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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
「木屑が入ったパンで耐え忍ぶ」 (10.10.15)

   「木屑が混じった小麦が配給されていたの。それでパンを作って食べる
   と、木屑が口の中にあたるから痛くて、痛くて・・・。」

 前号のコラムで紹介したイラク人女性バシーラさんに、1990年8月に採択された国連安全保障理事会決議660号等に基づく経済制裁(2003年5月に採択された安全保障理事会決議1483号によって、同660号やそのほかの関連する決議に基づく経済制裁が解除された)下で経験したことを教えてほしい、と頼んだところ、木屑入りの小麦粉について話してくれた。経済制裁によって、それまで産油国イラクの経済を支えてきた石油の輸出ができなくなっただけでなく、食品や医薬品などの生活必需品の輸入に対しても厳しい制限が加えられるようになったため、人々は物資不足に苦しむことになった。物価が高騰し、イラクの通貨であるディナールも急落したが、それにあわせて給料があがることはなかったため、人々は一日一日を必死に生き延びていく術を考えることに集中せざるを得なくなった。バシーラさんの長男のモハンマドさんが昔、こんなことを言ったことがある。

  「両親は家具を売るだけ売って、家族を養ったよ。医学生だった僕は、大
  学を中退して家族のために働こうと思ったよ。妹と弟が4人いるから、こ
  のままじゃあ、とてもやっていけそうにないと思ったんだ。」

  「本当に惨めだった。あんな生活、二度としたくない。医者になってから、
  サダム・フセイン政権下のイラクをなんとか出てヨルダンに行ったとき、チ
  ョコレートやバナナを夢中で食べたよ。食べたくても手に入れることがな
  かなかできなかったものだからね。」

 イラク政府は生活苦にあえぐ国民のために、小麦や砂糖などの食料を配給していたが、その質の低さはイラク人の経済制裁時の<惨めな>生活の記憶の一つとして刻まれることになった。ホブス(アラビア語でパンの意味)を主食とし、砂糖がたっぷり入った甘いチャイ(アラビア語ではシャイというが、イラクではチャイという)や甘いお菓子を食べることが大好きなイラク人にとって、小麦や砂糖は日常生活に欠かすことができない。配給の量を増やすために木屑が混じった小麦が配給され、それを使って焼いたホブスを毎食食べざるを得ない状況を<耐え忍ぶ>という行為。それが、どれほどイラク人のプライドを傷つけるものであったか。私はバシーラさんの話に耳を傾けながら、経済制裁を強いた側にいる<私たち>がその残酷さを理解し、反省するためにも、長い経済制裁を生き延びた人々の話を記録として残していかなければならないと思ったのだった。バシーラさんが木屑入りのパンで口のなかを傷つけていたことを話してくれた後、彼女の夫であるヌーリさんがこう付け加えた。

  「あんなホブス、人間が食べるものじゃなかったよ。牛や馬だって食べな
  いさ。」

 バシーラさんとヌーリさんは、大阪に約2ヵ月滞在した後に、ラマダン(断食月)中の今年の8月末にヨルダン経由でイラクに帰国した。空港まで見送りにはいけなかったが、出国手続きに入る直前のバシーラさんとヌーリさんと電話で話したときに、2ヵ月の間に3度も手作りの料理をごちそうしてくれ、家に泊めてくれた日の翌朝には、研究会に出席するために東京に向かうという私のために、お弁当まで持たせてくれたバシーラさんのホスピタリティを思い出し、私は涙が出て仕方がなかった。ヌーリさんが、電話口で泣いている私を「ハビビティ(愛しい子よ)、泣かないで」とアラビア語で慰めてくれ、さらにはモハンメドさんに習った日本語で「イラクで会いましょう。待ってます。バイバイ」と言ってくれたとき、再び涙が噴き出しそうになったが、治安の回復を待ってかならずやイラクに行き、もっと多くの人々から話を聞こうと強く決意したのだった。
 次号と次々号のコラムでもバシーラさんやモハンメドさんから聞いた経済制裁時の経験を紹介したい。
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