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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
「戦争をさせない北海道委員会」総がかり行動・街頭宣伝行動あいさつ

日本の近未来を想像する−社会の軍事化がもたらす結果 (15.11.16)

 みなさん、こんばんは。室蘭工業大学の清末愛砂です。9月19日に違憲無効であるはずの一連の戦争法案が強行採決されてから二か月近く経った本日、久しぶりに札幌の街頭行動に参加します。
 この二か月間、私は起きてはならない日本の近未来を想像する日々を送ってまいりました。ここでいう近未来とは何か。その一つは、日常生活に軍事化の結果がもたらされる状況を意味します。戦争法の強行成立に基づき、このままの状況でいけば、この社会は自衛官を海外での戦闘に派兵することになります。そうなるとどうなるのか。そもそも海外での戦闘行為への参加を予定していなかった自衛官は、戦場で苛酷な経験をすることになるでしょう。その地域に住む民衆や他国軍の兵士の生命を奪う行為に直接的に関わること、あるいはその行為のなかで自らも生命を失うかもしれなという恐怖。これらは、人間の精神に強い影響を及ぼしかねない極限的な恐怖であるでしょう。運よくその場を生きのび、帰還できたときに、その恐怖から解放されるでしょうか。実のところ、この恐怖心なるものは、一過性のものではありません。自分が戦場で経験した非日常的な衝撃的行為から生じるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、戦場で生きのびたとしても、帰還後に日常生活を穏やかに送ることができなくなる自衛官が多数出てくる可能性があるのです。この状況は、自衛官個人の私的な空間において、次なる直接的暴力を生じさせることにもなりかねません。具体的に言えば、戦場での精神的なダメージに基づき、DVや児童虐待といったファミリー・バイオレンスが生じる可能性が高いということです。また自衛官自身の自殺未遂率や自殺率も向上する可能性が極めて高く、精神的ダメージの結果、仕事を続けることができなくなった自衛官やその家族が経済的窮地に追い込まれる可能性もあります。
 そのことは、すでに、1979年のアフガニスタン軍事介入に派遣されたソ連兵士、2001年のアフガニスタン攻撃や2003年のイラク戦争等に派遣された米兵の<その後>がそのことを如実に語っています。大日本帝国時代の侵略戦争に従事させられた皇軍兵士たちのなかにも、トラウマ、PTSDに苦しみながら、それに対するケアがなされないままに、自分のなかに自らがかかわった虐殺行為等の加害の記憶、また自らが受けた攻撃の恐怖の記憶を保持しながら、語ることすら許されないままに亡くなっていった方々も多数いるでしょう。
 日常生活に戦場体験が持ち込まれることは、日常生活が準戦場化することを意味します。それは派遣される一兵士だけの問題ではありません。その者と生活を共有している家族もまた、その準戦場化された空間に住むことを余儀なくされ、そのことにより当事者とともに戦場体験の準当事者になるということであるのです。
 このような戦場に関わる一人ひとりの経験が、外からは見えにくいかもしれない社会の軍事化の一つを形成することになる、と私は強く思います。そのような状況を作りださないためにはどうすればいいのか。私が言うまでもなく、その答えは極めて単純です。戦争や武力行使に参加しない、ということです。私たち、あるいは自衛官が武力行使に関わる地域の民衆が、戦場の恐怖のなかに生き、生命という何よりも貴重なものを奪われる、あるいは奪われるかもしれないという恐怖を味わうことがないよう、私たちは違憲無効である戦争法を現実的に発動させない、そして最終的には廃止法を成立させるための闘いを粘り強くしていかなければなりません。私は軍事化された社会には住みたくありません。そのような社会には住むことはできません。私は今後も戦場経験が日常空間にもたらす影響を強く訴えていきたいと思っています。「個人的なことは政治的なこと」。フェミニズムはかく語ってきました。一人の加害者も被害者も出さない社会をめざし、これからも圧倒的な闘いを継続していきましょう。ご清聴、ありがとうございました。
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