンをみていると私は明治維新を思う。
 外務大臣や隣の官房長官など、カルザイ政権には若い人も多い。今の暫定政権からは離れたが、人権委員会委員長シマ・サマールも、彼女の後任のサラビ女性課題省大臣も、40代だ。このような方々を見ていると、ついこの間まで、刀を振り回していた開国の志士たちが、近代日本の建国に大きな役割を果たした明治維新に思いが及ぶのだ。
 アフガンは、決して、落ち着いてはいない。まだまだ、一波乱も二波乱もありそうな気もする。しかし、武器を捨てた男、若い女に読み書きを習う髭オトコが当たり前になったアフガン。彼らが、自分の道を決めたのなら、私のアフガン時代も終わりになる。

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