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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
経済制裁下で生きのびる(2)−タンクローリーのなかでの油とり (12.02.15)

1. 経済制裁下のバグダード
 大阪在住の研究者モハンマドさんは、イラクが国連による厳しい経済制裁を受けていた時代にバグダードで育った。10代半ばに、家計を助けるために役所の前で代筆屋をしながら、小銭を稼いでいたことがあるという話はすでに前号で紹介した通りである。ジェンダーに直接関係する話ではないが、彼から聞いたもう一つの経験をここに記録しておきたい。
 モハンメドさんが高校生だった19941年の夏、イラク在住のヨルダン人のおじさんであるマフムードさんが友人のヨルダン人の商人から耳寄りな話を持ってきた。それは、その商人がヨルダンから精製前の植物油をタンクローリーでイラクに運んでくるので、搬送先に油をおろしたあと、タンクローリーの内壁にわずかに残った油をこそげ取らないか、というものだった。
 経済制裁によって、イラク人が十分な食料や医薬品を入手することができないことを知っていたこの商人は、なんとかして親しい友人を助けてあげたいという思いがあったのだろう。当時のイラクは食料の配給制をとっていたため、この油にしても一度はイラク政府の手に渡り、精製された後に配給にまわされることになっていた。そもそも政府からの配給量が限られていたため、イラク人はそれだけに頼っていたら、とてもではないが生活が成り立たない状態にあった。

2. 灼熱のタンクローリーの中に入る
 タンクローリーの内壁にこびりついている油をとるためには、誰かがその中に入らなければならない。タンクローリーの入り口は小さく、細身の体の人しか入ることができなかったため、当時今よりもずっと痩身であったモハンメドさんが油だらけになるのを覚悟で中に入ることにした。服は身に着けたまま裸足になり、午後3時か4時頃に作業を始め、夜7時頃までひたすら内壁についた油をとり続けた。
 イラクの夏は40度あるいは50度を軽く超すほど暑い。そのために、タンクローリーのなかは人間が耐えられるような熱さではなかったが、油でつるつるになった床を何度も滑りこけそうになりながら、ひたすら家族のために油をとり続けた。そのときのことを語ってくれたモハンメドさんはこう言った。
    「それはとても惨めだった。なんでここましなければならないのかと思
    うと情けなくて、情けなくて仕方なかった。でも、家族が生きのびるた
    めにはここまでするしかなかった。」
 取り終わった油は、精製前のものであるが、料理をするために使ったという。

3. 「太陽の男たち」−イラクとパレスチナ
 イラクの夏のタンクローリーといえば、ある一つの物語を思い出す。現代アラブ文学最高傑作と評されるガッサーン・カナファーニの「太陽の男たち」2だ。この中編小説に出てくるパレスチナ人労働者もまた、タンクローリーの中に入り、クウェートに密入国しようとしたのだった。灼熱の下にさらされているタンクローリー。国境にたどり着いた運転手は一刻も早く審査手続を終えたいが、クウェートの入国審査官が卑猥な会話を持ちかけて、運転手をからかっている間に時間だけが刻々と過ぎていく。そしてようやく国境を抜けたときには、タンクローリーのなかにいたパレスチナ人は焼け死んでいた。地獄のような熱さに耐えながら、じわじわと焼き殺されていくその様は、1948年のイスラエルの建国からパレスチナ人が置かれてきた悲劇的な状況を見事に書き表している。
 モハンメドさんの話を聴きながら、私は「太陽の男たち」のこの結末を思い出していた。このエッセイを目にしてくれる人のなかにも、カナファーニの作品とシンクロさせる人もいるかもしれない。経済制裁が終わり、また2003年のイラク戦争から10年が経とうとしているにもかかわらず、イラクの人々の生活は改善されていない。繰り返される戦争、経済制裁、他国の軍隊による占領等により、この国は破壊されてしまった。一方、パレスチナにおいても、イスラエルによる占領が終わることなく続いている。イラク人とパレスチナ人。これらの人々は、いまだにタンクローリーのなかに閉じ込められたままだ。

1)1995年に国連が「石油・食糧交換プログラム」を開始したことにより、イラクは食糧や医療品に換えるために限られた量の石油を輸出できるようになった。このことにより、少しだけ状況が緩和されたが、それでも日々の生活は大変厳しく、日常生活に必要な物資に欠く日が続いた。ここで紹介するモハンメドさんの経験は同プログラムが導入される前に起きたことである。
2)ガッサーン・カナファーニ(黒田寿郎・奴田原睦郎 訳)『ハイファに戻って 太陽の男たち』(新装新版)、河出書房新社、2009年

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