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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
「ドルマの味とともに刻まれたイラク女性の<生>と<死>」 (10.08.27)

 「国際社会の現在(いま)――ジェンダーの視点から」と題して、連載エッセイの執筆を担当することになった清末愛砂(きよすえあいさ)です。私の関心は、イスラーム文化圏におけるジェンダーをめぐる問題群、特にイスラエルの占領下にあるパレスチナで起きている占領とジェンダーの関係にあるので、エッセイのテーマはパレスチナ、あるいはその周辺の地域で起きている出来事に偏りがちになるかもしれません。しかし、女性に対する暴力の原因の一つである軍事占領や武力攻撃の問題を考える上では、避けて通ることができない地域の一つですので、ぜひ、多くの皆さまに読んでいただけると幸いです。
 第一回目は、6月から日本を訪問中のあるイラク女性との会話から見えてきたイラクの女性の<生>と<死>について紹介します。彼女は長男が日本の大学院に留学していることから、夫とともに息子に会うために来日しました。過去に何度か電話で彼女と話をしたことはありましたが、直接お会いするのは初めてのことでした。お客さんに最大限のおもてなしをすることを美徳と考えているアラブの習慣に沿って、彼女は家を訪ねた私にお手製のドルマ(ズッキーニ−やピーマンなどに詰め物を入れ、鶏肉とトマトで煮た料理)を振舞ってくれました。おいしいご馳走を前にすると会話がはずむものです。しかも、この親子は、「戦争と占領で破壊されたイラクの厳しい日常生活を乗り切るためには、笑いを作るしかないからイラク人は冗談を連発する」と言いながら、ぐいぐいと会話を盛り上げてくれます。
 そうこうしているうちに、彼女から「今度はイラクに遊びに来てね。ごちそうを作って待っているからね」と誘ってもらいました。昔から、首都バグダードに対する強い憧れを持っていた私は、「絶対にイラクに行くぞ!」と思い、「はいはい」と二つ返事をしました。そうすると、彼女がはっとしたような顔で「でも、今は無理だった。あまりにも治安が悪すぎて、とてもお誘いできる状態ではないのよ」と言われました。そのあとは、今までの笑顔が急に悲痛な顔に変わり、2003年のイラク戦争以降のイラク社会が死にあふれていること、また、占領政策が引き起こした社会の分断にともなう治安の悪化だけでなく、電気や水の供給が著しく滞っていることを話してくれました。
 「私たちと同じ通りに住んでいる家族はどこもシャヒード(たとえば、祖国の解放など、自らが信じる大義や思想のために身を犠牲にした者)がいるの。」それを聞いた私は凍りつきました。シャヒードという場合、何も抵抗運動に従事して亡くなった人だけを指すわけではありません。占領している他国の軍隊による攻撃、あるいはイラクのように、不安定な治安のなかで起きている爆弾テロによって命を奪われた者たちもシャヒードとなります。
 彼女の次女の夫も2007年に爆弾テロに巻き込まれシャヒードとなりました。当時、2人目の子どもを妊娠中だった次女は、安全を求めてヨルダンの親戚宅に避難していました。そこに夫が合流することになっていたのです。20代にして未亡人となった次女は現在、二人の幼子を一人で育てながら、米国で難民生活を送っています。この例はけっして特異なものではありません。イラクの女性たちが経験してきた苦難の一つです。夫を亡くした女性たちは、高い失業率のなかで日々の糧を稼ぐための仕事をなかなか見つけることも出来ないまま、改善を予想できない社会のなかで遺された子どもとともに生きることを余儀なくされています。
 日本滞在中のイラク女性が作ってくれたドルマは、ほっぺたが落ちてしまいそうなくらい美味だったけれど、その一方で2003年のイラク戦争とその後の占領がイラクの女性たちの生活に与えてきた影響を多角的に検証する必要性を認識させる味として、私の記憶のなかに刻まれることになりました。
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