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アフガンの歌 喜多悦子
うぶ髭(2)
難民キャンプの前で
 キャンプの入り口の不愛想な鉄の門は半分開いており、その向こうにひしゃげたような土の建物が並んでいる。目的の事務所だ。数人の男たちがせわしそうに動いている。気温は、もう、40度は越えているであろう。熱を避けるには、土で作った家の中が一番だが、彼方の家々の周りには人影もない。運転手は、長い白い髭をたくわえた門番とひと言二言交わす。車の周りを一巡したヒゲオヤジがあごをしゃくって合図する。車は、最後のデコボコをこえて、建物の前に停まる。
 私は、予防接種の記録やこれからの予定を綴じた大きすぎるファイルを手に、オランダ人の同僚と車の外に立った。
 伝統的な村落とも云える難民キャンプでは、たとえ、連絡済みであっても、オンナがずかずか入ってゆくことは品位のないことでもあり、いつも、露払い役は運転手がつとめてくれる。建物の前で、その運転手兼案内役が、ヒゲをしごきながら、訪問目的をひとりの男性に告げている時だった。ザワッとした雰囲気を背後に感じて、私は、入ってきたばかりの門の方を振り返った。数台の車が門を通り抜け、最後の砂塵を舞い上げていた。
 その時、どちらかといえば年配といえる男たちが、どやどやと隣の建物から出てきた。車が止まり、先頭の一台からは数人が、後ろの数台からは、何人もの兵士が降りてきた。兵士といっても、シャルワール・カミーズ姿で、皮のサンダル姿は、そこらの難民も、農民も遊牧の民も同じである。違うのは、兵士、ムジャヒディーンは、手に手にカラシニコフライフルを携えているか、胸の辺りに手榴弾が入る小さなポケットのついたチョッキをかぶっているか、時には、スティンガーという、ヘリコプターや、時には、飛行機でも打ち落とせる肩に担げるミサイルを持っていることである。

少年コマンダーのうぶ髭
 出迎えのひとりが、先頭の車から降り立った男性に駆け寄り、うやうやしくカラシニコフを受け取った。その若い男は、私たちの前を通り、建物の前の床机に腰を下ろした。ひさしののないハンチングのようなチトラールハットをかぶったその男性は、まだ、とても若い、青年というよりは、子どものように見えた。
 間髪を入れず、白いアゴヒゲのふたりが現れた。ひとりは大きな真鍮製の水カメを、他は背の高い飲み水用の水差しとコップを持っていた。ふたりは、銃を受け取った男と同じように、うやうやしく、その少年に接した。粗末なガラスのコップに注がれた水をおかわりした少年の足を、もうひとりの老人が水で拭った。少年は、いつもそうしているのであろう、黙って、為すがまま、それらの行為を受けていた。私たちは、その前を通る時、ていねいに頭を下げた。自然にそうなるような雰囲気が、その中学生のような少年にはあったのである。彼は、にこりとせず、冷たい眼差しを返した。
 仕事を終えた後、私は、気になっていたことを、見送りに出てきた老人に訊ねた。
 「先ほど、ここにいた若い方は、どなたなのですか?」
 その老人は、植木鉢を逆さにしたような帽子を脱いで、あまり多くない毛を撫ぜつけてニコッとして、誇らしげに云った。
 「あの方は、我々のコマンダーです!!」
 「コマンダー?」
 私は思わず、大きな声で反復した。
 「そうです。彼はコマンダーです、我々の。」
 「まだ、若いように見えますが・・・」
 「そんなことは関係ありません。コマンダーです。彼は、立派なコマンダーです。何故かと云うと、彼は、闘いの時、一発の弾も無駄にしません。撃てば、必ず、敵を殺します。」
 もはや、その少年が、どんな顔だったか思い出すことは出来ない。
 ドカッと床机に坐って、「偉そうに格好をつけて・・・」と云いたい風情で、水を飲み、足の埃を拭って貰っていた少年。そのうぶヒゲが目に浮かぶ。
 男は、髭をたくわえ、銃をあつかえて一人前のあの社会で、人々の尊敬を受けていたであろうあの幼いコマンダーは、その凛々しさに比して、ヒゲの薄いことを悩んでいたかもしれない。

 各駅停車のJRの中では、何時の間にか、もとの席に戻った若者たちが、相変わらず、子犬のように無邪気にじゃれあっていた。

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